エクスとヴァンパイアの呪い
雨宮羽依
すべての始まり
霧を抜け、辿り着いた想区で最初に出会ったのは、深い深い森だった。
ただの森ならば構わないのだが、雰囲気は見るからに不気味である。重い空気が立ち込め、浅い霧がかかり、遠くで梟の鳴く声が聞こえてくる。
「なあ、お嬢。もう少しマシな場所に出られなかったのか……?」
「無茶言わないでよ。想区の中のことまで分かるわけないでしょ」
「でもよぉ……」
幽霊やお化けといった怖いものが苦手なタオがレイナに文句を言う。レイナも強がってはいるものの、やはり怖そうだ。
「タオ兄、落ち着いてください。あとシェインの服引っ張るのやめてくださいよ」
「ああ、悪ぃ。つい、な」
「まあまあ……でも、確かに不気味――ん?」
エクスが視線の先に何かを見つけ、あれ何だろう、と駆け寄っていく。
全員で近寄ってみるとそれは一枚のカードだった。タロットカードのような、一見普通のカードだったが、よく見るとそれは淡い紫の光を纏っており、この森の雰囲気にも似た不気味さを持っていた。
「タロットカード……? なんでこんなところに……」
「あ、ちょっ新入りさん! 触らない方が――」
「え?」
シェインが声をかけたのはすでにエクスがカードを拾ったあとだった。当のエクスはシェインの言葉を全く理解しておらず、きょとんとしている。
シェインは大きくため息を吐くとエクスに言った。
「あのですね、新入りさん。それ、見るからに怪しいじゃないですか。なんで何の躊躇もなく拾えるんですか? 触ると発動する類の呪いとかだったらどうするんです」
「でも平気だったし……」
「それは結果論です。こういう代物を扱うときは細心の注意を――」
「まあまあ、シェイン。お前が坊主を死ぬほど心配したのは分かったから、その辺で許してやれよ。こいつも何が何がなんだかわかってないみたいだし」
「……まあ、そうですね。今回は何もなかったからよしとしましょう。次からは気を付けてくださいね、あとシェイン、別に心配なんかしてません」
タオに諭され、しぶしぶ説教を中断するシェインにレイナは苦笑いを浮かべる。
それにしても、本当に不気味なカードだ。土に汚れていて絵柄は分からないが、その纏う空気が異様さを放っている。
(あれ? これ、さっきまで光ってなかったっけ……?)
不思議そうに首を傾げたエクスにレイナが少し離れたところから声をかける。
「エクス、何してるの? もう日が落ちてきたから今日はこの辺で野宿を……」
「ええっ、マジかよ⁉ そりゃないぜ、お嬢~っ!」
「ぐだぐだ言っても仕方ありません。ほら、そうと決まれば燃やせるような枝を探しに行かないと。姉御と新入りさんはここで食事の準備をお願いします」
「うん、わかった。気を付けてね、シェイン、タオ」
嫌がるタオの腕を引っ張って森の奥へと姿を消していくシェインの様子をエクスは苦笑いで見送った。
二人が見えなくなってから、エクスとレイナは食事の準備をしようと携帯していた食料袋に手を伸ばす。
「えーっと……うん。この材料ならカレーが作れそうだね。前の想区で水と食料を補給しておいて良かったね」
「そうね。じゃあとりあえず、材料切っちゃいましょうか」
そう言ってレイナはじゃがいもに手を伸ばす。エクスにナイフを手渡されると、それを軽く水で洗い、皮をむき始めた。
エクスは火種を移せそうな落ち葉を集め、それからあまり湿っていない場所にシートを敷いて帰ってきた仲間が休憩できるようにする。
と、そこでレイナがいつものポンコツを発揮させる。
「――ったあ……っ!」
エクスが急いでレイナに駆け寄ると、彼女の指先に赤い何かがついていた。
血だ。じゃがいもの皮をむいていて誤って自分の指も切ってしまったのだろう。
エクスは咄嗟にレイナの手を取り、指をの先を握りしめ、それを口元に近づけた。レイナの指がエクスの口に触れる。
「えっ、ちょ、エクス? 何して――」
「――っ! ごめん! 僕の故郷ではちょっとした傷は舐めておけばいいって言われてて、慌てちゃってつい……。ごめん、レイナ。嫌だったよね」
真っ赤になって慌てるレイナを見て我に返ったエクスは急いで弁解をし、彼女に頭を下げる。レイナは別に構わない、とエクスに伝える。
「いきなりでちょっと驚いただけで、別に嫌とかではないから……」
「……レイナ」
「あっ、抵抗がないって意味ね! 私の故郷でもそんな風に言われていたし……っ」
「なあにラブコメみたいなことやってるんですか、お二人さん?」
手を握ってじっと見つめあったままの二人にシェインが声をかける。その背負う雰囲気から察するに、相当怒っているようだ。
「食事の準備をしていてくださいと言ったはずですが……出来ているのはじゃがいもの皮むきだけですか? いったい今まで何をしていたんです?」
いちゃつくのはいいですがすべきことをしてからにしてください、とシェインはため息を吐いた。
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