第8話 美少女の名前は……?

「これが……僕?」


 僕は鏡に映る自分の顔を角度を変えながら何度も確認する。

 パッチリとした大きな瞳にプルンと艶やかな唇。

 頬はほんのり赤みがさしていてどこか色っぽい印象を与える。

 うん、どう見ても美少女にしか見えない。

 

 葛葉は満足げに笑みを浮かべている。


「後はウィッグをつけて私の持っている服を着れば、少なくとも男の時よりは怪しまれずに入れるんじゃないかしら?」

「ウィッグはともかく、葛葉の服を着るの!?」

「当たり前でしょ。強要するつもりはないけど、そうでもしない限り絶対店の前で止められるわよ?」


 ぐっ……確かに普段の僕じゃ、百パーセント止められるに決まっている。

 だけど、服装まで女の子の格好となると抵抗がある。

 要するに女装して外を出歩くってことだよね?

 そんな状態で不特定多数の人に見られちゃうことを考えたら……うーん。


「陰陽師として黙って見過ごすことはできないと言ったのは晴明よね?」

「それは……そうだけど……でも、やっぱり人に見られるのは恥ずかしいっていうか」


 もちろん、人間を化物に変える薬をばら撒くような輩は許せない。

 その犯人が陰陽師だというのならなおさらだ。

 だけど、僕も一応男なんだよね。

 恥ずかしいものは恥ずかしい。


「その顔で恥ずかしがったら余計に可愛いだけよ。ほら、式神が身悶えているじゃない」

「え?」


 葛葉がそう言って隣を指差したので視線を向けると、白虎が胸を押さえて倒れ込んでいた。


「びゃ、白虎! 大丈夫? どこか苦しいの?」


 僕は白虎の前でしゃがみこむと、顔を覗き込むようにしながら話しかける。


「晴明様……だ、大丈夫です。どこも痛いところなどございません。ですから、その、お顔を私に近づけないでください」


 そう言って白虎は僕から後ずさった。

 何故か顔が赤くなっている。

 いったいどうしたんだろう?


 葛葉は白虎を見つつ、口に手を当ててクスクスと笑っていた。


「ま、気持ちはよく分かるわ。普段の晴明も可愛いのに、私の力で更に可愛くなっちゃったんだもの。本当だったら抱きついて撫で回したいと思っているんじゃ?」

「なっ!? 私の晴明様への忠義はそのようなものでは――って、女狐! きさま何をしているっ」

「なにって、見れば分かるでしょう。私が代わりに晴明を愛でているのよ」


 葛葉は僕を抱きしめて頭を撫でている。

 傍から見たら、女の子同士がじゃれ合っているようにしか見えないんじゃないかな……。

 煽られた白虎は、普段の冷静な姿からは想像もつかないくらい取り乱していた。


「なんという羨まし……コホン! ええい、晴明様から離れろ!」


 ん? 

 気のせいかな、羨ましいって言いかけたような?

 

 葛葉は白虎の言葉に聞く耳を持たないといった感じで、僕から離れる様子はまったくない。

 こんなことをしている場合じゃないはずなんだけど……。


「とまあ、堅物の式神が慌てるくらいだから使わない手はないわ。どうしても嫌だって言うのであれば、私一人で乗り込んで、晴明は外で待つという方法もあるけど――」

「それは駄目だよ」


 僕は葛葉の言葉を遮るように言った。

 

 確かに葛葉なら一人でも解決できると思う。

 何せ、僕が見てきた中で最強の妖怪なんだから。

 だけど、いくら強いといっても一人で行かせるわけにはいかない。

 

「大事な彼女を、危ないと分かっている場所に一人で送り込めるわけないだろ。正直まだ恥ずかしいけどさ……僕も一緒に行くよ」


 僕はそう言って葛葉に微笑みかける。


「あなたって人は本当に……それなら私も、晴明が誰からも男だって絶対にバレないように完璧な美少女にしてみせるわ」


 葛葉は頷きながら僕の手をギュッと握り締めた。


 力を入れるところが若干違う方向に向いているような気がするんだけど……いや、男だってバレたら色んな意味で拙いから、頑張ってもらったほうがいいのか。


 鏡に映っていた僕は確かに美少女だった。

 女の子にしては髪が少し短いけれど、それは仕方ない。

 だって実際は男だし。

 

 葛葉がこんなにも気合を入れているんだ。

 一緒に行くと決めたからには全てを任せよう。

 

「分かった。じゃあ当日は頼むよ」

「んー、どうせだから言葉使いも女の子らしくしましょう」

「え、言葉も?」

「ええ。今の晴明みたいな口調の女の子もいるでしょうけど、何がきっかけでバレるかわからないもの」


 確かに葛葉の言うことも一理ある。

 

「そうね、後は女の子の名前も決めましょう」

「えっ……」

「晴明だから……最初の文字からとってはるってどうかしら?」


 葛葉は悪戯っぽく笑った。


「当日は晴って呼ぶわね。私のことはいつも通り葛葉でいいから」


 土御門晴明改め、美少女『晴』が誕生した瞬間だった。


 後日、葛葉から手渡された服はニットの白いワンピースと、同じく白いコート。

 コートは寒さ対策というわけじゃなく、胸をなるべく見せないようにするためらしい。

 

 抵抗むなしく試着させられて分かったことだけど、やっぱり足が見える。

 僕の方が葛葉より身長が低いから露出は少ないけれど、それでもまったく見えないわけじゃない。

 

 無駄とは思いつつ、葛葉に他の服はないかなって聞いてみたんだけど――。


「大丈夫、晴明の足は細くて綺麗だから。それとも、もっと別の――短いスカートでも用意しましょうか?」

「……これでいいです」


 ニコリと微笑みながら問いかけてくる葛葉に、僕はそう言うしかなかった。

 仮に頷こうものなら葛葉は必ず用意するに決まっている。

 

 こうして、僕の潜入当日の服装が決定したのだった。

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