(2-4)カチコミ決めるぞオラ! その3
私は一人歩く。ゆっくりとゆっくりと自分のペースで歩いていく。流れる風も、道を歩く人々も全てが止まった世界で。あ、鴻上さんたちじゃん。先行くねー。
私は皆と逆方向に歩くと見せかけ、角を曲がってから異能を発動させて来た道を引き返し、港方向へ向かう鴻上さんたちを追い越した。だって私の目的地を伝えてしまえば絶対に引き留められるし。
ある程度歩いたところで異能を解除する。あまり長時間使うと後に響くし、鴻上さんたちも大分引き離したから通常状態でも大丈夫だろう。
途端に道行く人々や行き交う車が本来のスピードを取り戻し『日常』が再会される。そのスピードは私が知っているような『日常』ではなく、どこか急ぐような焦りを感じさせるもので、少しばかり不快感を感じさせた。こんなことで私が不快感を感じたところで平和な日常が戻ってくるわけではないので本当に無駄な感情だ。だけど私はやっぱり平和ボケした日本の何とも言えない危機感の無さが好きで、日常に命の危険があるというのは慣れないし、慣れたくはなかった。
とはいえ、やはり現状はいつどこで戦闘が、悲劇が起きるかわからないのだから私もさっさと目的地まで行ってしまおう。
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またしばらく歩いたところで、港が見えてくる。よかった、一応道に迷わなかったようだ。偶然鴻上さんと布羊さんに出会ったりでもしたら一人敵地に潜入するという格好つけが台無しになる。いや、本当にちゃんとした目的があって皆がいるとかえって邪魔になってしまいかねないから仕方ないんだけど。
私の目的は学院日本総支部に潜入し、『学院』内部で暗躍しているであろう者たちの情報を集めることだ。私が『学園』に入る前と入った後で集めた情報では、どうも裏でこそこそ動き回っている連中がいるらしい。海道先生はいうなれば表側の人間。そして秋原君を陰で操っていた組織、そいつらを『学園』内部に招き入れたやつらが裏の人間だ。私の家族を殺したと思われる連中も、しん太に教会を襲うよう仕向けたのもそいつらだと睨んでいる。
「ほんと厄介な連中。絶対に表に姿は見せないし痕跡もほとんど残さない。実際に被害にあった者しかその正体に気づけないし、そもそも被害にあった時点で死ぬことも多いなんて、ほんとどうかしてる。」
だけど私は許さないって決めた。決めたからには徹底的に潰す。だからこそ仲間になりそうな人と復讐対象を見つけ出すため『学園』に入った。そして目的を達したからには、次なる標的の情報を集める。ゆっくり、確実に仕留めるんだ。
「やっぱり、前来た時も思ったけど、おっきいな。」
海岸沿いに歩くこと数分。眼前に広がった施設の大きさに改めて驚く。海岸に着いた時からずっと観察していたが、この施設は横にも縦にも大きい。研究やその他諸々を行うために集められた人員がこの中で生活を送っていけるように様々な施設が内包されているらしい。実験施設の他にもあくまで自衛用という名目だが兵器開発もされているそうだ、街道先生が着ていた装備もここで開発されたらしい。もっとも工場は別の場所なので量産まで出来るわけではないらしいが。
学院日本総支部に入るには、まず埋め立て地に建てられた施設に行くための唯一の橋を渡らなければならない。海路も用意されているらしいが、今の私にそちらの選択肢を取ることは出来ない。体力的にも異能的にも私は遊泳に向いていないのだ。決して、けっっっっして泳げないわけではないんだ!
というわけでまずは異能を使ってトラックの荷台に乗る。
「おっと、これはまずい。」
適当に選んだトラックの後ろに乗っていたのはなんと武装を解除した状態の屈強な外人さん達だった。もうこの時点で怪しさ満点なんだが。ここで問題を起こす訳にはいかないので何もしないが、せめて顔に落書き位したかった。帰りに同じようなトラックがあったら絶対やろう。
というわけでお隣の乗用車のトランクにすっぽりと収まり、施設内に侵入することにした。しばらく揺られていると自動車が停止する。バタンという音の後、車から離れていく足音が聞こえなくなったところでトランクを内側から開け外に出る。よかった、これでトランクを開けられたらどうしようかと思ってたところだったんだ、ラッキーラッキー。
「さてさて、まずは変装からだね。」
足音が去っていった方向を見ると、立体駐車場から施設内へ入るための入口があった。ところがどっこい、セキュリティカードが必要みたいだ。ま、これくらいは予想の範囲内。
一旦、車の影に潜んで入口の様子をうかがう。程なくして一人の男性が入口の方へ歩いていき、セキュリティカードを機械にかざす。扉が完全に空いたところでダッシュで侵入!
そしてそのまま施設内を疾走。入ってすぐは廊下で、そこを抜けるとラウンジのような場所に抜けた。とりあえず女子トイレに侵入。メイクをしている女性の白衣と服を剥ぎ、上着で口を塞ぎ、インナーでしっかりと手足を縛る。そのあと女性を引きずって移動、駐車場に戻りトランクに彼女を放り込む。
ほんともう仕訳けないことをしているので服を買い換えられるように一万円札を数枚彼女の胸とブラジャーの間に滑り込ませておこう。
そしてまたダッシュで女子トイレまで戻り個室に入る、異能を解除してから何食わぬ顔でトイレから出れば、これはもう完全犯罪だ。
よしよし首尾よく潜入を果たしたわけだが、これからどうしたものか。下手に話しかけたところで正体がばれるだけだし、うん、ごはん食べよう。
ということでラウンジに併設されている食堂で注文。ぱぱっとうどんを平らげる。かなり近未来的な意匠を施された建物なのに出てくるのがうどんな辺り、なんというか日本らしいなと感じる今日この頃。
腹も満たされたことだし、彼女から奪ったセキュリティカードでラウンジから出て施設内、その奥へと足を向ける。歩いた感じ研究内容ごとに区画が分けられ、本当に様々な方面の研究をしていることが解る。そしてそのどれもが異能に関する研究だというのだから驚きだ。どうやらセキュリティレベルがあるらしく、私が奪ったこのカードでは表向きの、それこそ社会見学で入れるような部分までしか侵入できないようだ。またしても手詰まりになってしまった、侵入時にやった手は使えない。機密レベルの高い部屋の入口を見張っている研究員なんて怪しすぎる。
どうしたものかと研究棟を彷徨っていると、何やらお高そうなスーツを着た一団と、外人の護衛が目に映る。さっと異能を発動し身元が分かるものを探る。ほうほうなるほど、研究所副所長とな。副所長のくせに身なりが良すぎるし、護衛なんて付けてるなんて疑ってくれって言ってるようなものではないだろうか。とりあえず尾行決定で。
何やらそれぞれの研究棟を回り研究成果の報告やらなにやらを聞いて回った副署長はそのままエレベーターで上階へ上がっていった。止まった階は5階。ふむ、一旦行ってみるか。異能を発動し、階段から五階まで上る。まだ異能に余裕はあるがあまり長時間は使いたくないな。五階にもどうやら白衣を着た人たちはいるようで安心して異能を解除し階段部屋から抜ける。
「それでは、私達は外で待機しております。」
どうやらここはオフィス階らしく、副所長はある程度奥まで歩いたところで自室とみられる部屋に入ろうとした。瞬時に異能を発動、部屋内へと入り、ソファーで出来た死角に潜入。息を殺し異能を解除する。
「・・・定時連絡です。異能力者たちは順調にその能力を伸ばしております。例の研究も段階的に進めており早いお披露目も可能かと。・・・やくざ達の動向が激化してきております。・・・ええ、直ちに対処いたします。・・・はい。急がせます。脱走した例の者たちの足取りはつかめていません。・・・襲撃への備えですか?さすがにそれは・・・はい、所長に話を通しておきます。では。」
誰かと電話か。明らかに上司に対するそれで、所長を介していないということは十中八九裏の組織の人間。それと所長はそっち側ではないということか。例の計画がなにかは分からない。くそ、情報が足りなすぎる。
少しの間をおいて足音が遠ざかっていく、所長は足早に部屋を退出したか。よし動こう。
「パソコンは、さすがに電源はついてないか。ん?」
所長のデスクの上には書類が乱雑に置かれている。とりあえず次の入室を待って外に出よう。それまでもう少し室内を探索するか。
「といってもあまり物もないし、流石に重要な情報が載った書類はそうそうなさそう。」
先程手に取った書類も異能の成長率に対する考察や実験結果が纏められたものでこれ単体では用をなさない。パソコンを持って帰っても開ける人間はいないし、八方塞がりか。とりあえずパソコンだけでも回収してお暇するしかなさそうだね。
「あれ、この床、引きずられた跡、かな?」
食器や本が納められた棚が二つ壁際に置かれており、そのうちの片方の床に接している部分が何かを開閉したかのように引きずられた後がある。
「けど、開き方がわからない。さすがに力ずくはまずそう・・・」
その時、扉のロックが解除された音が室内に響く。急いでソファーの裏に隠れるも、足音はこちらへ。丁度先ほど調べていた棚が私のすぐ後ろにあり、それが侵入者のお目当てのものらしい。
瞬時に異能を発動させ集中状態に入る。侵入者は当たり前だが副所長で、かなり焦っているようだ。デスクの裏に隠れて様子をうかがう。副所長はポケットからリモコンを取り出し、棚に向かって何やらボタンを押す。すると重いはずの棚がひとりでに開き奥にガラスケースの棚が出てきた。隠し部屋ではないけどいい隠し方だ。所長しか開けれないという点も防犯性能としてはすごくいい。
「わかっていたがさすがに確認せずにはいられないな。侵入者とは、準備する間もなく襲ってくるとは予想外だった。あの方に顔向けできん。・・・私だ、即座に侵入者を補足し捕縛せよ、最悪殺してしまっても構わない。」
スマホを取り出し誰かに連絡を取る副所長。警備の者に対してだろうが、もうばれたか。さっさと退散した方がよさそうだ。副所長はリモコンのボタンを再び押して棚を締めようとする。扉が閉じ切る前に副所長が背を向けたので今日何度目かもわからぬ集中状態に入り、中の物を持てるだけ持ち去る。機密と書かれた紅いファイル数冊に設計図らしきもの3本を手に取る。そしてその足で副所長のセキュリティカードを奪い、副所長を椅子に縛り付けついでに窓の方向に向ける。
集中状態から脱し、なにやら急造のさるぐつわのしたで喚いている副所長を放置し扉を開ける。そとでは警報が鳴り響いていた。若干の疲労を感じるなか集中状態に入り外で待機していた護衛を交わして階段を駆け下りる。一回にたどり着いた時点で異能を解除し、逃げる所員に混じって建物外に出ることにした。
「おい、そこの女!待て!手に持っているものはなんだ!」
やはり大量の荷物を持っていることがあだとなり、警備の男に呼び止められる。しかたない、非常事態で正面玄関は解放されている。異能の発動がきつくなってきているが一気に脱出しよう。
そう考えたとき、不意に角から武装した外人の集団が現れた。よく見ればその武装は先生が装備していたような、背中から伸びたチューブが各種装甲に伸びている特殊スーツだった。なるほど、量産体勢はすでに済んでいたか。
「動くな!貴様を拘束する!」
「それはできない相談だよね。」
短い会話が終了した瞬間に男たちが一斉に動き出した。私の後ろからは警備員が発砲しようと銃を向ける。異能を発動し男たちを二人一組に向かい合わせにし衝突するように仕向ける。なんの異能を発動させようとしていたかわからないが私をベースにした能力はなさそうだ、だが安心はしてられない。私はある程度どんな異能でも問題ないが仲間たちは違う。これは早めに生産工場を潰した方がよさそうだ。
全力疾走で建物から脱出する。なるべくばれたくはなかったが重要そうな書類は回収できたし良しとしよう。
すぐさま橋から遠ざかろうとする車のトランクに入り異能を解除する。
「ぐっ、さすがに使いすぎたか。まだ本調子とは言えなかったし、戦闘を避けれただけましか。少し、車が停止するまで休もう。」
こうして、私の無謀な一人作戦が終了した。『学園』へ入るまえは良くこういったことしてたっけ。過去を振り返りながら無事に脱出できたことに安堵する。
それからしばらくして車が停止、すぐに外に出て空き家へと帰った。
皆が帰ってくるまでまだ時間があったので、倒れるようにして床に寝そべり睡眠をとることにした。
余談だが、一人で行動し、危険な目にあったことで私はこってりとみんなに絞られた。情報量としてはなかなかのものになったんだから許してくれてもいいのに、とは口が裂けても言えなかった。茜ちゃんこわ!!!!
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