Op.07「スペルマフル・ザーーメン」

文芸サークル「空がみえる」

 

スペルマフル・ザーーメン




1 ドビュッシー


 結末を見失ってしまった。《羽根》は地面に落下し、縦横無尽の重力の下でくつばる。無駄な足掻き、そこに無関心な《訃報》が近寄ってきた。

「テキサスへ行こうよ」と、《訃報》がしゃがみ込んで《羽根》に話しかけた。「テキサス……?」――《羽根》は頗(すこぶ)る胡散臭そうに相手を見上げる。今はそんな状況じゃない、声色にそう含まれていた。青の時代? 最後の最後で故郷に見捨てられたな……過剰な王道は却って異端審問の法廷に突き出されてしまうのだ。

「僕はアフリカがいいな」と、《羽根》は引きった笑みを浮かべる。結末を見失ってしまったのだ、すなわち行き先が暗黒に閉ざされている、生理的に全てを任せてみても、それは結局無意識の策動でしかないのではないか? 《訃報》は若干、《羽根》の気持ちがわかったような、そんな様子で、アンダルシアの犬の残影を掠める往来に視線を馳せた。煎じ詰めればどこだって構わないのだ、救急車のサイレンさえ聞こえてこなければ……代名詞でしか呼ばれない最愛の人を再び取り戻して、それは本当に幸福な幕切れになるのか? 《羽根》は胴体に戻りたいが、それが悲願ではなかった。燃え上がる金閣寺を眺めるのは、敗戦の日、もっと未来、《訃報》は鼻毛だらけの原稿用紙を盗み出して猛烈な火炎の中に投げ込んでしまった。無数の種子から聖女の経血、英仏海峡を越えたのは裁かれる為で、極悪法王の巨大男根で日本国天皇を強姦するという男色漫画を描いた人物は二人組だったので罪に問われなかった。

 ぐねぐね曲がった肉体の救世主が、四十八人の偶像に色惚いろぼけして聖体を四十八個の膣に押し込めようとして、ご無沙汰だった断罪人が暇潰しに中央の淫売を惨殺して、《羽根》はそれをスクリーン越しに見物していたのであるが、《訃報》の異常な興奮に辟易してしまって、途中で席を立ったのであるが、《訃報》のエクスタシーに放っておけなくて引き返したのであるが、《訃報》の両親が国籍不明の不法難民だった事実が判明してから心底軽蔑してしまうのであるが、波打ち際から拾い上げた紙箱を秘密基地にして、顔面を包帯でぐるぐる巻きにしたなら、もっと入り組んだ岩礁の奥の洞窟に身を潜めて茫然自失の《訃報》を介抱する《羽根》はとどのつまりインポテンツでしかなくて……。

 急いでスクリーンを消しに、《羽根》が息を弾ませて映画館に舞い戻っていった。「ベルリンへ! ベルリンへ!」普仏戦争の勝敗は知っている癖に! 酒に溺れ溺れて娘は女優で酒に溺れて酒に溺れて息子は殺人鬼で、肉体の悪魔はまだ早い、アラベスク、月の光の射精うつくしい、《羽根》は眼玉を剥いて辛くもスイッチを切った。滑る滑る、絵本の中で五つの美男子、古代印度インド風に股間を連結させて愛の教典を熟知して、世代交代は失敗した、《訃報》は息も絶えだえで「ダブリン市民になりたいなあ……」と呟くのだった。「一日でギリシャ神話の一大エピソードを体験できるツアーがあるって?」《羽根》は半信半疑だった、《訃報》は首を振って、寝返りを打つと、黒人から白人に変貌を遂げた世界的歌手の命日を思った。

「戦争が始まるぞ!」結末に飢える《羽根》が叫んだ。「平和もかい?」《訃報》が緩急織り交ぜてウイスキーを味わいながら、「戦争が始まるぞ!」《羽根》はしつこく繰り返し、「平和もかい?」嗚呼、ウイスキーを飲み干してしまった、チョコレートで空を飛ぶ神父はどこの国の奴だったかなあ……反乱、反乱、内乱、「お兄ちゃん、戦争、始まらなかったね!」遂に《訃報》が痺れを切らし、「馬鹿野郎! 妹のつもりなら、そりゃあ映画版だろう!」怒鳴った。

《羽根》は今でも空白の最終ページを探し求めながら、日に何度も何度もシコシコと一人遊びに耽るのである。寝室の名前は? テニスサークルの女の子を追いかけ回してさ……みっともないよ、実は同性愛者なんだろう? 相棒じゃなくなったのかい? そうかい……「桃色倶楽部クラブさ……ロケットで? 其の術を知らない?」ティッシュでねっとりと熱いワックスで濡らした股間の処理をしながら、《羽根》は浮き浮きとすっかり右寄りになった息子を優しく愛しく愛撫していた。上に? 言わずもがな……月経も未だ来てないような十三歳の女の子にマスターベーションを仕込むなんて、そんな壊滅必至の病院があるんだってさ……。

《訃報》は気晴らしに砂浜へ出てみた。露出狂の長い黒髪の豊満な体つきの女の子が、海に浸かって性癖の解放感に恍惚としていた。もう一人はきっと、図書館だ! 学校で告白して曖昧に振られたからって実の妹と生セックスする男のゴミクズは死んで、どうぞ。「嗚呼!」肛門に野菜を突っ込んで自殺してやる! 《訃報》は泣きじゃくって《羽根》に愁訴してみた。焚き火で着替えを乾かしている最中の《羽根》は、そろそろギターソロかな? 未だワンコーラスも過ぎていない、ごつごつした岩肌の壁には抜け毛で編んだ十字架をずらりと並べていた。




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Op.07「スペルマフル・ザーーメン」 文芸サークル「空がみえる」 @SoragaMieru

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