(2-6)三つ巴!それぞれの思惑 その2
明け方、日の光を浴びつつも、何かとうすら寒いこの時期。夏の訪れを心待ちにしつつ、体をほぐしていく。
いつもなら木刀を振るうのだが、今はない。自身の左肩に右手をあてがう。触れた個所から、流れる血が熱くなり指先まで熱が伝播していく。左腕が黒色化していき、同時にみるみるうちに縮んでいく。そうしてついに右の掌にすっぽりと収まるようにして
抜き放たれた刀は抜き身の状態。腰に近づければ、左肩から黒い何かが這い出て、上半身に巻き付きながら腰まで降りるとそこで帯を形成した。そこから空中を泳ぎ鍔に巻き付くと瞬く間に鞘へと変わり、そこで初めて戦は構える。
静寂。一閃。
一歩踏み出し、抜き放たれた刀は常人の目には到底捉えられないであろうスピードで空を切り裂く。異能が発現してから体の切れは増すばかり。それどころか身体から生み出される力さえも以前の比ではなくなった。このまま突き詰めればそのうち飛ぶ斬撃すら実現可能なのではと思い始める。戦は無口だか、実際は心の中で一人おどけたりするのだ。ただそれが口から出ることの方が少なく、やっぱり周囲の印象は変わらなず、それを気にしてすらいない。完全に一人で完結した人間、それが戦だった。
それが、最近になって、いや厳密にいえばとある人物に声を掛けられた時から変わった。
「花々さん、今飛ぶ斬撃のこと考えてたでしょ。顔に出すぎ。」
「・・・できないことも、ないんじゃないかと。」
「うそ、真剣に考えだしちゃったよ。まあ、頑張って。私はもう少し稽古を見させていただくとするよ。」
不思議と私の胸中を暴いてしまうこの女性。私の振るすべての軌道を目で追い続けるあたり、ただ者ではない。だがそんなことは分かり切っていて、それよりも視線が注がれ続けることで背中がそわそわすることの方が問題だった。
「御堂さん。あの、ちょっと、恥ずかしい。」
「どうして?一緒に戦ったりもしたし、今更だと思うけど。」
「じっと見られるのは、また別、です。というか、私の刀、見えるです、ね。」
「ああ、これ能力の応用。半集中って呼んでるんだけど、動かないだけなら異能を限りなく最小で発動することが出来るの。できることと言えばほんの少し考える時間が延びることと動体視力が格段にあがるってことくらいなんだけどね。」
「なるほど、そういうのが、あるんです、ね。」
「花々さん、そんなに考えて話さなくてもいいのに。誰も嫌いになったりしないと思うけど。」
「・・・善処します。」
昔から話すのは苦手だ、思ったことを口に出せば、率直すぎてすぐに相手から嫌悪感を抱かれる。だから私はこんなたどたどしい話し方になった。後悔はしていない、少なくとも嫌われたりはしないからだ。ほんの少し距離をおかれることはあるけど。
「一戦、します、か?」
「しない、です。」
「ま、真似、しないで、ください。」
「ま、真似、してない、です。」
「もう、うざい、です。」
「はは、いいねそういう顔。可愛くてそそるよ。それじゃ私は地図で銭湯を探すよ。さすがに皆水で洗うだけじゃ嫌だろうしね。」
言われて初めて自身の顔が熱を持ち、眉が少し下がっていることに気づく。恥ずかしさから出た表情なのは私自身わかっていたが、それでもこうもあからさまに自身の顔に感情がでたことが不思議でならない。
やっぱり、御堂さんについてきてよかった。
私の忠誠は、間違ってなかった。
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「ムニュムニュ、これ以上、どうやってメロンパンを焼けっていうのよ。」
「食いしん坊、さっさと起きてご飯食べなさい。」
「戦が食べたいって言ってるから私が焼いてるのよ!・・・ムニュムニュ、ふぁあああ、あらおはよう。」
「寝言でここまで会話できるとなるともう才能だよね。」
「はぁ?なにわけわかんないこと言ってんの。そんなことより私は風呂に入りたわ。水洗いだけで私の麗しい髪が保たれると思ってるわけ?」
「そういうと思って銭湯の場所探して置いたけど、ぶり子ちゃんには教えないね。」
「あなた、本気で私に殺されたいみたいね。」
「本気もなにも、鴻上さんは私に勝ったこと、一度でもあったかしらぁぁぁぁぁぁぁぁ?」
「あらあらあらあらあらあら、どうやら私の必殺技58手を喰らいたいらしいわね、いいわ相手になってあげ・・・」
「ふたりともうるさい。」
「「はい、すみませんでした。」」
朝から騒々しい女のせいで私まで茜に怒られちゃったじゃない。こんなのやってらんないわね。こんなに騒がしいのに眠璃は寝たまんまだし。夢で私にメロンパンを焼かせたこと、忘れないからね。
ああそれにしてもようやっと異能の後遺症が取れたわね。ぱぱっと体を変化させてみる。
「って、突然姿を変えないでくれる?まぁあなたのあほ面を拝まなくて済むからそのままでいてもいいけど。」
「鏡を見てから言いなさい。あんた気づいてないみたいだけど、アホ毛がぴょんぴょんしてるわよ。」
「は、どこを見て言ってるのかしら。」
「桜ちゃん、異能の無駄遣いはだめだよ。」
ふふ、茜に怒られてやんのー。
「青葉ちゃんもダメだよ。なんで先生に化けるの。」
「ほら、異能の調子を確かめたのよ。別に桜を笑わせようなんてしてないわ。」
危ない危ない、また茜に怒られるところだった。この子は怒らせない方が良いんだ、昨日勝手に茜の分のおかしを食べたらとっても怒られた。二度と茜の物には手を付けないと誓った出来事だった。
それにしても、本当に体がべたつくわね。水でしっかり洗い流してはいるけど、やっぱり湯船につかってゆっくりしたいわよね。桜が戦闘を調べてるって言ってたし、ようやっと私の願いも叶いそうね。
食事を済ませ、眠りこける眠璃を叩き起こして口にパンをねじ込む。そうして支度をさせたら待ちに待った銭湯だ。うっきうっきの心を静めてみんなに歩幅を合わせて歩く。私はこの中では一番背が高い方で、普通に歩くとすぐに距離が離れてしまう。それに小さいことの癖もあって少し早歩きだし・・・ってそんなこと思い出しても仕方ないか。
「ああ、この女の人綺麗だぁ~。」
眠璃が戦の背中から声を発する。眠璃の視線を追ってみれば、そこにはコンビニの窓ガラスに張られている一枚のポスターがあった。
「
「とっても好き!キラキラしてて見てるだけで楽しいぃ~。」
相変わらず力の抜けた声で話す眠璃の顔は、声とは逆に珍しくキラキラしていた。意外な一面が発覚したところで先を促し、銭湯へと急ぐ。
私は歩く速度の関係上、どうしても先頭になりがちだ。それが今はありがたい。だってこんな顔見られたくないし。
「鴻上さん。力、入ってるよ。」
「・・・うるっさいわね。武者震いよ、早く風呂に入りたいの。」
「はいはい、あなたの事情を、私は知ってる。そんなに気張らなくても貴方を心の底からけなしたりはしない。ほら、あなたの後ろを歩く人たちは、みんなあなたを信頼してるよ。」
「っは、私を信頼してるんじゃなくて貴方に案内させると道に迷うからでしょ。」
「はは、そうかもね。ほら、行こう。」
私の手を取ってそういう桜に対し、私はまぶしいものでも見たかのように目を細めた。知らず知らず、頬が緩み目が笑顔になっていたことに気づくまで、私は憎たらしいこの女にそんな表情を向けてしまった。
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街を歩いてくー。
ゆさゆさ揺れて、なんだか眠たくなるなぁ。
いくさちゃんは優しく扱ってくれる。運動神経いいとかそんなんじゃなくて、ひとつひとつがふわっとした動作だから全然辛くない。
『自分で歩いたら?』『あの子、だらしないわね。』『あいつら、すげーかわいい。』『なんでおぶられてんだ。』『ちっ、不細工がはしゃぐなよ。』『金がねぇ。』『だれでもいいからヤらせろ。』
ふぁー、ちょっと寝よう。やっぱり外出はきついなぁ。
『犬かよ、気持ち悪いな。』『あんなやつより俺の方がかっこいいに決まってる。』『死ね。』『消えろ。』『うざ。』『鳴き声うるさいな。黙らせろよ。』『どうして黙ってくれないの!』『いたい、いたいいたいいたい。』
「いくさちゃん。あの赤ちゃん、足になんかついてるね。」
「はい?あ、私、言ってきます。」
「いいよ、私が言ってくる。」
さくらちゃん、気づいてたみたい。もう、私が言わなきゃ関わらないつもりだったなぁ。
『やっとかよ、使えない母親。』『まったく、赤ん坊ひとつおとなしくさせれないなんて。』『ごめんね、気づいてあげられなくてごめんねっ。』
「風さん、あのタンポポの綿、運んであげて?」
ゆらゆら、ゆらゆら。
綿がふわふわ。赤ちゃん喜んでくれた。
『ありがと、おねーちゃん。』
「どういたしまして。」
「ん?何か言いました?」
なんでもなーい。あ、言葉になってなかった。でもいっか。おやすみなさい。
『本当に、可愛い子。愛してるわ。』
きゃっきゃと笑う赤子の声を聴きながら、私は静かに眠りについた。
久々に、お母さんに会いたいな。
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「あー残念、次行こうか。」
しょうがないよね、こんなご時世、銭湯入りに外へ出る人の方が少ない。
目的地にたどり着いたはいいが、閉店の看板を掲げていた。仕方なく次の銭湯へと足を向ける。
そういえばお風呂に入りたくて自分で湯を沸かしたときあったなぁ。あの時は大変だった。あんまり枯れ木もなかったし、そもそもどうやってお湯を溜めようか悩んだっけ。
寒かったな、あの山。おじいちゃん元気にしてるかな。やっぱ思い出すのやめよ、地獄の訓練が脳裏を過っちゃう。
「あ銃声。」
「近づいてきてる。とりあえず裏路地に入っちゃおうか。」
「そうだねー、眠璃を起こすのも申し・・・」
『ズドンッ』
「ちょ、吹っ飛んできたんだけど!人が!」
「青葉ちゃんだって飛ぶときは飛ぶよぉ。」
「飛ばないわよ!・・・たぶん。」
銭湯のシャッターに直撃する形で人が吹っ飛んできた。まさか一階建ての建物を飛び越えて人がくるなんて思わないからみんな固まっちゃったよ。
「構えてッこいつ異能力者だよ!」
桜ちゃんが声を張り上げる。土煙が晴れ、そこにあったのは直立する人影。あれ程派手に音を立て建物に突っ込んだのに全くの無傷。首をコキコキ鳴らして瓦礫の中を悠然と歩いて出てくる。
「あん?そう身構えんな、見境なく襲いはしねーよ。」
ぶっきらぼうに言ってのけた大男は、そのまま正面の、吹っ飛んできた方の建物へすたすたと歩いていくと、全身に力を籠め始めた。途端に肌が灰色に変わり、うろこ状に変わっていく。見るからに硬質なそれは、次の瞬間、それが本当に硬いのだと私達に強制的に理解させた。
『ズダダダダダダダダ!』
「眠璃ちゃん!」
「地面さん、守って!」
戦ちゃんの背中から下り、地面に手をついた眠璃ちゃんが異能を発動させ即席のシェルターを生み出したのと、音の正体が建物を突き破り無数の何か小さいものが大男に飛来したのがほぼ同時。
けたたましい高音が鳴り響き、続いて連続した衝突音が前方に展開されたシェルターにぶち当たりだしたところで、桜ちゃんが皆に後ろの路地へ逃げることを指示した。どこかぐったりしている眠璃ちゃんを担ぎ上げ、皆に続いて私も路地へ逃げ込む。
「もう!なんでこうなるのよ!」
「青葉ちゃん良いから走って!」
「私はあんたたちみたいなスプリンターじゃないんだからぁぁぁぁぁ!!!!!」
大きな声で喚く青葉ちゃん。だけどそれに構ってられない事態が発生していた。
「桜ちゃん!眠璃ちゃんの異能で私達の正体勘づかれたっぽい!ヤクザが追ってくる。」
『バン!バン!』
発砲音がしたかと思えば私の右腕に風穴があき、血しぶきが壁に飛び散る。
が、そんなことは気にせず、左右左右と曲がり角を曲がっていく。途中大きな通りへと出て、私の血をみた人が悲鳴を上げる。そのせいで撒けそうになった追手が私達に気づきこちらへと進路を変える。
「花々さん!お願い!私は本体をやる!」
「任され、ますっ!!」
おとなしい戦ちゃんが大きな声を!これは驚き!
と、驚いている間に、左腕を刀に変えた戦ちゃんが飛来した弾丸をすぱすぱっと打ち落とし、振り返れば桜ちゃんがヤクザの手から銃を奪い、代わりに互いの手を握り合わせていた。丁寧に結束バンドで固定してるところを見るに、さっきコンビニで買っだやつだな。先見の明だね。
「茜、なにぼーっとしてるの、行くわよ!」
「私銃で撃たれてるんだけど?心配してほしいんだけど!?」
「あんたはそれくらい平気でしょ!」
私の手を引いて走り出す青葉ちゃん。いやー男前!!片足吹き飛んだ私を引きずるお兄ちゃんを思い出すよ。おじいちゃん、平気で地雷使うんだもん、後ろからバンバン発砲されるし、ほんと元気してるかな。うん、やっぱり死んでないかな、再会はできるならお墓の前がいい。
丁度青だった信号を渡り再び入り組んだ路地を走る私達。後ろからはまだヤクザ達が追いかけてくる。というかさっきより人が増えてる。ひえーーこっわ。大人が少女を追いかけまわす絵面、普通なら警察もんだけどこの街は生憎警察機能が麻痺しちゃってるからやっぱり逃げの一手だよね。
それからしばらく全力疾走した。でも、どれだけ角を曲がってもヤクザがしつこく追いかけてきて、もう正々堂々迎え打つしかないなって時に、突如として一人の青年が声を掛けてきた。
「君たち!こっちだ!こっちに!!」
「桜ちゃん!」
「危険だったら即座に制圧して!行くよ!」
曲がり角で声を掛けてきた青年が先に向こうへ消えていく。青年を追って角を曲がれば、ちょっと先で扉を開いて手招きをしていた。全員が一度頷き、意を決してその建物へ入っていく。最後に青年が入ってきて扉を閉じれば、完全に密閉されて、一切光が入ってこなくなった。神経を集中し、部屋の中の気配を探るが、息を殺してヤクザ達をやり過ごそうとする仲間たちのもの以外は特に感じなかった。
無言のまま、数分は待機していただろうか。外から物音がしなくなり、ヤクザ達をやり過ごしたことがわかったところで、誰かが立ち上がり、手を壁伝いに這わせる摩擦音が聞こえた。すぐに室内に明かりが灯り、ただ無骨なコンクリートの室内が広がる光景が視界に入る。青年の罠を一瞬疑うも、安堵の表情を浮かべる青年が電気のスイッチの近くに立っているのを見てその可能性を一旦脇へと追いやる。
「ふう、危ない所だったね。君たち異能力者だろう?さっき見てたよ、すごいねあの大音量イカれ女の攻撃を簡単に防いで!僕はびっくりしたよ!」
先程の場面を見られ、異能力者だということがバレてしまう。桜ちゃんが先んじて青年を制圧しようと一歩踏み出したところで、青年が両手を上げて降参のポーズをとり、話を始めた。
「そう警戒しないで。僕はレジスタンスの一員さ!だから人助けは当然のことだろう?君たちだってレジスタンスのことを聞いてこの街にやってきたんだと思うんだけど、違うかな?」
桜ちゃんがデジャブを体験したようで、顔がしかめっ面になっている。そうだね、なんだか秋原君に雰囲気が似てるよね。わかるよその気持ち。
「あんたね、レジスタンスなんて知らないし、そもそも異能力者相手にその態度はまずいでしょうが。」
「へ?勘違い?」
青葉ちゃんの鋭い意見に、呆けるような顔で固まる青年。
ほんと、急展開に頭が追い付かないよ。とりあえず。
「あの、お風呂使わせてほしいんだけど。」
どうだ、KY戦法。見事私の策略が決まったことで、更に困惑顔をする青年を見て、全員が肩の力を抜いた。
うーん、やっちまった、かな?てへ!
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