Ⅲ
妙に艶のある空気が舞う中、一旦仕切り直しをする目的で様一は台所に赴く。今夜の夕飯の支度をするためだ。
今朝から美命に早く帰るように言われていた。それは自分の十六回目の誕生日を祝うためであると思っていた。しかし真意は別にあった。見知らぬ親父が自分の父親であること。そして自分が時期神様候補であることを伝えるためであった。
タチが悪いのは、詳細を語ることなく親父が美命を連れて消えてしまったことだ。自室にいる守護天使に詳細を聞くよう言われていたのに、実際にわかったことは同級生の
早く詳細を知りたい。唯一の肉親だと思っていた美命はどこに連れていかれたのか。そこに行くにはどうすればいいのか。聞きたいことは山ほどある。冷蔵庫の野菜室を開けた様一の表情には焦燥の色が見えていた。それを一層強くしたのは上の飲み物などを冷やしておく保管庫を開いた時だ。
そこにあったのは見慣れぬ正方形の紙の箱。ケーキのケースであることはすぐにわかった。箱の側面に《ようちゃん誕生日おめでとう! 母より》とマジックで書かれている。口でいえばいいのにわざわざこんなギミックを用意するということは、美命は初めからわかっていたのだ。このような状況になってしまうことを。だからこそ様一は
それが料理過程にも影響を及ぼしている。そもそもそこまで凝った料理をするつもりもなく、軽く食材を切ったあとは炒めて卵、ご飯と絡めて簡単な炒飯を作った。いつもならここに一手間掛けてスープでも作るものだが、そんな気が起きない様一はそれを二つの皿に盛り付けてリビングに運んでいく。
「これは……?」
自分の前に料理が運ばれたことに理解が追いついていない様子だ。夕飯を作るといっても、様一の分だけを作るつもりだと思っていたのだろう。しかし、形はどうであれ、来客がこのような時間までいるのに何も出さないのは様一の流儀に反する。茶はすでに出してあるが、夕食を来客を放ったらかして自分だけ食すのも居心地が悪い。
様一は手を合わせて、小声で「頂きます」と呟いてから皿に添えられたスプーンで炒飯を口に運んだ。その様子をじっと見つめる
「いただきます」
小さく呟いただけの様一と違い、彼の耳にもしっかりと届くように
バター醤油の風味が口の中に広がり、隠し味で入ってる出汁の粉独特の甘みがスッキリとした後味を作り出している。細かく刻んだ人参や玉ねぎもしっかりと火が通っていて、噛み砕く時に不快な感触を味合わせないような工夫にも目を見張るものがある。
米の一粒一粒を十数秒味わった後に喉を通していく。口の中の食材が無くなったタイミングで
「神様が私に初めて作ってくださった料理も炒飯でした」
「……あの親父が料理すんの?」
「お父上に関することはあまり口にしないよう言われています」
様一の問い掛けに対し、
「じゃあオレの作った炒飯と、神様の作った炒飯。どっちが美味いか言ってみてよ」
少し意地の悪い質問だろうか。これから自分を護衛、サポートする役目の天使がもし、
対する
「どちらも甲乙を付け難いです」
上手い返し方だと思った。これならどちらを贔屓しているのかわかったものじゃない。先程の痴態を思えば神様の方に軍配は上がるものだと思っていたのに、これでは文句のつけようがない。無理矢理どちらが美味かったのかと問い詰めることも出来るが、そんなことをしても時間の無駄だ。それを
様一は適当に炒飯を食べながら会話を試みようと続けて聞いてみる。
「でさ、神様候補ってなんなの?」
最もな質問である。突然自分に神様候補であると告げられたところで、どのように対処すれば良いのか判断のしようがない。
言葉通りに受け取るなら、文字通り神様の候補である。何らかの事情で現在の神様、ここでいうなら様一の親父を自称する男がその仕事を辞めることが決定している。その跡継ぎとして神様候補がいるのではと様一は思う。
しかし、一番わからないのは神様である。神様とは何をする仕事なのだろうか。そもそもそれは仕事といえるのだろうか。今更どこかの会社の社長だなどといえる状況ではないのはわかっている。突然扉を作って、不思議な空間に入った二人は消えた。その上、
「神様というのは、世界の存在を安定させる存在です」
一旦炒飯を口に運ぶのを中断した
彼女は「一言で済ませると」と付け加える。例えば人が亡くなった時、その魂をきちんと浄化して生まれ変わりをさせる。人が強く願いを思えば、それとなく手助けをする。天候が荒れに荒れすぎないよう空を見張るなど、世界の人々や自然のそれぞれを天国から見守って調整するもの。それが神様である。もっとも、人の願いを手助けするのは神様の気まぐれなのだそうだ。
「様一様は今の神であるお父上と、女神の美命様の間に産まれた神様の息子なのです」
「は?」
ここで
様一はここで一つ反応を示したが、
「そもそも天国というのは……」
「いや、まてまてまて。母さんが女神ってどういうことだ」
「それも含めてご説明します」
そう切り出した
そもそも天国というのは、一つの国の名前である。天国という国の王として神が存在し、その下に天使族という種族がいる。様一の目の前に現れた神はその天国の頂点に立つ神族だ。そして女の神族の頂点に立つ者を女神と呼び、その立場に君臨したのが美命だ。
二人の頂点は婚姻を果たし、その間に産まれた子供が様一である。
天国は世界の調和を目的に存在している。地球に限らず、全宇宙のバランスを整え、世界を守護する。逆に言えば天国がなくなってしまうことは、世界の消滅を意味する。神となった者は世界と天国、両方の維持をするために日々労働する。
「最も、全てを神が負担する訳ではなく、天使族全てが部下として全力でサポートします。まぁそれがなくても神は無敵ですので、なんでも、いくらでも出来る者がなれます」
そんなことを言ってのける
様一はお世辞にもなんでもできるとは言えない。勉強も中の上いけばまだマシな方で、運動に関しても器用貧乏という言葉が相応しいくらいに中途半端なところが目立つ。どのスポーツをやってもそれなりの動きは熟すが、エースとなれるほど実力を持てるとは思えない。様一にとって、同い年の中で一番を誇れるとすれば料理の腕くらいだ。
あの親父がそんな孤高な存在にはどうしても見てないが、それを抜きにしても様一がそうなれるとは到底思えない。
父親がいないことを除けば、様一は普通の男子高校生だ。普通に高校を卒業、普通に大学やら専門学校やらに進学して就職する。そのまま中流家庭を維持したまま結婚し、家庭を作って死んでいくのだろう。
まさに普通の生活街道を歩めるくらいのスペックしかもたない様一が神様になどなれるはずがない。
「とはいえ、神も初めから完璧だったわけではありません」
人間には脳の成熟期間というものが存在する。産まれてから脳の成熟には十年が必要だとされ、人が十歳になるころにはすでに脳は完成された状態にあるのだという。
それと似たようなことが神にも言える。産まれてからしばらく神としてのエネルギーを溜めるための期間が存在する。それまでは普通の人間と変わらないスペックで育つため、何も教わらなければ自分は普通の人間であると認識してしまう。
そのエネルギー充填の期間は産まれてから十六年であるとされている。
「丁度今日がその日に当たります」
「……なんでその神様の息子であるオレはここにいるわけ?」
人間が十歳になると、脳はほとんど完成された域にあるといわれてる。それ即ち、十歳までに受けた教育、癖、トラウマがあった場合、それが一生レベルで身につくものになる。例えば十歳までに左利きの人間が矯正されなければ、それ以降に矯正しようとすると困難を極める。それと同じで、エネルギーが充填する十六歳までの教育、生活がそのまま神としての存在意義に大きく影響していく。
神は様一を、人間としての生活をより身近に感じて欲しかった。人間の生活、考え方などを直に感じることで、人間に寄り添える神として君臨してほしいという願いがあった。そのため、様一は神のことをほとんど知らされることなく今まで生きてきた。それ故に様一は自分は人間であると認識するようになった。
「これからは私が守護天使として様一様をサポート致します。共に神様を目指して頑張りましょう」
スプーンを手にしながら握りこぶしを翳してガッツポーズを作る。これが筋肉質の男性なら違和感のないポーズになっていただろう。しかし、美少女である
しかし、様一は少し黙ったまま
「冗談じゃない」
台所の流しにおいてある桶に食器を入れ、水を浸けてから様一はリビングを後にする。浴室でシャワーを浴びるためだ。
一人残された
「……やはりこうなりましたか」
一人呟いた後、残りの炒飯を掬って口に運んだ。
もしここで様一が彼女を背中から見てたらどこか哀愁漂っているように見えただろう。
====
道として整備されていない森の中に、一台の乗用車が停車している。車内は微かに暖房の温もりがあるため、ついさっき停めたばかりの車だというのがわかる。
その近く。人の手が一切入っていない木々の間を縫うように歩く人影が一つあった。
一歩一歩歩くごとに草や土を踏みつける音が辺りを響かせる。一般男性の体格をした男の腕に抱えるのは一人の少女。彼女の体格は未だに小学生ですらないほど年端も行かない女の子だ。どこか顔色が悪く、腕に力が入っていないようで、男が一歩歩くごとにぶらぶらと揺らしている。その癖、乱れた呼吸がまだ少女の生存を証明していた。
森の中に幼女を抱えた男性。このイレギュラーな存在は、ある地点を目指している。
歪な形をした建物がそこにはあった。トタン板の屋根に、細く脆い木の板でできた壁。扉も扉という役割を果たさず、風が吹くたびにキイキイと音を鳴らしている。大きな木に貼り付けるようにできている。
そこに体調を崩した少女を連れて中に入った。
「お前が悪いんだ」
男は少女を穴が大きく空いた、綿の飛び出ている座布団を枕にして横たわらせた。
そうして少女を見下しながら男はいう。
「インフルなんかに掛かりやがって。面倒見切れるか」
男は入口に身を置いて、視線だけを少女に向けた。
「じゃあな
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