第6話 平和的に協力してもらいました

 薄暗い路地を通り抜け、近くにある公園へと足を踏み入れる。

 ここを通り抜ければ家はすぐそこだ。

 公園の中には僕たち以外の人影は見当たらず静寂に包まれていた。


 この辺りは閑静な住宅街で人通りも少ない。

 周囲は木で覆われているし、公園自体かなり広いから、ちょっとやそっと騒いだくらいじゃ気づかれるということもないんだよね。

 襲ってくるにはちょうどいいシチュエーションじゃないかな。

 

「三秒後に彼らの後ろに回り込むから適当にあしらっていてちょうだい」

「りょーかい」


 それからきっちり三秒後に葛葉は跳躍した。

 いくら人外の力を得たといっても、つい最近まで普通の人間だったはずの彼らからしたら、急にいなくなったようにしか見えなかったと思う。

 僕だって目で追うのがやっとだもの。

 

「なっ!? 女が消えた……?」

「いったいどういうことだ、こりゃ……」


 後ろにいる男たちから動揺したような声が漏れ出す。

 僕が別にあしらわなくても、葛葉ならあっという間に無力化できると思うんだけど、お願いされたんだから仕方ないか。


 ゆっくり息を吸い、吐いてから僕は後ろを振り返った。


「お兄さんたち、あとをずっとついてきていたようだけど、何か用?」


 気づかれているとは全く思っていなかったようで、二人とも目を丸くして驚いている。

 どちらも髪を明るい茶色に染めてラフな格好をしていた。

 身長は……当然だけど僕より大きい。


 見た目からして大学生くらいかな?

 まあ、あんまり気にすることもないか。

 どうせ直ぐに忘れる存在だしね。


「なあ、隣にいた子はどこいった? 一緒に帰ってたってことは友達なんだろ? 教えてくれない?」


 冷静さを取り戻したのか、一人がそう訊ねてきた。

 軽薄そうなうすら笑いを浮かべている。

 絶対によからぬことを考えている顔だ。


 僕たち以外だったらと思うとぞっとするよ。

 そう考えたら、まだつけられていたのが僕たちで良かったと思うべきかな。


 そんなことを考えているのは表に出さず、二人に向けてにっこりと笑みを浮かべる。


「うーん、教えてあげてもいいんだけど、僕もお兄さんたちに聞きたいことがあるんだよね」

「聞きたいこと? ああ、いいぜ。俺たちで答えれることだったら何でも教えてやるよ」

「ありがとう。じゃあ教えてあげるね。……お兄さんたちの後ろだよ」

「えっ?」


 男たちが振り返ると、妖狐姿の葛葉が妖艶な笑みを浮かべていた。


「はーい。じゃあ今度は私たちのお願いを聞いてもらえるかしら」


 葛葉は尻尾を二つ出し、瞬時に男たちの首に巻きつけると二人を持ち上げた。


「ぐっ!?」

「がぁ!?」


 襲おうと狙いを定めていた相手に――しかも女に攻撃されるとは思っていなかったんだろう。

 男たちはまったく反応できておらず、苦しそうな顔をしてもがいている。


 いや、あの速度に反応できる妖怪や陰陽師もそうそういないんだけど。


「ああ、半妖化はしないほうがいいわよ。意味のないことだし。それにほら。私って臆病だから、すぐに力が入ってしまうの。首と胴は繋がったままの方がいいでしょう?」


 男たちが何かをしようとする前に葛葉がそう言葉をかけた。

 気道を力いっぱい圧迫されて呼吸もままならない状態だ。


 今のままでも窒息してしまうだろうに、引きちぎられたくないでしょうと言われたら……脅しとしては十分すぎるほどの効果だ。

 僕なら葛葉に掴まれた時点で直ぐに諦めちゃうね。


「これから地面に下ろして少しだけ力を緩めてあげるけど、逃げようとは思わないことね。分かった?」


 男たちは涙目で息も絶え絶えになりながら、必死で頭を上下に振っていた。


「いい子ね。じゃあ、下ろしてあげる」


 葛葉はそう言うと、二人をゆっくりと地面に下ろす。


「げほっ! ごほ! げほっ――!?」


 同時に首を締め付ける尻尾の力も緩められたのか、男たちは激しく咳き込んでいる。

 酸素を取り込もうとして上手くいかなかったんだろう。


 しばらくして息が整い始めたところで、葛葉はゆっくりと口を開いた。


「さあ、教えてちょうだい。あなたたちはどこで薬を手に入れたのかしら?」

「そ、それは……ぐあっ!」


 一人が呻き声を上げる。

 葛葉が尻尾に力を入れたんだろう。

 もう一人の男が青褪めた顔で葛葉の方を見た。


「話す、話すから力を緩めてくれ!」

「手短にお願いね。私、あまり気が長いほうじゃないのよ」


 葛葉の説得は功を奏したようで、男たちは薬をどこで手に入れたのか、洗いざらい話してくれた。


 どうやら週末だけ開いているクラブ『sakuYa』という店で手に入れたようだ。

 店自体はそれほど広くなく、二百人ほどが入れるくらいのスペースしかないらしい。

 ただ、そこに通う全員が知っているわけじゃないみたいで、ある人物に合言葉を伝えることで薬を持つ人物に会わせてくれるそうだ。


「ふーん、ある人物ねぇ。誰なの?」

「クラブの支配人で高杉って男だよ。そいつに『ZERO』はあるかって言えばいい」

「『ZERO』。それが薬の名前?」

「ああ、そうだ」


 『ZERO』か。

 案外早くたどり着くことができそうで良かった。

 怪しい薬に手を出す人間っていうのは、大抵抱えている問題から目をそらす為とか、軽い気持ちで面白半分に手を出してしまうかのどちらかだろう。

 

 これ以上服用する人間を増やさない為にも、早くばら撒いている犯人を捕まえないと。


「あ、だけど……」

「だけど、何よ?」


 男たちは僕と葛葉の顔を何度も見ている。

 

「もったいぶらずに言いなさい。でないと――」

「ひっ! あんたらじゃ多分無理だ、中に入れねえよ」

「無理? 入れないってどういうこと?」


 気になった僕がそう訊ねると、男は顔をしかめながら僕の顔を見た。


「だって……どう見てもあんたじゃ未成年にしか見えないだろ? あそこは二十歳以上じゃないと入れないんだよ」

「……あっ」


 ……まいった。

 どうしよう。

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