第3話 離れていても二人は一つです
陰陽師というのは、とても大変な職だ。
なりたいからと言って誰もがなれるわけじゃない。
具体的には保有する呪力が陰陽省の定める一定値を超えることで初めて、陰陽師になるための資格を与えられる。
まあ、資格が与えられるだけで必ずしもなれるわけではないんだけど。
陰陽師には『覚悟』が必要だ。
生半可な覚悟じゃ、人々を守る陰陽師は務まらない。
だからというわけではないけれど、陰陽師の数はそれほど多くない。
全国に千人程度。
日本の人口を考えると非常に少ないし、妖怪の数はそれこそ数え切れないほどいるし、退治しても奴らは際限なく現れる。
そうだ、放課後に陰陽省へ顔を出しておこう。
志摩様に聞きたいこともあるし。
そんなことを考えながら、いつものように教室に入ると、皆が挨拶をしてくれる。
「おはよう、
「おはよう、
「
「おはよう。でも、僕の名前は
「だって、普通はそう呼ぶよな?」
ウンウンとクラス全員が頷きを返す。
いや、普通はって言われてもこっちが困るんだけど……。
高校生活が始まってもう半年が経つ。
いつの間にか僕は
僕の苗字が
ちなみに葛葉だけど、僕とは違う学校に通っている。
小学校から大学まで一貫している、エスカレーター式のお嬢様学校だ。
「あ」
「え、なに? どうしたの?」
「ごめん、ちょっとだけジッとしててね」
席についている女の子に近づくと、肩に乗っている五センチほどの細長い虫――に見えるモノを、呪力を込めた指先でつまみ上げる。
指先が触れたと同時に虫の身体は消滅し、指に残った小さな魔核をポケットにしまう。
欲魔蟲と呼ばれる低級妖怪で、触れただけでは何も害を及ぼさない。
だけど、いったん人の口や耳から身体の中へ侵入してしまうと、対象の欲望や嫉妬、怒りといった感情を増幅させるという厄介な力を持っているんだ。
呪力を多少なりとも持っている人であれば目に視えるから問題ないんだけど、昔と違って呪力を持っている人は殆どいないらしい。
現に今だって欲魔蟲に気づいた人は誰もいなかったし。
稀に視える人もいるみたいだけど、ごくわずかだし、滅多に名乗り出ることもない。
他の人が視えないのに自分だけ視えるのはおかしい、気が触れたのかもしれないと怯えてしまうからだと、志摩様が言ってたっけ。
当然、この世界に妖怪がいることは知られていないし、僕が陰陽師をやっているっていうのも秘密だ。
陰陽師を統括する陰陽省も公的には存在しない。
全てが秘密裏に行われている。
理由は簡単。
人は目に見えるものしか信じようとしないし、仮に信じたとしてもパニックになってしまうからだ。
――あなたの周りには妖怪がうろついています。だから気をつけてください。
うん、誰も信じないよね。
でもそれでいいんだ。
僕たちは誰の目にも触れることなく、人知れず魔を祓う。
その方がなんていうかカッコいいよね!
だから僕は何食わぬ顔でこう言うんだ。
「埃がついてたんだ。うん、綺麗になったよ」
女の子に向けてニッコリと微笑む。
「っ!? ……晴明くん、朝からその笑顔はズルいよ。低血圧な私には眩しすぎる」
「ズルいって、ただ笑っただけなんだけど……って、低血圧は関係ないよね」
「ああ、もう可愛い! 同級生とは思えないっ」
いきなり立ち上がった女の子に、ぎゅうっと抱きしめられてしまう。
すると、周りの女の子たちも「ズルい! 私も」、「それなら私も!」と、次々に寄ってくる。
終いにはクラス中の女の子が代わる代わる僕を抱きしめていくのだけど、羨ましがったりするはずの男子たちは怒るでもなく、止めようともしない。
ただただ、為すがままに抱きしめられている僕を静観しているのだ。
あ、生暖かい目で見るのはやめて。
残念なことにこのハグも朝の恒例行事になっている。
最初は何度もやめてほしいって抵抗したんだ。
だけど、女の子たちからすれば、僕の困った顔もまた庇護欲を掻き立てるのだとか。
言ってることがさっぱり理解できないし埒があかないから、男子に助けを求めても、同じことだった。
むしろ何故か頭を撫でられる始末。
あれか、僕の身長が低いのがいけないのか。
それとも同年代の子に比べて
声だって二次成長期前かってくらい高いけどさ、僕のことをよってたかって可愛いっていうのはどうかと思うんだ。
「――ひっ!?」
不意に背中がゾクッとしたせいで、情けない声を出してしまった。
「晴明くん? どうかした?」
「あはは……なんでもないよ」
手を振り何でもないと言ったけど、この悪寒は……間違いない。
きっと葛葉だろう。
僕と葛葉は彼氏彼女の関係であると同時に、契約を交わしている。
それによってお互いの場所を把握しているし、少しだけど感覚も共有していた。
僕が赤鬼と相対している時にやって来られたのはそのためだ。
葛葉はなんていうか過保護というか、ちょっぴり嫉妬深いからなあ。
今もなんか背筋がゾクゾクするし。
毎度のこととはいえ、どう謝ろうか……。
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