第10話 タダより怖いものはないよね
近寄ってきた支配人らしき男性は、倒れている二人と僕たちを交互に見ていた。
どういう状況なのか理解できないんだと思う。
「そこで寝ている男たちが強引に声をかけてきたから軽くお仕置きしたのだけれど、駄目だったかしら」
「……君がやったと言うのか?」
「そうよ。何か問題でも?」
疑うような視線を向ける男性に対して、葛葉は悪びれる素振りなんて全く見せずに事実を告げた。
普通に考えたら葛葉みたいに綺麗な女の子が、男二人を倒すなんて信じてもらえるはずがない。
だけど、男たちは葛葉の目の前で地面に倒れたままだ。
男性が周囲を見回す。
周りの客が葛葉の言葉を肯定するように頷いている。
男性は僕たちの方を見ると、軽く頭を下げてきた。
「失礼しました、お客様。そこの二人には店から退場していただきますので、どうぞご安心ください。おい!」
男性の声に黒服が反応する。
地面に倒れた二人を持ち上げると、そのまま店の外に連れ出していった。
声をかけてきた二人にとっては災難だったけど、まあ声をかける相手が悪すぎたよねということで、次からは気をつけてもらいたい。
「私はこの店の支配人を勤めている高杉と申します。お客様には不快な思いをさせてしまい申し訳ございません」
ビンゴだ。
目の前の男性が僕たちが探していた高杉で間違いない。
後は合言葉を言えばいいんだけど――ここだとまずいなぁ。
葛葉が目立ちすぎたせいで、周囲の客が僕たちを見ている。
どうにかして他の客に聞かれないようにすることはできないかな?
「ええ、とても不快な気分だわ。悪いと思っているのならお詫びの言葉だけじゃなく、誠意を見せてほしいものね」
何言っちゃってんの葛葉さん!?
そんなこと言ったら、僕たちまで追い出されちゃうよ!
「なるほど。では、お詫びの印に一杯サービスさせていただきます。ここでは他のお客様の目も気になるでしょうから、あちらのお部屋へどうぞ」
高杉がゴージャスな扉を指差す。
「あら、そう? じゃあお言葉に甘えて。さ、行くわよ晴」
葛葉が僕の手を取って歩き出した。
「ちょっと、葛葉」
小声で話しかける。
「何?」
「強引すぎやしませんか?」
「分かってないわね。あれくらいでいいのよ。悪いことをしたのは男たちの方だし、少しくらい強気でちょうどいいの」
少しどころか、すごい上から目線でしたけどね!
通された部屋は扉に負けず劣らず豪華で、はっきり言って居心地が悪い。
派手すぎるんだ。
僕はもっとこう、こじんまりとして質素な方が好きなんだけど……。
お尻が沈み込むほどふかふかのソファに座っていたら、高杉が入ってきた。
「こちらから好きなお飲み物を選んでください。どれを選んでも、私からの奢りということでお代はいただきません」
テーブルに差し出されたメニューを眺める。
こういうお店だから、ソフトドリンクだけでなく当然お酒も載っていた。
ドン・ペリニヨンか、聞いたことあるやつだ。
種類も色々あるんだなぁ――って、じゅ、十五万!?
「あのぅ、これを頼んでもタダってことですか?」
恐る恐る十五万円のものを指差してみる。
「もちろんです」
眼鏡をクイッとあげて笑っているけど、目が笑っていないからすごく怖い。
こういう時は絶対に選ばない方がいい。
後できっと後悔するやつだ。
というわけで、僕は無難にソフトドリンクから五百円のものを選ぶ。
「おや、それで宜しいんですか?」
「はい。まだお酒は飲めないんです」
それに十五万円を選んだ時の反応が怖い。
「分かりました。ではお客様は何になさいますか?」
「そうね」
葛葉はメニューにさっと目を通すものの、直ぐに高杉を見た。
「ここに載っていないものでもいいかしら」
「載っていないもの、ですか? 当店で用意できるものであればよいのですが」
「きっと用意できると思うわ」
葛葉は自信たっぷりに言い放つ。
「私が欲しいのは『ZERO』なんだけど、あるわよね」
高杉の顔が一瞬で変わる。
完全にあちらの世界の人間の顔だ。
半端なく怖い。
「……お客様、どこでそれをお知りに?」
「知り合いからよ。ここの支配人に言えば手に入るって教えてもらったの」
知り合い、ねぇ。
面識があるという意味では嘘は言っていない。
ものは言いようだよね。
「お客様。興味本位で欲しがるようなものじゃありません。そんじょそこらの薬とはワケが違います。せっかく綺麗な顔をしてるんだから、命は大事にした方がいい。連れのお客様もそうは思いませんか?」
あれ?
割とまともなことを言ってる気がするけど、もしかしていい人だったりする?
どう見ても心配してくれているよね。
いやいや、いい人だったら化物や半妖になるようなヤバい薬をばら撒くはずがない。
「私なら大丈夫よ。誰よりも強いから。どんな化物だろうと、半妖だろうと、妖怪だろうと私には勝てないもの」
「なっ――!?」
高杉の目が大きく見開かれる。
驚くのも仕方がない。
葛葉の頭からは耳が、お尻からは尻尾が見えているんだから。
「って、葛葉! なんでいきなり妖狐の姿になるの!?」
もしも高杉が大声を出して人を呼んだり騒がれでもしたら、その時は他の客も巻き込んでしまうかもしれない。
「大丈夫。だって、この男は弱みを握られているだけですもの」
「へっ?」
「ねぇ、そうでしょ? だったら、私たちに話してみない? 悪いようにはしないわよ」
高杉はしばらくの間、目を閉じて腕組みをしている。
葛葉の言葉を聞いて悩んでいるようだ。
「私だったら助けてあげられる。今のままずっと『ZERO』をばら撒き続けるのか、それともまともな人生に戻るのか、あなた次第よ」
その言葉がダメ押しになったのか、高杉は大きく息を吐くと目を開いた。
「今さら真っ当な道を歩けるとは思っちゃいないし、私はどうなってもいい。だが、本当に助けることができるというのなら――娘を、
え、本当に葛葉の言うとおりだったの?
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