第7話 王子の私兵


 俺は大量に持ち帰った書類を眼鏡さんに渡す。


「えっ、え?」


そして玄関の扉にも募集の紙を貼り、門の横にも募集の紙を張り付けた板を立てた。


「こんな話は聞いていないのですが?」


俺も、町の役所が普通に機能していたらこんなことはしなかった。


あれだけの人数でこの町の全てを賄っていたというなら、ここでも出来る。


俺はそう判断した。


眼鏡さんの実力は、この二日ほど拝見させてもらったしな。


 顔を引きつらせる眼鏡さんにガストスさんが笑いながら、

 

「坊は以前からこんなもんだぞ。 わしらはどれだけ振り回されたか」


と言ったけど、俺としては宰相様にも振り回されたんだけどな。


俺は文字板に乱暴に書きなぐる。 たぶん王子も頭に来ていたんだろう。


「とにかく書類の分析をお願いしますね。


あと、しばらくしたら西の領地の関係者が来るかも知れません。


その対処もありますので、よろしくお願いします」


まず、役所の書類を分析しないと何も始まらない。


憶測だけでは動けないからだ。


「あ?、お前さんがそれを言うのか」


苦笑いでクシュトさんが俺を見ている。


状況証拠だって証拠ですよ。 憶測じゃありません。 そうですよね?。


「まあ、それで動けるのが領主という立場だな」


クシュトさんは俺に賛同してくれた。




 昼食を取っていると、先ほど解放した脳筋さんの一人がやって来た。


住民対応用の待合室で待たせ、応接室へと移動する。


「ご領主様、先ほどはありがとうございました」


俺は鷹揚に頷いて、彼にも座るように促す。


 陽に焼けた肌に黒い短髪、筋肉が盛り上がった大柄な男性だ。


どうやら今年の秋の魔獣狩りが行われなかったことに抗議したら、まとめて放り込まれたらしい。


こんなガタイの良い男性たちをどうやって?、と思ったら、彼らの酒に薬が入っていたそうだ。


俺はこめかみを抑える。


「あの時は西の領主から魔術師みたいな奴も来てて、うまく丸め込まれたようなもんで」


へへっと笑うが、笑いごとじゃないだろうに。


どうして敵の出す酒を飲むのか。 下手したら死んでたぞ。


「へい。 ご領主様にはどれだけ感謝しても足りません。


だもんで、何かお手伝いさせてもらいたいと思いまして」


 俺は後ろに立っていたガストスさんに目配せする。


相手が頷いたことを確認し、文字板を取り出した。


「それでは遠慮なくお手伝いをお願いします。


これから三日後に使用人雇用の選抜試験を行います」


そう書いて、募集の紙を見せる。


「へい。 先ほど役所のほうで拝見しやした」


「どれだけこちらに来てくださるか分かりませんが、もし大勢だった場合、彼らの護衛と整理をお願いします」


俺はもしかしたら邪魔が入るかも知れないと思っている。


三日の猶予を設けたのは、出稼ぎに行っている連中にも知らせてもらうためだ。


港町とこの町は馬車で半日くらいの距離しかない。


自分の町で働けるなら、話だけでも聞こうとする者は多いだろう。


そうすれば、西の領主にとっては労働力が減ることになる。


「おそらく一日では終わらないと思いますので、試験中は毎日お願いします。


何でしたら、ここに泊まり込んでもいいですよ」


そう書くと、彼の目が輝いた。


「へ?、よろしいんで?。 何人までなら」


「何人でも構いません」


と書いたら、すぐに人手を集めて来ると言って出て行った。


早過ぎない?。


「いいんですか?。 あんなデカいのが何人も来たら、食料もすぐ尽きてしまいますよ」


眼鏡さんが心配してくれる。


「それは私が何とかします。


それよりもガストスさんとクシュトさんには、彼らを鍛え直してもらいます」


俺が書いた文に、二人はニヤリとした笑顔を浮かべて頷いた。


まずは三日後の試験日までに従順になってもらえるように話し合いからだ。


この爺さん二人の肉体言語でね。




 これから数名が押しかけて来るそうなので、俺は二階の会議室のような部屋を雑魚寝部屋にする。


俺たちの分以外のベッドを他の部屋からありったけ運び込み、二十人くらいは寝られるようにした。


 あとは調理場に、王都から持ち込んだ調味料など、時間の経過でも腐らない物だけを出した。


勝手口の外に、大人の背丈程度の大きさで、石造りの食糧庫のようなものがあった。


<清掃><殺菌><復元>した後、その中にガストスさんと土を入れ、長期保存用の野菜を鞄から出して入れる。


調理場の鍋などの調理器具をチェックし、使えないモノは道具部屋に片付けておく。


 馬小屋を見るとやはりかなりボロいので、馬を一旦外に出して<清掃><復元>をかける。


ついでに身体を拭いたりして世話をしていると、馬も警戒を解いてすり寄って来た。


俺、やっぱ馬好きだわ。


馬用の餌や藁が少ないようなので、明日にでも町に出て買い付けるよう頼んでおく。


 


 館の裏、つまり北側は深い谷になっていて、底に川が流れている。


向こう岸は国境の山脈で、裏からは館に攻め込むことは不可能だ。


その国境沿いの山脈は海からずっと半円を描くようにノースター領を囲んでいる。


 館から東へ向かうと国境警備のいる山道へと繋がっているそうだ。


しかし館から東を見ても、遠くに山脈が見えるだけで、他には何もない。


だだっ広い平原。


一番近い東の山裾でも、おそらく馬車で一時間はかかるだろうとクシュトさんが言っていた。


 西を向くと崖が途中で切れ、川が平地を横断する。 その先は西の領地だ。


南に町が低く見え、ここが少し小高い場所だということが分かる。


町の周りに拡がる農地。 その東側にある山脈の裾野には森がある。


あそこから時々猛獣や魔獣といった物が出てくるらしい。


この町に住む者たちはいつも危険に晒されているのだ。


「その辺りも早く解決したいな」


『冬の間は被害も少ないらしいから、その間に考えよう』


俺は王子の言葉に頷いた。




 館の中に戻ると、むさくるしいのが待っていた。


「全員?」


俺が書いた文字板に、クシュトさんが頷く。


 地下牢にいた一行は、狩人と元兵士で十人全員が自警団の者だった。


そして、文字板に「代表は?」と書くと、先ほど交渉に来たデカいのが一歩前に出る。


「へい。 あっしが一応この町の代表でして。 ご領主様に恥ずかしいところを見せちまってすみません」


なんだ、この何にも反省していませんって顔の脳筋は。


町の代表が町の牢に入ってるってどういうこと?。


俺はイラっとして、すぐに眼鏡さんを呼んで書類を作ってもらった。


「町の自警団を廃止して、領主の私兵とする」


それに署名させる。


給料や待遇、その他は別交渉として、とりあえず自警団全員に納得してもらう。


「いやあ、あっしらも自分たちだけではどうにも出来なくて。


ご領主様がやってくださるなら助かります」


鍛え直すと言ったら、本当にうれしそうに全員が「はい」と答えた。


俺はクラッとする。


まさしく脳筋の集団だ。


俺の隣で眼鏡さんも頭を抱えていた。




 ガストスさんに脳筋たちを任せ、俺は執務室に入る。


クシュトさんはまた町へ戻り、その後の様子を見に行った。


執務室ではがら空きだった書棚が徐々に埋まっている。


お茶を淹れてくれた眼鏡さんに分析の経過を訪ねる。


「町の経営に関する書類をまとめておきました。


あとは西の領主関係の書類を今分類しているところです」


ご丁寧に王都から持って来たらしい領主経営の基本的な書類付きだ。


それを見れば、この町の運営がどれだけずさんだったかが素人の俺でも解る。


 しかし短時間でこれだけ仕事が出来る文官も珍しい。


やはりあの宰相様の血筋のせいなのかも知れない。


俺が感心して褒めると、オールバックの髪を撫で付けながら照れる。


「いえ、あの、こう魔法で必要な書類を分類しているので簡単です」


そう言って見せてくれた。


 小さな魔術師が持っていたような、小枝のような杖を取り出す。


「<整頓>」ざっと書類が一つに集まり、キレイに並ぶ。


「怪しい書類<分類>」整理された書類からごそりと別の山が生まれる。


「うわ、多い」


眼鏡さんが嫌そうに顔を歪める。


 相当古いものでなければ、だいたいの書類には携わった者の思念が残っているそうだ。


悪意のある物、都合が悪い物ほどそういう思念が強い。


「ですから、問題のある書類というのはすぐに見つかります」


おおう、俺も気を付けよう。


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