吸血鬼カーミラ

「つまり……どういうことだ?」


 エクスたちの説明を理解しきれなかったタオがシェインに尋ねる。

 シェインは「いいですか? タオ兄」と言ってゆっくりと口を開く。


「新入りさんが姉御を襲ったってことです」

「言い方に語弊がある!」

「でも間違ってはいないんですよね?」

「う……まあ………」


 シェインに言われ、エクスは「仰る通りです」と縮こまった。ちらっとレイナを見ると、一瞬だけ目が合う。が、彼女はすぐに顔をそらしてしまった。その一連の流れを見てエクスはがっくりと肩を落とす。


「――ん? あれ? どうしたのー、四人とも。なーんか雰囲気が暗くありませーん?」


 ふと、明るい声が茶化すように響く。声のした方を見ると昨日から近くの街へ情報収集に行っていた、仲間のファムが立っていた。

 ファムは流れるような動作で持っていた紙袋をエクスに預けると、少し離れた位置で座っているレイナにがばっと抱き着く。


「ただいまあ、お姫様ーっ! 私がいなくて寂しかったでしょ? 不安だったでしょ? 会いたかったでしょー? とりあえず充電させてーっ!」

「ひゃああっ! ちょっ、ファム! 変なとこ触んないでよ!」

「ええー、つれないなあ。私は一人で情報収集して、お姫様のためにお土産まで手に入れ――」


 突然ファムの言葉が途切れる。ある一点を見つめ、険しい表情になった。


「どうしたの、ファム? いきなり黙ったりし――」

「レイナ、それどうしたの?」

「それ?」

「ここ! 首の傷! ……私がいない間に何かあった?」


 「やっぱりお姫様から離れるんじゃなかった」とファムは頭を抱える。

 レイナの首筋に二つ連なる小さな丸い傷跡。もう乾いた血痕にファムはすっと手を伸ばした。


「ああーもう、レイナに何かあったら私、死んでも死にきれないよおー」

「そんな縁起の悪いこと言わないでよ……。私なら大丈夫だから」

「……じゃあレイナ、何があったのかだけ聞いてもいい?」

「……ええ。ちゃんとファムにも話すわ……」


 レイナがエクスをちらりと見てまたファムに向き直り、しっかりと頷く。ファムはレイナをぎゅっと抱きしめると、その声に耳を傾けた。



「―――と、いうわけなの」


 説明を一通り終えたレイナに、ファムは混乱した様子を示す。


「つまり、お姫様がエクスくんの寝込みを襲おうとしたら逆に狼になったエクスくんに襲われたってことでいい?」

「「全然よくない」」


 エクスとレイナの声が重なる。今までじっと俯いて自責の念に駆られていたエクスだったが、ファムの冗談で思わず顔を上げた。

 しかしレイナと目が合うと、気まずそうな、申し訳なさそうな表情でまた視線を落とす。


「まあ冗談はさておき。エクスくんのそれ、話を聞く限り“吸血鬼”っぽいね」

「“吸血鬼”……って、あの、人間の血を吸う……?」

「そう。読んで字のごとく、血を吸う鬼だよ。まあそーゆーことなら、発症? したのがこの想区で良かったね」

「良かった……?」


 不思議そうにするエクスにファムはニシシと笑う。そして街で握ったこの想区の情報をもったいぶりながら口にした。


「この想区はねぇ、私が仕入れてきた情報から察するに……『カーミラ』の想区なの」


 『カーミラ』。恐らくこの想区の“主役”であろう人物の名前で、彼女は女好きの吸血鬼――そう、“吸血鬼”なのだ。

 同じ“吸血鬼”ならエクスくんのことも何か分かるんじゃない? と、ファムは言う。それから、彼女の屋敷の場所もばっちり聞いてきた、とも付け加えた。


「じゃあそのカーミラさんのところへ行けば、エクスさんのことがわかるかもしれないってことですか?」

「あくまで可能性だけどね。でも何もしないよりはいいかなって」


 わずかな可能性でも縋るほか、エクスをもとに戻す方法はない。

 そう考えた一行はカーミラの屋敷を目指して歩き始めた。

 薄暗い森のさらに奥へと一行は足を進めていく。遠くに大きな屋敷が見えるが、ここからその屋敷までの距離は分からない。ファムは、仕入れてきた情報が正しければあの屋敷がカーミラの本拠地だ、と一行に伝える。


 ――どれくらい歩いただろう。うっそうと生い茂っていた森が開け、大きな屋敷が目の前に現れる。中世ヨーロッパの貴族の屋敷を彷彿とさせる立派な造り、しかし手入れが行き届いていないのか外壁は薄汚れていた。

 蔦の絡みついた城門をくぐり、屋敷の扉の前に立つ。一つ深呼吸をして、ファムは大きな扉をノックした。

――コンコンコン。

 金属製のノッカーの音が鳴り響く。しばらく待つと、屋敷の中からパタパタと誰かが駆けてくる音が聞こえてきた。


「はい、どちらさまでしょう……?」


 そう言って扉の向こうから現れたのは一人の少女だった。

 腰まで届く長い白銀の髪、血の色を彷彿とさせる深紅の瞳、透き通る白い肌、そしてこの世のものではないかのように美しく整った顔立ち。まるで人形のような少女が不思議そうに一行を見つめた。


「……こんばんは。旅の者ですが、道に迷ってしまって……。見ての通り、もう日が暮れ始めています。どうか一晩泊めていただけませんか?」


 レイナがお姫様モードを発揮する。この時ばかりはいつものポンコツは影を潜め、まるで本物の姫のようで、ほかの仲間は下手に喋らない方がいいとすら感じる。

 レイナの言葉を聞いた少女はこくんと頷いた。


「まあ、それは大変でしたね。大したおもてなしはできませんが、どうぞお入りください」


 少女に促されるまま屋敷の中へ入ると、重い扉がキイと音を立てて閉まった。

 まるで一行を屋敷の中へ閉じ込めるかのように。

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