第2話 我が家の守護神は白くてモフモフです

「まったく……今の・・晴明じゃろくに力を使えないんだから、無理しちゃ駄目でしょ」

「あはは、ごめんね。分かってはいるんだけど、襲われそうになっている人を見たら身体が勝手に動いちゃって」

「もう、困った子ね。でも、そこが可愛いところでもあるのだけれど」


 そう言いながら僕の頭を撫でる葛葉はにこにこしていて、全然困ったようには見えない。

 ちなみに、今の僕の状況だけど、葛葉に肩を抱きしめられている。


 すれ違う人にジロジロ見られちゃうから、正直言って恥ずかしい。

 だけど、僕が危ない目に遭った後は必ずこうして身体を密着してくる。


 僕の存在を確かめるように、いや、どちらかといえば私のものだという、一種のマーキングに近いかもしれない。


 僕と葛葉は契約で繋がっているから、そんなことをする必要なんてないと思うんだけどな。


「それにしても、こんな街中で赤鬼が悪さをしているとは思わなかったよ。中級以上の妖怪は注意深いやつが多いから、簡単には尻尾を出さないんだけど……」


 妖怪には弱い順に低級、中級、上級、災厄級と、強さによって四段階にランク分けされている。


 さっき葛葉が退治した赤鬼は中級クラス。

 このクラスになると知能も高くてずる賢いから、人目がつく場所で遭遇することは滅多にない。

 

「低級から中級に進化したばかりだったんじゃないかしら?」

「ああ、その可能性はあるかもね」


 妖怪は他の妖怪の魔核を体内に取り込むことで、強さを増す。


 強さが一定の段階に到達すると進化――つまりランクアップするってこと。

 あの赤鬼が中級になりたてだったのなら、力を試してみたかった可能性はあるかもしれない。


「じゃあ、今日退治できて良かったよ。放っておいたら、他の人が犠牲になったかもしれないし」

「それで晴明が危険な目に遭っていたのでは、意味がないんじゃないかしら」

「大丈夫さ」

「あら、どうして?」

「僕に触れることができる妖怪なんて滅多にいないし。それに」

「それに?」

「葛葉が必ず来てくれるって信じているから」


 僕と葛葉は、契約によってお互いがどこにいるのか把握できるし、呪力を消費すれば、葛葉には直ぐ分かるんだ。

 だから僕は安心して戦える。


 まあ、本当は自分ひとりで格好良く退治したいんだけどね。


 ん?

 葛葉の反応がないけど、いったい――って!?

 不意に視界が遮ぎられ、柔らかくて甘い匂いに包まれる。


「もう、そんなことを言われたら怒るに怒れないじゃないの! 本当に晴明は可愛いんだから」


 抱きしめられたことで密着度合いが増して、葛葉の柔らかい部分が僕の顔に当たって……く、苦しい。


 このままじゃ色々拙いと思った僕は、抱きしめられた状態から何とか抜け出す。


「ちょ、葛葉! こんなところで抱きつかないでよっ!?」

「じゃあ、別の場所ならいいのね」

「別の場所だろうと駄目です!」

「まったく……つれないわね」


 良い子なんだけど、まだ僕たちは高校生なんだから、こういうことはまだ早いと思うんだ、うん。


 おっと、家が見えてきた。

 我が家の門を見上げる。

 立派な塀に囲まれた、昔ながらの木造屋敷だ。

 今の僕には広すぎる。


「ただいま~」


 門をくぐり抜けて敷地に足を踏み入れる。


「お帰りなさいませ、晴明様」

「ただいま、白虎びゃっこ


 迎えてくれたのは白のスーツを着崩した、身長二メートルの長身男性。

 肩までかかった白髪を揺らしながら微笑む顔は、女性だったら誰もが見惚れてしまうほど整っている。


「……む。貴様も一緒か、女狐」

「女狐とは失礼ね。私は晴明の彼女なのだから、一緒にいたところで何も問題はないでしょう?」


 おおう、二人とも一見すると笑みを浮かべたままだけど、僕には分かる。

 二人を中心にして、あちこちに見えない火花が飛び散っていると。


 いや、火花だけじゃない。

 葛葉は狐の尻尾を、白虎は虎の尻尾を出して威嚇し合っている。

 このまま放っておいたら危ない。


「ふ、二人とも喧嘩は駄目だよ!」

「……晴明様がそう仰るのでしたら」

「分かったわ」


 フッ、と険悪な空気が四散したような気がするのは、きっと気のせいじゃないだろう。

 危なかった……そうだ、白虎に渡しておかなくちゃいけないものがあったんだ。


「白虎。これを後でいいから陰陽省まで行って、志摩様に渡してくれるかな。さっき退治したんだ――葛葉が、だけど」

「承知しました。……礼は言っておこう」

「あら、晴明に手を出すような妖怪ですもの。当然のことをしたに過ぎないわ」

「ふっ、よく分かっているではないか」


 こういうところはホント息ピッタリなんだよね。

 僕に関わることだけ、とも言えるんだけど。

 一度似たもの同士って言ったら、ものすごく否定していたのを覚えている。


「白虎、今日の晩御飯は何かな?」

「今日は白菜と鮭が安く手に入りましたので、寄せ鍋をご用意しました」

「寄せ鍋か、いいね。葛葉はどうする?」


 流石に僕と白虎だけで鍋というのは何だか寂しい。

 とはいえ、葛葉には僕と違って両親がいる。

 ご両親のことを考えると、無理に誘うのは申し訳ない。


「もちろん食べるわ。ただ、家に連絡するから少しだけ時間をちょうだい」


 あっさりと承諾した葛葉は、少し離れた場所でスカートのポケットから携帯を取り出すと、電話をかけ始めた。


「では、私はその間に陰陽省へ魔核を届けてまいります」

「え、後でもいいんだよ?」

「いえ、どうせ変化すれば直ぐですから」


 白虎はそう言って一礼すると、大きな白い虎の姿になったかと思うと、地を蹴り空へ飛び上がる。

 サラサラと白くて美しい毛並みが風に揺れる姿は、とても綺麗だ。

 あっという間に白虎の姿は見えなくなった。


 それから、直ぐという言葉通り、十分もしないうちに戻ってきた白虎と、両親に連絡した葛葉と一緒に寄せ鍋を食べた。

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