Op.06「咀嚼されたシャム双生児」

文芸サークル「空がみえる」

 

咀嚼されたシャム双生児




 明日は町の方から探偵さんが来てくださるんだよ、お父さんは言った。その探偵さんがお母さんがどうして死んでしまったのか解決してくれるからね、だから、右見子うみこちゃん、左舁子さみこちゃん、安心していいんだよ。――「そうなのねお父さん」「そうなのねお父さん」――右見子ちゃんと左舁子ちゃんは口を揃えて返事をした。夕食はお父さんが作った、二人の大好物のカレーライス。二人はまるで合わせ鏡のように、右手と左手、それぞれの利き手でお父さんの料理を食べている。白磁の真っ白なお皿。お揃いの銀のスプーン。コップには庭の井戸から汲んできた綺麗な湧き水。白麻のテーブル・クロスは戦争よりずっと昔からこの家にある。お父さんのお父さんも、そのまたお父さんも、このテーブル・クロスの上に食器を並べて食事をしていた。そして右見子ちゃんと左舁子ちゃんも毎日このテーブルクロスの上に並んだ食器でご飯を食べている。

「よかったわ」「ええ、よかったわ」――右見子ちゃんと左舁子ちゃんは優しい声を発した。食卓で真向かいに座っているお父さんは、二人の表情を見つめて、儚げな微笑みを返している。お母さんが死んでからずっと食欲のなかったらしいお父さんは、今日もカレーライスを少し手を付けただけで、盛り合わせのサラダも半分以上を残して、右見子ちゃんと左舁子ちゃんの食事をじっと見守っていた。お父さんが用意してくれたカレーライスのおかわりを、右見子ちゃんと左舁子ちゃんは本当においしそうに味わった。――右見子ちゃんと左舁子ちゃんは久し振りにお父さんと一緒に食事ができて嬉しそうだった。――「さあ、お風呂に入ってもう寝よう」とお父さんは食器の後片付けを済ませてから言った。――お父さんと右見子ちゃんと左舁子ちゃんの三人で、家の大きなお風呂に入って、パジャマに着替えると、お父さんはお母さん譲りの二人の長くて綺麗な髪を丁寧に乾かす。居間の隣にある奥の座敷に、右見子ちゃんと左舁子ちゃんの蒲団が敷かれている。右見子ちゃんと左舁子ちゃんを蒲団に寝かせると、お父さんは身を起こす。九畳の寝室は、片隅の小さな置き電球で、ほのかな陰影を含んでいる。右見子ちゃんと左舁子ちゃんが目で追うお父さんの動作は、輪郭のはっきりしない影法師みたいだった。――「お父さんはお仕事が残っているから、右見子ちゃん、左舁子ちゃん、お休みなさい」――「お休みなさい、お父さん」「お休みなさい、お父さん」――お父さんは襖をそっと閉じる。お父さんの部屋は階段を上がった二階にある。座敷まで跫音あしおとは聞こえないけれど、お父さんは階段を上がって部屋に移ったのだと思う。――右見子ちゃんと左舁子ちゃんは一つの蒲団に並んで仰向けに横たわっている。古風な天井は電球のあかりがじんわりと広がっている。小豆あずきの葉のような静かな光と影の波打ち際を、右見子ちゃんと左舁子ちゃんはぼんやりと眺めていた。――「明日は探偵さんがいらっしゃるのよ、左舁子ちゃん」「探偵さんに全部お任せすれば心配いらないわ、右見子ちゃん」――お母さんはお父さんが経営する病院にずっと入院していて、この前、突然死んでしまった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんも警察の人とお話をしたけれど、お母さんの死因について心当りは何一つなかった。お父さんはどうしてお母さんが死んでしまったのかわからないことで悩んでいた。どうしてもお母さんが死んだ理由を突き止めたがっていた。警察が頼りにならないなら、探偵を雇ってその目的を果たそうとするのは当然だと思う。お父さんは病院の院長をやっていて、お仕事が忙しいから、お母さんが死んでしまった原因の究明に時間を割くことは難しい。――「お母さんがどうして死んだのかわかるといいね、左舁子ちゃん」「それでお父さんの気持ちが楽になるといいね、右見子ちゃん」――右見子ちゃんと左舁子ちゃんはお互いに少しぎこちなく顔を寄せ合った。右見子ちゃんが肱を曲げて右手を胸の方も持っていくと、左舁子ちゃんも同じように肱を曲げて自分の左手を胸の方に持っていき、二人の掌は蒲団の中で寄り添い合う。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは常に同じ視線を向けている。生まれてから一度も、二人は別々に違うものを目にしたことはなかった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはお互いの心臓の鼓動を感じている。それはあたかも一つの心を共有しているみたいに同時性を伴っていた。昔は時折、右見子ちゃんと左舁子ちゃんは自分と相手の区別が付かなくなる場合があった。けれど、それも物心が付くと解消した。右見子ちゃんは右見子ちゃん、左舁子ちゃんは左舁子ちゃんだった。双子の姉妹は明確に自己の同一性を確立させている。瓜二つの容姿、背丈、声、仕種、そのどれもが見分けがつかないほどの分身だけれど、当人同士はちゃんとお互いを自分とは別人だとして認識することができる。そしてそれはお父さんやお母さん、他の人もそうなのは間違いなかった。あまりにも一卵性双生児として完成された外貌を持ちながら、あるいは一つの肉体に二つの精神が宿ったような姉妹でありながら、赤の他人も右見子ちゃんと左舁子ちゃんをどちらがどちらなのか一目で見分けることができる。寧ろ見分けられない方が不思議なくらいだった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはいつも二人一緒にいて、片時も離れることはなかった。肉親以上にこれまでの人生の時間を分かち合ってきた。自分ではない自分自身と言っても過言ではなかった。なぜならば二人は殆ど一心同体みたいなものだったから。誰も右見子ちゃんと左舁子ちゃんを切り離すことはできない。そんなことは物理的に不可能だった。仮にもし、右見子ちゃんと左舁子ちゃんが離ればなれになることがあるのなら、それは二人の死を意味する。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは四六時中一緒だった。一緒でなければならないし、それが二人にとっても至極自然だった。喧嘩なんてした経験は一度もない。お互いを世界で誰よりも理解しているし、喧嘩になる原因なんてこの世に何一つ存在しない。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは幸せだった。双子の姉妹とはいえ、こんなにも他人とわかり合い、大切に思い合っている人間が不幸なわけがない。自分たちの関係に不満があったとしても、それは相手に対する悪感情ではなかった。何か外に理由があっての反応に決まっている。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは絶対にぶれることのない軸に貫かれている二人だった。それはいかなる刺激を受けても変わらない。現実に絶対なんてものは不確定な要素だけれど、右見子ちゃんと左舁子ちゃんに関しては例外的に絶対という言葉の論理的な確実を信じることが可能だった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはまるで一個の有機的結合物のようだった。二人で一つの物を共有している。感情、記憶、体験、知識、時間……ありとあらゆるものを二人は無二の容器に大事に仕舞っていた。それが二人にとって当然であり、二人にとってかけがえのない仕組みだった。この仕組みが損われると、それはすなわち右見子ちゃんと左舁子ちゃんの最期を意味する。二人は存在していられなくなる。二人は共生共存を確固としていた。まさしく一卵性らしい瓜二つの外貌はそれを証明している。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは二人で一つの人間として成立し、立脚し、揺るぎなく実証していた。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは互いに離別することは頭の片隅にも置いていない。それは有り得ない。天地が転覆するほどに有り得なかった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは双子の姉妹である相手を嫌いになんてなったことがなかったし、赤の他人に対しても嫌いな感情を抱いたともなかった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは誰に対しても博愛的な、器量の優れた女の子だった。だから右見子ちゃんと左舁子ちゃんは皆に愛され、慕われていた。右見子ちゃんと左舁子ちゃんを険悪に思う人は誰一人として二人の周辺にいなかった。そして一番右見子ちゃんと左舁子ちゃんを大好きだったのは二人のお母さんだった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはお母さんが大好きだった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはお父さんがとても大好きだった。お母さんと同じくらい大好きだった。嘘偽りのない気持ちだった。――「探偵さんってどんな人なのかしら」「ねえ、探偵さんってどんな人かしら」――右見子ちゃんと左舁子ちゃんはくすくす笑い合う。――一つの蒲団、一つの枕、右見子ちゃんと左舁子ちゃんの瞼がゆっくりと落ちてくる。やがて二人はすうすうと無邪気な寝息を立て始めた。――二人が揃って見ている夢の中で、右見子ちゃんと左舁子ちゃんのお母さんは儚げに微笑んでいる。艶やかな潤み色の腰まで伸ばした黒髪、静謐な清らかな地下水のような包容力を湛えた薄明の瞳、佳人のくちびる、ヘ短調のような全身の雰囲気は、お母さんの人生そのものだった長期間の入院患者が纏う浮世離れした御伽噺おとぎばなしの住人のようだった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんのお母さんはいつも双子の娘に事実か嘘か定かではない話をしていた。それはとても空想的で、浪漫ろまんがあって、右見子ちゃんと左舁子ちゃんの心を鷲掴みにするのだった。時には仕事の合間に見舞いに訪れたお父さんと家族四人でお話を楽しんだ。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはお父さんとお母さんが並んでいると、どちらがどちらか見分けがつかない場合があった。それほどに両親の容貌は酷似していた。お父さんがお母さんの恰好をし、お母さんがお父さんの恰好をすると、右見子ちゃんと左舁子ちゃんはもう判別が付かなくなるだろう。だけどお父さんとお母さんはそんな意地悪をする大人ではなかった。夫婦円満で、家族関係も良好だった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは夢に見るお母さんの姿が段々とぼやけてくる。輪郭がふやけ、身体が蜃気楼のように淡く揺らめいていく。大好きなお母さん。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはじっと、消えていくお母さんを見詰めていた。目が覚めた。

 右見子ちゃんと左舁子ちゃんは自力で起きられなかったので、朝が来ても、しばらく蒲団の中で大人しく横たわっていた。部屋の片隅の置き電燈は消されている。お父さんが消しに来ていた。夜明けのグラデーションが朝焼けに移り、庭の柘榴ざくろの枝に止まる小鳥のさえずりが聞こえてくる。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはお母さんの夢を心残りにして繊弱に微睡まどろんだ。叶うならもう一度夢に戻り、お母さんの笑顔を見ていたかった。それだけで右見子ちゃんと左舁子ちゃんは充足した気持ちになれるのだった。――「左舁子ちゃん、起きているの」「起きているわ、右見子ちゃん」――二人の声は寝起きで少し乾いている。頸脈が透き通るような白い喉、体温が混じり合う蒲団の温もりがほんのりとした重みを与えてくる。――「お父さんは起きているかしら」「お父さんはきっと起きているわよ」――部屋の外から物音はしない。だけど右見子ちゃんと左舁子ちゃんは何となく一日の始まりの空気を感じている。――お父さんは中々右見子ちゃんと左舁子ちゃんを起こしに部屋を訪れなかった。やがて隣のリビングから話し声が聞こえてきた。相手の声で、右見子ちゃんと左舁子ちゃんは叔母さんであることがわかった。お父さんの妹で、同じ医者になり、お母さんが入院していた方の分院に勤めている。お父さんは内科医で、叔母さんは精神科医だった。――叔母さんが家に足を運ぶのは屡々しばしばある。当直帰りの朝に右見子ちゃんと左舁子ちゃんとお父さんと四人で朝ご飯を食べるのも珍しくなかった。――「本気で興信所に依頼なんてしたのか?」と叔母さんの険しい声だった。声の距離が一定しない。お父さんと叔母さんは広いリビングで追いかけっこをしているのだろう。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは揃って少しだけ表情を暗くした。理屈屋の叔母さんの言動は、時折お父さんを精神的に追い詰めてしまう場合がある。反論を許されず、叔母さんの強弁を我慢するだけのお父さんが可哀相かわいそうだった。――「今からでも遅くない。金の無駄遣いだろう」――「そうかもしれないな」――お父さんは淡々と反応している。兄妹は仲が悪いわけじゃないけれど、お互いに性格的な相性が合わないことを理解している風だった。それでも家族として角が立たないように接している二人だった。二人の関係の凸と凹は、不完全であるからこそ調和のとれたものとなっているようだった。補色効果の現われない赤色と青色のような兄妹だった。決して紫として混じり合うことのない、どこか他人行儀で、血の繋がりのあまり感じられない二人だった。――「叔母さん、怒っているわ」「ねえ、怒っているわね」と、右見子ちゃんと左舁子ちゃんは囁き合う。――「お母さんのことかしら」「そうよ、お母さんの死因を調べることに叔母さんは抵抗があるのよ」――右見子ちゃんと左舁子ちゃんは曇った顔付きで声を低める。それはそうだと合点がいく。叔母さんの立場になって想像すると、お母さんの死因を突き止めようとするお父さんを阻止したくなるのは当然のように思われた。それはつまり、叔母さんの医療者としての矜恃きようじがそうさせるのだった。院内で自殺者を出した事実もそうだし、医療者として患者を社会復帰させられなかったという、決定的な失敗の烙印らくいんを押されるのは耐えがたいことなのだろうと思う。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは叔母さんの仕事に無知ではないし、お母さんがどのような病気だったのか、はっきりと説明してもらったわけではないけれど、何となく察していた。お母さんのお見舞いに入院先へ連れていってもらった経験もあるし、その時に同じ患者の人々を観察して、一体叔母さんがどのような病気を治す仕事をしているのかは見当が付いた。お父さんはお腹の具合や体調を崩した人を診るけれど、叔母さんは同じ医者でも全く違う人種のように思われた。叔母さんが専門に扱う薬は、何の効果があるのか、右見子ちゃんと左舁子ちゃんはいまいち腑に落ちなかった。勿論、お母さんもそうした薬を飲んでいたのだろうけれども、それでお母さんの病状が弱まっているとは思えなかったのだ。風邪薬を飲めば風邪が治る。胃薬を飲めば胃の調子が良くなる。けれども、叔母さんの出している薬を飲むと、患者がどうなるのか、右見子ちゃんと左舁子ちゃんは疑問符が尽きなかった。はては、叔母さんが医者の名を騙るペテン師のようにも思われるのだった。だからだろうか、右見子ちゃんと左舁子ちゃんは叔母さんがひどく冷血で薄情な人間ではないかと不信感を抱いている。嫌いというわけではないが、努めて叔母さんと友好的になるのは二人にとって精神の負荷が大きかった。――「まさか私を信用していないのか、私を疑っているのか」と、叔母さんは詰問する。暫く沈黙が挟まった。――「そういうわけじゃない。私はただ純粋に彼女の自殺の原因を知りたいだけだ」と、お父さんは返答する。まるで空気が叔母さんの歯軋りを伝わせる。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは少しだけ落ち着きを欠いた。蒲団の中で冷や汗を掻く。お父さんと叔母さんが喧嘩に発展しないか怖かった。時々、二人のやりとりが真剣なのか冗談なのかわからなくなる。そういう時に、右見子ちゃんと左舁子ちゃんはとても悲しい気持ちになってしまう。家族は仲良しなものだという固定観念がゆさぶられる。それは右見子ちゃんと左舁子ちゃんにとって不安に陥る状況だった。叔母さんは一度離婚している。家族の一員として、叔母さんはちゃんとやってゆけなかったのだ。右見子ちゃんと左舁子ちゃんにとって、それだけで叔母さんに対する信頼感が傷付けられる。それなのに自分達の家庭に口出しをする叔母さんが、とても自分勝手で傲慢な人間に見えた。――「自殺の動機を知ってどうなる。それで死人が甦るわけじゃない」――「理解を求める気はないから黙って見守っていてくれないか」――「いいや看過できない要件だ、不毛だよ探偵なんぞを雇って」――叔母さんは深々と溜め息を吐く。それは重圧を含んだ行為だった。お父さんに対する威嚇じみていた。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはそうした叔母さんの振る舞いに怯えの念を禁じ得なかった。冷徹な心の持ち主が恐怖だった。――「あの子たちはまだ寝ているのか?」――叔母さんの声の調子が変わった。――「そうだと思う」――お父さんは曖昧な返事をした。――右見子ちゃんと左舁子ちゃんは諦めを瞼に浮かび上がらせる。お父さんに起こしてもらえない限り、ずっと蒲団で寝ていなければならない。どうせなら、もう一度お母さんに会いたかった。夢の世界で気の済むまでお母さんの温もりにひたっていたかった。けれども右見子ちゃんと左舁子ちゃんはもう目が覚めてしまった。そして、叔母さんの存在が意識を研ぎ澄まさせてくる。否が応でもお父さんと叔母さんの会話に神経が細くなってしまう。二人の前に居合わせていないだけ幸いだったかもしれなかった。あるいは、お父さんは叔母さんの来訪を事前に知っていて、部屋の電燈を消すだけに留め、右見子ちゃんと左舁子ちゃんを寝かしたままにしておいたのかもしれない。――「彼女の自殺の原因を知って、どうするつもりだ?」――「知ってから考えるさ」――「何の益体もない行ないだ」――「人は何もかも合理的に処理するのが人生ではないさ」――「人生論か」――「そうじゃないさ」――まるでお父さんと叔母さんは平行線だった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはすっかり揖斐沈滞(いびちんたい)としてしまった。泣きたくなってきた。どうして自分たち双生児のように仲良くできないのか、不思議でたまらなかった。お父さんとお母さんはあんなにも円満だったのに、叔母さんはその真逆だった。ことあるごとに他人と衝突し、摩擦を生む。そうして結婚相手とも破綻をきたしたのだろう。そして叔母さん自身、そのような自分に何の疑問も感じていない様子だった。自分だけが正解の人間だった。お父さんは厄介な相手に付き纏われている。――お父さんの言葉の端々にはどこか透徹とした響きが伴っていて、それが叔母さんを益々逆上させるのだと思う。叔母さんはどこか機械じみた雰囲気を持っている。それはつまり、ゼロとイチの配列で全てを完結させてしまう単純性だった。それは社会生活を送っているとあらゆる局面で軋轢を生む要因となるし、実際、公私両面で叔母さんは円滑な対人関係を営めていない。温厚で和を尊ぶお父さんとは正反対の性格をしていた。同じ医者なのに、お父さんと叔母さんはまるで違った価値観の持ち主だった。お父さんは常連の多くの患者に親しまれて、信頼を集めているけれど、叔母さんの方は、入院患者からも、その家族からも、何も期待されておらず、そして何の医者としての実績もない。少なくとも、病気を治した事実が医者の実績となるならば、入院患者が減りもしない、医者として腕が立つという評判も広まらない叔母さんは、医師免許を所持しているだけで、ほとんど素人と差がないのかもしれない。医者は病気を治す職業の筈なのに、叔母さんがやっていることといえば、薬を売って利益を上げる商売人のようなものにしか思われなかった。そうした利己的な部分が、普段の叔母さんの言動にも強く表れているのだと思う。――愛する人を喪って、その理由を知りたいと願うことの何がいけないのだろう。叔母さんの意見は出鱈目でたらめだった。早く観念して朝も忙しいお父さんを解放してあげてほしかった。――「確かに彼女はほのめかしていたかもしれない。四六時中行動を監視していたわけじゃないから、何も無責任なことは言えない。しかし……」――「いいんだ、いいんだよ、わかっているさ。それでも……」――「だったらどうして……」――「それでも……やっぱり知りたいのだ」――柔和な物言いだけれど、お父さんは頑なで、その決意はいかなる手段でも曲げられるものではない。漸(ようや)くそれを思い知ったのか、叔母さんはとうとう無言になっていった。叔母さんの欠伸が聞こえた。馬耳東風のお父さんに呆れ返って、もう叔母さんは降参したのだろう。「わかった」と、叔母さんがきっぱりとした声で言った。――「今後一切、彼女の自殺の件は関知しない」――「助かるよ」――それからもう少しだけ叔母さんは家に留まっていたみたいだけれど、やがて一言捨て台詞を残して去っていった。そうして、お父さんが右見子ちゃんと左舁子ちゃんを起こしに再び部屋に入ってきた。――「おはよう、お父さん」「おはよう、お父さん」――「おはよう、右見子ちゃん、左舁子ちゃん」――お父さんに起こされ、着替えと身嗜みをして、右見子ちゃんと左舁子ちゃんの一日が始まった。朝食は既に用意されていた。昨晩と同じように親子三人で食卓に着き、一口サイズのサンドイッチを頬張る。卵、レタス、トマト、シーチキン。冷たい牛乳。お父さんは味の濃いコーヒーで、今朝もあまりサンドイッチに手を付けないでいる。――「美味しいわ、お父さん」「美味しいわ、お父さん」――右見子ちゃんと左舁子ちゃんは美味しそうにサンドイッチを食べ、牛乳を飲んだ。叔母さんとのやりとりで気が滅入ったのだろう、お父さんは空元気のように微笑む。そのお父さんの表情を明るくさせたくて、右見子ちゃんと左舁子ちゃんは人一倍健やかに振る舞った。そうしているうちに、お父さんも段々と沈鬱な色を薄めていった。お父さんは思い出したようにフレッシュミルクをコーヒーに混ぜた。白い筋が溶けてひろがり、螺旋の渦が甘い沈黙となって、お父さんの瞳に穏やかな感情の色を灯す。――「今日、探偵さんがいらっしゃるの、お父さん」「お父さん、そう仰ってたわね、探偵さんがいらっしゃるって」――「その通りだよ、右見子ちゃん、左舁子ちゃん」――「お母さんが死んだ原因を調べてくださるのね」「探偵さんがお母さんの死んだ原因を調べてくださるのね」――「まさしくその通りだよ、右見子ちゃん、左舁子ちゃん」――お父さんは微笑みを深め、優しい声音をしていたけれど、その反面、心は消耗しているみたいだった。そうした内面のささくれを糊塗ことするように、努めて平静を装って、自分に言い聞かせるように、常日頃の自分自身を客観的に演じているみたいだった。自分が強く願ったことだけれど、人間というものは、強く確かな希望が実現するとなると気後れしてしまうものだ。今のお父さんもそうに違いない。探偵さんが全てを解決する、そしてその後、結末の先に立たされた時、お父さんは一体どうするつもりなのだろう。それは右見子ちゃんと左舁子ちゃんもわからない。あるいは、お父さん自身もわからないのだと思う。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはあまり先のことを念頭に置いていない。とにかくお母さんの自殺の原因が判明するのなら、それに越したことはないと考えている。きっと、お父さんは右見子ちゃんと左舁子ちゃんとは異なった考えを持っているのだと思う。だから、今朝、叔母さんに詰問され、弾劾され、自分の行為が無意味だと断定されても、反論せずに、あるいはできずに、ただただ無難な反応に終始するだけだったのかもしれなかった。叔母さんの見解は正しい一端を担っていたのかもしれない。死んでしまった人間の本懐を明らかにしたところで、相手が生き返るわけでもないし、死んでしまう前からやり直せるわけでもない。結局、過去に囚われて、堂々巡りをしているだけなのかもしれない。それは何の意味もないのかもしれない。だけれど、お父さんはそうした無意味な行為を選択して、完徹しようと試みている。――「お母さん、喜ぶかしら」「お母さん喜んでいるわ」と、右見子ちゃんと左舁子ちゃんは言った。「お父さんがこんなにも自分がどうして死んだのか知りたがっていて、お母さん、満たされているわよね、左舁子ちゃん」「当然よ、右見子ちゃん、お母さん、幸せ者よ、死んでからもお父さんが大切な思ってくれて」――右見子ちゃんと左舁子ちゃんは無邪気に笑みを交した。――探偵さんが家に訪問するので、お父さんは午前中、病院のお仕事を空けていた。探偵さんが午前一〇時頃にやってくると、お父さんは二階の自室へ招き入れる。大人の男の人が階段を上がる跫音が、リビングで休んでいる右見子ちゃんと左舁子ちゃんの耳にも入ってきた。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは探偵さんがどんな人物かを想像する。けれど、具体的な人物像は思い浮かばなかった。探偵さんは右見子ちゃんと左舁子ちゃんの中で謎めいた客人だった。スーパーマンのようでもあるし、平凡なサラリーマンのようでもある。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはこれまで一度も探偵を仕事にしている人と出会ったことはなかった。だからどうしても、探偵さんのひととなりがわからない。そうこうしていると頭を使うのに疲れてきた右見子ちゃんと左舁子ちゃんは、うとうとして、やわらかい日向に包まれて眠りに落ちてゆくのだった。――右見子ちゃんと左舁子ちゃんが目を覚ますと、お父さんはリビングに戻っていた。――「お父さん、探偵さんは帰ったの、ねえ、左舁子ちゃん」「そうみたい、右見子ちゃん、探偵さん、帰ったのかしらね」――「もうお話は済んだよ、右見子ちゃん、左舁子ちゃん。後は全部、探偵さんに任せて構わないんだよ」――「よかったわ、左舁子ちゃん」「そうね、よかったわ、右見子ちゃん」――二人は心底安心したように破顔した。――右見子ちゃんと左舁子ちゃんは探偵さんと面識を持つ機会がなかったのを微かに残念に思っていた。恐らくお父さんは右見子ちゃんと左舁子ちゃんはを探偵さんに紹介する気はないのだろう。そもそもその必要がない。もしくは、お父さんも探偵さんと実際に顔を合わせて打ち合わせをするのは金輪際ないのかもしれない。日々は何事もなく過ぎてゆく。お父さんは病院の経営と医者と右見子ちゃんと左舁子ちゃんの世話を両立させながら、毎日を忙しく送った。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはいつも二人一緒だった。それは永遠に続いてゆくのだと二人は信じて疑っていなかった。だけれど、探偵さんが家に来た日以来、お父さんは二階の私室に居る時間が長くなっていった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは上でお父さんが何をしているのか見当も付かないし、お父さんの部屋を見たことも、足を踏み入れたこともなかった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはぼんやり天井を眺めて時間を過ごした。お父さんの気配を、感じてはいないけれど、感じていることにして漫然と時の流れに身を委ねていた。――お父さんが出張のあいだ、右見子ちゃんと左舁子ちゃんは叔母さんに預けられる。口論の後でもそれは変わらなかった。そして、右見子ちゃんと左舁子ちゃんはお父さんが家を空ける日、叔母さんに連れられて分院施設の方に顔を出した。時折、そうして右見子ちゃんと左舁子ちゃんは入院している患者との触れ合っている。叔母さんも診察で忙しいので、院内では職員や作業療法士の先生に面倒を見てもらっている。その日はレクリエーションの予定があり、右見子ちゃんと左舁子ちゃんも参加した。入院病棟一階の大きな広間で、何人かの作業療法士の先生が、それぞれの担当で患者の相手をしている。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは作業療法士の先生のピアノの伴奏に合わせて歌を唄った。入院患者の年輩の人たちは、右見子ちゃんと左舁子ちゃんをとても可愛がっていた。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは病院のちょっとした人気者だった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは無頓着だけれど、そこには患者の人たちの打算があるのは明白だった。つまり、主治医である叔母さんの姪と親しくしておけば、叔母さんの心証も良くなり、退院させてくれる可能性が僅かでも高まるだろうという算用だった。それはあまり実効のない態度だったけれど、入院している患者にとって、外の世界へ出てゆく為の手段として、右見子ちゃんと左舁子ちゃんはどうしても欠かせない存在だったのだ。まして、お母さんもかつては入院患者の一員であったことは、益々ますます他の患者に一縷の望みを抱かせる動因となってしまうのはやむないことに思われた。そうした患者の浅はかな目論見を打ち砕くように、無情な、厳しい目線で診察を行なうのだった。悪循環が生まれていた。患者は右見子ちゃんと左舁子ちゃんを利用しようとする、だから叔母さんはそうした患者の、医者の立場からすると真面目に治療に専念していないような、ずるをしているような印象に対して、どこか抑圧的な、病人である現実を強調させるような言動を押し出すのだった。だから患者は益々、そうした叔母さんの治療方針に嫌気が差し、入院という状況を罪深い烙印のように負い目に感じるのだった。――そうした叔母さんの冷厳な態度は、右見子ちゃんと左舁子ちゃんのお母さんにも同様だったのかもしれない。もしかすると、叔母さんは、お母さんの病気を治して、退院させる気は最初から持っていなかったのかもしれない。まるでこの病院の施設を座敷牢のように扱って、入院患者を閉じ込めておくのが次善の策であるかのように、叔母さんは取り付く島もなかった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは、自分が分院に訪れると、大勢の患者が自分の周りに集まる光景が、ずっと昔の小説にあるような、地獄で一本の細い糸に群がる亡者のように感じられる時があった。そして、右見子ちゃんと左舁子ちゃんはそのように感じる自分の心のありかたに傷付くのだった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは叔母さんがあまり好きではないし、叔母さんが勤務する分院も好きになれない。好きではない場所で生活をいられている患者に対しても、嫌いではないけれど、どこかで嫌いになってはならないと自分に言い聞かせている部分があるのは偽れなかった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは自分たち姉妹がとても醜く卑怯な人間ではないかと気持ちが沈むのだった。患者の皆は右見子ちゃんと左舁子ちゃんに優しく接してきてくれた。――「右見子ちゃん、左舁子ちゃん、お母さんはね、自分で自分の命を断ったけれど、それは右見子ちゃんと左舁子ちゃんが嫌いになったからではないんだよ」と、叔母さんは三人で休憩の一時を過ごしていると、ふんわりとした声で言った。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは不意に叔母さんがいつもと違う、優しい雰囲気であるのに戸惑った。だから黙って叔母さんの話に耳を傾けていた。――「右見子ちゃんと左舁子ちゃんのお母さんは、生きることに疲れてしまっただけなんだよ。誰が悪いとか、何かがいけなかったとか、そういう問題ではないんだ」と、叔母さんは言う。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはなおも無言を守っている。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは叔母さんの言うことを基本的に信用していなかった。仮にそれが真実味を帯びているのだとしても、叔母さんの口から出た言葉である以上、右見子ちゃんと左舁子ちゃんにとっては聞く耳を持つ必要がなかった。だけれど、叔母さんを無視するといささか厄介な性格をしているので、右見子ちゃんと左舁子ちゃんは従容として叔母さんの話の聞き手に回るのが恒例だった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは、お母さんと叔母さんは同じ女の人なのに、どうしてこんなにも違うのだろうと不思議に思う。お母さんはまるで愛らしいお人形さんみたいな神秘的な雰囲気を持っていたのに対して、叔母さんは飢えた野生の獣のように攻撃的で、余裕のない、獰猛な印象を与えてくる。分院を任されているけれど、ちゃんと医者として診療が務められているのか疑問だった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは、だけれど、そんな内心をおくびに出さずに、口煩くちうるさい叔母さんに付き合ってあげている。分院を訪問している時は、叔母さんが保護者のようなものだから、相手の気分を害してしまうと、回り回って自分達の不利益につながってしまう。右見子ちゃんと左舁子ちゃんも、それだけの打算的思考は可能だった。確かに右見子ちゃんと左舁子ちゃんは狭い世間の中でこれまでの人生を送ってきたけれども、ある程度の処世術というものは身に備えているのである。――「叔母さんは探偵さんとは会ったのかしら?」「そうね、叔母さんは探偵さんを知っているの?」――叔母さんは紅茶のおかわりを淹れ、戻ってくると、苦々しい顔をして首肯する。――「いけ好かない手合だね。拙速な真似をする。鱈腹たらふくと報酬金をせしめたんだろうさ」と、叔母さんは如何にも陰険な口調で批判した。きっと、お母さんが死んだこの場所、この敷地にも探偵さんの調査の手が伸びたと察せられる。当然、責任者である叔母さんも手間をかけさせられたに違いない。刺々しい言葉は、そうした面倒臭い一幕への嫌悪の残滓であるのは明白だった。――右見子ちゃんと左舁子ちゃんは探偵さんとまだ一度も顔を合わせておらず、面識を持っていなかった。幾度か探偵さんはお父さんに会いに訪れていたけれど、二人は決まって二階のお父さんの私室で打ち合わせをしていた。叔母さんが割り込んでくることはなかった。叔母さんはただ、状況に対する不平不満を漏らすだけで、能動的な行為に及ぶ意思は見られなかった。叔母さんは単なる多弁な傍観者で、結局は事態の周縁に位置する人物であって、根本的に蚊帳の外なのだった。そして叔母さん自身も本来的に無関係である事実を容認した上での諸々の発言だった。――「探偵さんが全部解決してくれるわ」「そうね、探偵さんにお任せすれば万事が丸く収まるわ」と、右見子ちゃんと左舁子ちゃんはくすくす微笑みを交わす。――煙草に火をけた叔母さんは、そうした右見子ちゃんと左舁子ちゃんの様子を怪訝に観察している。お母さんの自殺の件を穿り返されるたび、叔母さんは自分の過失を譴責けんせきされているような気分に陥るのだろう。精神科分院の院長なのだから、院内の出来事は全て叔母さんの責任問題となってくる。自殺者が出たとなれば病院の評判にも大きく影響するだろうと推量するのは簡単だった。お母さんの自殺に関しては関知するところがないにしても、事件への対応となると、立場上申し開きをしなくてはならない。理事会に事情を説明したり、入院患者の家族に弁明をしたり、分院の治療方針は安心安全だという説明をしたり、色々と事後処理に悩殺されたのは想像できる。叔母さんからすると、入院患者の自殺なんて、寝耳に水の怪事で、想定外の出来事だと開き直りたくなるのはわからなくもなかった。ましてや、お父さんが今更お母さんの自殺の動機を究明する為に興信所を頼ったというのは、叔母さんにとってすると踏んだり蹴ったりの事態なのかもしれない。――「叔母さんはお母さんの自殺の原因を知りたくないのかしら?」「叔母さんはどうしてお母さんが死んでしまったのか興味がないのかしら?」――叔母さんは更に頬を険に歪めた。それは忸怩じくじたる心中を如実に表している。親類縁者の自殺ほど、身に堪えるものはない。あまつさえ、叔母さんはお母さんを治療する為に日々医療者として向き合ってきたのだから。そうした日々が突如、水泡に帰するというのは、医療者として裏切られた気分もあるだろうし、何よりもっと単純に、身内の自殺に無関心でいられる筈がない。叔母さんには叔母さんなりの悲しみ、叔母さんなりの心の整理があるのだと思う。それを斟酌しんしゃくしないで、叔母さんを一方的に冷血な人間だと断定するのは誤謬の足枷に嵌ってしまう愚行だと思われる。――「何度も言っているだろう。死んだ者の動機や原因を究明したところで一体、何になると言うんだ。骨折り存の草臥れ儲けが精々だ」――「叔母さんは知りたくないのかしら」「ねえ右見子ちゃん、叔母さんは知りたくないのかしら」と、右見子ちゃんと左舁子ちゃんは至極自然に質問を出していた。――叔母さんは遂に返答する素振りも見せなかった。連絡が入って、叔母さんは出ていった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんは二人で静かな時間を送り、夕方になると勤務時間の合間に来た叔母さんの車で、自宅まで送ってもらった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんの体躯を後部座席へ、数人の職員がかりで乗車させる。そして叔母さんは発進し、半時間ほど、農村の家屋や田園が広がる景色の中を細い国道を運転して右見子ちゃんと左舁子ちゃんの自宅へと向かった。すると早く帰っていたお父さんが出迎えて来て、叔母さんと二人で右見子ちゃんと左舁子ちゃんを車から降ろし、家まで連れていった。皮靴を履いていた見知らぬ背広の男性と玄関で鉢合わせになる。これが噂の探偵さんだった。印象の薄い、パッとしない人物だった。――探偵さんは右見子ちゃんと左舁子ちゃんを見て一瞬ぎょっと表情の上に奇異を走らせたが、すぐに誰にでも向ける無個性的な愛想笑いを張り巡らせる。――「では私は失礼いたします」――「いや、どうも、わざわざ足を運んでいただいてありがとうございました」――「調査の方は……先々せんさきといった感じですので」――「自分の職場を赤の他人がうろつくのは虫の居所が悪いね。死んだ患者の原因究明に嗅ぎ回っているなんて」――「よさないか」――「私はこれで……」――「ええ、ええ、どうぞ。また、何かございましたら連絡をお願いいたします」――「勿論、お時間もそうはとらせません。では失礼いたします」――「いけ好かない職業だ。探偵なんて、他人の敷地に土足で上がり込んで藪に棒を突いて蛇を出す真似をする」と、二人で右見子ちゃんと左舁子ちゃんの介助をしながら毒突いた。――「もう少しの辛抱だ。我慢してくれ」と、お父さんは言った。それは叔母さんに対してなのか、右見子ちゃんと左舁子ちゃんに対してなのか、定かではなかった。右見子ちゃんと左舁子ちゃんはリビングに移されると、いつものソファに並んで腰かけ、お父さんが淹れてくれたとても美味しい紅茶を一服するのだった。叔母さんは今日、すぐにきびすを返していった。




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Op.06「咀嚼されたシャム双生児」 文芸サークル「空がみえる」 @SoragaMieru

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