第4章 作戦会議
ソフィー様と別れて
机に向かって、ソフィー様とロゼッタさんの
「こうして書き出してみると、見事なまでに正反対のお二人だわ。ソフィー様は、あまり人に弱みを見せない方よね。男性からしたら、軽々しく話しかけられない
そういえば、前にお父様とお父様のご友人が女性の好みの話をしていた。
何かヒントになるのではないかと、私は
あれは確か、お父様とご友人の方がお話ししている部屋の前を通りかかったときだったはずだ。
『やはり女性は
『確かにそれはあるな。甘えられて
『あ~グロリアさんとアメリアちゃんは
『うちのアメリアは結婚などしない。考えたくもない……。相手の男が来ても追い返すし、肉体的にも精神的にもみじん切りにしてやる』
いけない、余計なことまで思い出してしまったわ。
お父様って、口調は
王国法では女でも
だから、結婚に
って、違う! 私の結婚の話じゃなくて、
お父様
ここは、
恋愛小説だけでは自信がなかったから、確証が得られてホッとしたわ。
でも、甘える女性ねぇ。ソフィー様は成績
真面目だから
「可愛げ……つまり、隙のある女性ねぇ。どんな感じなのかサッパリわからないわ。……そうだ、お母様に聞いてみようかしら」
お父様とお母様は恋愛結婚だったし、男性を落とすテクニックについて何か知っているかもしれない。
いい案を教えてもらえるかもと期待しつつ、私はリビングにいたお母様の
お母様は、なぜ私がそういったことを聞きたがるのか疑問に思ったみたいだけれど、今後の参考にとしつこくねだると話してくれた。
「隙のある女性というのは、だらしない女性という意味ではないのよ? しっかりしつつも素直で
話を聞いた私は、まるで恋愛小説の主人公のような女性だわ、という印象を持つ。
「……恋愛小説の主人公が隙のある女性に近いということは、参考にしても問題はないということね」
「リアちゃん。お母様の話、聞いていて? それでね、お父様と出会ったのはね」
「ありがとうございます、お母様! とても勉強になりました! 恋愛小説を読んでさらに勉強に
私は
「あのままだったら、お父様との
危なかったわ。
両親の
「とにかく、隙のある女性が恋愛小説の主人公のような人であると
これは使える、これはダメね、などと考えていたら、いつの間にか
「もうこんな時間……! とりあえずは書き出したし、今日はもう寝た方がいいわね。これだけあるのだから、明日ソフィー様に提案して、実行できそうなものを考えればいいわよね。……受け入れてもらえるか不安もあるけれど、やってみなければわからないし」
書き出した紙を
翌日、昨日のソフィー様との一件が表に出て、注目を集めてしまうのでは、と不安になりながら学院に行くが、予想に反して
どうやら、昨日のことは誰も知らないようだ。一安心して教室に入ると、ソフィー様が真っ先に私の名前を呼んで挨拶してくる。
め、目立っちゃう! と
「あ、あら?」
「そのように慌てなくても
あ、そうだったのね。
皆さんに平等に挨拶をしているのなら、私に声をかけてきてもおかしくはないものね。
ソフィー様に気を使わせてしまって申し訳ないわ。
後から教室に入ってきた他の友人方にも、ソフィー様は平等に話しかけていたのよ。
最初は皆さん
中にはどうしたのかと不思議に思う方もいて、休み時間にソフィー様は取り巻き達から質問
その返答として、『昨日、アメリアさんと温室で会って話をしたら気が合ったので、他の皆さんとももっとお話ししようと思ったの』と彼女が言ったら、な~んだという感じで
話題に出された私は冷や冷やしてしまったけれど、
ただ、数名は
「アメリアさん、どうかなさったの?」
ソフィー様から
いけない、いけない。今は放課後。昨日とは違う人気のない場所でソフィー様と今後のことをお話ししていたんだった。
「申し訳ございません。少し考え事をしておりました。それで、昨日の小説は読み終わりましたか?」
「ええ。あまりにも
「つまらなかったら読むのも苦痛でしょうし、楽しんでいただけたようで何よりです。実は昨夜、恋愛小説の主人公の行動を紙に書き出してみたのです。それをご覧になって、今後の方針を決めませんか?」
すると、何かに気付いたソフィー様は
「どうかなさいましたか?」
「いえ、次がどうなるのかが気になって、
「初めて読まれたのですし、没頭されたのはおかしなことではございません。それに、現状
どちらかというと、楽しんで読んでくれたことの方が嬉しいわ。
私の気持ちが伝わったのか、申し訳なさそうにしていたソフィー様は少し安心したように笑ってくれた。
「ありがとう。
いえいえ、ソフィー様のためだから必死に考えているだけですよ。
それにしても、借りた本をほぼ一日で読破するなんて本当に面白かったのね。
ソフィー様はどの恋愛小説が好みだったのかしら? 恋愛小説好きの私としては気になるわ。
でも、まずはソフィー様に書き出した紙をお見せするのが先ね。
私は鞄から昨夜、夜なべして書いた紙を取り出して、彼女に差し出した。
紙を受け取った彼女は
「
「こちらは、躓いてよろけた主人公を王子が
「けれど、躓いてよろけるというのは難しそうだわ。わざと失敗するということでしょう?
「無理なようでしたら、
実際に王太子殿下の前で行動に移すときのことを
「そうよね。クレイグ殿下の前でやらなければならないのよね……。殿下の前で失敗するなど、興味を持たれるどころか失望させてしまうのではないかしら? あの方が求めていらっしゃるのは、
「何も、毎回躓いてよろける必要はございません。あくまでもソフィー様に対する
さすがに毎回やっていたら、王太子妃としていかがなものかと思われてしまうもの。
あまりやりすぎても、わざとだとバレてしまいかねないし。
「……そうね。今までの私ではロゼッタさんに勝てないことはわかっているのだもの。違う一面を見てもらって、まずはクレイグ殿下の目に留まらなければならないのよね。それに、ロゼッタさんには少し気の抜けたところがおありのようだし、効果はあるかもしれないわ」
「ええ。私もそう思います。実は昨夜、主人公の行動を書き出す前に、ソフィー様とロゼッタさんの違いも書き出してみたのですが、驚くほどにお二人は正反対でした。以前、父や父のご友人が話していたことによると、男性というのは完璧な女性よりも隙のある女性を好ましく思うものなのだそうです。恋愛小説の主人公も多くはそのような女性達でした。ですので、王太子殿下もそのような女性を好まれているのかもしれません」
「隙のある? よくわからないわ」
「え~とですね。隙のある女性というのは、だらしない女性というわけではありません。しっかりしつつも素直で笑顔が多く自分のことばかり話さず聞き上手で、困ったときは男性に頼るとか甘えることができる女性のことです。改めて恋愛小説を読んだら、ほとんどがそのような女性でしたので、
私がお母様から聞きかじった情報をそのままソフィー様に伝えると、真面目に私の話を聞いてくれていた彼女の表情が
ソフィー様は隙のある女性ではないから、自分と照らし合わせて
「……貴女の
「いえ、間違っているわけではございません。国を守り、王を支える妃としては、ソフィー様のような女性が適任だと思います。ただ他の男性や王太子殿下は、隙のある女性を好ましいと思っているようです。かといって、急に性格を全て変える必要はございません。そういった行動をたまに取り入れてみるだけでも効果があるのではないかと思います」
「それで本当にクレイグ殿下が私を好きになってくださるのかしら?」
そうよね。違う一面を見せただけで王太子殿下がソフィー様を好きになるかどうかはわからないわ。
「正直なところ、この行動だけで王太子殿下がソフィー様を好きになってくださるかはわかりません。ですが、ソフィー様の印象を変えることで、王太子殿下はこれまでのソフィー様と違うことに気付き、向き合おうと考えてくださるかもしれません。実際にロゼッタさんに興味を持たれたのですから、行動してみる価値はあるかと思います」
あからさまに甘えたりしたら、何か
まずは、ちょっとずつ変えていくことが必要だと思う。
ソフィー様もそれに思い至ったのか、いつものような自信に
「そうね……。時々ならば、私にもできるかもしれないわ。
「はい。私も協力しますので」
「ありがとう。本当にアメリアさんには助けられているわね。貴女があの場にいなければ、きっと私はロゼッタさんに嫌がらせを始めていたと思うわ。冷静になった今なら、そのようなことをしたら、クレイグ殿下に
彼女の表情はいつものように自信に満ちて堂々としていて、冷静さを
「それにしても、貴女は本当に恋愛小説に
まあ、
私のように恋愛小説を好んで読む方は少ないと思うわ。
「それはですね。引きこもっていた期間にすることが何もなくて、母の所有していた恋愛小説を読んだのがきっかけでして……。それで、面白さに引き込まれて、いろいろと読んで空想の世界に
あの
だけど、こうしてソフィー様を手助けできるのだから、なんでも経験しておくものね。
なんて思っていたら、私の話を聞いていたソフィー様が口元に手を当てて
「こうしてお話を
「いいえ、今からでも
「アメリアさんに言われると、本当に遅くはないと思えるから不思議ね。そういえば、アメリアさんは傷つけられた経験があるのに、その方達を悪く仰らないわね。むしろ、自分のためになったと口にしている。それに人の悪口を言わないところは、
あの、ソフィー様から
光栄すぎて気が遠くなりそうだけど、ちゃんと気を確かに持っていないと。
こんなこと、
「そんな……! ソフィー様は私よりも
「まあ、ありがとう。そう仰ってもらえると嬉しいわ」
「私こそ、ありがとうございます。ソフィー様からお褒めの言葉をいただけるなんて、とても嬉しいです!」
ソフィー様から予想もしていなかったことを言われて舞い上がってしまう。
私の言葉を受けて、彼女は嬉しそうに笑っているから、きっと本心なのだろう。
嬉しいけれど、少し恥ずかしくも思う。私はソフィー様の目を見ていられなくなり、視線を机に向けると箇条書きされた紙が目に入り、今は褒められたことに喜んでいる場合ではないと気が付いた。
「で、では、これからどのような行動を取るのか話し合いましょう」
「ああ、そうだったわね。本来の目的を忘れていたわ」
その後、私達は小説の主人公の行動を書き出した紙を見ながら、実行できそうなものを話し合った。
「この『笑顔で挨拶をして、余計なことは話さずに立ち去る』というのはできそうだわ。いつもは他の女性に張り合うつもりでいろいろと話しかけていたのだけれど、クレイグ殿下は元々あまりお話しする方ではないのよ。もしかしたら
「話をするというのは、相手のことをよく知るためには必要なことです。ソフィー様の行いは正しいことだと思いますよ? ですが、違う一面を見せる必要があるわけですから、挨拶をして余計なことは話さずに立ち去るというのはいいと思います。では、明日から頑張ってくださいませ」
「あ、明日から!? ……いいえ、
「どうか気弱にならないでください。これまでのソフィー様も
ありがとう、と言ってソフィー様が嬉しそうに満面の
その笑顔が
ソフィー様には、こんな可愛らしい一面もあったのだ。
いつもは軽く笑う感じだったから、知らなかった。
王太子殿下も、このソフィー様を見れば私と同じ反応をするはずだ。
これで心を動かされなかったら、男じゃない。
いける! と思っていると、ソフィー様が期待するような眼差しで私を見ていることに気が付いた。
「あのね、アメリアさん。昨日、お借りした小説が本当に面白くてね。それで、他にもお
「一番のお勧めですか?」
一番と言われると屋敷に置いてあるものになるんだけど。
「私の一番のお勧めは図書館には置いてなくて。屋敷にならあるのですが、ソフィー様がお嫌でなければ、お貸ししますが」
「まあ、ぜひお願いしたいわ」
「では、明日お持ちしますね」
「楽しみにしているわ」
ソフィー様は本当に恋愛小説を気に入ってくれたのか、話が終わった後に図書館に寄り、本を返却した後で何冊か本を借りていた。
帰りに世間話をしながらホールまで歩いていると、前方からソフィー様の弟君であるルーファス様がこちらに歩み寄ってくるのが見える。
私達の真正面まできた
「……あんた、あのときの」
「ルーファス! 女性に対して失礼な呼び方はよしなさい!」
「ち、ちょっと前に見た顔だったから、聞いただけ。何? 姉さんの知り合い? 昨日、帰ってくるのが遅かったけど、もしかして昨日もこいつと会ってたの?」
ソフィー様の注意を受け流したルーファス様は早口で言い放った。
なぜか、ジロジロと見られているのだけれど、この間目が合ったのだから誰かまでは知らなくても、そこまで見られる場面ではないはず。
ああ、でも、考えてみれば、私は彼のことを知っているけれど、彼はソフィー様の友人の一人でしかない私の
失礼なことをしているとわかっているものの、ご自分のお姉さんが素性を知らない人間と
それにしても、この間は距離が少しあったけれど、間近で見るとルーファス様とソフィー様は鼻の形や口元が似ている。とても可愛らしい顔をしているし、しかめっ
貴族令嬢の間では王太子殿下、第二王子殿下に次いで人気のある方なのに、無愛想だから自分に自信のある令嬢しか近寄らないのを知っている。
初めて間近で見たルーファス様は本当に可愛らしくて天使のようだ。令嬢達に人気があるのも
少々口が悪いところがあるみたいだけれど、ああいう男の子は好きな女の子に素直になれずに意地を張ることが多いと恋愛小説で読んだことがある。
彼がそうだとは限らないけれど、素直になれないタイプなら好かれた女の子は苦労しそうだ。
なんて考えていたが、話しかけられたのだから自己
慌てて私は、もう一度ルーファス様に一礼する。
「アメリア・レストンと申します。レストン伯爵家の娘です」
「……ふ、ふ~ん。ま、いいや。あんた、もう帰るんでしょ? じゃあね」
「ルーファス!」
「ソフィー様、大丈夫です。それでは失礼いたします。本は明日必ずお持ちしますので」
「……弟が失礼なことをして、ごめんなさいね。明日を楽しみにしているわ」
本? と疑問を口にしたルーファス様に構わず、私はその場を後にした。
立ち去った後、お二人があんな会話をしていたなんて知りもせずに。
臆病な伯爵令嬢は揉め事を望まない 白猫/ビーズログ文庫 @bslog
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