第3話 王子の執事


 客は若い男性だった。 身分が高いのか、護衛騎士三人と従者が一人付いている。


細身で長身、茶色に灰色が混ざる髪はペタリと撫で付けたオールバックという感じだ。


うーん、どこかで見たような顔なんだけど。


 男性とクシュトさんをとりあえず館の中へ案内する。


「こりゃまた」


クシュトさんはキレイになった館内部に驚くというより呆れている。


朝出て夕方帰って来たら家が新築同然って、しかも内部だけ。


うん。 やらかした感あるわ。


「どうぞ、こちらへ」


俺は文字板を出し、住民用応接室に案内してお茶を出そうとした。


少人数のお茶なら出せるように食器棚を置いてある。


「ケイネスティ様自らお茶など、恐れ多い」


そう言って遠慮された。


あれ?、王子は王位を継がないっていうんで北領に来たんじゃないの?。


俺はチラッとガストスさんを見る。


「まあ、坊は確かに『王族の祝福』を受けた。 それは王族と認められたということだからなあ」


他の誰でもない。


王族を庇護している神が認めたのだ。


しかしエルフの母親を持つ王子を、人族中心のこの国が王と認めるわけはない。


だからこそ、王子は「戻ることはない」として王都を出た。 王位を継ぐ意思は無いと明言している。


むぅ、これ以上どうしろと。




「要件をお伺いします」と書いた文字板を見せる。


応接用のテーブルを挟んで向かい合わせに座った。


「は、はい。 とりあえずオーレンス宰相からお預かりして参りましたものをお渡しします」


そう言って、御者や護衛の兵士に荷物を運びこませた。


布の袋や鞄、重そうな木箱が二個。


そして、全て運び終わると、何故か彼らを町へ返してしまった。


「三日後の朝に、王都への荷物を取りに来るように」


と、彼は従者に伝えていた。



「これらは何でしょうか?」と書いて、文字板を読ませる。


「はい、すみません」


オールバックの優男は、従者がいなくなると、何故か顔をほんのりと赤くさせて話を始めた。


「宰相様からケイネスティ様への、承認をお願いする書類でございます」


箱から取り出した書類が、どさりとテーブルの上に置かれる。


「何故こんなに?」


何とか文字板を置く場所を確保して、疑問を投げる。


「あー、はい。


実は国王様がケイネスティ様にお渡しする資産を、こちらにお送りしようとしたところ、各方面から異論が出まして。


それではと宰相様がそれを国で買い取り、国宝とすることを提案なさいました」


俺たちはただ、話を聞きながらウンウンと頷いている。


「どれも高級品で、珍品で、値段の付かないモノもございます。


とりあえず国の宝物庫でお預かりしております、という証文でございます」


確かに、王子の資産一覧表は結構な数があった。


でも書類にしたらこんなにあるのか?。


「中には一部、すでに国で買い取りまして、お金に換えております。


それをこのノースターの予算に組み込みまして。


でもまあ、ケイネスティ様が領地経営として使う分にはご自由でございます」


 また本音と建て前ってことか。


そのまま私財としてお金を渡すことは出来ないが、領地の予算としてなら出しても良いと。


まったくややこしい。


そのために書類が増えているわけか。


「それでですね。 これだけの書類を確認してご署名いただくわけですが」


男性はチラリと俺の顔を見る。


「私はここでお手伝いさせていただきたいのです」


気の弱そうな男だ。 きっと宰相様にきつく言われて来たんだろう。


でも、ここは必ずしも安全とは言えない。


「町のほうが安全かと思いますが」


俺がそう書くと、クシュトさんが意外なことを言い出した。




「それなんだが」


腕を組んだクシュトさんが、男性を見ながら言った。


「王都から来たと思われる兵士の一行はいたんだが、その、こいつがな、追っ払ったんだ」


「はあ?」


ガストスさんが変な声を上げたが、俺も声が出たらきっと同じだったと思う。


「どういうこった、そりゃ」


「あー、いえー」


男性はオールバックが崩れない程度に頭を掻く。


「私は先ほどこちらの町に着いて、私兵らしい一団を発見いたしました。


実は王都からこちらへ来る道程が彼らとほぼ一緒だったんで、気になりまして。


彼らに所属を聞いたのですが、はっきりとはしませんでした。


でも、この領主館に用事があるみたいだったので、私は同行をさせて欲しいとお願いしたんです」


ところが、彼らは男性が宰相様の使いだと聞くと、どこかへ姿を消した。


「追い払ったなんて、とんでもありません。 逃げられてしまったんです」


俺はどういうことなのか、視線でクシュトさんに説明を求める。


 つまり、この男性は王都から宰相様の使いでやって来た。


この町に到着したところ、王都からの道すがら何度か出会った一団がいる。


目的地を確認したところ、領主館ということで「では一緒ですね」と同行しようとしたら……。


「なるほど、ねえ?」


俺とガストスさんは腕を組んで考え込む。 うん、良く分からない。




「あー、すみません。 自己紹介が遅れまして。


私はオーレンスの長男、パルシーと申します」


「ほー、あの宰相の息子ってことか」


ガストスさんの言葉に、俺は彼の顔を改めて見る。 誰かに似ていると思ったのは宰相様だったのか。


それなら私兵たちが引いたのも分かる。


こんなところで宰相様を敵に回すわけにはいかない。


 へへっと照れたように笑った男性は、さらに言葉をつづけた。


「父からケイネスティ様のお役に立てるよう、叩き込まれてまいりました。


こちらが国王陛下との契約書です。


こちらで働かせていただくことになっております」


「なんだって?」


唖然としている俺の代わりに、クシュトさんがその契約書を手に取って読み始めた。


「ケイネスティ付き執事、だと?」


「はい」


目の前の男性は、どこか誇らしげに背筋を伸ばす。


「まずはノースター領の雑務は私にお任せください。


将来は王子のご結婚からご即位まで、すべて私、パルシーがご支援いたします」


俺はプルプルと首を横に振る。


やだ、この人怖い。


「ケイネスティ様、どこまでもお供します!」


がばっと身を乗り出し、俺の手を取ろうとしたので、パシッと弾いておいた。




 しかし、おかしくないか?。


「宰相家の長男なら後継なのでは?」と書いて見せる。


「いえ、私は上に優秀な姉が二人もおりまして、父の腹心の部下を夫としております。


父は早いうちに私には王都は合わないと判断しまして。


今までも王宮ではなく、地方を回る代官のような仕事をしておりました」


どこがどう合わないのか、真面目なのか違うのかも分からない。


三十歳だというこの男性を宰相はどういうつもりで寄越したんだろうか。


 とりあえず保留として、早めに終わらせてこの男性を王都へ返したい、


俺は渋々、書類の手伝いだけを了承し、確認を始める。


クシュトさんが馬の世話に外に出て、ガストスさんは男性が持ち込んだ荷物を片付け始める。


「これはどこへ置くんだ」


「私はここで寝泊まりさせていただきますので、手元に置きたいです」


「書類ばっかりだろう。 そんなに大事なものなのか?」


「大切な物に決まっています。 これが無いと領地運営など出来ませんから」


彼は自分の荷物らしい鞄から、ゴソゴソと眼鏡を取り出して掛ける。


あ、こりゃ呼び名は『眼鏡』で決定だな。



 パルシーと名乗った眼鏡さんは、木箱の中から、そうっと宝箱のようなものを取り出した。


元の世界のゲーム画面に出て来たような、あの四角くて半円の蓋が付いたアレである。


大型犬ほどの大きさがあるので、この男性は見かけより腕力はあるのかも知れない。


 俺を手招きして蓋を開ける。


中身は空っぽだ。 覗き込んだガストスさんも首を傾げる。


「では王子。 魔力を流して、今度は手を入れてみてください」


俺は言われるままに箱に触れ、魔力を流す。


そして真っ暗な空っぽの中に手を入れてギョッとした。


何かに触れたので、慌てて手を抜きだす。


「この箱は『魔力金庫』です。


特定の者にしか中身を見ることも触ることも、もちろん取り出すことも出来ません」


簡単に持ち運びが出来ると盗まれる可能性があるために、この大きさなのだという。


ちょっと待て。 またチートアイテムじゃねえか。


俺はまたしても頭を抱えることになった。


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