(2-2)カチコミ決めるぞオラ! その1

「・・・そうか、報告御苦労。下がれ。」


部下からの報告を聞き終わったところで一息つく。最近頭を悩ませるとある問題について考えながら、壁側にあるカウンターにて自らコーヒーを淹れる。ひと時の間、芳醇な香りを楽しみすぐさま問題に思考を巡らせる。


「くそ、奴らめ!」


誰もいなくなった、自宅の部屋よりもよほど大きい事務所の一室。そこでヤクザの幹部である俺は怒りに任せお気に入りのカップを叩き割った。くそ、また買いに行かせなくては。しかし、いよいよもって俺達に領土が荒らされてきた。軍服どもめ、いったい全体時代をいつだと思ってんだ。コスプレ集団のくせに練度はもはやそんじょそこらの軍隊に等負けはしない、おまけに異能力者を増員しやがった!ただでさえ最近表に出てくることがなくなった奴らを一体どこから引っ張ってきたんだ。


「ふう、落ち着け。まだ俺達にはあいつだっている。やろうと思えばあいつらのアジトにカチコミかけてあいつにビルごと倒してもらえばそれで済む話だ。ああ、そうとも、俺達は天下の・・・」


声に出すことで自身を静めたことで、やけに静かだということに気づく。いつもなら階下の部下どもが馬鹿みたいに大きな声で馬鹿なことを口走っているのが聞こえるはずだが、今はしんと静まっている。俺がイラついているときは必ずおとなしくするのでさして不思議な事でもないのだが、どこか胸騒ぎを感じる。


即座に相棒を机から取り出し構える。もともとは警官だったため構えはヤクザらしくないのだが、反面俺の射撃制度はそれなりに高い。平和な日本で裏社会に向け引き金を引くうちに警官でいるより裏の人間になった方が楽しそうだと思いこちら側へ来たわけだが、よもや幹部となり金庫を預かる身となるとは思わなかった。だからこそこの場所は絶対に死守しなければならない。幸い組としてもここはそれなりに重要なため部下は他の幹部と比べる必要もないほど多い。


階段を下っている間、静けさからくる不安は増すばかりであった。だが己はもうすでに立派なヤクザ。このようなことでいちいちびびってはいられない。一抹の不安を抱えながらも問題の処理のためにすぐさま行動せねばならない。


階段を下り終え、一階の部屋に入るための扉に体を押し付け、続いて耳を当てる。数秒してから、やはり何の物音も聞こえないため耳を離す。やはり今の状況は異常だ。静かにしているだけならともかく、札束を数える音や、物を動かす音が聞こえてこない。意を決して扉を薄く開けすぐさま伏せる。


「・・・銃撃は、ひとまず無しか。」


敵対組織の急襲かとも思ったが、それなら二階に上がってこないのはおかしいし、なにより扉が急に空いたのだ、牽制の射撃くらいあってもおかしくなかったがどうやら当てが外れたらしい。となるといよいよ何が起こっているかわからなくなったが、とにかく慎重に扉を開け、室内に侵入する。


「暗いな。」


扉を薄く開いた時既にわかっていたことだが、改めて室内に入ってみると、光のない暗闇の深さを再認識させられる。一歩踏み出すことすら戸惑われるが、それでも警戒心を強く、辺りの様子をうかがいながら前進する。


「・・・おっと、ん?」


何かがつま先に当たる。徐々に暗さに順応していく目を細めて足元を見る。


「ッッッ!」


転がっていたものが部下の体だということに気づき、瞬時に周囲を最大限の警戒をもって見回す。よくよく見てみれば机の上や椅子、床の至る所に屈強な男たちが転がっている。これを成した者がまだ室内にいると思うと、さすがの俺も足が竦む。二階にいる俺に気取られることなくこの場を制圧し、一人たりとも逃さず全員を沈めたのだ、余程の手練れか、もしくは異能力者の可能性が高い。倒れている部下の手に一丁の銃が握られているのを確認し、慎重にしゃがみそれを手に取る。


パチリと音がしたその瞬間、天井の明かりが明滅を繰り返し一つ一つ順に灯っていく。そして、倒れている部下たちの中に混じって見覚えのない制服のようなものを纏った身体があることに気づく。


「やあ、おじさん。悪いけど危険物だけ回収させてもらうね。」


耳元で声がしたと同時、瞬時に数メートルは離れている机にのっていた一つの体がむくりと立ち上がりこちらへ向けて駆けだす。その凄まじい加速に俺は手に持った銃を向け発砲しようとしたところで、先ほどかけられた声の意味をようやく理解した。


「な、いつの間に!」


『ドスッ!!!!』


強い衝撃とともに意識が遠のく。そのままいつの間にか後ろに用意されていた椅子へと崩れ落ち、顔上げようとして、これまたいつの間にか自身が椅子に縛り付けられていたことに気づいた。


腹への重い一撃と自身の身に起きた不可解な事象のおかげでもう思考があやふやだ。そこへ、再び女のものと思われる声が投げかけられる。


「おじさん。申し訳ないけどここのお金、全部貰っていくね?だから安心して、まあできないか、とりあえず寝てて。」


重たい瞼をこじ開け、顔を上げてみれば一様に同じ制服を着た少女たちが数名俺の前に立っていた。そしてそのうちの一人が拳を振り上げた瞬間、先ほど俺に一撃見舞った奴だと頭のどこか冷静な部分がそう判断した。顔面にもろに入った右フックによって俺の意識は完全に飛ぶ。最後に見えた光景はやはり女性用の学生服をきた者達と、その顔に付けられた不気味に笑う白い仮面だった。


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「気絶した?ちょっと耳にフーってやってみてよ。」


「あんたがやりなさいよ、おっさんに耳フーなんてお金もらってもやりたくないわよ。」


「んー、それくらいならって思ってしまう自分がなんだか残念だよ。」


ともかく、これで資金は確保できた。ヤクザさんよすまんね、大事に使わせていただきます。

私達が今いるのは先程見たヤクザ達のアジトである。こっそり後をつけ、場所を特定し次第、即座に突入、私の能力で全員の口を塞ぎ茜ちゃんと花々さんと鴻上さんが順に気絶させていった。極力物音を立てないようにした結果鮮やかにこの場を制圧してみせた皆にはさすがの私もドン引き。いやだって専門の教育を受け暗殺者として大成しているならともかく、一応私達女子高生だからね?JKだからね??


ともかく、私達の以上性は置いといて、一階を制圧し終えた私達は二階から下りてくる物音に耳を澄まし、無造作に室内へと侵入してきた数名を一度目と同じ方法で制圧していく。これ以上誰も降りてこないことを確認し、そそくさと男達を机の上や床にまだらに配置していく。そしてそれらに紛れるようにして茜ちゃんたちが気絶しているふりをし終えたところで、最後の一人、ここのボス的なやつが慎重に階下を探るように降りてきた。


私は扉のすぐよこの机の影に隠れその物音に耳を澄ませていた。程なくして室内に入ってきた男が部屋の中ほど、完全に電気を消したため転がっている男に気づかないままつまずくその瞬間まで待機し、男がこちらの思惑通り罠に嵌ったところで電気のスイッチをつけた。


そこからは驚く男の両手に握られた拳銃を即座に奪い取り、茜ちゃんがその爆発的な俊足を生かし接近、腹に一発入れ男を椅子に沈めそれを私が即座に縛り上げ、謎の集団のリーダーを意識しつつ目的だけを告げ、最後に茜ちゃんの右フックで完全にノックアウトして終わり。


私がこの男の立場だったら確実に頭が混乱してふて寝したくなる。きっとこいつは上司にあたるヤクザ達にこっぴどく絞られるだろう。最悪殺されちゃうだろうけど、まあ、自分の選んだ道だ、がんばれ。


いや、それにしても簡単すぎた。そりゃ異能力者がいないんだから奇襲が成功する確率は格段に上がるのは分かっていた。だけどやっぱり改めて自分たちの力がどれだけ非凡なものか分かってしまう。私達を制圧するには完璧に事前の準備をしっかりとしひとところに押し込め銃口を常に向け続けなければならない。野放しにされた異能力者はそれだけで十分脅威となる、だからこそ『学園』のような施設が容認されるのだろう。


「それじゃ、ちゃっちゃと回収しちゃおうか。」


皆に指示を出し、お金を集めて次の行動に移る。というか、もう真夜中だしそろそろ寝たいんだが。


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「いやー今日も疲れたねぇ。」


「あんた、私に銃弾全部任せてただ走ってただけでしょう。」


「そりゃ、僕の能力じゃ銃弾は防げないから仕方ないじゃん?」


「ふん、やろうと思えばできないこともないじゃない、ただ怠けてるだけよ。」


「はいはい、わかりましたよ女王様ー。」


とあるビル。世界を股にかける武器商人が所有する、表向きは民間警備事業を請け負う会社、日本における本社であるこのビルの一室でソファーにくつろぐ二人の若者がいた。


向き合う形で設置されたソファーで片方はグラスを傾け、片方はポリポリとスナック菓子を口に放り込んで食べていた。


纏う雰囲気は、見た目に反して重厚なもの。人ひとりを殺しただけでは、この何とも言えない冷たいオーラは纏えない。見るものが見れば、即時降伏を選んでしまうほどにこの二人は強い。


そして不意にワインを飲んでいた、髪の長い女性が全面ガラス張りとなったその向こうに目を凝らし、顔をしかめる。


「また銃声。私達が小さかった頃の日本から随分と様変わりしたわね。」


「そうだねぇ、でも僕は今の方が楽しいよ。だって今なら僕がやりたかったことが好きな時にできるんだもの。それに給料もかなり高いしね?」


「あなたは別にここでなくても好きなことを好きなようにしていたでしょう。体のいい隠れ蓑だからと侮っているといつか痛い目を見るわよ。」


「そんなこと言ってー、ほんとはメリッサも故郷に帰って復讐したくてうずうずしてるくせに。僕と一緒でその殺意は隠せないのさ、にじみ出てるよ、特に今みたいな銃声を聞いている時は、ね?」


瞬間、室内に鼓膜が破裂しそうな高音が響き渡る。唯一、それが起こるという予想に基づき配備された特別製の窓ガラスだけがその形を保っていた。そう、それ以外の硝子という硝子が砕け、無残に儚い一生を終えていた。


そしてその音の猛威の中、平然と粉々になったスナック菓子をさらさらと袋から口内へと流し込み、御馳走様と言って去っていった。不自然に揺れる肌を元の姿かたちへと変えながら。


今日という日を持って、日本という国がわずかに揺れる。

やがてそれは大きな揺り戻しとなりすべてを崩すことになる。

それを桜達が知るのは、まだ先のことであった。

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