第9話 潜入からのトラブル発生!?

 葛葉と一緒にクラブに到着するまでの間、何人かとすれ違ったけど、必ずといっていいほど振り向かれて、その度に恥ずかしくて顔が熱くなった。


「葛葉さん、今日は日が悪いからやっぱり別の日に……」

「往生際が悪いわよ」


 僕は店の前で最後の抵抗を見せるも、葛葉にバッサリと切り捨てられてしまった。


「そもそも、その格好をしている時点で諦めなさい、晴」

「うぐっ」


 葛葉の言うとおり、僕は既に謎の美少女『晴』になっている。

 自分で美少女っていうのもおかしいけど、葛葉や白虎が何度も可愛い可愛いと褒めるくらいだから、間違いないんだろう。

 ウィッグをかぶっているから頭は重いし、スカートを履いているせいで足はスースーする。

 回れ右して今すぐにでも帰りたい衝動に駆られているのだけど、葛葉に右手をがっちり握られているので無理だ。

 

「大丈夫よ、絶対に誰にもバレないから。むしろ別の意味で声をかけられちゃうんじゃないかしら?」

「別の意味で? どういうこと?」


 バレる以外に声をかけられることなんてあるんだろうか?

 首を傾げる僕を見て、葛葉はフッと笑った。


「晴は分からなくていいことよ。誰であろうと私の晴には指一本触れさせないから」


 僕とは真逆の、黒いワンピースと黒のコートに身を包んだ葛葉がそう言い切った。


 なんという男前の台詞だろう、と思った。

 と、同時に疑問が浮かぶ。

 おかしいな……こういうのって普通、僕が言うべき台詞のはずなんだけど。


「さあ、覚悟を決めなさい。行くわよ」


 そんなことを思う僕などお構いなしに、葛葉は僕の手を引いてクラブの入口へと向かう。

 入口には半妖の男たちから聞いていた通り、従業員が二人立っていた。

 

「入店したいんだけど、入れてもらえる?」


 僕たちを見た従業員は、二人とも目を大きく見開いて固まっている。

 何だか驚いているように見えるけど、やっぱり僕が男だってバレたんじゃ?


「ねえ、入れてくれないの? それなら帰るけど」

「はっ!? いや、どうぞどうぞ! 二人ともあまりに可愛いからつい見蕩れちゃったよ、なあ」

「そうそう」


 え? 

 見蕩れてただけなの?

 ん?

 二人ともって、僕も?


「ふふ、ありがとう。さあ、入りましょう、晴」


 疑われることな一切なく、僕と葛葉は店の中へ入ることができた。

 

「なんか拍子抜けだなぁ」

「あら? 晴だから入れたのよ。元のままだったら百パーセント門前払いになってたはずよ」

「だよね」


 葛葉の言うことは尤もだ。

 確かに普段の僕じゃ、どれだけメイクをして着飾ったところで絶対に入ることはできなかったと思う。

 でもさ、女装しただけでこんなに簡単に入れるとか思わないでしょ、普通。

 

「それだけ今の晴が魅力的だってことよ」

「そう言われても素直に喜べないんだけど」


 魅力的って言われても僕は男なわけで。

 

「大丈夫。私は晴明が一番好きよ」


 葛葉が耳元で囁いてきた。

 まったく、僕の彼女はこういうことを恥ずかしげもなく言ってくるから困る。


 店内は週末ということもあり、多くの人で賑わっていた。

 二十メートル四方でバーカウンターや喫煙スペースなんかも完備されている。

 クラブって聞いた時は、テンポの激しい曲が流れていて皆踊っているイメージがあったんだけど、ここはどうやら違うらしい。

 音楽に合わせてリズムに乗っている人もいるけれど、談笑したり雰囲気そのものを楽しんでいるって感じだ。

 奥の方になにやらゴージャスな扉の部屋が見えるけど、あれがいわゆる『VIPルーム』ってやつなんだろうか。


「さて、と。まずは高杉って男を探さないといけないわね」

「どこにいる――かしら?」


 葛葉の視線に気付き、言葉使いを女の子っぽくする。

 危ない危ない、今の僕は女の子だった。


「店員を探して聞いいてみたらいいんじゃない?」

「うーん」


 支配人に会いたいんですって言って、そう簡単に会わせてくれるものなんだろうか?

 男たちに会う方法も聞いておけばよかったな。

 バーカウンターに向かって歩き出した葛葉について行こうとした、その時。


「ねえねえ、キミ。俺たちと一緒に飲まない?」

「え?」


 振り返るとそこに、三人組の男がいた。

 言い方は悪いけど、三人ともいかにも遊んでますって感じの外見だ。

 半妖――ではないっぽい。


「うわ、近くて見たらやっぱすっげえ可愛い」


 一人が興奮したような声を上げたので、僕は思わず周囲を見渡す。

 女の子は……見当たらない。

 ということは、もしかして……僕?


「あの……私、ですか?」

「キミしかいないに決まってんじゃん。どう、俺たちと飲もうよ」


 まさか、これは……可愛い女の子であれば誰しも一度は起きるという、あのイベントではないだろうか。

 

「どうかな? 一緒に飲んだらきっと楽しいよ」


 男たちは言葉を変え、誘ってくる。


 うん、間違いない。

 まさしくナンパだ!

 同性からナンパされることになるなんて――ああ、向こうは僕を女の子として見てるんだっけ。

 なんだか複雑な気分だ。


 って、考えてたらいつの間にか囲まれていた。

 三人とも、もちろん僕よりも背が高い。


「あ、あの……困ります」

「大丈夫大丈夫。ささ、あっちに行こう」


 拙いぞ、一般人に力を使うわけにもいかないし、かといってこのままじゃ連れて行かれちゃう。


「……ねえ、私の連れに何か用かしら?」


 突然、僕らの会話に割り込んできたのは葛葉だった。

 目を細めて男たちを見ている。


 ――あ、ヤバい。

 あれは相当頭に来ている時に見せる顔だ。

 ただ、男たちはまったく気付いていないようだった。


「おー、キミもこの子と違ってまた可愛いねぇ!」

「いいじゃん、俺たちと一緒に遊ばない?」 


 そう言って、一人の男が葛葉の手を握ろうとした次の瞬間。


「気安く触らないでちょうだい」


 声と同時に、葛葉は男の手を捻り、そのまま投げ飛ばした。

 男は綺麗な弧を描きながら宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 

「このっ、何しやがる!」


 別の男が声を荒げる。


「私に触れていいのはこの世で一人だけなの。もちろん、その子に触れていいのも一人だけ。あなた達じゃないの、お分かり?」


 葛葉は横目で男の顔を見て、唇の端で嗤った。

 完全に挑発しているようにしか見えない。

 

「可愛いからって調子に乗るんじゃねーぞ!」


 男二人が拳を振りかぶって葛葉に突貫した。

 周囲から悲鳴が上がる。

 美少女が男二人に襲われているんだから当然だ。

 でも、周囲が思っているようなことにはならなかった。


 葛葉と交差した次の瞬間には、二人とも地面に崩れ落ちていた。

 あまりの早さに誰も見えなかったはずだ。

 まさかデコピンで脳を揺らしたなんて誰も思わないだろう。

 その証拠に、周囲はポカンとして静まり返っている。

 

「もう、離れちゃダメでしょ。晴は可愛いんだから」

「ご、ごめんなさい」


 迫られたことは確かなので素直に謝った。

 周囲の視線が痛い。


「何事だっ」


 数人の黒服の男を引き連れた男性が近づいてきた。

 黒髪オールバックに眼鏡という、その筋のインテリ系っぽい感じの人だ。


 そりゃ、店内で騒ぎを起こしたらお店の人が来るよね。


 ――ん、もしかしてこの人が支配人なんじゃ?

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