かきごおり座

須野 セツ

かきごおり座

 季節というのは空を越えないらしい。宇宙空間にいる彼がそう言う。赤道付近の熱帯には四季がないよ、と言ってあげると彼は黙ってかぶりを振った。

 そんなやり取りをしたのはもう半年くらい前のことだ。



 一人の部屋で窓の方を見ながら佇む。縦横二メートルほどの食卓机にかきごおり機と袋に入った花火が所在なさげにぽつんといる。ベランダでは半月の形で面を切った竹がぐんなりと横になっていて外気の凶悪さをからだ全部で語っていた。  クーラーを付けると、部屋の空気は冷たくなっていき、外側と内側の明確な区別を作る。


 わたしのいる部屋と彼のいる宇宙はそういう点で少しだけ似ていた。

 

 宇宙へのメールを一通だけ送ることができる。彼の世界の中で権力を持った人が突然、わたしにそう告げた。無機質で感情の無い一枚の文書。そこに書かれた日本語は若干たどたどしい。いつか帰ってくるという曖昧な宇宙探幽計画(勝手にそう名付けることにした)へわたしが送る言葉は何が相応しいのだろう。

 寂しいよ、なんて甘える言葉。宇宙と地球の距離になってさえ彼を繋ぎとめようとするのは陳腐だと思う。それがたとえ避けがたい事実だとしてもその言葉に明るい要素はない。

 わたしはどれだけ距離が離れても一繋ぎのところにいたい。僅かな時間だけ彼の元に行けるような気がする「寂しい」という言葉は、わたしは彼の世界にはいない、とわざわざ宣言しているようなものだ。だからと言ってあどけなく、あってもなくてもいい一言をメールにして送る気にはなれなかった。

 覚えている一日があった。ちょうど一年前。アパートの目の前にある空き地で流しそうめんをして、花火をしてそれからこの家に戻って二人でかきごおりを食べた。箸の間を華麗に避けて水の中を駆け抜ける麺、手で円を描くようにして回すと残像によって作られる光の輪。今は置物になった目の前のそれらを見て思い出す。 頭をつんざく痛さすら楽しかった。

 今日だってその日を再現しようと思えばできるはずだ。袋を両手で勢いよく開けて、その内の散らばった花火の一本に火を点ける。

 そうだ、使用済みの花火を入れるバケツも必要だ。じゅう、と心地よい音を立てて水の中に沈んでいくまでが花火の魅力なのだから。

 飲み物に入れるにはいささか大きすぎる冷凍庫の氷を上から押しこむ。底の深いお皿を忘れずに用意して思い切りレバーを回す。塊が確かな手応えと共に細かい氷の結晶に変わる。山になったそれらは塊だったときよりも柔らかくて優しくて、涼しさという余裕さえ与える。

 窓を開ける。外側の世界が途端にわたしを襲う。纏わりつく気持ち悪いほどの熱気が露出した腕をなぞった。横たわった流しそうめん用の竹を一瞥してすぐにまた窓を閉める。

 一人でやっても虚しくなるだけだ。そんなことは最初から知っている。彼は季節のない途方もなくわたしから遠い場所で旅をする。外側それとも内側。彼とは違う側にいるわたしが季節を感じる身体の中のスペースに、きっと宇宙という新しい刺激が取り替わっておいてある。

 

 指で一つずつ文字を打ち込んでいく。彼へのメールを一通、送ることができる。


「かきごおり座を作ってしまいましょう。今こちらはとても暑いですので」

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かきごおり座 須野 セツ @setsu_san3

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