(2-1)始動、世紀末ガールズ・・・?
深い深い森の中。木々が密集し形成されたこの場所は、来るものを拒む一種の雰囲気を醸し出していた。
どれだけ目を凝らしてみても森の向こうに街が見えるはずもなく、ただただ漠然とした静けさがそこにはあった。
「桜ちゃーん、私達、迷子じゃないよね?」
「たぶん、違うと思いたい。太陽の位置は分かるんだし、迷ってはいないと思う。」
「あんたね。道案内が不安がってどうすんのよ。」
都会のど真ん中の広大な土地。深い森に覆われたここは太古から続くとある高貴な血脈の保有する場所。一般人は立ち入り禁止とされ、とある理由から密かに入ろうとするものすらいない陸の孤島状態のこの場所を進むのは、私、御堂桜をはじめとする、施設脱走者たちだ。
歩いて横断しようとするだけで四日はかかると言われているこの森のほぼ中心地に建設された『学園』から人の住む領域まで、軽く二日はかかる。加えて深い樹海の中では方向感覚を失う場合もあるため、私達は本当に脱出できるのかと不安になってきていた。
さすがに、昨日多めの休憩をとり体力を癒したとはいえ、丸一日あるいたのだ、そろそろ街が見えてきてもいいのではないだろうか。しかし、私の視界には一向に緑と茶と黒のコントラストしか映らない。まあ、これ以上なにを言っても森を抜けられるわけではないので、やはり進むしかないか。
「まったく、私と茜ちゃんはもともとサバイバル経験があるからあまり疲れてないし、布羊さんも鴻上さんも体力が続いたのは驚きだったよ。でもまさか、花々さんがね・・・。」
私達の進む速度は、正直言って遅い。本来であればもっと先へ進み、もう一晩野営して明日の昼頃には森の外にでる予定だった。ではなぜ遅いかといえば、花々さんの状態に問題があったのだ。
「すみ、ま、せん。」
「いや、別に問題っていうほど問題ではないんだけどね。正直前情報が無かったから驚いてるのよ。」
もう何度とも知れない謝罪の声。その声の主に視線をやれば、なぜか自身の体を両腕で抱きかかえ若干震えている花々さんが、そこにはいた。
「ちょっと戦!もうそろそろ慣れなさいよ!それにまだ昼間なんだから怖くないでしょ!」
「そんなこと、ないです。なんだか、暗くて、不気味です。」
そう、花々さんは怖がりだったのだ。本人曰く、暗いのが怖いんじゃなく、薄暗くて不気味なのが怖いらしい。朝起きてから妙に皆と物理的な距離を詰めて歩く花々さん。何事かと問えばそう返ってきたときはもう予想外すぎて一瞬思考が停止してしまった。
とにかく、花々さんのペースに合わせて歩いているため、私達の歩みはかなり遅い。それにそろそろ疲労が溜まることで皆の体力も削れてくるだろう。
仕方ない、本当はもう少し進みたいところだが、そろそろ昼も過ぎるころ合いだし、一旦休憩して気持ちを切り替えていこう。最悪、花々さんは引きずっていくことにしようかな。
「ここらへんで休憩しようか。わかっているとは思うけどあまり物音は立てないようにね。」
「ひゃっふー。私そろそろ眠すぎて倒れるところだった。お休み。」
私が休憩の合図を出すと、早速布羊さんが眠りについた。恐るべきスピードで寝入った布羊さんは放置して皆思い思いの態勢を取って休憩していく。
「うん、わかったから。だからね、離れてくれる花々さん。」
「布羊さんは、くっついても、起きない、でしょうか?」
うん、大丈夫だからという思いを乗せて花々さんの背中を押す。持ち前の身のこなしでささっと眠る布羊さんに抱き着く花々さんは、もうなんというかすっごく頼りない。
つい口から洩れそうになるため息を抑えて、私は茜ちゃんに視線だけで合図し、食料調達に出かけることにした。保存食は少しあるが、鴻上さんと私が、異能の反動でかなりお腹を空かせており、かなりの量を二人で食べてしまった。なのでこうして食料調達に出るわけだが、ろくな調理器具がない今、食べられる木の実を探すなどしか手段はなく、それほど苦行というわけでもないので体力に余裕のある私たち二人が空き時間にこうして集めることにしたわけだ。
「うん、都会のど真ん中とは思えないよね。こんなに木々が生い茂って木の実の種類も豊富だし。」
「まあ、その理由が分かっているだけに、私はかなり不安だけどね。」
「確かに、態々森の境界を超えて入ってきたわけじゃないから見つかってないだけで、そろそろ警戒すべき時間だもんね。」
「そう、あっちは戦ちゃんがいるし、私達の方にも不安要素はないとはいえ、こうして二手に別れたくはなかったよね。」
現在、私達のいる場所は現代社会とは思えないほど自然の生い茂った森であり、それはつまりその自然に手出しをさせなかった存在がいるということである。
この森は皇族所有の土地、通称『
日本の東西にある、皇族の威を示すためだけに管理保全された莫大な土地。多くの固有種が繁栄し、植物だけではない多くの生き物が自然の中で暮らしている。もちろん、それらを狙って密猟者がこぞって侵入している・・・わけではないのだ。
その理由が現在私を焦らせている要因なのだから笑えない。
不法侵入者を狩る技術を研鑽し続けた、皇族と同じだけ長い歴史を持った狩猟一族。そいつらがこの森を守っているおかげで、この広大な自然は今もなお形を保っているのだ。そして、そいつらから見て私達は明かに不法侵入者。当然、脱走の情報はその一族まで届くだろう。私達は現在、完全に狩られる側となったわけだ。
「たしか月守家だっけ?」
「そ、月守家百五十代目当主影頼を筆頭に森での戦闘に長けた連中ばっかりだって聞くよ。最近は外来種の繁栄を悉く阻んできた技術が注目されてきたけど、対人戦が本来の強み。だからなるべく戦闘は避けたいよね。最悪、何人か死人がでても、おかしくはないんだから。」
「そうだね、ならちゃちゃっと集めてみんなの所に戻ろうか。」
一抹の不安が残るも、心配してどうこうなる話ではない。一秒でも長く私達の発見が遅れることを祈りながら木の実採集に戻ることにした。
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「それじゃ、黙って歩くのもなんだから、今後の方針についてちょっとだけ話そうか。」
休憩を終えぐずる布羊さんを叩き起こして再出発した私達は、気晴らしを兼ねた作戦会議をすることにした。
「そうね、大事なのは拠点とお金かしら?」
「確かに、そもそも私達一種のニート状態なわけで、お金なんて稼ぎようがないところが辛いね。」
現代社会で生きる私達にとって最大の問題ともいえる収入。金が無ければ食料の調達さえ難しい今の世の中だ。もちろん、食料だけでなく雨風をしのげる場所を確保するのにもお金が必要になるだろう。ここを何とかしない限り私達の目的は達成されない。
「いっそのこと、空き巣という手段をとるしかないわね。」
「鴻上さん、頼むからもう少し平和な解決方法を提案してほしいな。」
「そんなこと言ったって桜。私達は、住所不定無職、おまけに全員が実家に頼ることもできない状態なのよ?」
「ぐすん、青葉ちゃん、さすがにそれは茜の心が痛んで仕方ないよ。」
「気持ち悪い泣きまねしないでよね。まったく、ああああもう、腹減って物騒な考えしか出てこないわ。大体、いつになったらこの森から出られ・・・」
「皆静かに。」
イライラを募らせていた鴻上さん言葉を遮り周囲の警戒を促す。
これは、おかしい。静かすぎる。
先程まで虫の声や、小動物の立てる小さな音がしていたはずなのに、今は一切の音が止み、代わりに得体のしれない気配が充満している。
それぞれが戦闘態勢に入り、布羊さんと鴻上さんを中心に、その他の三人がそれを囲むようにして陣形を整えた。
一拍して、風切り音が私達のもとに殺到した。
「フッ!」
即座に集中状態に入り、前方から降り注いだ矢をすべて叩き落す。とたんに全身に軽い痛みが走り、集中状態が解除される。
「くっ、まだ異能が本調子じゃない。てか、現代社会でまさかの弓矢かよ!」
愚痴をこぼしつつ仲間の安否を確かめる。茜ちゃんは持ち前の身体能力を生かし私と同様矢をすべて叩き落していた。花々さんは自身と仲間に当たる軌道の矢だけをすべて切り落としたようで幾らかの矢が地面に突き刺さっていた。
「私が前方を切り開くから!皆は全力で走って!茜ちゃんと花々さんは迫撃を対処して!」
ついに危惧していた月守家が襲来してきた。なりふり構っている場合じゃない、多少の痛みは堪えて今は全力で逃げる!
集中状態へ再度至る。体を襲う倦怠感とチクチク攻めるような痛みを堪え、私は疾駆した。
前方約30メートル、木や茂みに紛れて至る所にギリースーツのような恰好をした者たちがいた。みな一様に顔を黒く塗り、ゴーグルをつけたさまはまさしく現代の狩人といったところか。
今まさに第二の矢を番え弦を引き絞った状態。異能が保たれているうちにできる限り全員を処理していく。あらかた掃除し終わったところで集中状態を解除し、見よう見まねで拾った弓を引き絞って遠くに陣取っていた月守家の者に牽制の矢を放つ。
「あんた弓なんて打てないんだからさっさと走りなさい!私達に当たったらどうすんの!」
「それに関してはほんとその通りです!」
あらぬ方向へ飛んで行った矢を見て鴻上さんに注意される。素直に謝る私だったが、一応私の姿を見た奴さんが矢を放つのを止めて即座にその場を離れたおかげで牽制の役割は達成したようだ。
絶え間なく降り注ぐ迫撃のすべてを迎撃しつつ、私達一行は前方めがけて全速力で走っていく。
「左、敵影!」
「私が対処するから、皆は急いで!」
「任せたよ茜ちゃん!」
「くっ、桜、私はまだ大きなものには変身できないわ!」
「解ってる!私もそんなに異能を維持してられない!」
くそ、戦闘員が削れた状態でこれは結構きつい、まじで対応早すぎやしませんかね!!!
そうこうするうちに単騎で突撃する茜ちゃんが敵集団に接近する。
「ふん!!」
女らしくない掛け声とともに強く踏み込む茜ちゃん。ただでさえ早かったその走りが、さらなる加速を得て風を巻き起こす。熟練の狩人たちもこの加速は予想外だったのか対応が遅れてしまう。
「ていやぁ!」
技術のへったくれもない横なぎの蹴りを放つ茜ちゃん。何とか両腕をクロスさせ蹴り足と体の間に滑り込ませた狩人はしかし、直撃したことによりその威力のすべてを一身に受け吹き飛ばされた。ボーリングのように仲間を巻き込んで地面を転がる狩人たち。それらに見向きもせず、反撃の為ナイフを取り出した残りの狩人数名に向かっていく茜ちゃん。
今度は右こぶしを引き殴りかかろうとするも、空から降ってきた影が拳を受け止めきった。
自身の膂力に自信があったのだろう茜ちゃんは、攻撃を防いだ自分とさして変わらないその人影に驚愕の表情を晒しつつ、後方に飛び距離を開けた。
「おいおい、女にしては物すげー強い力じゃねーか。俺の嫁にならないか!」
「え!ちょ、それは、え、えっとまだ早いというか。」
「茜ちゃん、さっさとこっち来なさい!そいつ異能力者だよ!当代の当主はかなり若いって言われてた!たぶんそいつが・・・」
「そう!!!俺様が影頼様だ!」
「嘘、自分で名乗った!しかも名乗る前に求婚してきたよ!私どうすればいいの!」
「良いから逃げなさい!」
咄嗟に集中状態に入り茜ちゃんを私達のところまで引っ張り即座に逃走を促す。こんなことで無駄に力を使わせないでくれるかな茜ちゃん!無事逃げ切ったらお仕置きだからね!
「はは、やっぱり異能力者との戦闘はワクワクするな!あの怪力といい一瞬で移動したことといい、最高の獲物じゃないか!」
「当主、目的が・・・」
「解ってる、それだけに惜しいな、全力で楽しめん。」
低身長で、それでいて覇気のある男と狩人の一人が何やら言葉を交わしていたものの、逃げている私達まではその音が届かず、予想しているよりも攻撃が弱い理由もわからぬまま、それでも命の危機には変わらないので必死に走る。走って躱して潜んで、それから一息ついたのは夜も更け月が輝く時間帯だった。
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「はぁはぁ、さすがに、これはきついわね。」
「たし、かに。でもようやく、街が見えたね。」
「なんだか、聞いていたよりもあっさりとここまでたどり着いたし、夜目が利かない私達を襲えるチャンスだってのにもう追手も来ないし、釈然としないわね。」
「鴻上さんの言うことも一理あるけど、あともう少しだし、もうひと踏ん張りしよう。」
全員の顔を見回し、それぞれが息を整え終わるのを待ってから、巨大な倒木の根の下の空間から這い出す。ようやく念願の街が見えたってのに、感動もへったくれもなく、体力は限界に近いせいでむしろ悲壮感が漂っていた。見えている街がどんな様子かも確認しないまま、私達は少し高い台地のようなところから街へと下っていく。
「私、もう、走りすぎて、死にそう、ウプッ!」
「ちょっと眠璃吐かないでよね!」
「眠璃ちゃんほら私が負ぶってあげるから、おいで。」
「うう、茜、なんでそんなに体力あるの。眠璃は茜が怖いよ。」
体力の限界を迎えた布羊さんを茜ちゃんが背負い、最後の気力を振り絞ってぐんぐんと坂道を下っていく私達。どんどんと近づいてくる街の景色に勇気づけられ、重い足を必死に動かすこと数分。
「ついたぁぁぁぁ。」
真夜中の街に鴻上さんの心からの叫びが響く。私は追手が来ていないか確認し、なんの物音もしないことを確認して大きな道路を挟んで森とは逆側にある住宅の擁壁へと体を預け座り込む。
「ふー、ようやく、ね。」
「そうだね桜ちゃん。でもなんだか人の気配がしないね?」
「そりゃ、真夜中だもの、茜ちゃんだっていっつもだったら寝てる時間でしょ。」
「うんん、そうじゃなくて。この家だってずっと放置されてるみたいに雑草とかぼうぼうだし、コンビニの電気も消えてる。さすがに街の中心の方は電気がついてるみたいだけど、なんだかおかしくない?」
「・・・確かに。これは確かめる必要がありそうだね。」
そう言って私達はしばらく誰も通らないことをいいことに歩道の上で休憩し、再度気力を振り絞って街の探索に出ることにした。
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なるほど、確かに街の中心に近づくにつれて人の気配が感じられるようになってきた。
問題は、道行く人々がみな一様に柄が悪そうということと、コンビニや二十四時間やっているはずのスーパーなどがすべて閉まっていることだ。どうもおかしい、私達が知っている街の雰囲気ではない。
「あの、なんだか、悪そうな男の人全員が、私達のこと、見てる気がする。」
「花々さんもそう感じた?なんだか、不快な視線だよね。」
そう、柄が悪いだけならいいものの、なぜかどいつもこいつも私達に視線を向け、時折下品な笑みを浮かべているのだ。
「たく、一発ぶん殴ってきなさいよ、茜が!」
「え、自分でやってよ青葉ちゃんー。」
「私はまだ異能使えな・・・」
『パン!パン!!』
「皆そっちの路地へ。今のは銃声、しかもかなり近い。」
前方に大通りが見えてきたところで不意に轟いた銃声。咄嗟に裏路地へ身を隠すと、私達のいた通りに見るからにヤクザな格好の人達がなだれ込んできた。数人は拳銃を所持ししきりに後方へ向け発砲している。一つの集団が通り過ぎたと思ったら、続いて新たな集団が私達の前を通り過ぎていく。こちらはみな同じ軍服を着ていたが、それらに混じって予想外の者が混じっていた。
『キン!キン!』
「無駄無駄!全部撃ち落とすであります!」
虚空へ向けて、トンファーのようなものを拳に握り腕を振るう若い男。見るからに周囲とは年齢差があるその若者は発砲音がなる度にその腕を振るい、おそらく銃弾を弾いている。それも無差別に発砲される銃弾のすべてを飛んでは弾き、反転して今度はスライディングして弾き、的確に仲間に当たるものだけを弾いていた。
その集団すらも通り過ぎ、遠くへと音が去っていくのを確認した私達は、混乱する頭を整理するため、路地裏の民家の影に隠れて丸くなって相談を始めた。
「いやいや、あれ明らかに身体強化系の異能力者だよね?おかしくない?私達が施設を出てもう二人目だよ?いくら異能力者全てが施設に収容されたわけじゃないからって流石にエンカウント率多くない?」
「うん、もう私わかんない。おなか減った。」
「桜ちゃん落ち着いて。私もお腹減ったよ。」
「うん、茜も落ち着け?てか、どうすんのよこれ。おちおち出歩けもしないじゃない。道理で人通りが少ないと思った。ヤクザがこんなに蔓延ってるんだもん、そりゃ夜中に出歩けないわけだよ!」
「そう、ですね。とりあえず、これだけ治安が悪いなら、空き家の一つ、あるかも、しれません。それに、食料も、もしかしたら・・・」
『グウウウウウゥゥ』
「皆、眠璃じゃないです、さすがにシリアスな雰囲気くらい眠璃だってわかります。」
「・・・眠璃ちゃんの方から聞こえたってことは、その後ろの・・・。」
「す、すみません、私も、お腹、減ったので。」
「ぷっ!」
突然の花々さんの腹の音に、一瞬で空気が弛緩した。
そうだよね、とりあえず寝床と食料。それが優先だよね。あとのことは後で考えればいいか。
「ああ、提案なんだけど。・・・・・」
こうして、私達の長い夜は、もう少し延長されることとなった。
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