炭酸水を買った

 彼女を初めて見かけたのは高校の始業式の時だった。それは満開の桜ではなく、散り始めている桜の木の下で彼女は桜を見ていた。


 その姿を見て僕は何を思っただろう? もう、記憶にない。ただ、これからクラスメイトになるのだろうかと思ったぐらいだっただろう。そして、横目で通りすぎた。


 案の定、彼女は同じクラスだった。クラスメイトではあったが友達ではない。こちらは顔を知っていたとしても、人気者の向こうは僕の顔を知らない。そんな関係だと思い込んでいた。


 そんな彼女と僕が関わりを持つことになる。


 日射しと満腹具合が気持ちいい4限、僕は授業を途中でサボる。そして、屋上の階段をのぼり始めた。


 この時、すでに何か予感はしたんだ。何かこれから僕が変わることを。変わりたくなくても無理やり変わらせられるということを。


 それでも、僕はそれを振り切って屋上の扉を開ける。


 ガチャリ。


 いつもより雲がない。晴れ晴れした空。快晴。


 そこで彼女は泣いていた。


 一瞬で心を奪われた。いつもクラスで見ている彼女とは比べ物にならないぐらい美しかった。


 泣いているから美しいのか? 彼女自身が美しいのか? はたまた、空が美しいのか?


 多分、その全てだろう。そして、この記憶はだんだん時が経つにつれて色褪せていっている。


 どれが真実なのか? 記憶は正しさを欠けていく。


 彼女はこちらに気づくと急いで屋上から降りていこうとして足早にこちらにむかってくる。僕の横を通りすぎようとする。


 何を思ったか僕は彼女の腕を掴み、引き留めた。すると、彼女は涙に濡れた美しい顔でこちらを睨んでくる。


「ねぇ、君は何で泣いているのかい?」


 僕は問いかける。だが、返事は帰って来ない。彼女は腕を振りほどこうとするが僕の方が力は強い。


 彼女は声を絞り出して言った。


「この世界がおかしくて、抗いたいから」


 その時の彼女の目は悟りながらも希望があった目だったのに。


 僕はこの時、なかなかひねくれてた。なぜ、泣いている彼女にあんな言葉を言えたのか不思議だ。


「この世界はおかしくないさ、例えおかしくても抗えなんかしない」


 それは必死に考え、抗ってる彼女に言う言葉ではないのは分かってた。でも、言ってしまった。


 これさえ、言わなければ彼女も僕も変わらなかったろうに。


 僕の言葉を聞いて、今度は彼女が僕の腕を掴んで屋上に引っ張る。

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