二重人格王子Ⅱ~異世界から来た俺は王子の身体に寄生中~

さつき けい

第1話 王子の逃避行


 俺はごく普通の日本人で貫井健治という。


今年、確か二十四歳になるはずだ。


あやふやなのは、俺が二十歳の時に死んで、幽体のまま知らない世界へ来てしまったからだ。


 あれから四年。


俺はずっと、ある少年の身体の中に存在している。


この身体は金髪に緑瞳の、まだ十四歳の美少年の姿をしている。


彼の名はケイネスティ。 俺の今いる国の第一王子だ。


一つの身体に、王子と俺という二つの心を持つ、いうなれば二重人格の王子なのである。




 俺たちは今、住んでいた王都から北にある、普通の馬車で四日ほどかかる領地に向かっている。


「坊。 起きたか。 もうすぐ、次の町だ」


俺は板に魔法紙を貼った文字板を取り出す。


王子はある事情により声を出すことが出来ない。


意思の疎通はもっぱら筆談と、身振り手振りである。


「おはようございます、ガストスさん」


そう書いて見せる。 箱馬車の中には俺とこのガタイのいい爺さんの二人だ。


ガストスさんは元王宮の近衛兵で、引退後、国王の依頼でケイネスティ王子の護衛をしてくれていた。


「『坊』と呼ぶのは、そろそろ止めてもらえるとうれしいです」


と書くと、がははと笑う。


「わしが坊に会った時は、十歳だと言われても、五、六歳にしか見えなかったからな」




 王宮にいた間、王子は彼を王族とは認めないとする勢力に貶められていた。


まともな食事も与えられず、声が出ないのをいいことに、部屋に閉じ込められて育った王子。


この王子のために、俺は他の世界から呼ばれた。


病気で自分の身体を失った二十歳の俺は、宮廷魔術師だと名乗った老婆の頼みでこの世界に来たのだ。


生きる気力を失くしていた王子の身体に、俺という新たな気力が入り、この身体は維持されている。


 そして四年の月日が流れた。


秋の終わりが近いある日、俺たちは王宮を脱出した。


せっかく健康になった王子の命が、このままでは危なくなったからだ。




 ガラガラと二頭立ての馬車は走る。


「そうだなあ。 おい、クシュト。 お前はどう思う」


「あー?」


御者席に座る黒い服の爺さんが、警戒したまま座席に座る俺をチラリと見る。


 この黒い爺さんは、王宮の諜報頭だった。


ガストスさんの友人で、王子が町に出る際の警護として付いてくれた人だ。


「そうだな。 これから北の領主様になるんだから『ご領主様』か『お館様』じゃねえか」


いやー、それは恥ずかし過ぎる。


「『ネスティ』か『ネス』でお願いします」


俺が顔を赤くして文字板を見せると、爺さん二人がクスクスと笑った。


 王子が王位を継がないと宣言し、王領でありながら誰も統治していない辺境地に赴く。


何と呼べばいいのか、俺には師匠みたいな爺さんたちだが、この二人が王子の唯一の家臣だ。




 やがて馬車は辺境地の一つ手前の町に入った。


昼夜問わずに馬車を飛ばして来たため、ここまで二日で来ている。


馬自体は途中で替えているが、御者は三人で交代しつつ、ほとんど寝ずの強行軍だ。


二人の爺さんたちは元々これくらいの無理は利く。


俺は見かけは華奢だが、ガストスさんに四年間きっちり鍛えられているし、案外身体は丈夫だ。


王子の反対派勢力に向かった先はバレていても、追っ手の準備は出来ていないはず。


俺たちは彼らが混乱している間に、新しい領地での体制を整える必要があった。




 食堂を探して馬車を停める。


俺が馬の世話をして、ガストスさんが店の中を確認に行き、クシュトさんは周りの警戒をしている。


「ここまで来ればノースター領にはあと半日だ」


クシュトさんの言葉に頷く。


 俺は馬に<疲労回復>の魔法をかけ、馬車の車体の壊れている部分に<復元>をかける。


ここまでずっとこの魔法を使って駆け抜けて来た。


王子が書いた魔法陣を綴った魔法陣帳から一枚を抜き取り、俺が<発動>させるだけだ。


魔法を使える者は田舎にはあまりいないそうなので、目立たないようにしている。


「おい、坊、じゃねえ、ネス。ここで飯を食うぞ」


食堂から若い店員が出て来て、馬に餌と水を与えてくれる。


俺とクシュトさんも店に入り「一番早く出来る物」を頼んで腹にかき込む。


 しばらく木陰で休憩して、そこからはゆっくりと北へ向かう。


「すみません、ちょっと買い物がしたい」


俺はそう書いた板を二人に見せた。


「まあ、いいだろ。 気をつけてな」


ここまで来ればもう目と鼻の先という事で許可が出た。


うんっと頷いて、市場の側に止めてもらう。




 北領ノースターは山沿いの町で、海が無いと聞いている。


俺は港のあるこの町で海産物を手に入れたかった。


「王都にも港はあったぞ」


とガストスさんはいうけど、俺は王城の周りしかうろつけなくて、新鮮な魚はあまり見られなかったんだ。


(おー)と心の中で叫ぶ。


王都とは違う、何だか田舎らしい素朴な市場だった。


俺が見たこともない魚もあったが、魚だけじゃない、昆布やだしを取るための小魚なんかもある。


王都より値段も全然安い。


 俺は少し小遣いをもらって、手早く料理に使えそうな調味料や食材を買い、見えない所で魔法収納の鞄に詰め込んだ。


『生臭い』と王子には不評だったが、俺がご満悦なのでそれ以上文句も言われなかった。


馬車は再び走り出し、俺たちは無事にノースター領に入った。




 ノースターの領主は代々訳アリの者が勤めていた。


王族や上流貴族などで問題を起こした者を病気療養ということで送る、流刑地のようなものだったそうだ。


『それでも最近は、隣国との関係改善もあり、王領のまま代官を置いて統治させていたはずだ』


「代官ねえ」


俺の知識でいくと、代官ってのはあまりいい仕事してないんだよなあ。


まあ、TVの時代劇しか知らないんだけどさ。




 領主館だと教えられた場所は、領内のさらに北の外れだった。


「なんだこりゃ」


ガストスさんが呆れたのも無理はなく、かなり古い建物だった。


 外周を囲む門はあるが、門扉は無い。


クシュトさんが外回りを見に行った。


館の横に大きな厩舎があったので、とりあえず馬たちを休ませる。


「ここしばらくは人が入った形跡はないなあ」


門から建物まで広い道になっていて、玄関前はロータリーのように馬車を回らせる構造だ。


しかし草がかなり生い茂っている。


 玄関は立派だが、中に入ると咳き込むほど埃が舞った。


「とりあえず、どこか寝られる部屋を探しましょうか」


俺が掲げた文字板を見て、ガストスさんが頷く。


陽が落ちる前に寝床を確保しよう。


 


 二階建ての古い木造の小学校のような建物が二棟並び、中庭を挟んで廊下で繋がっている。


ここまで通った道沿いではほとんどが石かレンガ造りだったと思う。


「そりゃ、最近の建物だな。 ここまで古いと木造が主流の時代だろう」


そうなんだー。


 玄関ホールは二階まで吹き抜けで、その横に待合所のような椅子だけの部屋。


隣は簡単な応接セットのある部屋で、そこに続く扉で繋がっているということは、おそらく住民対応用なのだろう。


そこを出て、玄関ホールの奥に突き当たる扉を開けると角部屋になっていて、かなり広い。


一応ここを今日の寝床候補にして、廊下に出る。


 コツコツと足音がして身構えると、長い廊下の先からクシュトさんが現れた。


「突き当たりは勝手口だ。 厩舎へ出られる。 廊下の右棟は食堂と調理場。


左棟は大人数用の風呂場と手洗いだな」


風呂場といってもこの世界はあまり湯船に浸かる習慣はないそうで、シャワー室のようなものだ。


階段は玄関ホールの横と、勝手口の脇にあるそうだ。


「二階はほとんど寝室だが、会議用の広い部屋と、後は客用の部屋もある」


一階にいくつかある小部屋は使用人用だろうという。




 ホールから右に折れた廊下、そのすぐ脇に階段があり、階段下の見えにくい場所に部屋があった。


「こりゃ護衛の部屋だな。 壁に玄関を覗く穴があるし、窓からは門が見える」


交代を含む二人部屋だそうで、なるほどー。


「今日はここで寝るか。 まだ安全かどうか分からんからな」


二人には先に風呂場へ行ってもらい、俺はこの部屋を掃除する。


とりあえず、今夜はここで三人で交代で寝る。


窓を開けて<清掃><消毒><換気>の魔法陣を発動する。


床や天井、扉や壁などに<復元>をかけたら新品同様になった。


荷物から食べ物を出し、簡単な食事の用意をした。




 雑草しか見えない窓が闇に沈み、虫の声が聞こえ始める。


爺さんたちと 交代して風呂を使うために部屋を出た。


俺と王子はこの館に来て、一つ決めた事があった。


「いいの?」


『うん』


俺は手にした慣れた短剣で、王子の、肩より長い金色の髪を手に取った。


ジャリ、パサリ、ジャリ、パサリ、金色の固まりが足元に落ちる。


 王都とは気温が違う。


部屋着に着替えると、髪の無くなった襟足から寒さがしみ込んで来た。


部屋に戻ると早々に布団に潜り込んで「おやすみ」と文字板を立てておく。


王子は夜中に交代で起きたら、また魔法陣を描き始めるんだろうな。


俺は明日も掃除をがんばるよ。 おやすみなさい。


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