(1-9)これでいいのと言われましても その2
「よいしょっと。桜は一旦置いといて、さっさと治療しないとね。」
気を失った桜をそっと横たわらせて、私は止血だけした状態で放置されている二名の治療を再開する。
「天峰さんは翼によって、秋原君は持ち前の頑丈さってところかな。」
たった二人だけ致命傷を避けて死ななかった理由を推測する。
天峰さんは出したままの翼の根元が酷く損傷していることから簡単に推測できた。
秋原君は確か身体の強化だったかな?一見地味だけど鍛えれば万能と呼べる力にもなりうるものだし、素の体の頑丈さも上がる。だからこそこうして息があるのだろうし、結構魅力的な異能と言えるね。
「んん、あれ!みんなは!」
ある程度傷が塞がったところで同時に意識を取り戻した二人。秋原君はすぐに辺りの状況を把握しようと慌てて起き上がる。
「大丈夫、ここは一応安全だから。それより、あなた達ちょっとやらかしすぎなんじゃない?これからどうするつもり?」
「・・・・そうか、しん太の野郎が裏切ったのか。えっと、平沢さん、傷を治してくれてありがとう。これからのことだけど、先に君と桜がどうするつもりか聞いていいかい?そしてここから脱出するのであれば、沙良を連れて行ってほしいんだ。」
「ちょっと!急に何言ってんの!」
「んー、随分勝手だね。私が実は学院の回し者だって考えはないのかな?」
「そうだというならわざわざ治療なんてしないし、するとしても拘束してからだろう。だから安全だと思った。俺には時間が無いんだ、急なお願いで悪いとは思うが、どうか頼まれてくれ!」
「んー、私一人の意見だけで決められないから、とりあえずみんなのところに連れてって決めるしかなさそうだね。秋原君はついてこないの?」
「みんな?と、ともかく、俺は実は心臓に爆弾を埋め込まれているんだ。この作戦が失敗したことが分かればその瞬間にきっと辺りを巻き込んでドカンだ。だからついていけない。兵士がここにたどり着くまでみんなの供養をするよ。」
突然の告白に、天峰さんは凍り付き、言ってはいけないことだったのか、しまったというように顔を歪める秋原君。
「早く離れるんだ、俺の言ったことは盗聴されている!すぐに爆発するぞ!」
「あの、秋原君。焦ってるところ申し訳ないんだけど、あなたの体の中には爆弾なんてなかったよ?」
当然のことに困惑する天峰さんと、それを必死に手で押しのけてようとしていた秋原君が急停止する。
こちらを向き、何を言ったのかよくわからないというようにきょとんとした顔を浮かべた。
「な、へ?だって、は?じゃあ、俺はいままで、なに、はい?」
「落ち着いて、私は他人を治療するとき一応体内の異常を調べるんだけど、秋原君の心臓のあたりには何もなかったよ?」
「そ、そんな!そんなはずない!じゃあ俺は一体いままで何のために!多くの仲間を地獄に引きずりこんだんだぞ!それなのに!それなのに!!!」
私の肩を掴みグワングワンと揺らす秋原君。突然始まったジェットコースターもかくやという揺れに私の胃がひっくり返りそうになる。
傍らでは目まぐるしく変わる状況についてこれず、もう考えることを放棄した天峰さんが周囲の惨状を見回して壊れたような薄い笑みを浮かべる。その目はもう何の感情も写さず虚ろだった。
「とり、あえ、ず、はな、して、くれ、ない、かな。」
いまだ取り乱す秋原君。だんだんと力が強まってきて、私の頭の揺れもどんどん激しくなっていく。
あれ、筋肉が肥大化してきた?肩がめしめしって。痛いんですが?
これ、もしかして、暴走?
その考えにいきついた瞬間、すばやく拳を繰り出し秋原君を弾き飛ばす。
「天峰さん、申し訳ないけどぼーっとするのは後にして。一緒に逃げるか戦うかしてほしいんだけど。」
「皆死んじゃった。みんなみんな死んじゃった。私はなんで死んでないの?」
「あ、これダメなやつ。仕方ない、そいっとな。」
『ズゴン!』
腹を強打し、気絶させる。内臓が数か所破裂するも、すぐさま治療する。荒業だが今は仕方ない。治療を続けつつ、片腕で天峰さんを、逆の腕で桜ちゃんを抱えてすぐさま退避する。
直前までいた場所に肥大化した腕が振り下ろされる。
壮絶な音とともにコンクリートの地面が打ち抜かれて階下の様子が見えるほどの大穴が開く。
怒れる獣のように咆哮を上げる秋原君。全身を肥大化させ血管が浮き出た姿はまさしく怪物。
まれに精神状態が不安定な状況で起きる異能の『暴走』。
海抜0メートル以上全消失事件の原因にもなったそれは、著しい能力の向上と引き換えに理性を無くし本人の意識がなくなるか死ぬかしない限り辺りを破壊し続けるという恐ろしいものだ。
なんてことでしょう。こんな緊急事態だっていうのに、私達のリーダーである桜ちゃんはおねんねしています。これは逃げの一手しかないでしょう。
「がああああああああ!!!!!」
不意にヘリコプターを抱えた秋原君。気合一発ぶん投げたかと思うと、それはまっすぐ壁内部へと戻る階段の入り口に吸い込まれていった。
「うっそーん。退路塞ぐとかあり?」
暴走したとはいえ最低限の本能が残っているのか、はたまた暴れた結果こうなったのか、どちらにせよ通常通りの退避はこれでできなくなったわけだ。
2人を置いて戦うという手段も取れなくはないが、その場合守りながらの戦闘となる。それはあまり芳しくないなぁ、確実に追い詰められる。
それに秋原くんを殺したら、きっと桜ちゃんに怒られるし。
しょうがない。来た道から帰るか。壁登ってきたんだけど、降りるにはちょっと工夫がいるねぇ。
「マタドールの気持ち、味わう日が来るとは思ってなかったよ。さあ、こっちだよ暴れ牛さん!」
「ぬあがぁぁぁあああ!!!」
もはや言語化するほど理性が残されていないようで、怪物すら慄く叫びをあげる秋原くん。
私は壁の内側の方にジリジリと移動し、縁までたどり着く。その時ついに動き出した秋原くんが獣そのものの四足歩行でこちらに突進して来る。
「さあ、おいでおいで!」
ギリギリまで引きつける、きっと秋原くんより小さい私を攻撃するなら叩き潰すことを選ぶはず!
頼むから横殴りはやめてくれよ、そんな祈りが届いたのか。両腕を振り上げる姿がゴリラのそれと瓜二つな秋原くんの、強烈な一撃が頭上から降り注ぐ。
瞬間、私は足が負荷で血しぶきをあげるほどの馬鹿力を出し、地面を蹴る。
バク転の形となった飛び出し、一回転した私の顔のすぐ目の前を巨大な血管の浮き出る拳が通り過ぎた。
「あっぶねぇぇぇ!」
『ズッドン!!』
緊張から出た言葉とコンクリートの地面が破壊されたのがほぼ同時。
狙ったタイミングとはいえ、流石にギリギリすぎた、ちょっとちびったかもしれない。まあ、私は当たっても死ななかったと思うけど、抱えてる2人はそうはいかない。ぐわんぐわんと様々な方向に揺られているというのに、一向に起きる気配の無いところを見ると、相当な疲労がたまっているのだろう。
だが、もうしばらくはこの揺れに付き合ってもらう。
「とっ、せいっ、あらよっと!」
落ちる瓦礫を、再度、足が破裂する勢いで蹴りつけ地上へと落下する。交互に蹴りつけ片足づつ即座に回復させていく。
私の体の回復速度は、飽きれるほどに早い。細胞の復元を増殖という形で補う私の異能は、副次的なものとして火事場の馬鹿力を発揮することもできる。
何度も何度も体を壊しては再生しての繰り返しによって痛みの感覚が麻痺した私はいつのまにか身体を壊す戦い方が身についていた。
反面、他者の細胞を増殖させることは何とかできるものの、歪な形になってしまうこの異能は私の望みと少し違った。が、今ばかりはこの自滅回復戦法に感謝している。
友達を守れるのだから、これ以上望むものなんてないさ。
「ああああ゛あ゛あ゛!!!」
着地間近というところで獲物の行方を捉えた怪物はヒョイっと巨体に見合わない仕草で飛び上がった。
「ま、まじかい!」
この高さを躊躇いもなく飛ぶほどの理性のなさは想定していなかった。というか本能的に危ないとか思わないわけ!?
一際でかい瓦礫を両足で蹴りつけ、なるべく距離を開ける。
「逃亡者だ、撃て!!!」
「ちょ、それは無理!」
下に偶々いた兵士たちがこちらへ向けて銃口をむけ発砲しようとする。
まずい、これは躱せない。私の体を盾にして・・・
「任せなさい!!!」
不意に、巨大が私の視界を遮り銃口との間に躍り出る。
そこには西洋のドラゴンそのものの青い巨大がいた。
大きな翼を広げわたし達を包む様に丸くなるドラゴン。放たれた銃弾は見るからに硬そうな鱗に弾かれ甲高い音をあげる。
「やめろ、やめるんだ!手榴弾を投げろ!!!」
銃が効かないとみるやいなや、手榴弾を構える兵士たち。しかし、青いドラゴンは私達を覆っていた翼を大きく広げ強風を巻き起こした。
巻き上がる大いなる風に吹かれた兵士たちは蜘蛛の子を散らすように吹き飛ばされ周囲の建物や壁にぶち当たる。
「ナイスだよぶり子ちゃん!!!」
「私の、名前は、鴻上青葉だ!!!!」
大きな口を開けたドラゴンは聞きなれた人間の声でそう言った。
この青い壮大なドラゴンは青葉ちゃんが変身した姿。桜ちゃんが集めた逃走メンバーのうちの一人で、今回の逃走の要となる人間である。
「こいつ、もしかして秋原!?めっちゃ暴走しちゃってんじゃん!」
「そうなの。ちょっとまずい発言しちゃって!とりあえず脱出の前にこいつ何とかしないと!あと私達のメンバーが一人増えるかもしれない!」
「まったく!勝手な事ばっかりやって!お馬鹿野郎め!!!」
「ぐわあああああああ!!!!」
苦痛に滲んだ咆哮を上げる秋原君は、周囲の建物をその巨腕や極太の足で無作為に破壊している。
異能の暴走によって体が肥大化した影響があるのだろう。
全身に痛みが駆け巡ったかのように時折悶える秋原君。そろそろ止めてあげないとこのままじゃどうなっちゃうかわからないな。
「私に、任せて。」
私達の横を一筋の黒い影が駆け抜けた。
疾走。
生身の人間が出しているとは思えないスピードで地を駆ける影は我らがエース。校内ランキング一位の
頭脳明晰にして生粋の戦士。
戦う姿を見たものは皆一様にこう言う。
「やっちゃえ!
抜刀。
流れるように抜き放たれた
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