第2話 王子の館
三日ぶりに揺れない場所で眠れたので、翌朝は少し遅い起床になった。
爺さん二人はすでに起きていて、クシュトさんは馬の世話をしてくれていた。
「おはようございます」
と文字板に書いて起きたら、部屋に居たガストスさんは不思議そうな顔をしていた。
「その髪は、はあ、まあいいか」
俺も王子もあんまり見かけを気にするタイプじゃないんで、バサバサだけど、これでいい。
「坊よ。 王宮を出てからお前さんの夜の行動を見てたが、ありゃなんだ」
俺は寝具を片付けながら話を聞く。
「夜中の交代してた間、何やらゴソゴソやってただろ」
てへっと頭を掻いて、「夜のほうが魔法陣を描き易いんです」と書いて見せる。
夜中に動いているのは王子だ。
身体を共有している俺たちは、主に肉体労働している俺に対し、王子は魔法関係を受け持ってくれている。
同時に作業は出来ないので、王子は俺が寝ている間に魔法陣を描いていることが多いのだ。
声を出す事が出来ない俺たちは、この魔法陣を描いた紙がないと魔法を使えない。
「まあ、いいが。 あんまり無理はするなよ」
そう言われて「はい」と書いた板を掲げる。
体力的にしんどくなったら、自分で自分に<回復>を使っているから大丈夫。
鞄から簡単な朝食と飲み物を出して、クシュトさんを呼んでもらう。
「今日の予定なんだが」
小さなテーブルを囲んでモシャモシャ食べながら、三人の予定を決める。
「俺は町の方へ行ってくる。 馬を一頭借りるぞ」
クシュトさんの言葉に、ガストスさんと俺は頷く。
「じゃ、わしは館の周りの草刈りだ。 坊は館内の掃除だろ?」
「はい」と板を見せ、ついでに「草刈りの道具を渡しますね」と書く。
王宮に住んでいた頃、俺は隠れて畑を作っていた。
その作業用の道具も持って来ている。
来年の春にはこの土地でも畑を作りたい。
「この隣の部屋が空いてるので、そこを道具入れにしたい」
と訊いてみたら、了承された。
これからこの土地は冬に向かう。
かなり雪が深いと聞いているので、館の中に置いておいたほうが良いだろう。
どうせ部屋は余ってるんだし。
二人の爺さんが外に出た後、俺はまず一部屋残らず扉を開けて回った。
それから、玄関ホールに行く。
王子が新しく作ってくれた魔法陣を取り出す。
『掃除が大変そうだったから大きめにしておいた』
でもこれは大き過ぎないか?。
魔法陣を描くための魔法紙というものがある。
紙の大きさは一枚がだいたい俺たちの上半身程度の大きさなのだが、それをいつもは切って使っている。
俺たちが普段使っている魔法陣帳は大きいモノでA4くらいで、あとは半分の中とその半分の小の三種類だ。
しかし王子が用意したのは、その元の大きさの紙を貼り合わせて四倍になっていた。
『もしかしたら館ごと掃除出来ないかと思ってね。 実験さ』
うわ、この王子も王宮を出てから自重しなくなったな。
良い事だ。
俺はその大きな魔法陣の紙を四つ、ホールに広げる。
<清掃><消毒><換気>、そして<復元>。 俺は順番にスイッチを押すだけだ。
ただの復元だけだとゴミまで復元してしまうので、掃除をしてから発動しなくてはならない。
魔法陣が黄色く光った。
(え?)
俺は慌てて玄関から外に飛び出した。
(王子、何やったんだよ。 色が付くなんて)
古来から使われている魔法陣は無色だ。
色が付くのは魔術師が作ったオリジナルで、危険度に応じて色が付くと聞いている。
『だから実験……』
館全体がまるで嵐に襲われたように揺れている。
しかし、ゴウゴウッと風が舞っているのは館の中だけだ。
あれ、家具とか大丈夫なのかな?。
「坊、 無事かっ」
ガストスさんが驚いて側に駆け寄って来た。
「何やったんだ、お前さん」
「魔法陣四つを連続で発動しちゃいました」
と書いたら拳骨が落ちた。
『まったく。 一つずつやってくれないと検証出来ないじゃないか』
王子にも呆れられた。 ごめんなさい。
静かになったので恐る恐る中に入る。
「うへ、新築みたいだな」
ガストスさんが唸る。
床や天井、壁や窓、家具までがピカピカだ。
おかしなことに外観は全く変わっていない。 館の中だけがまるで新しい建物のようだ。
『外観まで変わるとさすがに魔術を隠せなくなるからね』
中だけなら掃除をがんばったことに出来る。
さすが王子は魔術の天才だ。
俺とガストスさんはしばらくの間、放心状態で玄関に立っていた。
さすがに館の外はあまり大っぴらに魔術を使えないので、ガストスさんは相変わらず草刈りだ。
俺はお手洗いと風呂場、調理場などの水回りを直している。
館自体が広いので、あの魔法陣だけではさすがに手が届かない場所も出る。
<復元>は作られた物自体の記憶の最初に戻る魔法だ。
途中で改造していたりすると元の記憶が消えているので戻せないこともある。
そういう細かい箇所を確認し、必要なら<修繕>を使う。
この場合は単に壊れている物を直すということなので、材料などが古くなっている場合は後で取替が必要になる。
建物は北棟と南棟を中庭を隔て、東西が廊下で繋がっている。
風呂場と言ってもシャワー室みたいなものだが、それがあるのは南棟だ。
部屋の真ん中に板の足場の通路と左右に三つずつ大きな水瓶がある。
通路以外は一段下がっていて、足元が排水を考えて石造りになっていた。
それぞれの大きな水瓶の上部辺りに、小さな棚があり、そこに脱衣篭が置かれている。
元の世界で一度だけ行った、海の家のシャワー室みたいな感じかな?。
病気になる前の記憶だからものすごく曖昧だけど。
「水の魔法陣があるけど、これ甕の中だけだね」
『高い位置に水瓶があれば、そこから水を落として身体を直接洗えるんだったか?』
「そうそう」
俺はシャワーの希望を簡単に王子に伝える。
「冬はお湯を使えるよう、温度調節が出来ればいいな」
『さすがにそれは難しい』
「水と一定のお湯の二つの魔法陣を使って、それを使う人が自分で調節してもらえばいい感じ?」
『ふむ、考えてみる』
調理場も水瓶だけなので、やはり古い構造なのだと分かる。
今の王都では、水を使う場所はほとんどが水の魔法陣を刻んだ魔道具が使われているからだ。
お昼に一度戻ったガストスさんに昼食を出しながら、「武器庫とかないんですか?」と書いて文字板を見せた。
こういう建物ならありそうなんだよな。
ガストスさんはニヤリと笑って、コツコツと靴で床を鳴らす。
たぶん地下だということだろう。
「昨日のうちにクシュトが見つけてるが、中身は空っぽだったそうだ」
あー、さすがに危ないモノは持ち出しているのか。
でも地下室は魅力的だな。 あとで見せてもらおう。
「それに書類の類も一切無い」
うわー、それって後ろめたいってことじゃないですか。
「クシュトが町へ行って代官の動向を調べている。 後で聞いてみろ」
「はい」と文字板に書く。
午後は照明の魔道具を確認していったが、それらは無事だった。
一階の広い角部屋を俺の居室にしたいと言ったが、領主の寝室が一階なのはまずいそうで却下された。
「じゃあ、執務室?」
と書いたら、ガストスさんは頷いてくれた。
「それならいいだろう。 机の位置を直すなら手伝うぞ」
どうも外が飽きたようで、ガストスさんが自ら手伝いを言い出す。
一部、事務用の机を残し、後は応接用のセットを置く。
書類棚や大きな金庫もあるが、中身は空っぽだ。
部屋の片づけがひと段落着いたので、お茶を飲みながら外を見ると、ガストスさんの刈った草が山積みになっている。
「あれは燃やしますか?」と書いたら頷かれた。
外に出るとやはりもう風が冷たい。
水の入った桶を用意して、魔法陣を発動して火を付ける。
「うおぉ、あっちい」
火は思ったより大きく、何故かまだ刈っていない草にまで燃え広がった。
俺は建物に延焼しないよう、慌てて大量の水を掛ける。
もうもうと煙が上がったので、風の魔法陣で町へ流れないように誘導した。
「お前ら、何やってるんだ」
何とか鎮火したころ、クシュトさんが戻って来た。
「お帰りなさい」と煤だらけになった顔で迎えると、苦笑いされた。
そして俺はクシュトさんの馬の後ろを、一台の馬車が追いかけて来ていたのに気づく。
俺とガストスさんが警戒した。
「ああ、お客さんだ」
クシュトさんが連れて来たのなら大丈夫だろうと、ゆっくり警戒を解く。
結構立派な馬車が館の敷地内に入って来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます