(1-11)エピローグ1
樹海、そう表現されるのがピッタリだと思うほどに、木々が生い茂っている。
それこそ、太古の存在とされているドラゴンが、その巨体を完全に隠し、尚且つ衛星に捉えられないほどに、森は深い。
「そろそろかな。」
まだ日が昇り始めて間もないこの時間。起きているのは私だけ。
他のみんなは思いのほか昨日の出来事で疲労しているようで、それぞれが思い思いの場所でぐっすりと寝ている。
もっとも、昨日の途中から私の意識は無く、永遠と続く悪夢と戦っていただけなのでそれぞれがどういったことをしたのかまではわからないんだけど。
全くと言っていいほど休まらない睡眠のせいで早く起きてしまった私はひと際大きい木の根元に腰を下ろして辺りを警戒している。今はまだ異能を発動できないが少し不安だが、今いるメンツは私がそろえることができる最高のメンツなので寝起きでもすぐに行動できるだろうから心配はないけど。それにしても、全員を口説き落とすのに二年もかかってしまったが、皆から受ける恩恵はかなりでかいだろう。
平沢茜ちゃん。細胞増殖による治癒という異能の持ち主で、完ぺきではないものの他者の治療もできるというハイスペック。あの施設に入る前の環境が特殊だった関係で、体を壊すほどの馬鹿力を発揮するという自虐的な戦い方をするのが特徴。一度その戦いを見たがハッキリ言って気持ち悪かった。だってどっぱんどっぱん腕とか足とか破裂するし平気で相手の攻撃受けるせいでどんどん血まみれになるし内臓はみ出るしで恐怖でしかなかった。もう見たくない、うん。
鴻上青葉ちゃん。何にでも変身でき、血以外のすべてを本物と区別できないレベルでコピーする極めて優秀な異能といえる。正に変幻自在で、今変身しているドラゴンが最大の大きさという点からわかるように、そうとう異能を伸ばしたのだろう。影の努力は人一倍だ。戦うだけじゃなく潜入任務などにも適性がある彼女を誘えたのが私の最大の功績だと思う。
花々戦ちゃん。鬼神のごとき戦闘狂。なのに学内トップの学業成績を誇るという化け物。異能は四肢を刀に変形させることが出来るというシンプルなものだが、シンプルというのは案外強い。どこでもいつでも刀を取り出すことができ、必殺の一撃を放つことができるこの力が彼女に備わったのはまさに神からの祝福のようなものだろう。会話が少し苦手なのが心配だが、私は彼女を、説得したあの夜から完全に信頼している。私達の最高の牙である彼女はこれからも頼りにすることが増えるだろう。
布羊眠璃ちゃん。いつでもどこでも眠っている彼女を一目見てから私は彼女の勧誘を決意していた。だって、寝顔可愛いんだもん。まあそれは冗談で、実際にはしっかりと異能や性格を調べて判断した。彼女の異能は物体に語りかけることでその状態を変化させるというものだ。細かい形状変換は無理だが硬いものを柔らかく、熱いものを冷たく、速く動くものを遅く、とにかく応用の幅が広い。まず間違いなく私は異能だけでは彼女に勝てない。服に動くなと言われれば、私はまったく動けなくなるのだから。ともかく彼女の力は脅威的であるのだが、反面本人はデコピンで倒せそうなほど弱い。握力は驚異の10キロ。運動神経なにそれ状態なのである。私達の陣形はきっと彼女が中心になるだろう。
この四人が当初のメンバーだったが、今、ここに含まれない者が二人いる。
「そろそろ、寝たふりはやめたら天峰さん。」
「・・・ばれてるなら、もう少し早くいってほしかったわね。」
「ここじゃなんだから、もう少し離れた場所で話そうか?」
「ええ、そうしてもらえるとありがたいわね。」
ということなので、寝たふりをしていた天峰さんを連れて10メートルほど離れたところに移動する。
正直私は彼女がなぜいるのか、もっと言うならなんでぼろっぼろの秋原君がいるのかさえ分からない。
まあ、茜ちゃんが拾ってきちゃったんだろう。あの子は道端の小動物拾う率100%っぽいし。
「予測でしかないけど、茜ちゃんに私達に加わらないかって言われたのかな?」
「いえ、それは違うわ。秋原君が私のことを頼んだの。あなた達と一緒に彼女を連れ出してくれないかって。」
ごめん茜ちゃん。真っ先にあなたのせいにしたことを謝るよ。すまんすまん。
「へー、それは意外だったね。それで、あなたはどうしたいの?」
「それは、あなたは私の加入を許すというとこかしら?」
「んー、というよりも天峰さんの返答次第ってところかな?」
私の返答を聞いて、少しばかり考えこむ天峰さん。じっとその顔を見ていると、やがて決心した様子の天峰さんがその口を開いた。
「私は、秋原君と一緒に行くわ。あなた達と一緒の方が安全なのはなんとなくわかるけど、それでも私はあの人と一緒にいたい。それに、私が居なくなったらあの人は壊れてしまうでしょうしね。」
「じゃあ、秋原君も一緒に来てもいいって言ったら?」
「ふふ、そんな気なんてさらさらない癖に。あの屋上で、あなたは私達が串刺しになっているのを見ても表情を変えなかった、初めから仲間にするつもりなんてないのはもうわかっていたのよ。」
「あら、見られてたのね。その通り、私達はそれぞれ目標を持って集まったの。あなた達には明確な目的がなかった。今はどうか知らないけど、それじゃあ、いつかきっとあなた達とは別れることになる。それなら今お別れした方が手っ取り早いじゃない?」
「なかなか非情ね。でもあなたの考えは理解できるわ。リーダーってのは大変よね。」
「・・・困ったな。非情になり切れなくて、ごめんね。」
「良いわ気にしないで。秋原くんが起きたらすぐにあなた達とは離れるわね。」
「それなら、静岡の光庵寺ってところに行くといいよ。そこは能力者のよりどころみたいなところで、そこでなら平安に暮らせるだろうから。」
「・・・なんでそんなところを知っているのかが疑問だけど、とりあえずありがとう。あなた達もどうか無事でいてね。」
「善処するよ。それじゃ、皆の所に戻ろうか。」
会話は終わり、無言で踵を返すと、しっかりとした足取りで私の後ろをついてくる天峰さん。その表情は先ほどまでとは違いしっかりとした意志を持っている。
互いに心の内すべては明かしていないけど、きっとどこかではきちんと理解しあっただろう。私達の道がいつか交差した時は、笑顔で手を取り合えることを祈ってるよ。
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「行っちゃったね。」
「仕方ないよ、私達の目的は平穏からは程遠いんだから。」
「そうだよ、ね。よし、それじゃ出発しようか!」
「ようやく人の姿に戻れたんだから、もう少し休ませてくれる?」
「大丈夫、平沢さんなら、何とか、なる。」
「あなた、会話が苦手な割に結構ぶっこんで来るわよね。」
秋原君が目覚め、天峰さんに肩を借りて私たちの元から去っていった。
秋原君は抜け殻のように天峰さんの指示に無言で従っていたが、天峰さんが傍についていればいつか立ち直れるだろう。そのあとどういった道に進むのかはわからないけど、出来れば平穏を取り戻してほしいな。
始めてメンバー全員が人の目を気にすることなく話せる状況になったことで、和気あいあいとした雰囲気になり始めた。多少空気が重い気もするが、徐々にそれも薄れていくだろう。皆、それぞれ別れというものを経験してきた者たちだ。きちんと乗り越えてくれるだろうというのはしっかりとわかっている。
「それじゃ、まずは私達が失ったこの三年の情報収集、それと並行して学院の前進である異能研究機関なるものの調査ってところがやることだけど、あてはあるの?」
不意に鴻上さんが問いかけてくる。
全員が、若干一名は寝ているが、ともかくほぼ全員が私を見て返答に耳を澄ませている。
まったく、何でもかんでも私に押し付けるんじゃないよって言いたいけど、この集団の首謀者は私なのだから仕方ない。それにしっかりと計画は練ってあるしね。
「学院の日本総本部、そこに潜入して古い情報を探る。学院側も私達が脱走早々に本部に仕掛けてくるなんて想像してない。私達は少数、だからやるならすべて奇襲、先制が基本。これからが本番だよ、なにせ向こうは異能を一般人に付与する方法を開発していて、そこにおそらく本物の異能も混ざってくるだろうからね。だれがいつ死んでもおかしくない。それぞれの
首をぐるっと回して全員の顔を見れば、全員が力ずよく一度頷いてくれる。
さて、それじゃ行きますか。
異能研究学院日本総支部。東京湾に新たに増設された埋め立て地に堂々と建てられた要塞ともいえる、その場所に。
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