(2-5)三つ巴!それぞれの思惑 その1

一旦水分補給等を終えて、また茜ちゃんから説教のようなものをいただいた。今度は怒るというより作戦を打ち明けず、信頼して仕事を任せてくれなかったことにたいするお叱りだった。今回のことは本当に私が悪いので何も言えず、ただひたすら、はいと答え続けてた。


一時間くらい経っただろうか、さすがに正座が限界を迎えつつあるといったところで説教は終わり、私が奪取したものを含めた情報収集の成果の報告を行おうと茜ちゃんが提案した。


「それじゃ、私達からいきましょうか。花々さんと二人で聞き込みを行った結果だけど・・・」


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「・・・といった感じね。」


茜ちゃんが話し終わる。終始茜ちゃんがはなし、途中で同意を示すかのように頷く花々さん。いや、あなたも話しなさいなと思わなくもなかったがそこは置いておこう。彼女たちの話はこうだ。


彼女達が調べたのは千寄田区や皇城周りの状況について。実際に歩き回り、時には住民と交流を繰り返して今の現状を調べたそうだ。

そうして調べた結果、感づいていたが治安は最悪だとわかった。もちろん、ヤクザ絡みなのは言うまでもないが、各地から千寄田にヤクザ達が終結し一大勢力を形成しているらしい。その名も『連理会』。

彼らの元の母体である鬼灯組はある時、上納金などの取り立てを積極的に行い、断れば店ごと潰すようになったのだとか。言うまでもなく異能力者の力で物理的に。その方法で市民たちを震えあがらせ、勢力を拡大していった鬼灯組。

この行動に対し、民間がとった行動は、海外から流れ込んできた警備会社に護衛を依頼することだった。そしてその警備会社が実は軍事産業を主としている企業の子会社であり、完璧な武装でヤクザを撃退。そこまではよかった。そうそこまでは。

警備会社へ対抗するように異能力者を増員したヤクザ、そしてさらにそれに対抗して異能力者を雇った警備会社。互いの抗争はいつの間にか激化し、見る見るうちに互いの戦力が膨れ上がる。ヤクザ達は全国に協力を呼びかけ、警備会社は親会社からの潤沢な資金援助を活用した雇用でそれぞれが勢力を拡大。結果、千寄田は東京一治安が悪い地として有名となった。


この状況に黙っていなかったのが、日本政府、そして日本政府に協力している学院だ。

連理会、そして警備会社の名を変え治安維持部隊と名乗りだした彼ら、双方は異能力者を多く活用した。日本政府側は異能力者同士の戦闘被害を、学院は『学園』の収容から逃れた異能力者の存在をそれぞれに危惧し、互いに共通の目的が出たことでこの抗争の解決に重い腰を上げた。

彼らは互いに協力し、政府からは軍という形で人を、学院は物資として装備と異能に関する膨大な知識を提供し合った。結果、初めての実戦投入で、どこから集めたんだと言わんばかりに溢れていた異能力者たちの一部を捕縛に成功。華々しいデビュー戦を皮切りに次々と活躍していった。


しかし、三つ巴の抗争は沈静化することはなく、ヤクザ達は異能力者を中心に組織だった動きをするようになり、それに反発するように治安維持部隊が兵器と異能力者の強化を試み、見事成功。より一層抗争が激化しさらなる戦力拡大を図るふたつの組織、結果、ついに政府側は根負けした。狩っても狩っても出てくる異能力者に対抗できなくなった時点で、対応を徹底抗戦から千寄田からの戦線拡大阻止に方向転換。その代わりに皇城付近や重要施設の警備強化を図り、政府機能をなんとか保たせた。


一方、迷惑な抗争の被害を受けたのは、やはり民間人だった。

ヤクザと警備会社の抗争が激化し始めた頃から、千寄田を離れ新しい生活を始めた人々が増えた。金を持っているもの達や、外に伝手がありそちらで生活基盤を築くことが可能だったもの達でがほとんどで、事情があり離れられない人々は怯えて生活を送るしかなくなった。コンビニなどのチェーン店で働いている社員たちが、ミスを犯し降格処分を喰らって左遷された者たちにいつの間にか変わっていたなどの珍事件も含め、多くの被害を被った市民たちは政府の援助を期待するのを止めて、闇市のようなものを開いたり互助組織を立ち上げたりなどした。もしかすると、千寄田の人々はヤクザ達より逞しいかもしれない。


こんな感じで千寄田の現状が形成され今に至る。

思った以上に治安が最悪に近く、この状況を救おうとするのは無理だろう。もちろん、私はそんな気はさらさらないが、利用することは可能かもしれない。今後の方針を立てるのにうまく活かしていこう。


皆の顔を見れば、それぞれに現状の悲惨さについて頭を巡らしていた。だがやはりできることはないししても意味がないということがわかっているのか、結局のところ何も発言はなく、私の情報を開示する番となった。


「手に入れた情報で今有用なのはあまりなかったね。ファイルごとに機密情報が載ってたのはいいんだけど、予期せぬ相手に読まれてもいいようにわかりづらく、フェイクを交えてあった。だけど、だけど日本総支部に奇襲をしかけるに際して優先目標が確定したよ。一般人に異能を強制的に付与させる装備、それを開発している部署及び施設、それをうまく破壊できれば敵の戦力は大きく削れると思う。もちろん一時的な話であってすぐに体勢を立て直されちゃうとは思うけど、今やっておきたいことは今やった方がいい。」


「わかったわよ。目的のためにまずはそれを最優先ね。だけど忘れてないでしょうね、私達にもそれぞれ外に出た理由があるってこと。これだけ時間を使うのはいいけど、さすがにあんたの復讐だけにこれからの長い長い時間を使うわけにはいかないのよ?」


「大丈夫。ちゃんとわかってる。だけどそっちも約束を忘れないでね。私の復讐のためにこのメンバーを私が集めた。何もしないまま終わらせようとしていた皆を纏めて脱出の計画を練ったのも私。強いことばを使うのは好ましくないけど、あなた達は私に従う約束がある、それはある意味義務ってこと、理解してるよね?」


「二人とも熱くならないで。青葉ちゃんは突っかからないの、桜ちゃんは私達のことをちゃんと考えてくれてるわ。それに今私達の目的を果たすにしても標的がいない。だったら今は桜ちゃんの方が優先なのはわかるでしょ?桜ちゃんも、もう少し考えてることを私達にも教えて。それをしないで不満を持つななんてそれは傲慢だよ。いい?」


「「・・・わかった、ごめん。」」


気まずい雰囲気が流れ、一旦会議は終了。それぞれが体を休めるため割り当てられた部屋へ向かう。

私は風に当たるためベランダから外に出た。話し込んでいる間にすっかり日は落ち、空にはわずかだが星が見えていた。顔に当たる風が気持ちよく、一瞬熱くなりかけた頭を急激に冷やしていく。私は正体の見えない敵に対して焦っていた。しん太が言っていた『聖杯』という組織。そいつらが副所長を操っている奴らなのかはまだわからない。だが断片的にでも繋がっていく情報につい焦りがでた。


「桜ちゃん。落ち着いた?」


「・・・うん。自分でも気づかないくらい、相当焦ってたみたい。カッコ悪いね。」


「ははは、仕方ないよ。それだけのこと、されたんだから。私の目的は、きっと桜の敵と近しいから。桜についていったらいずれ遭遇するって確信してるから焦ってないけど、桜は道しるべがない状態から手探りで一つ一つ丁寧に調べてる。その大変さは私達じゃ想像できないし、焦るのも仕方ないよ。だけど、さっきも言った通り私達をもう少し信用して。じゃないと仲間の存在意義がなくなる。皆打算込みで一緒にいるのはわかってるけど、結局一人じゃどうにもならなくて互いを頼ってるんだから。だったら信頼関係をもっと良くして、最高の戦友になった方がお得だし、楽しいと思うんだ。だから、あたしとちゃんと約束して。はい、指!」


「う、うん。わかったよ。茜ちゃんには、かなわないなぁ。」


小指を絡め、指切りげんまんをする。子供の頃、両親やシスターとして以来の行為に、なんだか思い詰めていたのがおかしくなった。ふと茜ちゃんの顔を見ると真剣そのもので、それがさらに私の心を溶かすようで、口角が上がるのを止められなかった。


「ちょ!人の顔見て何笑ってんのよ!桜ちゃんほど可愛くはないけど私だってそんな変な顔してないんだから!」


「私が可愛い、ってのはわかんないけど、茜ちゃん、ありがとね。」


「どういたしまして。ほら寒くなってきたし中入ろ?」


絡めていた指をほどき、代わりに手を引かれて家の中へと連れていかれる。

なんだが暖かい我が家のような気持ちを感じ始めてしまっているあたり、きっと私は茜ちゃんに染められてしまったのかもしれないな。


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千寄田某所。


夜の闇が一層深まる時間。一般人は外を出歩かない時間帯に、ヤクザ達や彼らを密かに支援する金持ちたち、世の裏の顔とおも呼べるもの達がこぞって欲求を解消するためにとある通りに向かう。派手な格好の女たちが客引きをする光景が通りを埋め尽くすその場所で、もっとも高級な店にその男はいた。


「やーーーん、まだ19でしょ?すっごい飲みっぷり、身体も引き締まってるし、私、あなたなら抱かれてもいいかな?」


なんとも直接的な表現でアピールをする新人。この店に入ってまだ間もなく、本来培われるべき大人の会話術を学びきれていない彼女に対し、男は憤慨する様子もなく、むしろ鼻の下を伸ばし若さ故の若々しい体つきを撫でまわし堪能していた。


「はっはっはぁ!俺はお前が気に入った。俺専用の部屋がある、ちょっとそこでお話、しようぜ?」


「おい、そのへんにしとけ。俺達はボスの付き添いなんだ。それがハッスルしてどうすんだ。」


「ちぇぇ、兄貴はお堅いな。見てくださいよこの肌の張り!押したら押した分だけ跳ね返ってくるんですよ!これはもう体中の張りを調べるしかないでしょう!」


「下半身で行動するな。まったく、若さだけが女の良さじゃない。もちろん夜のテクニックだけでもない。いい女ってのは、会話だけで天国へ連れてってくれるやつのことを言うんだ。ここはそういう女が集まってる。その女はわざわざお前に為にあつらえたやつだが、だからといってその女ばかりじゃなく大人の女と話しをしてみろ、お前も少しは頭が良くなるかもしれん。」


「馬鹿言わないでください。俺はただ敵をぶん殴るしか能のないやつですよ。あ、でも他の女の子も夜の営みがお上手ならぜひお手合わせをお願いしたいですね。」


「いった傍からそれか。肌なり胸なり好きにしていいから一発やることだけはするな、いいな?」


「ういっす。じゃあ、俺のをさわ・・・なんでもないんでボスにだけは言わないでもらいたいんですけど。」


屈強な体に見合わず、兄貴と呼ぶ男にへりくだった態度をとる男。2メートルはあろうかという身長にこれでもかと言わんばかりに纏われた筋肉。そんな男がなぜ自身よりも一回りも二回りも小さいやつにへこへこしているのか不思議でしかたないと思っている女はつい疑問を口にする。


「ねえ、あなたってすっごく強いんでしょ?どうして上に立とうと思わないの?」


「あんたっ!その薄汚い口閉じなさい!申し訳ございません、すぐにその子を下がらせますのでっ!」


突然放たれた、場合によっては兄貴分である男に殺されても文句は言えない質問。しかし男は、弟分であり、組の中でも最強である青年の意見に興味を示し、自身の担当が焦っているのを片手で制し、答えを促した。


「そりゃもちろん。男を感じたからに決まってる。組にはくずみたいな輩が多いが、兄貴とボスに関しては漢だ。それ以外に理由はない。」


「・・・てっきりお前は女にありつけるからとかいうもんだと思っていたが、そこまで馬鹿じゃないか。」


「もちろん女は好きに決まってるじゃないですか。漢は女を愛するんです、だからちょっと一緒にベットに・・・」


その時不意に隣接している部屋の扉が開き、毛皮のコートを着た老人が歩み出てきた。その足取りはその顔に刻まれた皺からは想像もできないほどしっかりとしていて、何より己の道が覇者の道であることを疑わないような強い圧力を伴っていた。


「若いってのはいい、女の身体みればすぐに獅子になる。すまねぇが狂士郎、その女を楽しむのは後にしてくれ。奴らが組のもんをまた襲ったっつう話だ。今度たらふく味合わせてやるから、行ってこい。」


「はい、行ってきます。兄貴、仕事だぜ。」


「それでは帰りは別の者に手配させます。すぐに参りますので少々お待ちを。」


「ああ、心配すんな。女将が俺とまだ話したりねぇっていいやがんだ。女の頼みは断れねぇよ。さっと片づけて迎えにこい。」


「はっ、直ちに行って参ります。」


夜は更ける。月の光が照らすこの時間。漢に魅入られた修羅が舞い降りる。

桜達が修羅の存在を知るのはすぐである。修羅と修羅の逢瀬は、何を生むのだろうか。

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