第7話 男っぽく見えないならこうすればいい

 男たちだけど、葛葉の『魅惑』を使って、僕たちに会ったことはもちろん、『ZERO』を服用して半妖になったこと自体を忘れてもらった。

 

 『魅惑』はその名の通り、対象の心を惹きつけて惑わすことができる、葛葉固有の能力なんだ。

 催眠に近い感じかな?

 『魅惑』をかけられた相手は、葛葉の言葉が正しいことであると刷り込まれてしまう。

 効果は永続で、葛葉自身が解除するか、陰陽師のような術師が解呪を施さない限り切れることがない、とても強力なものだ。


 本当であれば妖怪と同じように処理した方がいいのかもしれない。

 人に害をおよぼす妖怪がどれだけタチが悪いか、僕だって充分理解している。


 だけど、この二人にだって友人もいれば家族もいるはずなんだ。

 急にいなくなってしまったら悲しむ人がいるんじゃないかと思うと、どうしても躊躇してしまう。

 

 一応、彼らの身分証をちょこちょこっと拝借して画像データを志摩様に送った。

 もしも、ということが起きれば直ぐに陰陽省が動いてくれることになっている。


 僕は甘いんだろうか?

 

 葛葉は柔らかい笑みを向けて僕の頭を撫でながら、


「晴明はそれでいいのよ。貴方はそのままでいてちょうだい」


 って言ってたけど。


 

 家に帰ってから僕は白虎に志摩様から聞いた薬――『ZERO』のことや、帰り際に出くわした半妖二人組のこと、『ZERO』が出回っているクラブについて説明した。


 僕が今のままでは門前払いをくらうことも……。

 せめてもう少し僕の身長が高ければきっと――と思っていたら、どうやら声に出ていたらしく、葛葉は僕に呆れたような視線をなげかけながら、


「仮に晴明の身長が私よりも高かったとしても、その顔じゃ無理ね。可愛すぎるもの」


 とんでもないことをサラリと言った。


 ……可愛くなんてないやい。


 だけど、このままじゃ僕はクラブに入ることさえできない。

 入ることができなければ、高杉って人に会うこともできないわけで……困った。


「それでしたら私が行きましょうか?」


 見かねた白虎がそう言って助け舟を出してくれるんだけど、うーん。


 確かに白虎なら誰が見てもカッコいい大人の男性だ。

 むしろ気後れしてしまうほどの威圧感さえある。

 僕は小さい頃からずっと一緒だったから気にならないけど、初めて白虎に会った人は必ず一歩後ずさるか、もしくはうっとりした目を白虎に向けるんだ。

 後者の殆どは女の人が多いけど。

 

 だけど白虎に任せた場合、明らかに目立ってしまう。

 いや、目立ちすぎてしまうと言ったほうが正しいかな。

 二メートルもある白髪の眉目秀麗な男性が目の前に現れたら、高杉って男も警戒しちゃうような気がする。

 

 白虎の力は信頼しているけれど、今回の相手は人や半妖――そして、裏で糸を引く人物は陰陽師だ。

 同じ陰陽師として、絶対に許せない。


 それに白虎には家を守ってもらわないといけないしね。

 結界が張ってあると言っても完璧なわけでもないし、うちは重要な地脈の一つが眠っている場所だ。

 妖怪や悪意をもった者が地脈を悪用すれば、場所は限定されるけど『禍憑マガツキ』を起こすことだってできてしまう。


 禍憑によって歪みが生じた場所は陰気の濃度が酷く、陰気に汚染された人間はその度合いによって人としての外観に変化が生じるんだとか。

 ただ、人の理から外れた力を得ることもできるそうで、大昔は陰陽師と協力して妖怪を退治していた者もいたらしい。

 ある一定値を超えると人の身には耐えられなくなり、やがて自壊することから人々からは毒として恐れられており、禍憑の発生を防ぐことも陰陽師の役割の一つに加えられたのだとか。


 全部、志摩様から聞いた話の受け売りなんだけどね。


「ごめんね、白虎。これは僕が解決しなくちゃならないことなんだ。陰陽師として、人の世を守るために。代わりに白虎には家を守っていてほしいんだ」

「晴明様……立派になられて……」


 白虎は溢れる涙を隠そうともせずに、おいおい泣いている。

 え、そんなに感動するようなこと言ったつもりはないんだけど。

 

「承知しました。この白虎、必ずや主命を果たしてみせましょう。ですが、どのようにして店の中に入られるおつもりですか?」

「そうなんだよねぇ。入らないことにはどうしようもないし……」


 男たちの話によると、入り口は一つだけ。

 入口には二人の従業員がいて、身分証の確認こそないものの、未成年と判断されたら入店できないそうだ。

 

「ねえ、葛葉。『魅惑』を使って入り込むことはできないかな?」

「そうね……」


 葛葉は少しだけ考える素振りを見せたけど、直ぐに僕の考えを否定した。


「入るだけなら可能でしょうけど、入ったあとはどうするつもり? 可愛らしい男の子って浮くんじゃないかしら」

「そ、それは……そうかもしれないけど」


 いい考えだと思ったんだけどなぁ。

 

 ずっと『魅惑』を使い続けてもらうという手もあるにはあるけど、一度に百人単位の人間にかけるぶん、力の消費が激しくなっちゃうし、葛葉への負担も大きくなってしまう。


 言葉を返せないまま考え込む僕を見て、葛葉はにまっと笑った。


「一つだけ私に考えがあるんだけど、やる?」

「え? 本当?」

「ええ、たぶんこれを実行すれば今よりも怪しまれる心配はないはずよ」


 葛葉は笑みを深めて頷いている。

 よほど自信があるんだろう。

 何となく嫌な予感はするけれど、他にいい考えが思いつかない。

 

「分かったよ。葛葉の言うとおりにするよ。で、何をしたらいいの?」

「晴明は何もしなくていいわ。ただじっとしていてくれれば、ね」


 そう言って葛葉はどこからともなくポーチを取り出した。

 

「それ何?」

「これ? 化粧ポーチよ」

「いや、それは中を見れば分かるんだけど、それをどうするつもりかなぁって」

「ふふ、分かるでしょ」


 何となく予想はつくけど、分かりたくありません。

 僕は現実逃避すべく目を閉じる。


「いいわね。そのままじっとしていてね。晴明は元がいいからすぐ終わるわ」


 それから葛葉は黙って僕の顔に何か施し始めた。

 いや、何かじゃないな。

 間違いなく化粧だ。

 目を瞑っているせいか何も見えないけど、ずっと手を動かしているのだけは分かる。

 

「……できたわ」

「こ、これが晴明様、なのか?」

「どう? すごいでしょ」

「ああ、素晴らしい。見事だ」


 あの白虎が手放しに葛葉を褒めるなんて珍しい。

 

「ねえ、目を開けてもいいの?」

「ええ、いいわよ」


 ゆっくり目を開ける。

 

「はい、鏡を見てごらんなさい」


 葛葉から手渡された鏡を覗くと……化粧の効果か、少し大人びた美少女がいた。


 ……え? 

 

「ええええええっ!?」

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