第5話 綺麗なバラには棘があります
陰陽省からの帰り道。
僕は出回っているという薬のことを考えていた。
僕たち陰陽師の中にこの薬を作った人間がいる。
志摩様はそう仰っていたけれど。
「ねえ、葛葉。妖怪もどきになるような薬をばらまいてさ、犯人は何をしようとしてるんだろうね」
自らの手で妖怪を創り出そうとしたんだろうか?
薬を一つ作るのに魔核をどれだけ使用するかは分からないけど、自分の手で妖怪を創り出せるんだったら、魔核も取り放題だろう。
妖怪を発見するのはそう簡単なことじゃないし、出世に目が眩んだ人物の犯行と考えれば一応納得はできるんだけど、理由としては少し弱い気がする。
現在目撃されているのは、妖怪ではなく呪力を持たない人にも見える半端な化物。
薬を飲んだと思われる何人かは、人に危害を加えようとしていたところを陰陽師に見つかり退治されたそうだけど、妖怪と違って肉体は消滅しないし、魔核も確認できなかったそうだ。
「そうね、自分だけの駒を作ろうとしているんじゃないかしら」
「駒?」
「兵隊、と言い換えてもいいわね。晴明。妖怪と普通の人間の違いはなんだと思う?」
妖怪と人間の違い?
見た目や魔核のある無しってことじゃないよね。
となると。
「単純に考えるんであれば、肉体の強さかな」
「あら、よく分かってるじゃない。そう、妖怪と普通の人間ではそもそものスペックに差がありすぎる。低級妖怪ですら歯が立たないでしょうね」
僕たち陰陽師からすれば低級妖怪は大した相手じゃない。
でも、それはあくまでも陰陽師であれば、だ。
呪力を纏うことができない普通の人間だったら――あまり考えたくないけど、掴まれただけで潰されたトマトみたいになっちゃうんじゃないかな。
「完全な妖怪ではないけれど、人間よりも遥かに強い力を持った化物を薬一つで簡単に増やすことができるのよ。もしもよ、そんな奴らを従えることができるのだとしたら……怖い話よねぇ」
葛葉はクスクスと笑っているけど、本当にそうだとしたら笑い事ではすまされない。
握りしめていた手を開くと、じっとりと汗ばんでいた。
妖怪と違って誰の目にも見えるってことは、それだけ恐怖を植え付けることができる。
世間が大混乱するのは間違いない。
葛葉の仮定が正しければ、だけど。
飲んだ本人たちにも何か理由があったのかもしれない。
もしかしたら、むしゃくしゃして軽い気持ちでやってみたっていう人もいるかもしれない。
どういう理由があるにせよ、薬に手を出すなんていけないことだし救いはないんだけど、一番悪いのは薬を作った犯人だ。
決して許すことはできない。
志摩様は所属している陰陽師に通達して警戒してもらうと言っていたけど、対処が遅くなればなるほど後手後手になるのは目に見えている。
なんとかしたい、でも解決の糸口となるものが何もない。
何か手がかりでもあればいいんだけどなあ。
「晴明」
「ん? なあに?」
「誰かつけて来ているみたいよ」
「えっ?」
「振り向いちゃ駄目」
振り向こうとした僕の頭を腕でがっちりとホールドしてきた。
ただし、絶妙な力加減のおかげか全く痛くない。
それどころか柔らかい――って、考えてる場合じゃない!
「……何人?」
「二人みたいね。どちらも男」
「妖怪かな? いや、それにしては何だか気配が薄いような」
後ろから感じる気配はただの人間ではないと物語っているんだけど、妖怪であればもっと濃密な気配を漂わせているはずだし、もっと早く気付くはず。
妖怪に似てはいるんだけど、どこか違うような気がする。
「恐らく薬を服用した人間でしょうね」
「っ! 何で僕たちをつけてきていると思う?」
「私たちが襲いやすい標的だからに決まっているじゃない」
はい?
何を言っているのかよく分からない。
僕たちが襲いやすい標的?
「だって、そうでしょう? 人目のつきにくい薄暗い道を歩いているのは私たちだけ。私や晴明の正体を知っているなら別だけど、私たちの見た目だけ見たら、襲うには格好の獲物だと思うけど」
あー、言われてみれば確かにその通りかもしれない。
「ちょうどいいじゃない。何か薬について知ってることがないか、彼らにお願いしてみれば」
「お願い、ねぇ」
「そう、お願い」
葛葉が、素晴らしい笑顔で頷いている。
――絶対嘘だ。
この笑顔は、獲物をロックオンした時に見せる顔だ。
捕まったら最後、絶対逃れることはできない。
けど、葛葉の言うとおりだ。
急なことではあるけれど、確かにちょうどいい。
彼らが何から何まで全て知っているとは思っていないし、期待もしていない。
一番聞きたいことは、薬をどこで買ったかだ。
それさえ分かれば、後はいくらでもやりようはある。
「おっけー。じゃあ、彼らに協力してもらおうか」
「ええ、私たちの平穏の為にも、くだらない問題はさっさと潰してしまいましょう」
葛葉さん、本音が漏れてるよ……。
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