(1-10)これでいいのと言われましても その3

花々戦の生涯は、酷くつまらないものだった。


花々家は花々一刀流という代々続く流派の本家であり、それなりのお金持ちであった。

小さい頃から家庭教師に囲まれ勉学を叩き込まれ、勉強以外の時間はすべて剣術の鍛錬に励む生活だった。そのため、学校での友人達との交流も最低限しかなく、両親ともまともに離すことの方が少なかった。


物心つく頃には周囲から神童と言われ、将来を期待されていた。

だが本人は10歳にして悟っていた、己には才能はなく、今ある実力は只々恵まれて得たものであるということを。


しかし、それでもなお剣術や勉学を続けたか。

それは本人が続けたいと思ったに他ならない。


花々戦に、才能はない。だが幸いにも努力して得れるものの一つに剣術が含まれていた。ならば存分に限界まで挑めばいいではないか。他の人が努力しても得ることのできないものを、花々戦は得ることができたのだ。それを手放す通りは無い。


花々戦に、才能はない。花々戦にあるのは、類まれなる精神力だ。


刀を振るい、思考をやめない。たった二つのことを何年もやめないだけの精神力こそが、戦の武器である。


戦は知らなかった。

その精神力こそが、戦の持って生まれた才能だということを。


今、戦は刀を振るう。確固たる意志を持って。


自身が手に入れた、信頼を守るために。


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一閃。


刃が丸くなった黒い刀が振るわれた瞬間。

もはや元が人だったとは思えないほどに内出血で浅黒くなった巨大な怪物の、振り上げられた右腕は大きく弾ける。


切断こそしなかったとはいえ、強烈な衝撃は腕全体に広がり皮膚を裂いて中に溜まっていた血を吐き出させた。


突如として駆け寄ってきた存在。それを蠅のごとく潰そうとした怪物は、一瞬の間に起こった出来事を知覚できなかった。ただ自身を襲った痛みだけが酷く思考を揺さぶり、呻き声を漏らそうとした。


「はっ!」


短く発せられた呼気が怪物の耳に届く。

閃く二つの軌跡。


今度は目の前の存在が棒きれを振ったのがかろうじて見えた。

だがそんなことを気にする余裕もなく、胴体に入った一撃が怪物の肌を衝撃だけで何か所も破いた。


外部の衝撃に、皮肉にも失われかけていた理性がほんの少し戻った。

一回目の攻撃よりも、衝撃が強い。

そう感じた怪物は、戸惑いの色を表情に浮かべる。


「私は、今、二回切った。」


あまり会話が得意ではないのか、とぎれとぎれのその言葉の意味を、怪物は辛うじて理解する。


自身の目にはたった一回振ったようにしか見えなかった。


今全身を駆け抜けている全能感は、酷い痛みを伴うとはいえ身体能力を著しく強化しているはずだ。それにはもちろん動体視力も含まれるわけで、それなのに、なぜ見えなかった?


一層頭の中に疑問が浮かぶも、それがストレスとなり一瞬浮上した理性はまた吹き飛ぶ。


「うぐあああああ!!!!!」


獣の咆哮。獣の思考。

ただ目の前の小さな存在を殺し、むさぼり、血肉とすればこの苦痛から少しは遠ざかれるのではないか。短絡的な思考を持って目の前の少女に襲い掛かる。


「君は、ひどく、みじめだね。」


やはり短い言葉のみを発する少女。

次々と振るわれる腕や足を最低限の動作で躱していく。


「私の刀、あんまり強くないの。あなたが単調で、助かった。」


もはや言葉の意味を理解していなくとも、なんとなく侮辱されたことは理解した怪物は、より一層怒気を強くし少女を叩き潰さんと熾烈な攻撃を続ける怪物。


「よそ見してると、足元、掬われるよ?」


不意に自身を支えていた足が宙に浮く。

倒れ込む最中に首だけで後ろを確認した怪物の目には、長いしっぽを振るう蒼竜の姿があった。


まずい。今の態勢では反撃ができない。本能的に察した怪物は、即座に手を突き立ち上がろうとする。


「少し、眠ってて。」


眼前に飛んできた少女がそう言った。

よく見れば左腕がなく、着ている制服の袖がはためいていた。


来る。


危険だと本能が警鐘を鳴らす。咄嗟に上体を寝そべらせると、頭部があった場所を鋭い一閃が通り過ぎた。


「あれ、当たらなかった。」


あまり驚いていない顔でそう呟くように言う少女はあまりにも無防備だった。好機と捉えた怪物は蚊を叩く要領で両の掌を合わせるように少女を挟もうとした。


「ふっ、せい!」


先程までの会話からは想像できない、気迫の籠った掛け声が上がり、怪物の両腕は強烈な衝撃とともに地に叩きつけられた。


解らない解らない解らない!


自分の力が、圧倒的な力が逆に圧倒されているこの状況に、怪物はひどく動揺する。

何をしても目の前の少女には何も通じない、まさしく無駄。

その考えが、怪物が秋原源だった時に感じた後悔と重なり、体の動きを一瞬停滞させる。


「泣かないで、今終わらせるから。」


上を見上げれば、無表情の中に僅かに同情を滲ませた少女が居合の構えを取っていた。

どこから現れたのか、黒い刀が黒い鞘に収まり、腰当たりに接続されていた。


滑らかに滑る。ゆっくりと流れていく光景の中で、漆黒の刀だけが明確な殺意を持って駆け抜けた。


顔面、その横っ面を強かに打ち付けられた怪物は、長く続いた痛みから解放されスッと意識を手放した。もう目覚めたくない、そんな思いを抱きながら怪物は地に倒れたのだった。


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残身をしっかりととり、私は現出させていた刀を鞘へ納め、左腕の袖をまくり付け根に押し当てる。


ゆっくりと吸収されるように様を眺めながら、自身の技が未だ衰えていないことに安堵する。


「いやー、なかなかすごかったなぁ。さすがいくちゃん!」


たった一人、私のことをいくちゃんと呼ぶ友人、平沢茜が駆け寄ってきてさっそく褒め始める。


「こう、ずばっとやって、そのあとずばずばってやって、さいごにしゃきって!もうかっこよくて涙が溢れそうだよ!」


「茜さん、ちょっと落ち着いて、何言ってるかわかんない、から。」


「んもー、いくちゃんたら恥ずかしがり屋なんだ、か、ら!」


「ふざけてないで、さっさといくわよド貧乳。」


「いくちゃん、ちょっとドラゴン退治しない?」


「・・・うん。ちょっと傷ついた・・・。」


「ちょ、花々さんのことは言ってないから!さすがにあなた相手はきついわよ!」


いつもいつも御堂さんと仲良く戯れている鴻上さんが茜さんの胸を見て皮肉った。ちょっとだけ私もそのことを気にしていたので、少しだけおふざけに乗ってみる。


「あーもう、変なところで意気投合しないでくれる?ほらさっさと行くわよ。もうそろそろ外の騒ぎも収まりそうだし、さっさとしないと兵士がどんどん増えちゃうわ。」


未だ続く銃声や爆発音。始まった時に比べるとその音の回数は少なくなっている。きっと敵勢力が撤退を始めたのだろう。


私は転がった秋原君の体を持ち上げ、茜ちゃんに視線で合図する。

茜ちゃんはわかってるよと言いたげに片手を小さく体の横で振り、地面に横たわる御堂さんと、確か天峰さん?とにかく同じクラスの女の子の元へ走り寄って両脇に抱える。


「おーい、隠れてないで出てきなさーい。あんたが居ないと私が壁を壊せないでしょう!」


「ふわー、危ない危ない、寝ちゃうところだったよぉ。」


秋原くんの被害にあっていない建物の中から、小柄でぶかぶかの制服を着た女の子が目を擦りながらけだるげに出てきた。


「あんたよくこの騒がしい中で寝てられるわね。」


「えっへん。私の異能は睡眠なのかもしれないね!」


「馬鹿言ってんじゃないの。ほら、さっさと乗りなさい。」


そう言って頭を下げ、ここから乗りなさいと背に乗るように促す茜ちゃん。私達は予定通りその背に乗り、背中にある爬虫類特有のとげとげした背びれに捕まる。


茜さんが用意していたロープで眠る三人をとげに括り付け、それを確認した鴻上さんは頭上の小さき少女に合図を送る。


「よし眠璃、いいわよ。」


声を掛けられた私達の最後のメンバー、布羊ふよう 眠璃ねむりさんがその小さい手を前に掲げ、異能の準備を始める。


「んんん・・・・・・・よし、いいよぉ。」


なにやら難しい顔をして唸っていた布羊さんが完了の言葉を発し、茜さんはその巨躯を動かして壁へと歩み始めた。


「壁、通路、壁の三重構造だけどそこらへんは大丈夫なわけ?」


「心配性だな茜ちゃんは。何回も話し合ったでしょ、ダイジョブなのだよ。私の異能はすっごいんだから。」


壁に着くまでに最終確認を行う茜さんと布羊さん。返答に未だ不安のある茜さんは、しかたなくといった表情で引き下がった。


そして壁に着いたところで、布羊さんが壁面に手を着き、異能のキーワードを発する。


「柔くなぁーーーれぇ!」


大きな声かつどこか抜けた声でそう言った直後、茜ちゃんの巨躯がすんなりと通れるほどの範囲の壁が淡く光りだし、わずかに揺れ始める。


「本当に奥まで届いてるんでしょうね?」


「もう!ぶり子ちゃんまでそうやって!もう私知らないんだから!」


そう言っててくてくといった様子でこちらまで歩いてきた布羊さんが私に抱き着きしっかりと両手足で体に纏わりつくと目を閉じて寝はじめた。


「どうして、こんなにはやく寝れるの?」


「いくちゃん、そんなことを気にしちゃだめよ。それよりもその子適当に振り落としても大丈夫だからね。」


「・・・考えて、おきます。」


「それじゃ、捕まってなさい!」


茜さんが一声掛け、直後に大きく後ろに大きく飛びのいた。


そして壁へと駆け出し頭を下げて突進する!


『グッッチョン!!』


一瞬だけ突進の威力に抗った壁は、すぐに柔らかい音を立てて破けるようにその構造を崩壊させた。

そして、やはり柔らかくなった間仕切りの壁や構造体を破壊しつつ、二枚目の壁へと到達する青いドラゴン。


ついに、最後の壁を突き抜けて、私達は外の世界へと到達した。


眼前に広がる生い茂った樹海。大日本帝国、その首都から少し離れた海岸線沿いに建てられたこの施設の周りは深い森。


そこに隠れれつつ逃走すれば、数日は確実に稼げると御堂さんが言っていた。

確かにここまで深い森の中に隠れられたら早々に見つけることはできないだろう。

いつもふざけてばかりの御堂さんだが、考えることはしっかりと考えているので侮れない。


私に唯一黒星をつけた存在、出来ればもう一度手合わせしたいと常々思っていたが、きっと本人は私の誘いに乗ってこないだろう。だけど勝ち逃げは許さない、いつか必ず汚名返上する。


いろいろあったが無事脱走に成功した。

これからは、御堂さん曰く、第二ラウンドだ。



左手がほんの少しうずく。

私の中の刀が、早く振るえと訴えている気がした。

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