第31話 私の気持ち(寧々視点)

「じゃあ、また明日、検診に来ますね」

「はい、ありがとうございました」

 お医者さんは、私の足の容態を確認し、いくつかの質問をした後、そう言って病室を出ていった。

「はぁ……」

 時間にして五分といった所、大した疲労があったわけではない。溜め息の理由は、少し前に面会に来てくれた、優斗くんにある。と言って何か嫌なことがあった訳ではない。これは嬉しい溜め息と言うものである。リハビリが終わった後、看護士さんに優斗くんが来ている事を聞いた時、つい見回した。近くにいないのは分かっているのに。だけど見つけた、別棟の一階、たしかあそこは飲食コーナー。少し目があっていたけど、優斗くんは気づいたのかな?そう思いながら、リハビリで火照った身体がより熱くなったのを感じつつ、急いで病室に帰った。そして一生懸命汗を流した。少し前にお風呂に入れるようになっていた私は、看護師さんに手伝ってもらいながらも手早く、正確に終わらした。膝の痛みも、心の痛みも、あの瞬間から吹き飛んでいた。

 そして優斗くんが来た。目を合わせた時、ふいに図書館の事を思い出してしまい、少し、苦しくなったが、優斗くんに心配させてはいけないので、笑顔で振舞った。優斗くんは最初、夏休みの課題が入った大きな紙袋を渡してくれた。勉強は嫌いではないが、図書館での事がまたよぎり、少し、苦しかったが、中にあった先生達からのメッセージはとても嬉しかった。その後に渡してくれた小さな紙袋には、私の好きな本の日本語訳版が入っていた。優斗くんのクラスの先生は国語の先生なので、本の話は前からしていた。だからこの本をもらった時には本当に嬉しくて、優斗くんに沢山語ってしまった。引かれなかったかな……。少し心を落ち着かせると、この本の匂いが、あの図書館と同じ匂いがして、また苦しくなった。そんな時、優斗くんが少し恥ずかしそうに最後の紙袋を渡してくれた。中には果物の形を象った透明な入れ物に、色取りりのゼリーが入っていた。そのゼリーはすごくキレイで、すごくおいしそうで、そして優斗くんからの贈り物。私はとても嬉しかった。その喜びを、優斗くんに伝えようとしていたら、話が盛り上がってしまい、気付けばもう少しで検診の時間になってしまった。その事を言うと、優斗くんは病室から出ようと立ち上がってしまう。

 私は、つい声が漏れてしまった。優斗くんが振り返ると、途端に恥ずかしくなって、なんでもないと言ってしまった。もう少し話したいけど、引き留めたら優斗くんの迷惑になる。だけどもう面会には来てくれないかもしれない。優斗くんはまたSNSで話そうと言ってくれたが、私は、また声で会話がしたい。だからまた来てくれますかと言ってしまった。そして優斗くんはわかったと言ってくれた。そしてその頃には、図書館での事は何も感じなくなっていた。ほかの感情が心を埋め尽くしていたからだ。

 彩の事で頭が一杯になっていて、こんな感情が入る余裕は一年前からなかった。誰も、彩について何もしてくれなかった。当たり前かもしれないけど、それがそれがすごく悲しかった。でも優斗くんは手伝ってくれた。そして私を助けてくれた。この感情が芽生える要因は沢山あった。

 私はきっと、優斗くんの事が……

「やっほーねねっち、げんきー?」

「へっ!?」

「ちょっときょーちゃん!個室だからって病院で大声出さないの!寧々ちゃんも驚いてるじゃん。ごめんね寧々ちゃん」

 私がずっと思考をしていたら、扉の方から突然大きな声が聞こえてきて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

「ほんとだよぅ京香きょうかちゃん、私すっごいビックリしちゃった!奈緒なおちゃんの言う通り、ここは個室だけど病院なんだから静かにだよ」

 そう言うと、背が高く、少しずぼら系な京香ちゃんは、少し反省したのか、しょんぼり顔で謝る。そこにすかさず、同級生だが、京香ちゃんのお姉ちゃんポジションである奈緒ちゃんが、小さい体を伸ばして頭を撫でる。

「よく反省したよー、きょーちゃん。これから気を付けようね?」

「了解!わかったよ!」

「わかってなーい!」

「ふふっ」

 静かに騒ぐ二人を見て、私はついつい笑ってしまった。二人も私の笑い声に気づいて、少し恥ずかしそうにしながらも一緒に笑う。

「二人とも、久しぶりだね。三週間ぶりぐらいかな?」

 私が言うと奈緒が「そのぐらいだね」と相打ちをしてくれる。そうやって何分か会話していると、きょろきょろしていた京香ちゃんが、何かを見つけたようで声を出した。

「あ、あの箱……。ねねっち、その箱見せて?」

 京香ちゃんが指を差したのは、優斗くんがくれたゼリーの箱であった。私は箱を手に取り渡すと、京香ちゃんはとても驚いて声を上げた。

「ねぇ!なっちゃんこれ見て!これ!」

「きょーちゃん!声が大きいよ……って、えぇ!」

「なっちゃん!これすごいよ!」

「すごいね!寧々ちゃん、これ誰からもらったの?」

 優斗くんからもらったゼリーの箱を見て、二人が驚いているが、なぜ驚いているのかが全く分からない。私を置いて盛り上がっていると、勢いそのままに奈緒ちゃんが質問をしてきた。

「えっとね、優斗くんからだよ。佐久良優斗くん」

 私が返答すると、二人はすぐに思い至ったようだ。

「最近ねねっちとよく一緒にいた男子でしょ?今日も来てたの?」

「うん、さっき夏休みの課題とかも持っていてくれて」

 私が今日の事をすごく簡単に話すと、京香ちゃんは「へぇ~……」と言って考え込み、奈緒ちゃんはニヨニヨと微笑んできた。

「なるほど、それで寧々ちゃんはその佐久良君の事どう思ってるの?」

「えっ!?」

 またも突然の事で素っ頓狂な声を上げるが、すぐに心を落ち着かせる。

「なんでいきなりそんな事を?」

 私が言うと、奈緒はビックリしたような顔を見せる。

「なんでって……だって、これ最近話題になった行列ができる超人気ゼリー専門店の一番人気だよ!しかも数量限定!男の子がそんなすごいものをわざわざ買って渡すなんて、これは寧々の事が好きに決まってるよ!」

 奈緒の言葉に私はすごく動揺した。行列ができるお店のゼリーを優斗くんが買ってきてくれた。そして……

「(優斗くんが、私の事を好き!?)」

 さっき、やっと自分の気持ちを理解出来たばかりなのに。私は、頭の処理が追い付かなくなっていった。

「ぶつぶつ……(私の気持ちは、多分そうなんだと思うけど、優斗くんも同じ気持ちなの!?でもそんな素振りとかは無かった筈だけど……でも奈緒が言っていた事がその素振りなの?でも、奈緒が言っていることは確定じゃないし。『私の事が好きに決まっている』じゃなくて、正確には『私の事が好きな可能性が無い訳でもない』と言うだけであって!そもそも優斗くんが甘い物とかゼリーとかが好きな可能性だってあるし……)」

「ね、ねぇ~。寧々ちゃーん聞こえてる~?もしもーし」

 それから数分間は動揺が収まらず、二人の声が届くことは無かった。

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