第4話 王子の書類


 パルシーと名乗った眼鏡さんは、薄く笑っているように見えた。


「知っていますか?。


前任の代官は、先ほど王都へ強制送還させられました」


俺とガストスさんは予想が当たってため息を吐く。


「ノースター領の予算のほとんどを他の町で使い果たしていたんです」


やはりろくでもないやつだったようだ。




 この国の代官という身分は要するに国の役人だ。


領地を治める領主は必ずしもそこに住んでいるわけではない。


例えば、ノースターのように前の領主が不祥事などで、国が領地を取り上げた場合は王領となる。


当然国王はここにはいないし、代わりに町長のような代表者が町を治め、国からは代官が派遣される。


代官は同じような領主のいない土地を回って徴税し、国に報告し税を納める。

 

うまくやれば賄賂だけでも私財を肥やすことが出来る職業だと思う。




「他の町で使う?。 ノースターは毎年秋の魔獣狩りの予算がかなりあったはずだが」


ガストスさんが不思議そうに訊く。


毎年軍からも兵士を出し、国のあちこちから狩人が集う。


町をあげて彼らの面倒を見て、狩猟の成果を買い取ったりするのだ。


その予算を使い込んだ?。


「その男はここから西の港町の出身で、そこに身内が領主をしております」


眼鏡さんが何でも知っているかのように言う。


ああ、俺が魚を買い込んだあそこの町ね。


「本来ならノースターとして出す報酬や予算の全てを、西の町の領主から出たということにしたのです」


実際にお金を動かしたわけではなく、ただ書類上、ノースターの名前を消したということだ。


この町の誰もそれには逆らわなかったのだろうか。


「そんなことが出来るのでしょうか」


俺は文字板に書きながら考える。


「ノースターは何も無い田舎ですからね」


 前回はドラゴンが仕留められている。 それにはかなりの被害者も出たことだろう。


田舎の町ではそれらをきちんと処理出来ず、代官に任せたのかも知れない。


その保証や煩雑な手続きなどを、その西の領主が肩代わりし、名誉と信頼を得る。


しかし金はすべてノースターの予算である。 横領には違いないので、代官は王都への強制送還となった。


眼鏡さんはそう結論付けた。




「問題はそれだけではないのです」


俺の顔色を見て眼鏡さんがため息を吐く。


「この町の護衛任務にあった兵を、すべて西の領地へ移動させたのです」


え、そんな事出来るの?。


ああ、支給されるお金がどこからでるかという問題か。


ノースターではなく、西領から出るとなれば動くしかない。


「本来ならこの館は領主様の私兵の官舎でもありますが、その様子は見られません」


領主がいなくても町を守る兵士はいたはずなのだ。


ここは猛獣が出る森があるし、隣国との国境である魔獣の山もある。


「何年も前から、ということか」


この館の荒れ様を見れば、一年や二年じゃないのは分かる。


だから武器庫には何も無かったってこと?。




「では今まで町の住民はどうやって守られていたのですか?」


俺が文字板を書くと、眼鏡さんがじっと見ている。


「どうやら自分たちで自衛団のようなものを作っていたようですね」


元々辺境地であるため、腕に覚えのある住民が多くいるそうだ。


脳筋といえばいいのか。


だからこそ、予算だの保証だのということになると対応出来ずに手放したのだろう。


「何となく分かりました」と書く。


王都からの追っ手の件がひと段落したら、一度町の代表と話をしなければならない。


俺も王子もそれは分かっている。




「坊。 一つ言っとくが」


珍しくガストスさんが重い声を出した。


「この町は国境の町だ。 国から派兵された国境警備隊がいる」


おお、そういうのもいるのか。


ガストスさんも元兵士だ。


この町の魔獣狩りにも参加したことがあると言ってたし、警備隊にも知り合いがいるのかも知れない。


「そいつらは砦から動けん。 何かあったら食い止める役目があるからな」


 国境は山脈になっていて、その山と山との谷間にある山道が通行できる唯一の道らしい。


その山道に砦を築き、入出国を管理をしている国境警備隊。


人の移動は少なくても、魔獣は空を飛んで来ることがあるので気が抜けない。


国の予算を食い物にしていた代官が、彼らの予算をどうしていたのか。


それも気になる。


「早いうちにそれらも確認しないといけませんね」


そう書いて見せると、眼鏡さんが頷いた。


「そのためにも、急いで署名をお願いします」


「そうだな。 坊、いやネス。 がんばれ。


わしはちょいと草の燃え具合を見て来る」


そう言ってガストスさんは立ち上がった。


「そういえば、先ほど黒い煙がもくもくと上がっていましたが?」


窓の外を覗き込むように眼鏡が背伸びをする。


俺は黙って署名の用意をし始めた。




 その日の夕飯は久しぶりに俺が作った。


調理場はそこそこ広いが、隅っこをちょこっと使って作り、食堂のテーブルの一つに四人分を運んだ。


王都のおばちゃんたち直伝の料理が並ぶ。


「これは、美味しそうですね」


眼鏡さんがうれしそうな声をだす。


今日はそこそこの量を作ったので、ガストスさんもクシュトさんも遠慮なく食べている。


手伝いを断られた眼鏡さんが、お茶を淹れてくれた。


「パルシーさんも旅が多かったのなら、料理することもあったのでは?」


と食べながら文字板に書く。


ここでは誰も行儀が悪いとは言わない。


「ええ。 確かに移動は多かったですが、ほとんどは携帯食か、護衛の誰かが作るかですね」


自分ではやらないらしい。


ま、ここにいる爺さんたちも似たようなものだ。


『ケンジが変わってるんだよ』と王子まで口を挟む。


えー、絶対自分で作ったほうが良いと思うよ。


味付けは人それぞれだし、自分で作るってことは自分の好みの味になるってことだ。


元の世界とは違う食品や調味料。


俺は食を攻略しなけりゃここまで来れなかったと思う。


郷に入っては郷に従え、とは言うが、自分の味は大事だ。


「ネスの料理は多少変わっちゃいるが、だいたいは旨い」


クシュトさんが褒めてくれた。 うれしい。




 食後は順番に風呂を使い、爺さんたちは昨日の護衛部屋を使って見張り継続らしい。


俺は眼鏡さんと共に新しい執務室に入り、署名の続きをやる。


 眼鏡さんは、金庫をこの部屋に置き、書棚に書類をキレイに並べていく。


俺はその横でただひたすらに、書類に王子の名前を書いていた。


「おきれいな字ですね。 分かり易くてはっきりとした、素晴らしい字です」


「どうも」と文字板に書く。


王子の字の美しさは、日頃から魔法陣に呪文を書いているせいかも知れないな。


何せ、ちゃんと書かないと発動しない。


元の世界の俺のような下手な字で書いて、もし違っていたら全く違う魔法が発動してしまう。


積み上げられた書類を見ながら、俺は早々に眠くなって王子と交代する。


 


「なあ、王子。 これからどうする?」


領地の運営、辺境の警備隊の問題、眼鏡さんの採用。


『足りないモノが多過ぎる。 もう少し時間が欲しい』


まずはこの書類が終わらないと領地の予算が王子のモノにならない。


 王子がパラリと一枚の書類を俺に見せる。


「ん?」


まどろっこしい文章に首を傾げていると、


『私は成人までまだ一年ある。


その間、パルシーさんをオーレンス宰相の代理としてノースター領に赴任させるという書類だよ』


あー、国王との契約書とか言ってたな。


つまり、あと一年は『王宮の宰相の代理』の眼鏡さんが『未成年の領主である』俺たちよりも偉いということだ。


「そのままいっそ領主やってくれればいいのにね。


俺たちはただの領民になってさ」


王子はククッと笑う。


『面白いことを言うね。 まあ、無理そうだけど』


突然笑い出した王子に、応接用の長椅子でウトウトしていた眼鏡さんがビクッと起き上がる。


「ハッ、すみません。 寝てしまいました」


文字板を取り出した王子は「構わないので、ちゃんと寝台で寝てください」と書いて見せた。


彼も王都からここまでやって来たのだ。 疲れていないわけはない。


恐縮しながら部屋の隅に置かれた簡易ベッドに横になっていた。




 王子は文句一つ言わずに署名を続ける。


「飽きないの?」と聞いたら『少しずつでもやれば、いつかは終わる』らしい。


『それに、時々母上の名前が出て来る』


前の所有者が国王である父親とエルフである母親だ。


この書類にはその二人の名前がたびたび出て来るのだという。


俺は王子の顔を見る。


少し、はにかんだ少年の横顔は美しかった。


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