第1章 平凡な日常の終わり

「ソフィー様、そのバレッタは初めて拝見しますが、新しくこうにゆうされたものですか?」

「いえ、クレイグ殿でんからのプレゼントなのよ」

 ソフィー様のこんやく者である王太子殿下からのおくものということで、かのじよの取り巻きのみなさんは、さすが王太子殿下、とか、ソフィー様のかみによくお似合いです、なんて言って盛り上がっている。

 授業が終わった王立学院の中庭で、そんな様子をチラチラ見ていた私ことアメリア・レストンは、取り巻きの皆さんをうらやましく思っていた。


 うう、いいなぁ。

 アッシュブロンドの髪に切れ長の緑のひとみでキリッとした美人のあこがれのソフィー様と仲良く会話するなんて羨ましいことこの上ない。

 でも、チャンスがあったとしても、私は自ら進んで彼女に声をかけることなどできない立場。

 取り巻きの中でも一番しただし、何よりも目立つようなことはしないと心に決めているから。

 平凡な私が目立ったら、どうなるのかを身をもって知っているのだもの。

 ……ああ、ダメダメ。尊敬し、憧れているソフィー様のそばにいられるだけで、満足していないと。

 ただの信者の私は、そつせんしてソフィー様に話しかけてはいけないのよ。

 おさわり厳禁! ってことを忘れてはいけないわ。

「アメリアさん? アメリアさん! 聞いているの?」

 真正面にすわれいじように声をかけられ、私はハッとした。

「……ええ。聞いております。王太子殿下から贈られたバレッタの件でございますよね?」

 ボーッとしていたけれど、ちゃんと聞いていたわ。

 先ほどまでの会話内容を話すと声をかけてきた令嬢は、あきれ半分といった表情で私を見てきた。

「本当に、貴女あなたという方は……。いつも無口で、ご自分の意見をおつしやらないのだから。おしやべりに興じるということができないのかしら」

「仕方がありませんわ。彼女はいるのかいないのかわからないくらいに存在感がうすいのですもの」

「それに見た目もね」

 クスクスと鹿にするようなみをかべている令嬢たちに私はあいわらいを返す。

 すると、少しはなれた場所からカップをソーサーに置く音がひびいた。

「見た目は関係ないでしょう。アメリアさん、紅茶のおかわりはいかが? おちやもあるのでがってね」

 笑っている令嬢達をいちべつした、この場の主であるバーネットこうしやく家令嬢のソフィー様がやさしく私に声をかけてくれる。

 注意された令嬢達は、一様にバツが悪そうな表情を浮かべている。

 づかうように声をかけてくれたソフィー様に感謝しつつ、私は紅茶のおかわりをいただいた。


 でも、皆さんの言っていることも理解できるのよ。

 だって、私は十人中十人に口をそろえて地味だ、平凡だと言われるような容姿をしているのだもの。

 言われたことが正論なので私は全く気にしていないのだけれど、ソフィー様は私が気にしていると思って、注意してくれたのね。

 でも、事実を述べていると思っている他の皆さんは、注意されたことになつとくがいかないのか不満そうにしているけれど。

「ま、まあ、ソフィー様。彼女は中位貴族の令嬢ですよ。そのように気にかけなくとも問題はございません」

「上位貴族でも中位貴族でも関係ないわ。彼女は私の友人よ。なら、楽しんでいただきたいと思うのは当然ではなくて?」

 レナール王国で王家に次ぐ権力を持つバーネット侯爵家の令嬢・ソフィー様の公平な言葉に私は感激する。

 身分など関係なく平等に接するソフィー様の態度に、いつも私は助けられているのだけれど、令嬢達は、そう思っていないようだ。


 まあ、皆さんがそう思うのも仕方ない話よね。

 だって、私の家ははくしやく家とはいっても、権力はないし、これといって功績がある家柄というわけではないもの。

 重ねていえば、私は明るい髪色ではなく、この国でよく見かけるダークブラウンの髪と瞳なのだもの。

 とはいっても、私は平凡な自分の顔をきらってなんかいないのだけれどね。父と同じ、ほどほどに丸い目も、母と同じく、それほど高くない鼻も、二人からもらったものだと思うといとおしくて仕方がないの。

 両親に愛され、使用人からも愛され、領民からもしたわれているのだから、とてつもなく満ち足りた人生を送っていると思うわ。

 だから、私はこのままでいい。派手な人生は望んでいない。大好きなれんあい小説を読んで、平凡に暮らしたいと思っているの。

 地味な人間が目立ったら、どうなるかは十年前の出来事で身をもって知っているのだもの。


 と、何も言わずにほほんでいると、取り巻きの令嬢がえんりよがちに口を開いた。

「……アメリアさんは楽しんでいらっしゃるに決まっております。王太子殿下の婚約者であるソフィー様といつしよなのですもの。それだけで、天にものぼる気持ちでしょうから」

「ええ、そうですわ。アメリアさんのように大人しい方は、あまりご自分の気持ちを表に出そうとはなさいませんから。きっと心の中では楽しんでいらっしゃると思います」

 取り巻きの令嬢に、大人しい、と評された私はかわいた笑いをらした。

 心の中では結構みを入れていたりしているのだけれど、と思っていたらソフィー様が、いぶかしげな様子で私に視線を向けてくる。

「そう。アメリアさん、本当に楽しんでいらっしゃるの?」

 優しく話しかけてきてくれたソフィー様に、私はひかえめな微笑みを返したの。

 目立たない私を気遣ってくれるなんて、やっぱりソフィー様はお優しい方だわ。

 五年前にどうしても出席しなければならなかった茶会で、私は友達がおらず、はしっこでポツンとしていたの。

 そんな私にソフィー様は『私達と一緒にお話ししませんか?』とさそってくれたのよ。あのころのソフィー様と全く変わらない。

 ソフィー様は私にあれこれと話しかけてくれて、取り巻きの皆さんの中にそれとなく入れてくれた。

 そんな彼女と過ごすうちに、私は彼女が幼少時に理想としていたかんぺきな令嬢そのものだということに気付いたのよ。

 りんとしたたたずまい、美しい所作、立ち居いがゆうで自信に満ちあふれた姿。心優しく真面目でりよぶかいところとか、本当にらしいのよ。そんなソフィー様を間近で見られることに感動すらした。私はなんて幸運なのかしらって。

 だから、そんな彼女に憧れるのも必然というものよ。

 ということで、五年前の茶会から、私はソフィー様の取り巻きとして彼女の側にいるの。

 ……まあ、過去を思い返すのもほどほどにして、私は彼女の問いに答えるべく、口を開いた。

「もちろん、楽しんでおります」

 返答を聞いてホッとするソフィー様と、ニンマリと微笑む令嬢達。

「やはり、アメリアさんは楽しんでおられるようではありませんか。ソフィー様が心配なさる必要などございません。それよりも、もっと心配された方がいい案件がございます。ほら、ロゼッタさんのことです。あの方にも困ったものです。今日もお二人で話をしていたみたいですからね」

 ふぅ、と息をいた令嬢に周囲の令嬢達も顔色を変える。

 なんだか、おんな空気になってきたわね。

 でも、彼女達がそう思うのも無理はないかも。


 というのも、話題に上ったロゼッタ・ベイリーという女性に、学院の女子生徒達が頭をなやませてるからよ。

 私達よりひとつ下の彼女は今年、王立学院に入学してきたベイリーだんしやく家のご令嬢。

 れんな容姿と田舎いなか出身ならではのじゆんぼくで心優しい性格で、いつの間にか男子生徒の間で人気者になっていたの。

 でも、取り巻きの令嬢が不満を口にしたのはそれだけじゃない。

 おどろいたことに、彼女がクレイグ王太子殿下と親しくなってしまったからよ。

 何がきっかけかはわからないけれど、ある日を境に王太子殿下はロゼッタさんと話すようになり、一緒にいるところをもくげきされることが増えていた。

 それで、おもしろくないのがソフィー様の取り巻きを始めとする女子生徒達。

 彼女の実家が商人上がりで、今の当主の事業がくいっていない、つまりお金に困っている男爵家なこともあって、目をげているのよ。

 一度、他の生徒がロゼッタさんに王太子殿下と親しくしすぎるなと注意をしたことがあったのだけれど……、今もお二人の目撃情報があることを考えると、全く聞いてもらえてなかったみたい。

「注意してくださった方の親切心をみにじるこうです。あまつさえ、公衆の面前で親しくするなど」

「失礼きわまりないですわ」

「ソフィー様、このままでよろしいのですか?」

 静かにしていたソフィー様は、カップをゆっくりとソーサーに置いた。

「もちろん、いいとは思っていないわ。でも、ただのご友人だった場合、クレイグ殿下はおいかりになるでしょう。婚約者とはいえ、私は殿下のきさきではないのだから、交友関係に口を出すことはできないわ」

「何を弱気なことを仰っているのですか」

「友人なわけがございません。注意しても聞いてくださらない以上、何かしらの行動を起こさなければ、取り返しのつかないことになりますよ?」

「それに、王太子殿下はこれまで特定の女性と親しくすることなどございませんでした。対応を誤ると、ロゼッタさんに王太子殿下をうばわれてしまいます!」

 令嬢達のあせる言葉にソフィー様は表情を全く変えない。

 何があってもご自分が王太子殿下の婚約者であるということはらがないという自信があるのでしょうね。

 その強い意志に憧れるわ。

 なのに、取り巻きの令嬢達はそんなソフィー様の態度に気付いていない。

 今も、ロゼッタさんに対して怒りをあらわにしている。

「あの方は、ご自分が貧乏な男爵家のむすめだという自覚が足りないのです」

「きっと、お金目当てにちがいありません。いつも違う男性と一緒ではありませんか」

「ふしだらですわ。学院のはじです。うわさによると、男性を取っえ引っ替えしているとか。あのようなしようわる女にだまされるなど……!」

 令嬢達は、なんてれんな、とか、学院の恥さらし、などと言ってロゼッタさんの悪口を言い合っている。

 いくらソフィー様の婚約者である王太子殿下と親しくしているといっても、人の悪口を聞くのは気分がよくない。

 悪口を言われる方の気持ちが私にはわかるから。

 どうしたものかとソフィー様に視線を向けると、彼女は無表情で悪口を言っている令嬢達をながめていた。

「いい加減になさいませ」

 冷たさを感じさせるソフィー様の声に令嬢達はいつせいに口をつぐんだ。

「ただクレイグ殿下と仲がよいというだけで、悪口を仰るなどおろかなことよ。ロゼッタさんのことをよくぞんじではないのに、彼女を悪く仰るなんて……。そもそも学院はしゆくじよとはどのようなものかを学ぶ場所。他人のあらを探して悪口を仰るのが淑女のなさることなのかしら?」

 彼女のするどい視線に令嬢達は縮こまっている。

 さすが、真面目で誠実、思慮深いソフィー様だわ。いつしゆんでこの場を収めてしまった。

 ソフィー様は皆さんの様子をかくにんすると、そっと息をした。

「私のせいで雰囲気が悪くなってしまったわね。申し訳ないわ。……今日はこれで終わりにしましょう。私は寄るところがあるので、皆さんは先にお帰りになって。では、また明日。ごきげんよう」

 スッと席を立ったソフィー様はかえることなく校舎へと歩いていく。

 迷いなく歩く姿が美しくてれとしていたら、男子生徒が彼女に話しかけているのが見えた。

 彼女と同じアッシュブロンドの少年に私は見覚えがある。

 かれは確かソフィー様の弟君のルーファス様だったはず。

 ソフィー様の取り巻きの私は、学院内で何度かルーファス様の姿を見たことがあったからすぐにわかった。

 彼は一学年下で愛らしい見た目から年上のお姉様方に人気があるのだ。


 あら? ルーファス様ってば、何やら訝しげな表情を浮かべているわ。

 一体、なんの話をしているのかしら?


 気になってしまい、ジッと見つめていたら視線を感じたのか彼がこちらを見た。

 すぐに目が合ってしまって、私はビクリと体をふるわせる。

 とつぜんのことで動けず、なぜか見つめ合う形になってしまう。

 彼の方も私をジッと見て目をしばたたかせている。

 まさか見つかるとは思わず、私の体が固まる。

 どうしようかしら? と思っていたら、不思議に思ったのかソフィー様がルーファス様に話しかけて、ようやく彼の視線からのがれることができた。

 でも、ソフィー様と話しているというのに、チラチラと私を見てくる。

 これは頭を下げない私をしんに思っているのではないかと考え、あわててしやくをして視線を令嬢達の方へと向けた。

 焦ったけれど、これで終わったはずだ。

 ホッとしていると、今の私の行動はだれにも気付かれていなかったようで、残された令嬢達は一様に気まずそうに目を合わせていた。

「でも、ソフィー様は、ああ仰っていたけれど、心の中ではロゼッタさんをにくらしく思っていらっしゃるはずよ」

「ええ。そうでしょうね。ソフィー様といえども、お二人の仲を見過ごすことはできないはず。それに考えたくはないけれど、もしも、もしもよ? お二人の婚約がなどということになったら、ソフィー様の友人である私達までえをくってしまいます」

「婚約を破棄された令嬢の友人だなんていい笑いものになってしまいますわ。王太子殿下の婚約者の友人だからこそ皆様に一目置かれているというのに」

「全くです。王太子妃の友人として、いいおうちちやくなんけつこんできると思っていたのに、このままでは台無しになってしまいます」

 そうよそうよ、と令嬢達は同意しているが、私はそれには同意できない。

 皆さんは、ソフィー様の何を見ていたのかしら。

 彼女は王太子殿下の婚約者として取り乱したりなどせずに、どんと構えているのに。

 もっとソフィー様を信用するべきよ。あれほど素晴らしい方は他にいないわ。

 そんなことを考えながら、私は令嬢達の会話には参加せずに、聞き流していたの。

「なんとしてでも、王太子殿下の側からロゼッタさんを引き離さなければいけないわ」

「最悪の場合は私達でなんとかしないと」

「そうですわね。ですが、まずはソフィー様にその気になってもらわなければなりません」

「ええ。ひとまず、ソフィー様に危機感をいだいていただきましょう。でも、この場にご本人がいらっしゃらない以上は、どうしようもないわね」

 あれこれ言っていた彼女達は、主役であるソフィー様がいなければ話が進まないとなったのか、じよじよに話すことがなくなっていった。

「……今日はもう終わりにして、日を改めて、もう一度ソフィー様にお話ししましょう」

「私達の熱意がソフィー様に伝わればよろしいけれど」

だいじようよ。ソフィー様は王太子殿下を愛していらっしゃるのだから、私達が団結すればさすがにお心が動くはず」

 同意する令嬢達を冷めた目で眺めていたら、いつの間にか、その場は解散となったようだ。何人かの令嬢が立ち去った後で頃合いを見計らって私も席を立ち、残った面々にあいさつをしてその場を後にした。

 ちゆうで、彼女達とは違う方向に向かった私は、周囲を見回して誰もいないのを確認した後で大きくびをする。

「はあ、つかれた……。ソフィー様と一緒にいるのは楽しいけれど、皆さん好戦的すぎるわ」

 先ほどまでの会話を思い出し、私はため息をついた。

 できるだけへいおんな暮らしを望んでいる私は、ロゼッタさんをどうこうしようとしている彼女達の案にうなずきたくない。

 もっと平和的な解決方法をさぐりましょうよ、と言いたいけれど、言ったが最後、集中こうげきうのは目に見えている。

 そうなったら、反論できる言葉なんて私は持ち合わせていない。

 言いくるめられるのがオチだ。

 ソフィー様が彼女達の言葉にまどわされないことをいのるのみ。

 はぁ、と息を吐いた私は、周囲に人がいないのを再び確認する。

「それにしても、ルーファス様と目が合ったのには驚いたわ。ソフィー様のお側にいるようになって初めてよ。今までは上手く存在を消せていたのに。かつだったわ。だけど、真正面から見たルーファス様はものすごく整った顔をしていたわね。美少年ってああいう方のことを言うのね」

 突然だったものの、いい目の保養になったわ。

 あちらからしたら目の保養なんてならなかったと思うけれどね。

「さて、これからどうしようかしら。今校門に行ったら他の方と会うし、ロゼッタさんの話を振られても困るわね。うっかり同意するようなことを言って、後々私もこう言っていたとか言われたら大変だし……と、なると、皆さんが帰るまで図書館で時間をつぶすしかないわね」

 学院の図書館ならしきにはない本がありそうだし、時間つぶしにもなる。何よりも大好きな恋愛小説を読んで心を落ち着けたい。

 平常心を保てなくなったときは恋愛小説を読むのに限る。

 決めた私は人気のない校舎を早足で図書館へと向かった。


 学院の図書館は校舎から少し離れた場所にある上に、学院の生徒は中庭でお茶をしたり、さっさと帰ったりするから、放課後はあまり人がいない。

 歩いている途中で、複数の話し声が聞こえてきたことで立ち止まり周囲をうかがう。

 すると、少し離れた場所で楽しそうにお喋りしている男女の姿を発見して、私は目をみはる。

 向かい合っている背が高いじようと可憐な美少女。

 その二人には物凄く見覚えがあった。


 あれは、王太子殿下とロゼッタさん!?

 放課後の誰もいない場所でお二人で話をしているなんて、親しくしているというのはしつからくる噂ではなくて本当だったのね。

 それにしても、王太子殿下は本当に楽しそうに笑っているわ。じりが下がっているじゃない。あれじゃあ、ロゼッタさんに好意を持っていると丸わかりだわ。

 ソフィー様という婚約者がいながら、なんということをしているのかしら。

 ロゼッタさんは王太子殿下に婚約者がいるのを知らないのかしら? いえ、知っているわ。だって、注意されたはずだもの。


 とんでもないところを見てしまった私は、気まずさからそっとものかげに身をかくした。

 見つかったら、絶対にめんどうなことになる。

 だから、静かにお二人が立ち去るのを待つしかないと思っていたのだけれど、ふと視線をらした先に、お二人を見つめるソフィー様の姿を見つけて息を飲んだ。


 ソフィー様はお二人を見つめながら静かになみだをこぼしていた。

 頬をぬぐうこともせず、ただジッとしている。

 けれど、彼女の手は強くにぎられ、小刻みに震えていた。

 一目見て、お二人の姿に嫉妬しているとわかってしまった。

 ソフィー様が王太子殿下を愛しているのは周知の事実。好きな人が他の女性と楽しそうに話しているのを見たら、嫉妬するのも当然。

 ソフィー様のお気持ちを考えると胸が痛む。

 話に夢中なお二人は私達に全く気付いてないのか、かろやかな笑い声が聞こえてくる。


「それで、城の庭師がれいかせてくれたんだ」

「まあ、百合を? 前にも王城の庭にはいろいろな花が咲いていると教えてくださいましたが、色とりどりで美しいのでしょうね。の庭には野菜しかございませんから、羨ましいです」

「では、一度城に来てみてはどうだ? 庭くらいなら君でも見学できるだろう」

「よろしいのですか? うれしいです! では、今度友人と参りますね」

「友人と? いや、あの。おれが案内するが」

「いいえ、王太子殿下に案内をしていただくなどおそおおいことです。私では体験できない貴重なお話をうかがうだけで、夢の中にいるみたいに幸せなのですもの。それだけで十分ですから」

「……君は本当に何も望まないのだな。つうの令嬢は、あれがしい、これが欲しいとねだるというのに。変わった人だ。ああ、もちろんいい意味でだ」

 優しげに微笑む王太子殿下と、笑みを返すロゼッタさん。

 一見すると、ういういしいこいびと同士のようなふんだけれど、立場は全く違う。

 ああ、もう! これ以上ソフィー様を傷つけないで! 早くここから立ち去って欲しいと私が願っていると、王太子殿下は予定があるのか、少ししてお二人はその場からいなくなった。

 ホッとした私がソフィー様を見ると、彼女は動くことはなくジッとお二人がいた場所を見つめていた。

 心ここにあらずな感じのソフィー様に、いつもの凜とした様子はない。

 そこにいるのは、恋愛小説に出てくるごうまんで意地悪な悪役令嬢とは違い、婚約者の裏切りを知って傷ついている私と同じ年の女の子。

 ソフィー様のことを考えたら、ここは静かに立ち去る場面だとわかっているのに、なぜだろうか。私はソフィー様を放っておけないと感じている。傷ついている彼女を一人にしておけないと思っている。

 どうにかして、王太子殿下の心をソフィー様にもどしたいと、そう願っていた。

 これはただの自己満足かもしれない。ソフィー様は望んでいないかもしれない。

 でも、泣いているソフィー様を無視することもできなかった。

 それに、五年前の恩返しをしたい。ほんのちょっとしか返せないけれど、今動かないとダメだと私の心がさけんでいる。

 私はハンカチを取り出し、いまだに動かないでいるソフィー様のもとへと近づいて彼女の前に差し出した。

「お使いください」


 頬に涙のあとが残る彼女は、驚いた様子で私と視線を合わせた。

 ハンカチを差し出したことで、私が先ほどの場面を見ていたことを察したみたい。ずかしそうにハンカチを受け取って目元をさえる。

「……ありがとう、アメリアさん」

「いえ」

 この後、どうしようかと固まっている私を見て、ソフィー様は軽く微笑むと視線を庭へと向けた。

「……少し、お話をしましょうか」

 そう言って、ソフィー様は近くのベンチに移動し、誘われるまま私も彼女のとなりこしを下ろした。

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