第4章 作戦会議

 ソフィー様と別れてしきに帰った私は、かのじよのどこをどう改善すればいいのかというヒントを得るため、夕食も食べずに自室にもっていた。

 机に向かって、ソフィー様とロゼッタさんのちがいを調べて紙に書き出していく。

「こうして書き出してみると、見事なまでに正反対のお二人だわ。ソフィー様は、あまり人に弱みを見せない方よね。男性からしたら、軽々しく話しかけられないふんがあるのかもしれないわ。あまえることもなさらないし、自立した女性って感じだもの」

 そういえば、前にお父様とお父様のご友人が女性の好みの話をしていた。

 何かヒントになるのではないかと、私はおくを呼び起こす。

 あれは確か、お父様とご友人の方がお話ししている部屋の前を通りかかったときだったはずだ。


『やはり女性はわいげがあってなおなのが一番だよね。かんぺきすぎると仕事でつかれて帰ってきたのに、屋敷でも気を張ってしまうからさ。いつもニコニコ笑っていて、それで甘えてきてくれたら、疲れも一気にぶよ』

『確かにそれはあるな。甘えられていやな気分になる男はいない。それで、さすがですね、とか、やはりたよりになります、とか言われたら、キュンとくるしな。すきのある女性が男心をくすぐるのは確かだ。その点、うちのグロリアとアメリアは完璧だ』

『あ~グロリアさんとアメリアちゃんはやしけいだもんね! あ、ところでアメリアちゃんは元気? ずいぶんと大きくなったんじゃないの? お前に似て、世間知らずなところがあるからさ。どうする? いきなり男を連れてきて、お父様、私はこの方とけつこんします! とか言われたら』

『うちのアメリアは結婚などしない。考えたくもない……。相手の男が来ても追い返すし、肉体的にも精神的にもみじん切りにしてやる』


 いけない、余計なことまで思い出してしまったわ。

 お父様って、口調はかたいのに言ってることはゆるいのよね。そこが可愛くて大好きなんだけど。でも、むすめこんのがしたら、それはそれで問題なんじゃないの?

 王国法では女でもあとげるけれど、レストンはくしやく家はお父様の弟のむす、つまり私のが継げばいいだけ。

 だから、結婚にこだわる必要はないんだけれど、やっぱり結婚はしたいもの。

 って、違う! 私の結婚の話じゃなくて、いつぱん的な男性が好む女性の話よ。

 お父様たちの話を聞く限り、完璧な女性は敬遠されるということよね。

 ここは、れんあい小説と同じだわ。ということは、現実でもそう思う男性はいるということね。

 恋愛小説だけでは自信がなかったから、確証が得られてホッとしたわ。

 でも、甘える女性ねぇ。ソフィー様は成績ゆうしゆうで何事も完璧にこなしてしまうから、もしかしたら、そこが原因なのかしら?

 真面目だからじようだんも言わないし……ということは、可愛げというものを見せたらいけるかも。

「可愛げ……つまり、隙のある女性ねぇ。どんな感じなのかサッパリわからないわ。……そうだ、お母様に聞いてみようかしら」

 お父様とお母様は恋愛結婚だったし、男性を落とすテクニックについて何か知っているかもしれない。

 いい案を教えてもらえるかもと期待しつつ、私はリビングにいたお母様のもとに向かい、隙のある女性について聞いてみた。

 お母様は、なぜ私がそういったことを聞きたがるのか疑問に思ったみたいだけれど、今後の参考にとしつこくねだると話してくれた。

「隙のある女性というのは、だらしない女性という意味ではないのよ? しっかりしつつも素直でがおが多く自分ばかり話さず、聞き上手で困ったときは男性に頼るとか甘えることができる女性のことを指すの。ここだけの話、ひとれしたお父様に毎日、笑顔であいさつだけをして、じよじよきよめていったの。そうしたら、向こうから話しかけてくださるようになったのよ。これは効果があるわよ。リアちゃんも好きな方ができたら、じつせんしてみるといいわ」

 話を聞いた私は、まるで恋愛小説の主人公のような女性だわ、という印象を持つ。

「……恋愛小説の主人公が隙のある女性に近いということは、参考にしても問題はないということね」

「リアちゃん。お母様の話、聞いていて? それでね、お父様と出会ったのはね」

「ありがとうございます、お母様! とても勉強になりました! 恋愛小説を読んでさらに勉強にはげみますね!」

 私はそくに立ち上がり、まだまだ話を続けたそうなお母様をさえぎって自分の部屋にもどった。

「あのままだったら、お父様との惚気のろけ話が始まるところだったわ。長いのよね。出会い編からぐうぜんよそおって町でそうぐう編とか、リサーチして好きな食べ物をおくけ編とかいろいろとあるから」

 危なかったわ。つかまったら最後、三時間は付き合わされてしまうもの。

 両親のめ話を聞くのは好きだけれど、さすがに今は時間がないわ。

「とにかく、隙のある女性が恋愛小説の主人公のような人であるとかくにんできたのだから、恋愛小説を読んで、どのような行動を取っているのか調べてみましょう」

 うでまくりをした私は部屋にある恋愛小説を手に取り、役に立ちそうな主人公の行動を紙に書き出していく。

 これは使える、これはダメね、などと考えていたら、いつの間にかる時間をとっくに過ぎていることに気付いた。

「もうこんな時間……! とりあえずは書き出したし、今日はもう寝た方がいいわね。これだけあるのだから、明日ソフィー様に提案して、実行できそうなものを考えればいいわよね。……受け入れてもらえるか不安もあるけれど、やってみなければわからないし」

 書き出した紙をかばんにしまってベッドに入った私は今後のことを考えてしまい、なかなか寝付けなかった。けれど、すいには勝てず、いつの間にかねむりに落ちていた。



 翌日、昨日のソフィー様との一件が表に出て、注目を集めてしまうのでは、と不安になりながら学院に行くが、予想に反してだれも私を気にする様子はなかった。

 どうやら、昨日のことは誰も知らないようだ。一安心して教室に入ると、ソフィー様が真っ先に私の名前を呼んで挨拶してくる。

 め、目立っちゃう! とあわてたけど、他の生徒は友人方とお話しするのに夢中でこちらを気にもめていない。

「あ、あら?」

「そのように慌てなくてもだいじようよ。今日は友人のみなさん一人一人に挨拶をしているのだもの」

 あ、そうだったのね。

 皆さんに平等に挨拶をしているのなら、私に声をかけてきてもおかしくはないものね。

 ソフィー様に気を使わせてしまって申し訳ないわ。

 後から教室に入ってきた他の友人方にも、ソフィー様は平等に話しかけていたのよ。

 最初は皆さんおどろいていたけれど、やっぱりソフィー様から名前を呼ばれるのはうれしかったみたい。

 中にはどうしたのかと不思議に思う方もいて、休み時間にソフィー様は取り巻き達から質問めにされていたけれど。

 その返答として、『昨日、アメリアさんと温室で会って話をしたら気が合ったので、他の皆さんとももっとお話ししようと思ったの』と彼女が言ったら、な~んだという感じでなつとくしてくれたのよね。

 話題に出された私は冷や冷やしてしまったけれど、かのじよ達が特に何かを言ってくることはなかったからホッとしたわ。

 ただ、数名はかれたとでも思ったのか、私をにらんできたのがこわかったわね。



「アメリアさん、どうかなさったの?」

 ソフィー様からとつぜん声をかけられ、私は体をふるわせる。

 いけない、いけない。今は放課後。昨日とは違う人気のない場所でソフィー様と今後のことをお話ししていたんだった。

「申し訳ございません。少し考え事をしておりました。それで、昨日の小説は読み終わりましたか?」

「ええ。あまりにもおもしろくて、お借りした本を全部読んでしまったの。気が付いたら、いつも寝る時間を大分過ぎていて、慌ててベッドに入ったのよ。おかげそくで」

「つまらなかったら読むのも苦痛でしょうし、楽しんでいただけたようで何よりです。実は昨夜、恋愛小説の主人公の行動を紙に書き出してみたのです。それをご覧になって、今後の方針を決めませんか?」

 すると、何かに気付いたソフィー様はずかしそうに両手で顔をかくしてしまった。

「どうかなさいましたか?」

「いえ、次がどうなるのかが気になって、ぼつとうしてしまって、教本だということをすっかり忘れていたのよ。アメリアさんが紙に書き出してくださったというのに、何をしているのかしら」

「初めて読まれたのですし、没頭されたのはおかしなことではございません。それに、現状あくと対策を考えるのが私の役目ですから」

 どちらかというと、楽しんで読んでくれたことの方が嬉しいわ。

 私の気持ちが伝わったのか、申し訳なさそうにしていたソフィー様は少し安心したように笑ってくれた。

「ありがとう。貴女あなたがしっかりした方で助かるわ」

 いえいえ、ソフィー様のためだから必死に考えているだけですよ。

 だんの私はしっかりとはほど遠いもの。

 それにしても、借りた本をほぼ一日で読破するなんて本当に面白かったのね。

 ソフィー様はどの恋愛小説が好みだったのかしら? 恋愛小説好きの私としては気になるわ。

 でも、まずはソフィー様に書き出した紙をお見せするのが先ね。

 私は鞄から昨夜、夜なべして書いた紙を取り出して、彼女に差し出した。

 紙を受け取った彼女はしんけんまなしで読み始める。

じようきですので想像しにくいかと思い、小説もお持ちしました。こちらの小説の二十七ページに書かれている『つまずいてよろける』などよろしいのではないかと」

 がいとうページを開いて、ソフィー様に向かって本を差し出し、指でその場所を指し示した。

「こちらは、躓いてよろけた主人公を王子がめる場面です。躓いてよろけるなど貴族れいじようとして恥ずかしい場面です。ですが、抱き留められることで、至近距離で見つめ合うことになり、好感度が上がるのではないかと思うのです」

「けれど、躓いてよろけるというのは難しそうだわ。わざと失敗するということでしょう? ていこうがあるわ」

「無理なようでしたら、ひんけつでよろけてもよろしいかと思います。結果的に王太子殿でんと物理的に近づくというのが目的ですから。普段しっかりしているソフィー様が躓いてよろけることで軽い失敗をお見せすれば、王太子殿下はソフィー様も完璧ではないと気付かれて興味を持たれるのではないかと考えたのです」

 実際に王太子殿下の前で行動に移すときのことをおもかべたのか、ソフィー様の顔が真っ青になってしまう。

「そうよね。クレイグ殿下の前でやらなければならないのよね……。殿下の前で失敗するなど、興味を持たれるどころか失望させてしまうのではないかしら? あの方が求めていらっしゃるのは、きさきとして完璧な女性のはずだもの」

「何も、毎回躓いてよろける必要はございません。あくまでもソフィー様に対するにんしきを少しでも変えていただくためですから」

 さすがに毎回やっていたら、王太子妃としていかがなものかと思われてしまうもの。

 あまりやりすぎても、わざとだとバレてしまいかねないし。

「……そうね。今までの私ではロゼッタさんに勝てないことはわかっているのだもの。違う一面を見てもらって、まずはクレイグ殿下の目に留まらなければならないのよね。それに、ロゼッタさんには少し気の抜けたところがおありのようだし、効果はあるかもしれないわ」

「ええ。私もそう思います。実は昨夜、主人公の行動を書き出す前に、ソフィー様とロゼッタさんの違いも書き出してみたのですが、驚くほどにお二人は正反対でした。以前、父や父のご友人が話していたことによると、男性というのは完璧な女性よりも隙のある女性を好ましく思うものなのだそうです。恋愛小説の主人公も多くはそのような女性達でした。ですので、王太子殿下もそのような女性を好まれているのかもしれません」

「隙のある? よくわからないわ」

「え~とですね。隙のある女性というのは、だらしない女性というわけではありません。しっかりしつつも素直で笑顔が多く自分のことばかり話さず聞き上手で、困ったときは男性に頼るとか甘えることができる女性のことです。改めて恋愛小説を読んだら、ほとんどがそのような女性でしたので、ちがいありません」

 私がお母様から聞きかじった情報をそのままソフィー様に伝えると、真面目に私の話を聞いてくれていた彼女の表情がくもっていく。

 ソフィー様は隙のある女性ではないから、自分と照らし合わせてんでいるのかもしれない。

「……貴女のおつしやる通り、確かにロゼッタさんは私と正反対だわ。私は問題が起こったら誰にも頼らずに自分で解決してしまうもの。それに、いつもクレイグ殿下に自分の話ばかりして、あの方のお話を聞こうとはしなかったわ。王太子としてこうあるべきという私の考えをしつけていたし、甘えるなんて考えたこともなかったわ……。両親からは完璧であることを求められて、そのようにっていたけれど、間違っていたのね」

「いえ、間違っているわけではございません。国を守り、王を支える妃としては、ソフィー様のような女性が適任だと思います。ただ他の男性や王太子殿下は、隙のある女性を好ましいと思っているようです。かといって、急に性格を全て変える必要はございません。そういった行動をたまに取り入れてみるだけでも効果があるのではないかと思います」

「それで本当にクレイグ殿下が私を好きになってくださるのかしら?」

 そうよね。違う一面を見せただけで王太子殿下がソフィー様を好きになるかどうかはわからないわ。

「正直なところ、この行動だけで王太子殿下がソフィー様を好きになってくださるかはわかりません。ですが、ソフィー様の印象を変えることで、王太子殿下はこれまでのソフィー様と違うことに気付き、向き合おうと考えてくださるかもしれません。実際にロゼッタさんに興味を持たれたのですから、行動してみる価値はあるかと思います」

 あからさまに甘えたりしたら、何かたくらんでいるのかと疑われるかもしれないけれど、躓いて転んだとか貧血でよろめくぐらいなら、偶然で済むはずだ。

 まずは、ちょっとずつ変えていくことが必要だと思う。

 ソフィー様もそれに思い至ったのか、いつものような自信にあふれる顔に戻っている。

「そうね……。時々ならば、私にもできるかもしれないわ。くできるか不安もあるけれど、がんってみるわね」

「はい。私も協力しますので」

「ありがとう。本当にアメリアさんには助けられているわね。貴女があの場にいなければ、きっと私はロゼッタさんに嫌がらせを始めていたと思うわ。冷静になった今なら、そのようなことをしたら、クレイグ殿下にけいべつされるだけだとわかるもの。私の頭を冷やしてくれて本当に感謝しているわ」

 ひざの上に置いた私の手に、ソフィー様がそっと手を重ねてくる。

 彼女の表情はいつものように自信に満ちて堂々としていて、冷静さをもどしてくれたのだと私はホッとした。

「それにしても、貴女は本当に恋愛小説にくわしいのね。貴族の令嬢としてはめずらしいのではなくて? 大半の令嬢は恋愛小説を読まないと思っていたわ」

 まあ、つうの令嬢の皆さんはしゆうとかの教本を読む程度だものね。

 私のように恋愛小説を好んで読む方は少ないと思うわ。

「それはですね。引きこもっていた期間にすることが何もなくて、母の所有していた恋愛小説を読んだのがきっかけでして……。それで、面白さに引き込まれて、いろいろと読んで空想の世界にひたっていたわけです。全く自分の身にはなっていないのですが、こうしてソフィー様の役に立つことができたので、恋愛小説を読んでいてよかったと心から思います」

 あのころには想像もしていなかったわ。本当にひまつぶしに読み始めただけだもの。

 だけど、こうしてソフィー様を手助けできるのだから、なんでも経験しておくものね。

 なんて思っていたら、私の話を聞いていたソフィー様が口元に手を当ててほほんでくれた。

「こうしてお話をうかがうまでは疑っていたけれど、恋愛小説ってだいなのね。今まで読まなかったのがやまれるわ。読んでいたらこのような失敗はしなかったかもしれないもの」

「いいえ、今からでもおそくはありません。ソフィー様が変われば、きっとクレイグ殿下も見る目が変わると思います。始めるのに遅いことなんてありません。私もそうでしたもの。きっといい方向に行くと思います」

「アメリアさんに言われると、本当に遅くはないと思えるから不思議ね。そういえば、アメリアさんは傷つけられた経験があるのに、その方達を悪く仰らないわね。むしろ、自分のためになったと口にしている。それに人の悪口を言わないところは、らしいと思うわ」

 あの、ソフィー様からめられている!?

 光栄すぎて気が遠くなりそうだけど、ちゃんと気を確かに持っていないと。

 こんなこと、めつにないわ。

「そんな……! ソフィー様は私よりもほどてきな方です。私の理想のご令嬢そのものですもの。それに私はこいをしたことがありませんので、もし恋をしてソフィー様と同じじようきようになったら、同じことを考えてしまうかもしれません」

「まあ、ありがとう。そう仰ってもらえると嬉しいわ」

「私こそ、ありがとうございます。ソフィー様からお褒めの言葉をいただけるなんて、とても嬉しいです!」

 ソフィー様から予想もしていなかったことを言われて舞い上がってしまう。

 私の言葉を受けて、彼女は嬉しそうに笑っているから、きっと本心なのだろう。

 嬉しいけれど、少し恥ずかしくも思う。私はソフィー様の目を見ていられなくなり、視線を机に向けると箇条書きされた紙が目に入り、今は褒められたことに喜んでいる場合ではないと気が付いた。

「で、では、これからどのような行動を取るのか話し合いましょう」

「ああ、そうだったわね。本来の目的を忘れていたわ」


 その後、私達は小説の主人公の行動を書き出した紙を見ながら、実行できそうなものを話し合った。

「この『笑顔で挨拶をして、余計なことは話さずに立ち去る』というのはできそうだわ。いつもは他の女性に張り合うつもりでいろいろと話しかけていたのだけれど、クレイグ殿下は元々あまりお話しする方ではないのよ。もしかしたらわずらわしかったのかもしれないわね」

「話をするというのは、相手のことをよく知るためには必要なことです。ソフィー様の行いは正しいことだと思いますよ? ですが、違う一面を見せる必要があるわけですから、挨拶をして余計なことは話さずに立ち去るというのはいいと思います。では、明日から頑張ってくださいませ」

「あ、明日から!? ……いいえ、づいている場合ではないわね。クレイグ殿下に少しでも好かれるように努力しなければね。これまでの私ではダメなのだもの」

「どうか気弱にならないでください。これまでのソフィー様もりよく的でしたが、今のソフィー様もそれ以上に魅力的ですから、きっと王太子殿下もソフィー様の変化に気付いてくださるはずです」

 ありがとう、と言ってソフィー様が嬉しそうに満面のみをかべる。

 その笑顔がじゆんすいな子供のような笑みで、あまりの可愛さに私はれてしまう。

 ソフィー様には、こんな可愛らしい一面もあったのだ。

 いつもは軽く笑う感じだったから、知らなかった。

 王太子殿下も、このソフィー様を見れば私と同じ反応をするはずだ。

 これで心を動かされなかったら、男じゃない。

 いける! と思っていると、ソフィー様が期待するような眼差しで私を見ていることに気が付いた。

「あのね、アメリアさん。昨日、お借りした小説が本当に面白くてね。それで、他にもおすすめのものがあれば教えてしいのだけれど。そうね。アメリアさんが一番お好きな小説を読んでみたいわ」

「一番のお勧めですか?」

 一番と言われると屋敷に置いてあるものになるんだけど。

「私の一番のお勧めは図書館には置いてなくて。屋敷にならあるのですが、ソフィー様がお嫌でなければ、お貸ししますが」

「まあ、ぜひお願いしたいわ」

「では、明日お持ちしますね」

「楽しみにしているわ」


 ソフィー様は本当に恋愛小説を気に入ってくれたのか、話が終わった後に図書館に寄り、本を返却した後で何冊か本を借りていた。

 帰りに世間話をしながらホールまで歩いていると、前方からソフィー様の弟君であるルーファス様がこちらに歩み寄ってくるのが見える。

 私達の真正面まできたかれに対して私が無言で一礼すると、彼は何度かまばたきをした後で驚いたようにジッと私を見つめてきた。

「……あんた、あのときの」

「ルーファス! 女性に対して失礼な呼び方はよしなさい!」

「ち、ちょっと前に見た顔だったから、聞いただけ。何? 姉さんの知り合い? 昨日、帰ってくるのが遅かったけど、もしかして昨日もこいつと会ってたの?」

 ソフィー様の注意を受け流したルーファス様は早口で言い放った。

 なぜか、ジロジロと見られているのだけれど、この間目が合ったのだから誰かまでは知らなくても、そこまで見られる場面ではないはず。

 ああ、でも、考えてみれば、私は彼のことを知っているけれど、彼はソフィー様の友人の一人でしかない私のじようまでは知らない。目立たないようにしていたから知らなくて当たり前だ。

 失礼なことをしているとわかっているものの、ご自分のお姉さんが素性を知らない人間といつしよにいたらけいかいしてしまうのも仕方がない。

 それにしても、この間は距離が少しあったけれど、間近で見るとルーファス様とソフィー様は鼻の形や口元が似ている。とても可愛らしい顔をしているし、しかめっつらなのが残念なくらいだ。

 貴族令嬢の間では王太子殿下、第二王子殿下に次いで人気のある方なのに、無愛想だから自分に自信のある令嬢しか近寄らないのを知っている。

 初めて間近で見たルーファス様は本当に可愛らしくて天使のようだ。令嬢達に人気があるのもうなずける。

 少々口が悪いところがあるみたいだけれど、ああいう男の子は好きな女の子に素直になれずに意地を張ることが多いと恋愛小説で読んだことがある。

 彼がそうだとは限らないけれど、素直になれないタイプなら好かれた女の子は苦労しそうだ。

 なんて考えていたが、話しかけられたのだから自己しようかいしなければいけない。

 慌てて私は、もう一度ルーファス様に一礼する。

「アメリア・レストンと申します。レストン伯爵家の娘です」

「……ふ、ふ~ん。ま、いいや。あんた、もう帰るんでしょ? じゃあね」

「ルーファス!」

「ソフィー様、大丈夫です。それでは失礼いたします。本は明日必ずお持ちしますので」

「……弟が失礼なことをして、ごめんなさいね。明日を楽しみにしているわ」

 本? と疑問を口にしたルーファス様に構わず、私はその場を後にした。

 立ち去った後、お二人があんな会話をしていたなんて知りもせずに。

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臆病な伯爵令嬢は揉め事を望まない 白猫/ビーズログ文庫 @bslog

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