第4話 危ない薬は嫌いです
陰陽省。
妖怪を退治する陰陽師を統括している最高機関だ。
その入口がここ――学校から三十分ほど歩いた雑居ビルの地下にある。
ひっそりと人の目を避けるような場所にあり、看板もないから間違って人が入り込むこともない。
ただし、地上五階建ての外観と違って地下は恐ろしいまでに深くて、そして広い。
雑居ビルの階段をおりた先にあるエレベーターに乗り込み、地下三十五階のボタンを押す。
このボタンだけど、誰にでも反応するわけじゃない。
陰陽省のデータベースに登録している陰陽師にのみ反応する、特殊な術式が施されている。
ポーンという音と同時に扉が開いた。
目の前に広がる長い廊下を歩き、奥に見える重厚な扉をノックしてから開く。
「志摩様、失礼します」
「ん? 誰かと思えば晴明じゃねえか。よく来たな。葛葉も――相変わらずのようだ」
出迎えてくれたのは、
志摩家現当主で、陰陽師を束ねる陰陽省の
身長は白虎よりは低いけど、それでも百九十センチと高い。
服の下からでも分かる盛り上がった肉体と強面のせいで、完全にヤクザにしか見えないんだけど、話してみると気さくでとても頼りになる方だ。
「その言葉が意味するところが何なのかは、敢えて聞かないでおいてあげるわ」
「あはは……」
志摩様の言葉の意味するところは単純明快だ。
葛葉は僕の身体にべったりと密着しており、腕と腕を絡ませた状態になっている。
要は匂いの上書きだ。
放課後のチャイムが鳴ったと同時に、葛葉は校門の前で僕を待っていた。
そして、他の生徒の目などお構いなしに腕を絡ませてきたんだ――ここに辿り着くまでずっと。
ちなみに、僕の学校から葛葉の学校までは五キロ以上離れている。
一度だけ、どんな方法を使って来ているのか聞いたことがあるんだけど、笑顔を浮かべたまま「聞きたい?」と返してきたから、それ以上踏み込むのをやめたんだ。
「そういえば昨日はお手柄だったな、赤鬼を倒すなんてよ」
「いや、見つけたのは確かに僕なんですけど、最終的に倒したのは葛葉だから、僕の手柄じゃないですよ」
そう言いながら、僕は頭を掻く。
事実はきちんと伝えておかないとね。
「あら、私と晴明は契約しているのだし、特に問題ないはずよ。持てる力は何でも使って退治するのが陰陽師でしょう?」
「何でも、って言われると少々語弊があるんだが……まあ、あながち間違ってもいないしな」
昔の陰陽師といえば、『九字』や『急急如律令』、『呪符』に『霊符』、『人形』や『式神』で妖怪を退治するのが主流だった。
現代の陰陽師が違うのは、妖怪の魔核を用いて武器や防具を創り出したことだ。
これにより、わざわざ呪法を唱えなくても式神を呼び出せるようになったし、封じた妖怪を使役出来るようにもなった。
あながち間違っていない、というのはこのことだと思う。
「それにしてもビックリしましたよ。
「それなんだがな、最近多いんだよ」
「多い? いったい何がですか?」
「妖怪の目撃情報や退治した報告だ」
そう言いながら志摩様は、束になった紙を無造作に机の上へばら撒いた。
「こ、こんなに!? 何かの間違いじゃないんですか?」
妖怪の数が多いといっても、殆どの人は呪力がないから視えない。
陰陽師の数だって千人程度だし、全員が専属で妖怪を退治しているわけじゃない。
僕みたいな学生もいれば、社会人として日中は普通に働いている人だっているんだ。
何十年かに一度の割合で妖怪が大量発生することがあるそうだけど、この報告書の数は異常すぎる。
――ん?
一枚の報告書を手に取る。
報告書には大きなカラスの化け物に、猫の顔をした人型の化け物を見たと書いてあった。
報告者は……普通の人間?
よく見ると、同じような目撃情報が多い。
「志摩様。普通の人は妖怪は視えないはずですよね。これはいったい?」
「まあ慌てるな。晴明はいい子だから、こんなものに手を出してはいないと思うんだけどよ」
「――普通の
志摩様がポケットから取り出したのは、指の爪ほどの小さなカプセルがいくつか入った透明な袋。
白と赤に分かれたカプセルは、その辺りの薬局に売っていそうな、どこにでもある市販薬にしか見えない。
だけど、この流れで僕に見せてくるくらいだ。
ただの薬であるはずがない。
「
「な……!?」
「警察に勤めている陰陽師からの情報なんだがな。この薬には妖怪の魔核と同じ成分が含まれているそうだ」
魔核と同じ成分……人と妖怪は根本的に構造が違う。
そんなものをもし体内に取り込んだら――。
「そうだ、人間の身体を保てなくなる。ただ、完全な妖怪になるわけじゃあない。人間でもない、妖怪でもない。中途半端な
「魔核を使ってねえ。くだらないことを考えるものだわ」
いやいや、葛葉さん。
くだらないって、これ大問題だよ。
魔核はそもそも普通の人間には見えない。
つまり、だ。
人間には作れない代物ってことになる。
かといって、妖怪が作ったとも考えにくい。
そんな薬を作って人間に使うくらいなら、自身の体内に取り込んだ方がいいんだから。
ということは、まさか――。
「理由は分からんが、陰陽師の中にこの薬を作った犯人がいる。そういうことだ」
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