おかしなエクス

 結局、シェインとタオも含め四人でカレーを作ることとなった。

 後片付けを終えると、明日もすぐに動けるようにと交代で見張りをつけながら眠ることにした。


「……っ、う……ん」


 レイナが見張り番の時。うなされるエクスの声が聞こえてきた。

 勝手に寝顔を見るのはどうかとも思ったが、エクスが苦しんでいるのだとしたらそんなことは気にしていられない。レイナは少しだけエクスの様子を見ることにした。


「……はぁ、はぁ――っふ、うう……」


 酷く苦しそうにうなされているエクスの額には汗が浮かんでいて、服の胸元をぎゅっと握りしめた指は必死に何かを堪えているようだった。

――もしも悪夢でうなされているんだとしたら。

 そうだとしたら起こした方がいいのかもしれない、とレイナはエクスに声をかけ、とんとんと肩を揺さぶった。


「……エクス、エクス。大丈夫? 随分うなされてるみたいだけど……」

「…………れい、な……?」


 レイナに呼ばれていることに気づいたエクスは重たげに体を起こし、彼女の表情を確認する。心配そうにエクスを覗き込むレイナの首に手をまわし、そのまま自分の方へと抱き寄せた。


「えっ、えっ? エクス、なに、どっどうした――」

「レイナ……」


 エクスとレイナの顔が近づく。息が触れるくらい近距離にいるエクスにレイナは咄嗟に目を瞑った。


「ひゃうっ」


 レイナに覆い被さるようにしてエクスはその首筋に口づける。

 思わず変な声が出てしまった、とレイナは慌てて自分の口を手で押さえた。

 そんなレイナにはお構いなしにエクスは口づけたレイナの首筋をぺろりと舐める。


「…………んっ」


 今度は何とか声が漏れないようにしようと試みるが、それは失敗に終わった。恥ずかしさと何が起こっているのか理解できなくてレイナは混乱する。

 エクスの吐息が耳元で聞こえ、その度に心臓が速くなる。

 彼のいつもの少年のような声とは違う、大人びた、ぞくっとするような声がレイナの聴覚を襲う。


「レイナ……いい………?」


 エクスの声もさることながら、その内容もなかなかどうして心を搔き乱すものだった。この状況で「いい?」と聞かれれば……『そういう意味』で聞いたのだと理解せざるを得ない。

 流石にレイナにはいつ仲間が起きるか分からないこの状態で『そういうこと』をする勇気はない。というか、いくらエクスとはいえ、いきなりこんな状況になるなんて有り得ない、と自分自身に言い聞かせた。


「や……だめよ、エクス。こんな――」

「――ごめん。もう、無理。限界……」


 そう言ってエクスはレイナの肩を抱く腕に力を込める。レイナの心臓が大きく跳ねた。

 エクスはもう一度レイナの首筋に唇を当て、そこを一舐めすると――

 

――彼女の首筋に、牙を突き立てた。


「ひゃ……んぅ……っ」


 耳元で水音が聞こえ、レイナの首筋を温かい液体が伝う。暗くてよく見えないが、べっとりとしたそれは恐らく血だ。けれど不思議と痛みはなく、それどころか首筋から全身に快感が走っていくようだった。

 初めての感覚と混乱で頭が真っ白になっているレイナの血を貪るようにエクスはごくんごくんと喉を鳴らす。


「ん………あぅ……ふ、んん……っ」


 何が起きているか理解できないまま、レイナを襲う感覚はどんどん強くなっていく。体から力が抜け、まるで自分のものじゃないように感じるし、こんな声が出せるなんて初めて知った。

 ふと、レイナの視界が揺れ、がくんと腕をつく。瞬間、エクスの拘束が弱まる。


「――っ、エクス、いい加減にしなさい!」


 レイナはその一瞬の隙をつき、エクスをどんと押し飛ばす。とは言っても、今のレイナの力では大して距離は取れなかったのだが。

 だがそんなことは承知の上だ。我に返ったレイナはできるだけエクスから距離を取ろうと、座り込んだまま後ずさる。

 エクスに噛まれた部分を手で押さえると、ぬるっとした温かい感触が掌へ伝わってきた。恥ずかしさと自分が自分ではなくなったような怖さで胸がいっぱいになる。


「レイナ……」


 涙目になったレイナにエクスが近寄ろうとすると、レイナはびくっと肩を震わせた。エクスは自分のしてしまったことに気付き、行き場のない手を引っ込める。

 怖がらせてしまった、と。エクスは後悔する。だが自分でもどうしてあんなことをしたのかは分からない。


「……どうしたんですか、姉御? 何かありました……?」

「うるせえぞ、お嬢……。騒ぐんならみんなが起きてから……」

「シェイン……っ、タオ……っ!」


 先ほどのレイナの声で起きてしまったのか、シェインとタオが眠そうに目を擦りながら二人のもとへやってきた。レイナは安心したようにシェインに駆け寄って、その腕に抱き着く。

 何かあったのだと理解したシェインはレイナをぐっと近づける。


「姉御、その首どうしたんですか? 血……? まさか敵が――」

「おい坊主、お前もこっちに――」


 エクスを見たシェインとタオ。もう朝日が昇りかけていて明るくなった森の中では、エクスの口元についた血の跡を見つけることなど容易かった。

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