Ⅳ
浴室に近づくにつれ、水の音は大きくなる。様一がシャワーを浴びている音だ。
リビングで食事を終えた
洗面所の戸を無遠慮に開き、シャワーの音が耳を刺激する中、一つ深呼吸をする。意を決するように胸の前で右手で十字を切る。
「お見守り下さい、神様」
そう呟いて、
軽く戸を押して浴室の戸を開くと、そこで見えたのはシャワーを浴びている様一の姿である。突然侵入してきた外気が様一の身体を縫うことで振り返って
「な、なにしてんだ。お前……」
「お話の途中でしたので、続きをお伝えしに来ました」
「後でもいいだろ、シャワー中だぞ」
十字を切った後で固定されていた右手を突き出して、様一の右頬を傷つけた。
切り傷から少しだけ血が流れ出ることでやっと切られたことを知った様一は恐れ慄いて後退りした。持っていたシャワーヘッドを落として、陰部が丸見えになっていることを気にかけていない。ただ身に危険が訪れたことを理解した。
「部屋を血で汚すのは気が引けたので」
あらゆる体液で様一の部屋を汚した者の台詞ではなかった。
様一と
「どういうつもりだ、お前……」
「神としてのエネルギーは十六歳から溜まり始めます。それはもし放置すれば、世界が崩壊してしまうほど危険なもの。貴方が修行を拒んだり、エネルギーが危険な状態になった時は貴方を
「クソ親父から言われたことか……」
「それは言えません」
右手に伝う様一の血液。それを引いて
様一から見て、その様子は狂気に満ちているようにしか写らない。
「明日、学校を休んでおいてください」
「は?」
「私としても、無理矢理あなたに修行をさせるのも望む話ではないのです。貴方が自主的に修行する気になれるようにしますので」
「どっか行くってことか」
「はい。ですから予定は空けておいてください。絶対に」
念を押すように
もしここで了承し、明日になってからバックれたとして、
「様一様」
そんな様一に対して
校内で話題になるほどの美少女である白羽天使。そんな彼女が慈愛溢れる笑みを浮かべたら普通の男子高校生は魅了されてしまうだろう。神様の息子といえどそれは例外ではない。彼女が自分の父親を想って、息子の部屋で激しい自慰をする変態であることはわかっていてもそれは免れない。肌と肌で接触していたなら尚更だ。むしろ何故そんな娘があんな親父を、と心の中で涙するほどになっている。
「下心はあってもいいんです」
不意にそんなことを言われ、様一の頭にははてなマークが浮かび上がる。
「もし私を抱かせろというなら、喜んで貞操を捧げましょう。お金が欲しいならば、なんとか供養いたします。どんな欲望でも構いません。私はそれを叶えるために存在しています」
先程の言動と少しだけ矛盾を感じる。
「まずは先払いをしてしまいましょう」
そう言って
低い身長のため、
彼女が何をしようとしているのかを理解した様一は身を固めてしまう。本来ならここで押し返すのが正しい選択のように思える。しかし、様一は緊張のあまり何も出来ずにいた。
それも無理からぬことで、絶世の美少女の顔が接近している。もうすぐゼロ距離になるところで、正常な判断のできる男子高校生などいないといっても過言ではない。様一もそれは例外ではなかった。
様一と
何をしようとしてるのかを理解していた様一は、さらに身体の硬直を強めてしまう。やはりそうかと頭では思うものの、その感触を味わう余裕が無い。
そんな様一を差し置いて、
シャワーから出るお湯の音。そして、様一と
舌だけでなく、
このままでは様一は
そんな危機感を覚えた様一は、限りなく小さな理性を取り戻し、
「なにを……」
「続きを御所望なら、明日、答えを伺います。だから様一様、よくお考えください」
「君は神様のことが好きなんだろ……」
「はい、私は神様のことをお慕いしています」
「ならなんで……」
高揚する呼吸を整えようと自分の胸に拳を置いて軽く深呼吸をふる様一。怪訝な表情をしながら
様一の問いに対して、
「私は、神様をお慕いしているからです」
「だから……、それは親父のことじゃ……」
「ここから先は禁則事項です。それでは明日、よろしくお願いします」
様一の混乱を尻目に、
対する
「神様……」
身体は震えていき、さらに乱れていく呼吸。その口に浮かべるのはニヤけるような笑みだ。
「やり遂げました、神様」
小さく呟くその声は
「致しましょう」
何をとは言わなかった。下着を持った
====
翌日。
様一は睡眠することなく夜を過ごした。シーツが
興奮状態になった様一は、それを抑え込む行為を繰り返し行っていた。若さにものを言わせて行うナニは夜通しで抑えなければならなかった。
寝不足は否めなかったが、若さのおかげか、それとも神のエネルギーとやらが恩恵を促しているのかわからない。なぜか体力が有り余っているのがわかる。
本日木曜は普通に学校のある日だったが、
そんな彼女の指示に従って道を走り、どんどん走行距離を増やしていく。もうすぐ市を跨いでしまうほどの距離を置いていた。
どこに行くのかと行く直前に問うてみたら返ってきた答えがこうだった。
「子供の秘密基地です」
どこの秘密基地かを聞いたらついてくるように言われただけで答えられなかった。
詳細が聞けたのは車道の外れた林道に入ったところだ。
様一の住んでいる地域は海岸沿いの神奈川県。日本全体で物をいうなら都会に部類されるだろう。さらに日本首都から少し外れて、山や森林の多い地域でもある。
そんな地域の人の出入りの少ない森林に様一らは侵入する。木の密度が高く、自転車で通るのは困難を極める。最後の人道に自転車を置いていく。
森林に入った途端に
「約二十年ほど前の話です。当時周辺に住んでいた子供たちがこの辺りに秘密基地を作りました」
何の話かと様一は頭を傾げる。しかし、今回の目的地の重要な話かもしれないと思って黙って聞くこととする。
かつてこの地域では子供たちの遊び場として様々な遊具が用意されていた。現在では危険性を証明されて侵入禁止の札が立っているため、人影一つ入ることがない。
そんな森の中で、当時小学校の中学年から高学年の複数人がトタン板や薄い木の板をそれぞれ持ち寄って一つの建物を作った。小学生にしては本格的に作ったそれは、大人から見れば歪で脆い出来のものだった。しかし、当人達にとっては最高の出来だったその建物を秘密基地と称して遊び場として親しまれていた。
数年すると侵入禁止になったその場所はもう人が入ることのない廃墟と化していたが、現在でもその建物は存在している。
「土埃や木の葉が薄く脆い板の間を縫って侵入し、布が破れて綿が飛び出した座布団。雨風を凌がないその屋根や壁のせいで座布団や、その場に放置されているゴミはかなりの異臭を放っています」
当時の子供たちはその建物を見て「我ら建設の天才」と鼻を高くしていたが、素人建築も甚だしいその建物は雨風を凌がないものだった。
そんな現在も残ってるその建物の木の壁は腐って穴が空いており、虫も湧いてとてもではないが人の住める環境とはお世辞にも言えないものが出来上がっている。トタン板の屋根も雨風を長年受けたことでボロボロになっていて、ほとんど屋根の役目を果たしていない。
「そんな建物に、もし子供がいたらどうします」
「もし、その子供が病気に掛かっていたらどうします」
様一の頭は一つ合致するような、していないような思考が走る。
それをわかっているのかいないのか、
「この先に、そんな病を抱え、両親に見捨てられた一人の子供がいます。その子供、後数分で……、死に至ります」
その声が様一の耳を刺激し、思考を停止させてしまった。
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