疑似ヴァンパイア

 招かれた屋敷の中へ入った一行は応接室へと案内される。

 屋敷の中は薄汚れた外観からは想像もできないほど綺麗に片付いていて、塵一つないと言われても信じてしまいそうだ。


「どこもかしこも高そうなもんばっかりで……オレ、壊したりしねーかなあ」

「ちょっとタオ兄、やめてくださいよ? そんなことされたら、最悪、エクスさんの話すら聞いてもらえないかもしれません」

「分かってはいるけどよぉ……。なあシェイン、「押しちゃ駄目」って言われるほど押したくなるボタンって、身に覚えないか?」

「……ありませんね」

「じゃあ目を見て言えよ」


 タオとシェインが応接室のソファに座ったまま辺りを見回し、漫才まがいの会話を繰り広げている。エクスはその様子を見て苦笑いを浮かべた。

 と、応接室の扉を開いて先ほどの少女が部屋の中へ入ってくる。その手には人数分のティーカップとポットが乗った盆が握られている。


「大丈夫? 手伝おうか?」


 思わずエクスが立ち上がって声をかけると、少女はにっこりと笑って言う。


「大丈夫です。お気遣いいただき、ありがとうございます」


 その言葉通り少女は難なくティーセットをテーブルまで運んできた。どうやらこのティーセットも相当年季の入ったものらしい。

 それぞれの前にティーカップを置いて紅茶を注ぐ。それをエクスたちに勧め、自分も紅茶を一口啜ると少女は口を開いた。


「さて、少し落ち着いたところで自己紹介でも致しましょうか。私はカーミラと申します。訳あって、この屋敷で一人暮らしをしております」


 “カーミラ”という名前に一行は息をのむ。レイナに至っては飲んでいた紅茶を吹き出しそうな勢いだったが、すんでのところでそれを堪えた。


「……私はレイナ・フィーマン。この人たちはみんな私の仲間で、こちらから順にタオ、シェイン、ファム、エクスといいます」


 レイナの紹介に合わせて各々が軽く会釈をする。カーミラはその様子を見て何かぶつぶつと呟いているようだった。

 カップを置いたレイナがカーミラに問う。


「宿を提供していただく上に厚かましい願いだとは承知ですが、あなたに相談したいことがあってこちらに参りました。もしよろしければご助力頂けませんか……?」

「……その内容にもよりますが、私にできることなら。あなたの願いなら特に」


 意味ありげに最後の言葉を呟くカーミラに違和感を覚えつつも、お礼を言って頭を下げる。


「では、何があったのか話していただけますか……?」



 カーミラに事の顛末を話し終えると、彼女はふーっと大きなため息を吐いた。やれやれ、と言うように首を振って言う。


「じゃあ私が吸血鬼だってことはもうバレてたのね、かわいいお嬢さん?」


 今までの丁寧な敬語と少し緊張感のある雰囲気から一転し、カーミラは緩く砕けた口調で話す。さっきレイナが自己紹介をしたはずだが、レイナのことを『かわいいお嬢さん』と呼ぶ。


「……ええ、知っていてここに来たわ。お願い、エクスを元に戻す方法を教えて」

「残念ながら、私にはその子を治す方法は分からないわ。けれど、疑似ヴァンパイアなら見たことがあるから少しは相談に乗れるかも」

「本当に⁉ なら――」

「けどそれは疑似ヴァンパイアだったらの話よ。もし違ったとしたら、私はなーんにも分からないから」


 冷たいようだが彼女なりに言葉を選んだつもりだったらしく、レイナはくすっと笑う。カーミラはそれに気づいて少し拗ねたように頬を膨らませた。それからエクスの方を向いて、彼に質問を投げかける。


「ねえ、あなた、昨日レイナの血を吸う前……彼女の話では、うなされてた時。何を考えてた?」

「え……何を考えてたか……?」

「正確に言うと“誰”のことを考えてたか、ね」


 エクスは少しだけ考え込むように首をひねる。しばらくしてからポツリと呟いた。


「……レイナのことだよ。変に喉が渇いて、レイナがここにいれば……“ここにいれば”、何だろう……」

「ん、そこまででいいわ。じゃあ質問2。昨夜、あなたがレイナの血を吸う前、彼女の……ううん、彼女以外でもいいわ。とにかく誰かの血を舐めたりした?」

「ううん。誰も……」

「なに言ってるんですか、新入りさん。姉御の指――切って血が出たとかでそれをぺろって……」

「シェイン、言い方言い方」

「ああ、そういえば。けど、それに何の関係が……?」


 苦笑するタオを置いてエクスがカーミラに尋ねる。カーミラはやっぱり、と額に手を当てた。

 一人で何かに納得したような表情をしていたカーミラが解説を始める。疑似ヴァンパイアについて、彼女が知っていることをレイナたちに告げる。


「疑似ヴァンパイアは私みたいな完全なヴァンパイアと違って、特定の人間の血しか飲めないの。疑似ヴァンパイア化してから最初に血を飲んだ人間の血しか、ね」

「それって……」


 それはつまりエクスが疑似ヴァンパイアだったとしたらレイナの血しか飲めないということを意味する。


「あなたが吸血衝動に駆られたとき、レイナのことしか考えられなかったのが動かぬ証拠ね。これでエクス=疑似ヴァンパイア説はほぼ確定よ」


 さらに追い打ちをかけるようにカーミラが言う。

 レイナは黙ってぎゅっと拳を握りしめるエクスをじっと見つめた。

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