第11話 愛し合うのに人間とか妖怪とか関係ないよね
高杉が話し始める。
「最初にあの男を見たのは組の事務所だった」
あ、やっぱりそっちの人なんだ……。
「組長に呼び出された私は、『この男が作った薬をお前の店で広めてくれ』と頼まれたんだ。どんな薬ですかと訊ねたが答えてはくれなかった。ただ、『組を大きくするためだ』とだけ言われたよ」
組を大きくするため、ねぇ。
作った、ということは組に現れた男が僕たちが探している陰陽師で間違いない。
「それであなたは引き受けたと」
「上からの命令に従うのは下の者の務めだ。それに私は若頭だ。組のためと言われたら首を縦に振るしかないんだよ」
迫力があるとは思っていたけど、若頭だったのか……。
「思えばその頃からだ。組長の様子がおかしくなったのは」
「様子がおかしい、ですか?」
「ああ。うまくは言えないんだが、雰囲気が以前と違うというか……別人みたいというか」
雰囲気が違う、か。
ひょっとして……。
「葛葉」
「ええ」
葛葉を見ると、彼女も僕と同じ考えなんだろう。
ゆっくりと頷いた。
「高杉さん」
「どうした?」
「おそらくですけど、別人みたいではなく本当に組長さんは別人になっている可能性が高いです」
「な、なんだって!?」
高杉が驚愕の顔で僕を見ている。
残念だけど、その可能性が一番高い。
妖怪の中には人と入れ替わることができるのもいるからね。
「まさか、組長が……」
「諦めなさい。それにあなたが守りたいのは娘さんなんでしょう?」
葛葉の言葉で、高杉がハッとしたような顔をする。
「……そうだな」
「あの。娘を助けてくれって、具体的にどんな状況なんでしょう?」
助けるといっても、状況が分からないとさすがにどうすることもできない。
「そうね。助けてというくらいだから、監禁でもされているのかしら?」
「いや、毎朝私の家から学校に通っている」
「ということは今も一緒に住んでいるってことですよね?」
「ああ、そうだ」
ちょっと何を言っているのか意味が分からない。
僕と葛葉は顔を見合わせて首を傾げる。
「監禁されていないのなら、いったい何が問題なんです?」
「監禁はされていない。だが、今の私は鈴華を人質に取られているようなものなんだ」
「人質?」
僕が尋ねると、高杉は俯く。
「……鈴華の体の中に蟲が、妖怪が入りこんでいる」
「そんなっ……!」
「本当だ。『ZERO』を店でばら撒きはじめてから、急に人がいなくなったりする事件が増え始めた。気になった私は、男が『ZERO』を持ってきたときに言ったんだ。この薬は大丈夫なのか、本当に組のためになるのか、とな」
「それで?」
高杉は溜め息を吐いた。
「男は何も言わず、ただニッコリ笑って一枚の写真を見せてきたよ。何の写真だと思う?」
「まさか……」
「写真には鈴華が学校に向かう姿が写っていた。私にその写真を見せながら男はこう言ったんだ。『可愛らしいお嬢さんですね』ってな」
高杉の顔は今にも泣き出しそうな顔になっていた。
「続けざまに『お嬢さんの体に蟲を潜りこませました。綺麗なままでいられるかどうかはあなた次第です』とも言われたよ……くっ!」
バァン! と高杉がテーブルを叩く。
欲魔蟲以外にも色んな蟲がいるから、中には体の内側から食い破ったり、脳を破壊することもできる。
脅しとしては効果的かもしれない……だけど、曲がりなりにも男は陰陽師のはずだ。
同じ陰陽師として絶対に許せない。
「ちょっといいかしら」
葛葉が高杉に問いかける。
「あなたはその話を信じたの?」
「ああ」
「ただの人間でしかないあなたが?」
「そうだ」
ん?
そういえば。
目の前の高杉はどう見ても普通の人間だ。
妖怪特有の気配はしないし、半妖でもなさそうだ。
それなのに、どうして男の話を信じたんだろう。
いや、よくよく考えたら葛葉の姿を見た時点でもっと驚くはずだ。
なのに、高杉は妖狐の姿になった葛葉の提案を受け入れた。
ここから導き出される答えは一つしかない。
つまり。
「高杉さん。あなたは妖怪を見たことがあるんですね」
「ああ。だが、見たことがあるというのは少々語弊がある。私は妖怪と一緒に住んでいたことがあるんだ」
「えっ?」
人間の高杉が妖怪と一緒に暮らしていた?
「鈴華は、私と一緒に住んでいた妖怪との間にできた子なんだ」
絶句して言葉が出てこない。
さすがの葛葉も同じようで、目を瞬いていた。
高杉はフッと笑った。
「昔のことだ。道端で怪我をして倒れていた女を助けた。面倒を見ているうちにお互い惹かれあった末に子どもができた。別におかしなことじゃない。ただ、それが人間と妖怪だっただけの話だ」
「それは、そうかもしれませんけど……」
数百年前の時代、誰もが呪力を持っていた頃はそういうこともあったらしいけど、今の時代の人間は妖怪を認識することすら難しい。
妖怪が見えたということは、多少なりとも呪力を持っているっていうことだろうけど。
「それとも、人間と妖怪が愛し合ったらいけないのか?」
「いいえ。素晴らしいと思うわ」
即座に反応したのは葛葉だ。
うっとりした顔をしている。
あー、うん。
僕たちと似たような関係といえなくもないから、分からなくはないけど。
「その妖怪とは今も一緒に住んでいるのかしら?」
「いや……鈴華を産んでから暫くして……」
「そう、ごめんなさい」
高杉が首を振った。
「アイツが死んで最初は途方に暮れたが、傍で泣いている小さい鈴華を見ていたらふと思ったんだ。私以外に誰が鈴華の面倒を見るんだって。鈴華がいたから私は今まで頑張ってこれた。その鈴華の命が、私のせいで危険にさらされている――私はどうなっても構わない。頼む、鈴華を助けてくれ!」
僕が物心ついたころには両親はいなかった。
いつも白虎がいたから寂しいと思ったことはなかったけど、もし親がいたとしたらこんな感じなんだろうか。
よく分からない。
でも、一つだけハッキリと言えることがある。
「助けてみせます」
「……え?」
「必ずあなたの娘さんは、僕と葛葉が助けてみせます!」
「ええ、任せてちょうだい」
そうだ、助けを求める人に手を差し伸べる。
僕はそのために陰陽師になったんだから。
高杉は涙を流しながら僕の手を取る。
「ありがとう。本当にありがとう……ん、『僕』?」
「あ……!」
しまったあああ!
クスクスと笑う葛葉の隣で、僕が男であることを伝える羽目になったんだけど、高杉は何度も『嘘だ』と言って中々信じてくれなかった。
解せぬ。
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