(3-1)向かうぜ京都。まずはメンバー紹介だ

車に揺られるというのは、なんとも言えず辛いものである。

景色すべてが流動的に流れていき、緩急をつけ、上下に変動する視界。

すべてにおいて私を殺しにかかっていると言っていい。


つまり、車酔いだ。


「桜ちゃん。さすがに私もそれはびっくりするよぉ。」


「茜ちゃん。この車を降りる時まで生きてたら、けっこ、うぷっ!」


「あんた!吐くなら窓から吐いてくれよっ!!」


すまない、おじさん。バンに載せてくれてありがたいけど、私車酔いすんごいだ。

窓の外へ虹を描きながら、この日、御堂桜みどうさくらは20代女性というアドバンテージを帳消しにした。


「まだ道のりは長いんだ。だから自己紹介といこうぜ。俺の名前は「うえぇぇぇ」だ。」


嗚咽のせいでおじさんの名前が聞き取れなかった。すまない、誰か後で教えてくれ。ともかく、ずっと名前も知らないままではあれなので、おじさんの提案で自己紹介をすることに。まずは助手席に座っている青葉ちゃんから始めることとなった。


「私の名前は鴻上青葉こうがみあおば。そうねぇ、服とかそういうオシャレが好きかな。いままであんまり趣味に時間を費やすことが無かったからこれからは盛大にやっていきたいわね。」


「おまけに男好きを忘れてるよ青葉ちゃん。」


「そうねっておい!今それを言う必要ないでしょう!」


「はは、おじさんのことは心配しなくていいよ。さすがに自分より一回り以上年下の女の子に手を出すような輩じゃないさ。」


「うう、心配はしてなかったけど優しさが染みる。久々に人の優しさに触れた気がするわ。」


助手席でしくしくとなく青葉ちゃん。彼女は自身の体を細部まで変化させられる異能の持ち主。大きくなればなるほど変身から戻る時間がかかるけど、その変身の幅はとても広い。能力の限界を一時的に超えることで、ドラゴンやその他の巨大生物に変わることもできる。ただし代償に自身のエネルギーつまり脂肪や水分などを消費するので、大型への変身を解除した時や能力の多用により壮絶な空腹に襲われる。その変身能力はただ姿をまねるだけではない。対象の体細胞を摂取すればッ血液以外すべて模倣できるのだ。ただし、DNAまで完全に再現するのに、血だけは元のままなわけで、結果的に完全変身を長時間使用すると身体機能に異常をきたす場合がある。


なんの反動か、無類の男好きで、ぶり子ちゃんと呼ばれるほどにぶりぶりしている。若い男にはすべて手を着けているのではないかともっぱらの噂だ。結構わがままで、話し方も率直過ぎてあまり友達が出来なそう。実際私達以外に友達らしい人がいるとも聞かない。まぁ、私達がいればいいかのか。容姿は本人が自覚しているだけあって結構美人。長い黒髪をヘアアレンジしつつ後ろで纏めている。切れ長の目に、蠱惑的な口元。声も美声で、確かに男受けしそうな容姿だなぁ。身長は178cmと女子にしてはかなり高い。そのスタイルは異能を行使せずとも引き締まっており、影の絶え間ぬ努力がうかがえる。


そういうちょっと見え隠れする努力が皆に嫌われない所以なのかもなと思いつつ、次の人物の自己紹介に耳を傾ける。


「はいぃ、次は私ぃ。布羊眠璃ふようねむりですぅ!趣味は、寝ること。好きな時間は睡眠時間。好きな食べ物は甘いものかなぁ。」


「なんだか嬢ちゃんを見てるとこっちまで眠くなってきちまうな。それと寝る前に甘い菓子なんて食ってたらすぐに太っちまうぜ?」


「大丈夫なのです。ちゃんと太らないでってお願いしてるだよ?」


「それで太らなかったおじさんももう少し痩せてたんだがなぁ。」


それで太らないのが、布羊眠璃という人物なのだ。彼女は非生物に対して命令を行使できる。その命令は単純ながら多様であり、物を浮かせる、逆に重くさせるなど、割と自由度が高い。反面、物の声を聴くという特性を併せ持つため、生物の心の声も自然と響いてきてしまうため、終始疲れ気味であり、いつも眠気に襲われている。ならシャットアウトすればいいと思うのだが、彼女はかたくなにそれをしない。理由を聞いても秘密と言われてしまう始末。だからもう誰も気にしてないが、眠璃が近くにいる時はなるべく心を空っぽにするようにするのは暗黙の了解になっている。


身長145cmとかなり小柄な彼女。その小ささに合わせてかなり柔らかい顔つき、というか、童顔ここに極まるって感じ。そのせいでいつも年下に思われるのが本人の悩みらしい。その話を聞いた時は皆びっくりした、悩みあったんだと。そんなことは置いておき、物腰が柔らかく、その異能の特性上、悩みを的確に言い当て慰めたりと、たまにすっと心に入り込んで包んでくれるその行動のおかげで彼女は結構女性に人気だったりする。本人も好意を向けられる分には困らないというんだからいい具合に周囲とかみ合っているのではないだろうか。


だっぼとした服装が好きな彼女はいつも寝間着を着ているみたいで面白いというのが私の感想だ。


「それじゃ、私、ですね。こほん、花々戦はなばないくさと申します。趣味は稽古。好きなものは木刀。身長は180cm。スリーサイズは―――」


「はいはい!そこらへんにしといてくれ。それを聞いちまったらおじさん、セクハラで訴えられちまうよ。」


「そ、その、すみません、自己紹介だけは、一生懸命、練習したので。」


「うーん、内容がちょっと良くないだけだから、今度お友達に直してもらおうね。」


「因みにこの自己紹介を教えたのは桜ちゃんでした。」


「あんたね、うちの純粋な子に何してんのよ!」


「・・・うえぇぇ・・・。」


「人の顔みて何吐こうとしてんのよ!!ぶっ殺すわよ!!!」


「ははは、君達は本当に仲がいいんだねぇ。なんだかおじさんうらやましくなってきたよ。」


私が教えた自己紹介を律儀に練習し披露しようとした純粋無垢な少女。京都では知らぬものはいないとさえ言われている武芸の名門、花々家の生まれである戦ちゃんは、その儚さと天然ぽい発言からは想像もできないが、私達の中で一番戦闘能力が高い。その戦闘能力は才能などではなく、ただひたすらに剣を振るい続けてきたことで手に入れた努力の結晶であり、そこに身体能力の向上と刀を生成できるという異能が加わり手が付けられないほど化け物じみた存在となっている。私なんて集中状態に入る前のわずかな時間を突かれて瞬殺だろう。


引き締まった体は、一見すると線が細く感じられ、その無表情は気軽に触れていいようなものではないという儚さを醸し出し、まっすぐに伸びた髪の毛は一切の痛みはなく、透き通るような声は一部の男性からとてつもなく人気が高い。実際、女である私でさえ、その顔を快楽で歪ませたいという強い感情が芽生え・・・おっとこれ以上はいけない。危うく開いてはいけない扉を開くところだった。


これから向かうところは彼女の実家なわけだが、いま彼女の中はどんな感情がうずまいているのか。それは私には分からない。


「それじゃ、次は私か。名前は平沢茜ひらさわあかねって言います。趣味とかは特にないです。桜ちゃんと面白おかしく生きていくことが趣味と言えば趣味ですね。好きなものは面白いこと。できるだけ笑って生きていきたいです!」


「うん、なんだかんだそれが人生で大切なことだと思う。これからも一生懸命笑えるように生きていくんだよ。」


「はい、任せてください。あ、最後は桜ちゃんだけど、たぶん話せないだろうから、私からちゃっちゃっとしちゃいますね。彼女の名前は御堂桜。人をおちょくるのが大好きで、実はお人好し。甘いものが意外と好きで、お菓子があるとつい食べちゃうちゃんとした女の子です。男の子との交友関係は、とっつきにくい印象を持たれてしまうようで今のところ浮いた話はありません。それとうごごごごご。」


「そこまでに、しておきなさい茜ちゃん。車の外に放り出すよ。」


「もうー、これから桜ちゃんの面白エピソードを披露しようと思ってたところなのにー。」


はぁ、この子は放っておくととんでもないことを口走りそうだ。これからはなるべく一緒にいないとな。


口が軽い茜ちゃんの異能は超再生。そしてそれを利用しての馬鹿力。

殴っても地面をけっても体から血が吹き上がる。リミットを外した力は本人の体を破壊するのだが、即座に再生するその力は、私ですらいまだに限界を見ていない。持続時間だけならたぶんこの中で最強。そして本人が体験してきた地獄のサバイバル特訓が戦闘にも生かされ?ており、うちの大事な戦闘要員だ。そして他者の細胞も増幅させることもでき、多少歪になってしまうが傷なども修復できる。骨折すら時間を掛ければある程度直せてしまうのだから回復要員としても重要な人材だ。


ショートカットの髪と元気溌剌なその表情から誰とでも友達になりやすい雰囲気を持っており、友達になるスピードはとてつもなく速い。そんな彼女だが、私と同様浮いた話は一つもない。多分、男の子は一緒にいると疲れちゃうんだろう。元気すぎるからな、それに何故かいつも私と一緒にいるし。


そんなこんなで全員の自己紹介が終わったところで、それは訪れた。


「げ、マジか。」


「道路塞いでますけど、あれなんですか?」


めんどくさそうな表情を浮かべたおじさんに、助手席の青葉ちゃんが問いかける。


「最近出没し始めた異能力者達だよ。こうやって山道を一時的に封鎖して食べ物やお金を置いていくまで通さない、最悪暴力もって話らしい。嬢ちゃんたちを見られたら、置いて行けって言われかねないな。たく、実家に帰宅するだけだってのに厄介なことになった。」


停車した車内で、前方を塞いでいる連中を眺める。確かに全員私達と同じような年ごろに見えるなぁ。よし、ここでおっちゃんに恩を売ってもう少し待遇を良くしてもらおう。


全員に目線で合図して、一斉にバンから出て行く。


「ああ?女だらけじゃねーか。おい!こいつら攫っておもちゃにしちゃおうぜ!」


「そりゃいい!最近山暮らしで溜まってたところだったんだ。さっさとやっち―――」


「気持ち、悪いね。」 


響き渡る重低音。振りぬかれた刀が小汚い身なりの男の腹に叩き込まれる。峰内とはいえ、あの威力で叩かれたら内臓破裂でもしそうだけど、そこはまぁ、必要経費ってことで。


それを合図に、私達全員が敵とみなした集団に襲い掛かる。


炎弾を出して射出してくる者には、茜ちゃんが対応した。次々と着弾する炎の玉だったが、そのすべてが腕まくりされた両腕で器用にかき消されていく。焼けただれた前腕は瞬きの内に再生。徐々にトップスピードに乗っていく茜ちゃんはあっという間に距離を零にし、逃げようとする炎弾男の腕を掴むと即座に捻り上げ、その怪力でぽきんと簡単に追ってしまう。絶叫を上げる男の頭にかなり強めの蹴りが入り、あっという間に一人がダウンしてしまう。


別の場所では、身体を岩に変えた男が、その体表を猛烈な勢いで崩していく女の子によって追い込まれていた。戦が刀を振るう度、削がれていく岩の肌。致命傷にはなっていないとはいえ、明らかな実力差に狼狽える岩男。頭だけは守ろうと必死で蹲るそいつに無慈悲に刀で打ち据える戦。そっと手を止めたときには既に岩男は気絶し、体が元の状態に戻り始めていた。体中に青あざをつくった哀れな姿に私は少し同情を覚えてしまった。


また別の所では、海道先生の姿に変わって何やら糸を吐き出している小柄な男を攻め立てている青葉ちゃんがいた。鍛え上げられた男の体を手に入れた青葉ちゃんは、体に纏わりつく糸を引きちぎっては一歩進むを繰り返していた。おそらくそう簡単には引きちぎれないであろうその糸を容易く断ち切るその腕力は、さすが海道先生と言ったところか。そしてそれを自由自在に扱える彼女もまた強者ということだろう。やがて敵までたどり着いて青葉ちゃんは、腰を抜かす小柄な男の顔面に拳を叩き込み、一撃でノックダウンさせた。


そしてもっともはやく終わった戦闘は意外にも眠璃ちゃんだった。


「びゅって飛んで。」


地面に落ちていた小石たちすべてにお願いをした次の瞬間。空中に浮き上がった小石たちは、当たったらと思うと目をそむけたくなる速度で風の結界を展開する優男に飛んでいった。数発耐えた結界も、一瞬にして瓦解し、それからは一方的な蹂躙。幾度も打ち据えられる石の塊は、すぐに男の意識を刈り取った。


こうして終わった戦場を、私は道端に胃液を見き散らしながら見学していた。


「き、君たちも、異能力者だったんだね。というか、桜ちゃんは参加しないのね。おじさん当たり前のように道端にしゃがんでおえーしだしたからそっちにびっくりしちゃったよ。」


「はは、スッキリしました。どうです?これで道中の安全は保障されたも同然でしょう。さあ、京都までしっかり送ってもらいますよ。」


「うん、その、ああもうわかったよ。その前に通報だな。こいつらはしっかり捕まえとかないといけない。」


おじさんが通報している間、私は皆にねぎらいの言葉を送りながら、山風を浴びながら気分を紛らわせていた。


「茜ちゃんに青葉ちゃん、戦ちゃんに眠璃ちゃん。お疲れ、ごめんね、気持ち悪くてそれどころじゃなかったよ。」


「自分で指示だしといて吐き出すってホントどうかと思うわ。・・・ていうか、突然なんなのよ。名前で呼ぶなんて珍しいじゃない。」


「いやさ、いろいろあったし、いつまでも苗字ってのも、味気ないかなって。気にしないで、呼び方なんてどうでもいいじゃない。」


「うう、桜ちゃんがついにデレたよ。皆今日はお祝いだね!」


まったく人を冷徹な機械かなんかだと思ってるな。私だって仲間に対して情ぐらい湧くわ!


ほんの少し距離が近くなった私達は、にまにまする皆の視線に耐える私という構造でまた旅路に戻ることとなった。そしてすぐに私の吐き気が再来し、また社外に虹をかけ始めたのだった。

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