(2-8)決戦!交差する敵意、迎える終焉 その1

戦は街へ繰り出していた。なんということはない、昨日御堂さんが作戦が完成したというのでその説明を聞き、そしてそれを実行しているのだ。昼の少し前、小鳥遊さんの家から下水道を通り、とある人種が多くいる通り、その近くの空き家に向かい、御堂さんの電話での合図を待って空き家から脱出し、こうしてその通りを歩いている。


そうして2~3分歩いたところで、後方から、さらに詳しく言うとヤクザの本拠地がある方向から数台の黒塗りの車がとんでもないスピードを出して追いかけてきた。そして戦の横に車を止めると数人の男たちが車から出てきて声を掛けてくる。


「おい嬢ちゃん、ちょっと面貸してもらおうか。話し合いが必要みたいだからなぁ?・・・おい、聞いてんのかてめぇ。」


「レンリカイノカタトオミウケシマス、ニンズウガスクナイヨウデスネ、ソレニハナシアイトハ、あ、次のページ、ごほん、ズイブンヨワゴシデスネ。サッサトケツマクッテカエリナ、ママガシンパイシテルゼ。」


「ああ?ぶち殺されたいのかてめぁ!」


戦はヤクザ達に対し、紙に書かれたセリフを棒読みで言い放った。途中でメモ紙のセリフが裏へ行ったため、素の自分が露出してしまったのはご愛敬。ともかく、戦のセリフと態度に苛立ったヤクザ達は全員が拳銃を取り出し少女相手に脅しをかけようと一歩迫った。その瞬間。


「交戦意志、若干有り、プラン2へ。」


先程の紙を見ながら、まるで機械かのような一人事を話始める戦。一応異能力者かもしれないという情報があり、歩みを止めようとしたヤクザ達だったが。


「いきます!」


戦が、今日一番の気持ちが載った掛け声とともに右手で触れていた左手を瞬時に刀に変え踏み込む。急加速し、一つの弾丸となった戦に対応できずヤクザその1が懐へ侵入を許す。


「刃、潰し、御免!」


今時聞かない掛け声とともに放たれた一振りで、大の大人が宙を舞った。目に見えた出血はないもの、明らかに人体から鳴っていいものではない音が辺りに響き、それをなした元凶へと、一斉に視線が集まる。実戦を積んできたもの達であったのか、ヤクザ達は急に起こった珍妙な現象にも驚かず、戦へ向けて素早く発砲した。異能力者たちとの闘いはもう腐るほどしてきたし、それを生き残ってきたのが彼らなのだ、怪しきは即射殺が異能戦での必勝法。一般人であってもさほど関係ない彼らにとってこの方法はある意味理想的だ。だが、今回は相手が悪かった。


「な!!」


そこには器用に体に当たる銃弾だけ刀で弾く戦の姿があった。もちろんヤクザ達には銃弾をすべて叩き落しているように見えているが、実際はそれ以上に高度なことをやってのけている。戦は銃弾をものともせず、一人のやくざに狙いをつけて、あえてゆっくりと一歩を踏み出した。


「ひいぃぃぃ!!!」


狙いをつけられたのがわかったのか、銃弾を器用に打ち落としながらゆっくりと近づいてくる戦に恐怖心を抱いたヤクザその2は滅茶苦茶に発砲する。だがしかし狙いがブレブレの弾丸は身を少しずらすだけで簡単に避けることができた。後ずさるヤクザその2。歩みの速度を上げる戦。周囲のヤクザ達は賢明に援護射撃をするものの、その悉くを察知され、すべて躱すか打ち落とされてしまう。ヤクザその2はついにガードレールへと追いつめられ、情けない声を上げながら、股の間から液体を漏らしだした。


「集団戦は、心をまず、折る。すみません、人柱に、してしまって。」


自身の流派の心へを語った戦はついにヤクザの目の前にくると、向けられた玉切れの拳銃を一振りで叩き壊し、返す刀で顔面を強打。辛うじて息はあるものの、もはやヤクザその2の顔は鼻がつぶれ原型をとどめていなかった。


再び響いた鈍い音に周囲にいたヤクザ達もさすがに押し黙る。惨劇を生み出した少女の動向を見守っていた彼らは、ゆっくりとこちらへ振り返った少女の、次の標的を定めようとするその瞳に無意識のうちに一歩後ずさってしまった。


「恐怖心、植え付けたら、殲滅、一人逃がして、次のポイントへ、移動。」


またもやメモを取り出し何かを呟く少女。圧倒的強さとその行動がちぐはぐで混乱が収まらないヤクザ達は仲間の増援を一心に祈った。そしてその願いはすぐにかなえられることとなる。


「次は、だれ、です・・・ッッッ!!!


更に恐怖心を植え付けようとまごつきながらもなんとか脅しの文句を放とうとした戦だったが、その途中で上から降ってきた影に気づき、咄嗟に後方へと飛び上がる。振ってきた何かに視線を向ける戦。重低音をまき散らし振ってきた何かはのっそりと立ち上がり視線を戦へと向ける。そいつはなんと、いつぞやの大男だった。


「おいおい、確か一昨日の嬢ちゃんじゃねーか。仲間はどうした?てめーらが俺達の金を盗んだらしいな。おかげでこっちは大赤字だ。落とし前つけさせてもらおうじゃねーか。行くぜ。」


「鋼鉄トカゲ男、厄介、ですね。」


「俺はトカゲじゃねぇぇぇぇ!」


うろこ状の見た目をトカゲと表現された大男はそのでかい拳を後ろへ引きながら大きな歩幅で疾走する。あっという間に距離を詰められた戦は、振りかざされた大きな鋼鉄の拳に刀を合わせる。ただ合わせるだけではなく絶妙な角度とタイミングで合わせられたその刀は、後方へと力を受け流しつつ、自身を腕の下へ滑り込ませやすいようになっていた。そしてそのまま男の腕の下を屈んで通り抜けた戦は反撃を喰らう前に男の背中に一撃入れる。


「ぐはぁ!!」


拳の集約された鱗よりは多少強度が落ちるといっても、容易く弾丸を跳ね返す前進の鱗が切り裂かれ、背中に浅い傷を付けられる。直ぐに鱗を修復し傷を簡易的に治療した男は左手で怒りの裏拳を放つ。が、体を回転させた時点でそこに少女の影はなく。振りぬいた拳に突然重みがかかったと思えばそこには戦が屈んだ状態で乗っており、納刀状態で構えをとっていた。


「疾ッ!」


短い呼気とともに迸る一閃、それは男の二の腕から肩にかけて深い傷を付けた。


「ちょこまかと!ぬんんんん!!!」


戦が載っていた腕を素早く払い、宙に浮いた状態となった戦に向けて右ストレートを放つ。刀でもろに受けた戦は吹き飛ばされるが、その勢いを利用しビルへ接地。そして勢いよく壁を蹴り再度男へと接近する。


「近場でしか戦えないのか!やってやるぜ片腕サムライ!!!!!」


「いえ、私は、離脱、します・・・。」


自身の手前に着地した戦に向けて渾身の一発を放つ男であったが、戦はそれを体を傾けつつ、自由落下を利用して躱す。そして素早く一歩踏み出し地面すれすれの滑空を披露すると、後方で待機していたヤクザ達に突っ込み、一瞬にして3人を気絶させ、刀の一振りでその他のヤクザへと吹き飛ばした。


ボーリングのように周囲を巻き込みながら倒れいくヤクザに目もくれず走り去ろうとする戦。しかし新手が行く先を遮った。その後方を見れば続々と集まってくる強面の大人たち。よくもまぁこれだけのヤクザを集めたなと思いつつ、戦は裏路地へと入っていく。


「っちぃぃ、俺の鱗を切るとは、それにあの戦闘力はなんだ。異能を複数でももってやがんのか?おい!俺は傷を癒す!お前らは他の異能力者連れてあいつを追いかけろ!鹿野かの!さっさとこい!」


「あいあい、落ち着いてよ狂士郎。私は戦闘員じゃないんだから簡単にドンパチしてるところに出れないんだから。」


「御託はいい、さっさとこの肩の傷治しやがれ。」


「あいあい、仰せのままに。」


鹿野と呼ばれた線の細い男はやたら綺麗な長髪を一撫でする。途端にするすると伸び始めた髪が狂士郎の右腕に纏わりつき、傷口を触診、汚れなどを綺麗に掃き出した後、傷跡を綺麗に縫いだした。


2~3分で治療を終えた狂士郎は、立ち上がり戦が逃げた方向に足を向ける。


「狂士郎、傷が治ったわけじゃね、お前は傷の治りが早いんだ。もう少しゆっくりしてけ。お前の異能はおそらくあいつとは相性が悪い。フィニッシュはお前が決めていいから追いつめるのは華音かのんに任せろ。」


「・・・ちっ、わーたよ。なら背中も頼む。」


「解ればよろしい。お前は同年代の力馬鹿に比べて理解力がある。報告聞いて先回りしてぶっ潰すぞ。それにおそらく仲間が出てくるはずだ。相性を見抜くのは俺の仕事。お前にちょうどいいのが居たら仕事を任せることになるだろうから覚悟しとけ。」


「ああ、兄貴よりは漢じゃないが、お前はいい漢だな。」


話すうちに冷静になったのか狂士郎は鹿野の言うことを褒める。それを気持ち悪いと言って手で払う仕草をする鹿野は、頭の中で先ほどの少女のことを振り返っていた。


(あいつ、まるで指示書を読んでるみたいだった。タレコミがあったことといい、何かおかしい。親父は何を考えてんだ。明らかに罠の匂いがしやがる。)


なかなかピーキーな異能の為、持ち前の頭の回転の速さを駆使しこれまでヤクザの一員として仕事をこなしてきた鹿野。そのキレる頭脳が警鐘を鳴らしているが、上の命令には逆らえない。ならばとできる最善を尽くし、その結果狂士郎の運命を大きく変えたことを、本人は一生気づかない。


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逃走をはじめてから1時間。戦もさすがに疲れを感じ、予め協力関係を築いていたレジスタンスから教えてもらった空き家に入る。なかなか姿を現さない第二の敵、それを待っていたせいで体力を大きく消耗した戦は空き家から地下水道へと入り、また別の空き家へと入る。そこは表に扉が存在しない隠し部屋となっており、レジスタンスが用意した雲隠れ用の個室となっている。そのため今日中に必要な施設が揃っており、長期保存が効くレトルト食品等と水が備え付けられていた。それらから水とカロリー○イトを取り出し、胃に流し込む。本当ならば2~3時間休んでおきたいところだったが長居はしていられない。30分ほど休んだところで地下水道へ、そして今度はマンホールをどかして地上へ、最後に表通りへ出たところでまた歩き出す。できるだけゆっくりと、目に付くように刀を持った状態で。


そうして数分歩くうちにヤクザ達に再発見され、逃走劇が始まった。先ほどと違うのはついに異能力者たちによる組織だった追跡が開始されたことだ。


「ずっと同じ。」


建物と建物の間を壁ジャンプで登り、屋根伝いに民家を爆走。地上からヤクザ達の怒号が響く中ちらっと上を見れば、ずっと戦の頭上を飛んでいる鳥がいた。先程からずっと戦の上にいる辺り、おそらく異能による何らかの追跡とみて間違いないだろう。これでは不用意に空き家に入ることもできない。逃走の長期化を余儀なくされた戦はしかし、まったく焦ってはいなかった。


「かなり、数も多くなってきたし、それなりに物的被害も拡大。」


独り言ならば、誰も聞いていないならばそこそこ普通に話す戦。しかしその内容は物騒なものであった。程なくして大きな通りにでた戦は屋根から飛び降り、待ち受けていたヤクザ達を峰打ちの連打により人間花火を複数打ち上げ、できた隙間を抜ける。しかし、そこにいたのは傷が塞がった大男、狂士郎であった。


「さっきの借り、返させてもらうぜ!」


「何も、貸したつもりは、有りません、が。」


戦が一気に片をつけようと踏み込もうとしたその時を狙って隠れていた第二の異能力者が攻撃を仕掛ける。なにやらねばねばした液体を複数、口から噴射するその男は、見るからにカエルのような容姿をしていて、一瞬だけ見えた口内には大きな舌が格納されていた。飛ばされた液体を刀で薙ぎ払おうとするも、そもそも液体は刀ですべて払うには不定形すぎるし、なにより触れてはまずい気がする。ということで回避を選択した戦だったが、横に飛んだ時点でその選択を後悔することとなる。なんと街路樹が独りでに動き出し、その長大な枝の塊を叩きつけてきたのだ。即座に連続で刀を翻し枝を伐採するも、今度は道路のコンクリートを突き破り根が槍のように伸びてくる。着地する暇もなく、身を捻って根を交わそうとするも、少なくない傷を付けられてしまう。即座に数本の根を切り裂き、一番太いものを足掛かりとして根の攻撃範囲から離脱した。


「くっ、これは予想外、です。範囲が、人間の、それでは、ない。」


「ははははははぁぁぁぁぁぁ、まだまだまだ終らないんんんんんんだぁぁぁぁぁぁぜぇぇぇぇぇぇ!!!」


なにやらうるさい笑い声とテンションが振り切れた叫びが響き渡り、直後に複数の街路樹が根を巧みに使い歩き出した。そのうちの一本に枝で作られた椅子の上で仁王立ちする女を見た戦の印象は、やべぇだった。煽情的なボディラインに外人並みの身長。真っ赤な髪は盛りに盛られ、もはや巨大なオブジェと化していた。服装は、体に密着するライダースーツのようなもので、黒光している。胸の部分だけ大きくはだけており、そこには刺青で大きくGカップと書いてあった、間っ平らな胸に。


「てめぇぇぇぇぇぇ、私のぉぉぉぉぉぉ、胸をわらてっんじゃぁぁぁぁぁぁ、ねええええええ!!!!!!」


もしや常時この叫び声なのかと驚愕の表情を浮かべる戦に対し、胸を笑われたという壮大な勘違いによる怒りが向けられる。街路樹たちがその枝を、根を急速に成長させ戦を突き殺さんと迫る。一本一本はそれほどの速さでもなく、強度も木のそれなので戦にとって支障とはなりえないがしかし、数とはそれだけで脅威なのだ。全方位から向けられる銃弾に合わせ縦横無尽に攻め立ててくる木々達。いつしか、合計五本の街路樹が互いの距離を均等に保ちながら戦の周りを囲み、完全な包囲を完成させていた。


「はぁはぁはぁ。これは、まずい、ッ!!!!」


刀一本で防ぎきれるはずもなく、当たりそうな銃弾と致命傷になる木の刺突だけ応戦し他すべてを身を捻って躱すという曲芸を披露し続ける戦だったが、傷は増えるばかり。むしろ致命傷を避け続けていること自体彼女のポテンシャルの高さを証明している。そのポテンシャルをもってして、この状況はいささかまずかった。


「おらおらおらぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


未だ怒りの収まらないやばい女は怒声を上げ続け、その声に合わせて木の攻撃も苛烈になってくる。それに加えて依然止まない銃弾。だがまだ戦には敵がいた。異能力者はここに至るまでに四人いたのだから、それらが攻撃をしてこないわけがなかったのだ。


銃弾が突如として止む。銃弾だけは全て防がれてしまうということが、むしろ戦を劣勢へ追い込もうとしていた。一本一本独立していた枝や根だったが、突如として複数が絡みつき太い枝を形成したり、突き出されたものが枝分かれしたりと変則的な動きを見せるようになった。今まで最小限の動きを心掛け、体力の温存を図っていた戦だったが、ここにきて大きな動きを取らざるを得なくなった。焦った戦は包囲網からの強引な脱出を試みようと多少の傷を無視して一本の街路樹へと接近。しかし、複数の枝が横並びになり、壁のような一枚の板を形成、それを内輪のように大きく横なぎに動かすことで進路をふさぎ尚且つダメージを与えようと戦に迫った。


「疾っ!!!」


目にもとまらぬ早業で三角形に切り抜かれた木の壁。さすがにこの窮地にこれほどの動きを見せる戦に対しイカレ女も驚きの表情を見せた。だが、戦の窮地は終わらない。


板の後ろにいつの間にか隠れていたカエル男がその長い舌で戦をとらえた。渾身の技を繰り出した戦は体力を無理に振り絞った影響から不意打ちを許してしまう。途端に身にまとっていた衣服が溶け始め、戦の肌を焼きだした。


「ぐああああああああ!!!!!」


あまりの痛みに悶える戦だったが、カエル男はさらに拘束を強め、おまけとばかりに地面へと戦を叩きつけた。


「ーーーーーーーーーーッ!!!」


背中から地面に着地した戦は声にならない悲鳴を上げる。そして最後の一撃を見舞うため、街路樹がその身をどけ、どこからか現れた巨大な猪に跨り突進する狂士郎に道を開けた。まさかこれほどまでの力を有していたのかと戦は心の内で驚愕していた。自身の力を過信するあまり包囲に引っ掛かり、あまつさえ命を取られようとしている。


その情けなさが、戦に控えていた力を開放させる決心をさせた。


「ぎゃあああああ!!」


突如としてかえる男が悲鳴を上げる。そして舌の高速が解けると、お返しとばかりにが舌を切り刻んだ。宙に固定されていた戦が地に降り立つ。キンッという硬質な金属音が鳴り響き、戦は突進してきた猪に鋭い視線を向けた。その姿は人間とするには少し歪だった。四肢が、肘と膝からその先を刀に変えていたのだ。黒い刀身が、日の光を浴びて黒く輝く。


「止まれ獣像じゅうぞう!」


猪に乗った狂士郎がそう指示を出すも、その勢いはすぐには止められないほどに加速していた。たまらず猪の上から飛び降りた狂士郎が見たのは、四肢を巧みに使い、猪の突進を交わしつつすれ違いざまに複数の切り傷をつけ、何事もなく再び地面に降り立つ戦の姿だった。


「流派と、異なる動き、なので、使いたくは、なかったんですが。」


言葉の通り、人間が考え出した剣術の型では戦の四肢の刃は生かせない。だからこそ今まで使わなかった異能の発展形。対群形態とも呼ぶべきその姿は乱戦にこそ力を発揮する。刀一本でだめなら増やせばいい、そんな単純な理由、されど実現できるだけの力は常人には存在しない。だが戦なら、才能がなく努力ですべて片づけてきた戦ならばこの力を使いこなせた。故に、対する彼らは自然と放たれる形勢逆転されたという雰囲気を肌で感じ取らされた。


特にその雰囲気を感じ取ったのは狂士郎であった。野生の勘が強い彼は、戦の発する雰囲気を鋭く嗅ぎ取り、即座の行動を決断させた。要するに、何かする前に叩き潰せ。単純な力の暴力によってすべてを制しようと距離を、間合いをじわじわと詰める狂士郎。


数舜のにらみ合い。先に動いたのはもちろん狂士郎。これ以上は切られるという間合いの一歩外から一気に距離を詰める。以前の攻防の経験から自身の鱗は力を溜めさせなければ致命傷を防げると判断し、そのうえでひと際硬い腕の鱗をガードに持ってきた。そして注意深く戦の挙動を観察しながら突進を繰り出す。


戦はそれを受け、足の刀を使って刺突を繰り出した。足の力を上乗せされた刀は、吸い込まれるように腕の鱗の隙間へ入り込み、複数の鱗を剥がした。痛みに構わず片足を上げた状態の戦へ顔の前で交差させていた腕を思い切り開き裏拳二発を繰り出す。しかし、戦はその攻撃をもう片方の足を振り上げ正面からぶち当てることで反動を利用し距離を開け凌いだ。途端に地面を食い破って現れた木の根。だがそれらを両腕の刀で危なげなく切り裂き、そのまま背後の街路樹へと距離を詰める。枝が、根が進路を遮るようにして攻撃を繰り出すも、ことごとくを防がれてしまう。そして街路樹を間合いに収めた戦は、コンパクトに右足を振るった。その軌道の最中に、右足全体を刀に変え刀身を伸ばしながら。


斬。


伸びた刀身によって綺麗に一刀両断された街路樹は力を失い枝のついた上部が地面に倒れる。だがまだ街路樹は4本も残っており、舌を負傷したもの、酸を吐き出せるカエル男に圧倒的力の持ち主である狂士郎、そして猪から姿をかえた大柄な禿げ男が戦場には残されていた。


明かな劣勢。されど周囲を鋭く睨む戦に対し、ヤクザ達は完全に気圧されていた。

誰もが構えを解かずににらみ合いを続ける。だがその静寂を破ったのは、ここにいるものではなく、第三者だった。


高音にして爆音の衝撃が通りに立っていたものを吹き飛ばし、強制的に空間を開けた。ビル等のガラスが軒並み割れ、飛び散った破片が道に降り注ぐ。そして開けた空間に躍り出てきた三人の軍服。一人は長い金髪を風にたなびかせ切れ長の目を向け戦を睨む。一人は童顔で日本人の若者なら割とどこにでもいそうな顔のつくりの少年がぽりぽりと菓子を頬張り、最後の一人は何故か全身タイツの上に半袖半ズボンの軍服を着ているようで、顔まですっぽりと覆てしまっていてどういう人間なのか想像もできない。


そしてそれに苛烈な反応を見せたのがヤクザ達だった。


「治安維持部隊ぃ、くそがぁっ!てめーらはお呼びじゃねーんだよぉ!」


狂士郎が歯を剥きだしにして吠える。その他の異能力者たちも、この戦場を取り巻くヤクザの下っ端たちも、一様に敵意を剥きだしにして治安維持部隊の三人を睨んでいた。


「これはこれは古き良き薄汚い馬鹿どもじゃないですか。ドンパチうるさいので来てみれば寄ってたかって少女を襲っているとは、性欲に濡れた獣というのは手を付けられたものではありませんねぇ。」


意外にも前へ進み出て煽りだしたのは、全身タイツだった。

戦はお前がしゃべるんかいという気持ちを抑え、次の段階へ入ったことを安堵した。


戦いは始まったばかり。三つ巴の戦闘が今開始されようとしていた。

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