第2章 ソフィー様の本音&第3章 図書館での勉強と私の過去
う~ん。こうして、ソフィー様の
王太子
だって、ソフィー様は傷ついているのだもの。
どうしようかな? と思っていると、鼻をすすったソフィー様が、あのね、と話し始めた。
「私、クレイグ殿下があのように楽しそうに笑っていらっしゃるのを初めて拝見したの」
ソフィー様から話しだしてくれて安心したけれど、内容に私は
「え? ですが、ソフィー様は王太子殿下とお二人で話すことがおありでしょう? 初めてというのは」
「いいえ、初めてなのよ」
ソフィー様は
「私は、先ほどまで
「……私が拝見した限りでは、王太子殿下はソフィー様を大事になさっていらっしゃいましたが」
「私も、そう思っていたわ。けれど、思い返してみれば、二人きりのときにあのように楽しそうに笑うクレイグ殿下を拝見したことがなかったし、いつも私から話しかけてばかりで、クレイグ殿下から話しかけられることは
私が見ていたお二人はいつも仲
言葉に
落ち着いたように見えるけれど、手が
かける言葉が見つからない。私が下を向いて手を
でもそれは、情けない自分自身を笑うような声だった。
「……最初にロゼッタさんのことを
「……今も、きっとそうです」
「そうかしら。
問われた私は
フッと笑ったソフィー様は、笑っているけれど悲しそうな表情を
「何もかもが違うのよ。私に対する態度、他の皆さんに対する態度とは明らかに違っていたわ。
確かに、あの場面での王太子殿下はロゼッタさんに対する好意を隠してはいなかった。
だって、私はソフィー様の
自分を
そう思った私は、彼女に向かって口を開いた。
「でも……それでも、私はソフィー様の高潔さや真面目さ、
「ありがとう」
感謝の言葉を述べているけれど、ソフィー様の表情は晴れないまま。
そんな顔をして欲しくはないのに、笑ってもらえるようなことも言えないなんて
ソフィー様は本当に素晴らしい方なのに。
「私は、貴女が思うような高潔で真面目な人間ではないわ。その
「ソフィー様……」
「口では皆さんに悪口などいけないと言っておきながら、情けないわ。でも、今もどす黒い感情が私の心に
嫌がらせ!? それはいけないわ!
そんなふうに思ってしまったら、取り巻きの令嬢達の
つい私は身を乗り出してしまった。
「い、いけません!」
「驚かせてしまい、申し訳ございません……! けれど、そんなことをなさっても、ソフィー様のためにはなりませんから。どうか考え直してくださいませ」
「……それは、私もわかっているのよ。でも、そうでもしないと、ロゼッタさんをクレイグ殿下から
あのソフィー様がここまで思い詰めるなんて……。
でも、ここでソフィー様が取り巻き達の言葉にのせられてロゼッタさんに嫌がらせをしたら、彼女が
現実ならバーネット
大体、取り巻き達にのせられてソフィー様がロゼッタさんに不快感を示したら、皆さんが張り切るに決まっているわ。
まあ、事が始まる時点で彼女達から離れれば、
でも、それは私に手を
保身のために離れるなんて考えられない。
ソフィー様にとって、私は取り巻きの一人に過ぎないかもしれない。でも、
人から白い目で見られて笑われ、傷つく彼女を見たくない。
私のような思いをして欲しくはない。彼女にはいつも笑っていて欲しいの。
彼女の幸せを私は願っているのよ。
だから、知らんぷりして
「他にも方法があるはずです!」
「……じゃあ、どうすればクレイグ殿下に好かれるというの? どうすれば私を見ていただけるの? ロゼッタさんに嫌がらせをしないのであれば、彼女のように天真爛漫になれば愛してくださるのかしら? ……なんて、貴女に聞いても仕方がないことよね」
ギュッと手を
彼女の
だけど私はソフィー様を
すると、ソフィー様が今しがた言っていた言葉が
『彼女のように天真爛漫になれば』
……そうよ! そうなればいいのよ!
ソフィー様は、しっかりとした方で男性に
だから、
そうと決まれば、
「ソフィー様! ソフィー様にもお可愛らしい面があるのだと王太子殿下に見せつけて、他の女性に目を向けているあの方に、ご自分が
「……確かに、貴女の
王太子殿下がロゼッタさんに惹かれているのを考えると、殿下の女性の好みは彼女のような人で間違いないと思う。
でも、ソフィー様がロゼッタさんの
いきなりそんなふうになったら、むしろ取り入ろうとしているとか疑われる可能性の方が高い。
だから、ソフィー様のよさを最大限に引き出しつつ、王太子殿下の好感度を上げたい。
実際の恋愛には
ああいう小説って、
間に困難があったとしても、最終的には幸せになっているもの。
本人の努力もあるものの、性格のよさが根本にあるのよね。
純朴で
……あれ? よく考えたら、それってロゼッタさんと似ているわね。
彼女って、恋愛小説によく出てくる主人公みたいだわ。
あ、そうだわ! だったら、恋愛小説に出てくる主人公を参考にしたらいいのではないかしら?
性格じゃなくて、行動を参考にしたらいいかもしれない。
それだったら、疑われることなく王太子殿下の印象を変えることができるかも!
「あの、では、恋愛小説を参考にするというのはいかがでしょうか? ソフィー様は恋愛小説をお読みになったことはございますか?」
「伝記や歴史小説ならあるけれど、恋愛小説はないわね。母がそういったものを読まないので、
「でしたら、一度、目を通してみてはいかがでしょうか。王太子殿下が好むような女性の行動が書かれておりますので、きっと勉強になると思います」
私が力強く言うと、〝王太子殿下が好む女性の行動〟という部分に興味を引かれたのかソフィー様の目が光を取り戻した。
「幸い、図書館にも恋愛小説は置かれておりますし、
「けれど、本当にクレイグ殿下は私の許に戻ってきてくださるのかしら。だって恋愛小説でしょう? 同じように行動したとして、
そ、そうよね。勢いで言ってしまったけれど、ソフィー様の疑問ももっともだわ。
恋愛小説を読んで、同じように行動しても王太子殿下が戻ってきてくれる保証はどこにもないもの。
でも、どっちに転ぶかなんて、やってみなければわからないと思うのよ。
「ですが、何も行動をしないままでは解決はしません。ほんの数日で王太子殿下とロゼッタさんがどうこうなるとは考えられませんし、まずは準備をするに
まだ
これが最善の策かどうかはわからないけれど、ロゼッタさんに嫌がらせをするよりはいいわ。
「確かに、今のままではどうにもならないというのは理解しているけれど」
「上手くいくかはわかりませんが、最悪の未来になる可能性は低くなるかと」
ソフィー様は、あまり気乗りしないのか、どうしようかと
ここで
ソフィー様がやる気になってくれるよう、私は必死の形相になる。
「私はソフィー様が泣くような結果になって欲しくはないのです。そのためならば、どんな手助けでもいたしますので」
「……貴女が私に手を貸してくださるの?」
あ、何も考えずに言ってしまったわ。え~と、手を貸すということは、つまりソフィー様に協力するということよね。それは、目立つ可能性が高くなるということ。
でも、可能性は可能性だもの。
これまでとは変わらない、そう思った私は、しっかりと頷く。
「はい。協力いたします。ですので、まずは小説をお読みになってみませんか? ロゼッタさんに嫌がらせをするのはいけないことだとソフィー様もわかっていらっしゃるのであれば、他の方法を
私の言葉に考え込んでいたソフィー様は心が決まったのか、顔を上げた。
「……そうね。少しでも可能性があるのなら、
「それはソフィー様
すると、ソフィー様の中で
前向きに考えてくれていることに、私は安心した。
「何事もやってみなければわからないものね。もしかしたら、私のいけないところが見つかるかもしれないし、改善できるかもしれないわ」
「恋愛小説だからといって、
「ええ」
こうして、目標が定まった私達は、図書館へと向かった。
図書館へ向かうと司書が一人だけ受付に
生徒がいないことにホッとした私は司書に
恋愛小説を読んだことのないソフィー様は興味深そうに背表紙を眺めては、時折本を手に取ってパラパラとめくっていた。
私は読んだことのある小説の中から、初心者でも読みやすいものを何冊か
「ソフィー様。どうぞ、お
そう、と言って、一冊の小説を手に取ったソフィー様はゆっくりと読み始める。
「……この小説は身分の低い
「小説ですので、そこら辺は
「でも、時代背景がしっかりとしているわ。この小説を書かれた方は貴族なのかしら?」
「いいえ、作者は平民のはずです」
「まあ」
小説家の中には名前を変えている貴族もいるけれど、大半は平民なのだ。
私も、それを知って驚いたから、ソフィー様の驚きがわかる。
「
「だから、さほど
ソフィー様は感心しながら読み進めた。
最初は軽い気持ちで読んでいたのに、
これは、話しかけない方がいい。
私はテーブルの上の一冊を手に取り、中身の
しばらくするとパタンと本を閉じたソフィー様が、大きなため息をついたのがわかった。
顔を上げると、
「どうかなさいましたか?」
「え? あ、いえ。この小説に出てくる主人公の
気まずげに目を
確かにその小説には恋敵である悪役令嬢が出てくる。でも、ほぼ全ての小説にそういった悪役令嬢は登場するのだ。
ここで
「恋愛小説に恋敵はつきものなのです。主人公と相手の
「そうなの?
「でしたら、反面教師としてご覧になってはいかがでしょうか? このような
私の提案に、不安そうにしていたソフィー様の表情が
「……反面教師、反面教師ね。そうよね。私はこの悪役令嬢ではないのだから、
客観的に見られるようになったのならよかった。読んでもらわないと王太子
ソフィー様は遠ざけた小説を手に取り、閉じたところから読み始めた。でも、先ほどよりも読むペースは落ちている。
集中できない状態で読んでも頭に入らない。だったら、ひとまずここで終わりにした方がいいかもしれない。
屋敷で一人で読んだ方が頭に入るだろう。
「もう時間も
「そうね。全て読んでいたら日が暮れてしまうもの。本を借りる手続きはあちらでできるのかしら?」
「はい。司書に本を出して、手続きをするのです」
「では少し待っていてくださる?」
「あ、私が参ります」
そのような手間をソフィー様にさせるわけにはいかない。それに、司書と顔見知りの私が手続きした方がスムーズにいく。
私はソフィー様から本を受け取り、テーブルに置かれている本も持って受付に向かい貸出手続きをする。
計五冊の本を借りて図書館を後にした
「とりあえずは、借りた本を読むことから始めないといけないわね。時間がかかりそうだわ」
「小説の世界に没頭してしまえば早いですよ」
「そうだとよろしいけれど」
と、
つられて私も足を止めて振り返ると、ソフィー様は不安そうな表情を浮かべている。
「勝手なことを申し上げるようだけれど、今日のことは他の方には秘密にしていただきたいの。クレイグ殿下とロゼッタさんがお二人でお話ししていらしたのを私が見ていた、なんて殿下のお耳に入ると困るし、
「改めて
すると、ホッとしたようにソフィー様が
「ありがとう。……けれど、なぜアメリアさんはそこまで私のためにしてくださるの?
それもそうよね。だって、私はいつも皆さんの話に
こんなにじっくりとソフィー様とお話ししたのも今日が初めてだもの。
でも、それは目立たないように大人しくしようとしていただけ。
「……確かにソフィー様と話したことは少ないですが、私がソフィー様を心から尊敬し、お
「私を尊敬しているというのは、ありがたいことだけれど、どうして?」
私が勝手にソフィー様に感謝しているだけだものね。彼女がわからないのも無理はないわ。
このまま疑問を残しておいたら彼女もモヤモヤするだけでしょうし、伝えておいた方がいいかもしれない。
私は不思議そうな顔をしているソフィー様に理由を話し始める。
「今から五年ほど前になるでしょうか。私はソフィー様に助けていただいたことがあるのです」
「私が貴女を助けたの?」
五年前に? とソフィー様は首を
あのときのことを私は
「ソフィー様に助けていただいたのは五年前のお茶会のときです。あのとき私は話し相手もおらず、一人でおりました。そうしたら、ソフィー様が『私達と
「そう、そうだったの……。でも、ごめんなさい。私、覚えていないようで」
「いえ、覚えていらっしゃらなくても構わないのです。あの日のことは私にとって、今でも大切な思い出というだけのことですから」
「……なんだか
友人がいなくて一人だったのは、屋敷に
でも、どうしてもお茶会に出席しなければならなくて、友人の作り方なんてわからなかった私は、
「屋敷に籠もっていた私にとって、あのお茶会が五年ぶりの社交の場でした。ですから、知り合いが誰もおらず一人だったのです」
「屋敷にずっと? ご病気だったの?」
「あ、いえ」
「もしかして、今も? だから、あまりお話をなさらなかったのかしら。こんな時間まで付き合わせてしまったけれど、お体は
「それは……。いえ、
私は、ひとりぼっちになるきっかけとなった、十年前のあの出来事をソフィー様に話そうかどうかを
……いいえ、元々、話を振ったのは私だわ。
ソフィー様は言いふらすような人ではないから言っても構わない。
言わないままでいたら、何か大きな
十年前のことは私の中である程度、整理はついている。話したくらいで傷つくことはない。だから、大丈夫。うん。大丈夫。
決意した私は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「実は私が屋敷に籠もるようになったのは、十年前のある出来事がきっかけでして……」
「ある出来事?」
「ええ。その前に私の
私が静かに話し始めると、ソフィー様が姿勢を正した。
大した話ではないから、なんだか悪い気がするわ、と思いながら続ける。
「私は両親が
「周囲から愛されていらしたのね」
ソフィー様から
「自分が美少女だという勘違いをしたまま私は七
あまりの話にソフィー様は絶句している。
今ならわかるけれど、招待した貴族は私を笑いものにしようとしていたんだと思う。
「それで、私は周囲が自分を
「……なんてひどい話なのかしら。貴女は派手ではないけれど、とても可愛らしいお顔をしているわ。その場にいらした貴族達は心が
大丈夫。笑われたことや馬鹿にされたことにショックは受けたけれど、むしろ勘違いを正してくれたことに感謝もしている。
だってあのまま育っていたら、自意識
それに気付かせてくれたのだから、私にとってあの出来事は必要なことだったのだと思う。
とはいっても、あんな体験は一度で十分だけれど。
「お優しい言葉をかけていただき、ありがとうございます。ですので、当時は人の目が気になってしまい、屋敷に籠もるようになっていたのです」
「そのような理由がおありだったのね……。ああ、もしかして、だから母はあのようなことを……」
「ソフィー様のお母様が何か?」
なんだか気になることを言われ、私は首を傾げる。
「いいえ。なんでもないわ。気にしないでちょうだい」
「はい」
気になるけれど、ソフィー様がなんでもないと言っているのだから、しつこく聞くのは失礼よね。
「それよりも、理由を
「いいえ。話そうと思ったのは私の意思ですから。それに、そのときのことで私のような人間は人よりも目立つ真似をしたら
むしろ得たものの方が多かったわ。
「ですので、私はソフィー様や皆さんといるときに、目立たないようにとあまり話さないようにしていたのです」
私の話を聞いたソフィー様は、
「貴女はいつも一歩引いた場所にいらしたから、ずっと不思議に思っていたのよ。あまり発言なさらなかったのは、そのような事情からなのね。お一人が好きなのかしら、とも思っていたのよ」
「断じて違います! 一人の時間は好きですが、
「ええ。お話を
ソフィー様が私の手を
その手のぬくもりに、私は思わず
「貴女は、お強いのね」
尊敬の眼差しで見られるけれど、私はそこまで強くはないわ。
「強くなどございません。……それと実は、私の方からもお願いがあるのですが」
「何かしら?」
こうしてソフィー様が変わるお手伝いをすると決めたけれど、やっぱり私は目立ちすぎるのが
いきなり明日から私に話しかけてきたら、注目を浴びるのは確実だ。
そして、悪目立ちしたら十年前のような目に
あのときは、私にも悪い部分があったから、なんとか飲み込めた。
だけど今、同じように笑われて馬鹿にされたら、きっと立ち直れないと思う。
「できれば、皆さんの前で二人でお会いするのは
「それは困るわ。せっかく、気を許せる方ができたのに、放課後しかお話しできないなんて悲しいもの」
「……ですが、それだと目立って」
「目立たないわ。この学院にどれだけの生徒がいると思っていらっしゃるの? 最初は注目を集めてしまうかもしれないけれど、慣れればそれが日常になるものよ。大丈夫」
ね? とソフィー様は言うけれど、悪目立ちして、あの顔で、とか
「ソフィー様は他の方と平等に仲良くされていらっしゃるので、私だけに話しかけたりしたらいろいろと言われるかもしれませんし」
「確かに、これまで私が特別親しくしていた友人はいないけれど、そのようなことであれこれ仰る方はいないわ」
いや~、あの方々は
ここで私が彼女から
という考えが顔に出ていたのか、ソフィー様は
「……なら、明日から平等に話しかけるようにするわ。それなら大丈夫だと思うの。もしも、貴女とのことを聞かれたら図書館で……はクレイグ殿下に
ああ、それなら混乱も少ないし、文句を言う方はいないかもしれない。
「それに、どうしても外野の声が気になると仰るなら、私がどうにかしてみせるわ。私が貴女を守ってみせる。だって、貴女は私の友人なのだから」
ソフィー様からの力強い言葉に胸を打たれ、ついに私は白旗を
無理だわ。彼女に守ると言われて安心しない人はいない。
「……承知いたしました。ですが、あの、あまり」
「わかっているわ。あからさまに貴女にだけ話しかけたりはしないから安心して。それに、今後のことを相談するときは、ちゃんと放課後の人気のない場所でと約束するわ」
「
「いいえ、私の方が我が儘だわ。ごめんなさいね。でも、恋愛小説に
……確かに恋愛小説には詳しいけれど、実のところ現実の恋愛事には詳しくないのよね。
恋もしたことがないし。
でも、尊敬するソフィー様に
「……どのくらいお役に立てるかわかりませんが、
平等に話しかけると言われているのだから、私だけが悪目立ちすることはないはず。
そう前向きに考えて、私はソフィー様と共に学院を後にした。
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