(1-8)これでいいのと言われましても その1
ブレイクスルー、と格好良く言ったはいいが、私の能力の根本は変わらない。
詰まるところ、私の限界は異能の適応範囲の狭さだ。
それを突破したこの状態は、ある意味革新的ではある、だけどやはり根本的に集中状態なのは変わらないわけで、見ている景色や体にこれと言って変化はない。
しかし、革新的なことにも変わりはなく、今まさに私が心太の体に触れてしようとしていることは私の集大成と言っていいだろう。
「この状態だと反動は二倍どころの騒ぎじゃないし早めに仕留めないと。」
後々の苦痛は放っておいて。
まずは、ひょいっとな。
抜き手のまま、しりもち状態の心太の体に
私の『ブレイクスルー』は、異能の適応範囲を二つ設定し、その差によってものを透過することにある。
私の異能は私の時間を引き延ばすしかできない。そして効果の適応範囲内には私しか存在しない。
だから二つ同時に操れないかと思った結果、解除後の激痛にさえ耐えれば出来ることがわかった。もちろん、一年丸々修行に費やしたけど。
つまり、私の時間を限界を超えて引き延ばし、同時に相手の時間を、渾身の力を籠めるイメージで縮めることで、局所的な時間の差を限定的に生み出し、相手の存在を一時的に抹消しているわけ。
細かい原理はさすがに私の頭じゃ説明できない。何回も試行錯誤と練習の上で出来上がった代物なので、そうなんじゃないかって結論付けているにすぎないのだから。
ともかく、この状態に入れば体感の活動限界は伸びるが、伸びているわけじゃないのでただの自殺行為だ。今は限界を迎えつつある状態なわけだし、あまり時間はかけられない。
二の腕の骨だけを私の時間の中に引き入れる。そうすると、するっと体の中から引き抜けるようになる。同じように四肢の太い骨だけを抜き、見えるように足元に並べる。
たったこれだけしか動ける時間はないけれど、心太の動きを止めるのであればこれだけで十分だ。
集中状態を解除する。
「なに、ーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」
言葉にならない叫びをあげて、ふにゃりと曲がる四肢を暴れさせ心太がのたうち回る。
「そ、それ、お、お、おれの!!」
目を見開き、私の足元にある4本の太い骨を凝視する心太。今頃は内出血と神経の断絶が同時に起こり想像を絶する痛みを感じているだろう。
「あなたの能力は私と同じで集中しないと発動しない。それに足の裏か手のひらをしっかりと地面につけていないと地に潜ることはできない。これであなたはただの人以下。チェックメイトだよ。」
「くそがぁぁぁぁ!!ぶっころす!ぜったいにぶっころすからなぁぁぁぁぁ!!!」
「そんな心太に朗報だよ、来て茜ちゃん。」
「はーい、はいっと!」
まだ息のある数名の傷の治療を行っていた茜ちゃんを呼び出す。とことことこっと走ってくるその姿は先ほどの凛々しさを完全に忘れさせる愛らしさがある。
「さて、茜ちゃんは自身の細胞だけでなく触れた対象の細胞も操ることができます。もっとも、元々あった細胞を増やしたりするだけなんだけどね?つまりあなたの骨を治すこともできるわけだ、ちょっと歪になっちゃうかもしれないけどそこは気にしたらダメだよ?」
「はやく!はやく治せこのくそ女!」
「私、なんだか彼の全身の骨折りたくなっちゃったんだけど?」
「まぁまぁ落ち着いて茜ちゃん。でね心太、あんたが私の家族達を殺すように依頼したやつ、そいつらの情報を出来るだけ教えてくれれば、茜ちゃんに頼んで治してあげることもできるの。どう?簡単な話でしょ?」
「ちがう、あれは、お、おれ一人の犯行だ!」
「うんん、それは違う。あんたのそれまでの行動がどうだったかは知らないけど、あの教会はかなり新しくできたもので不自然に私たちの世代が集められてた。それもみんな能力に覚醒した子たちばかり。世間に知れ渡る前だって言うのに、シスターは私たちの事をすんなりと受け入れてくれただけじゃなく能力を隠すように指導したの。そして一応、世界初の事件としてアメリカの事件が起こった数日後にあんたが来た。どう見ても、なんらかの意図があるようにしか思えない。言えないってんならここであんたを殺す、さあ、どうする?話す?」
「・・・・・・あーもう!わかったよ!俺に依頼して来たやつは『聖杯』って名乗ってた!それ以外は知らない!本当だ!莫大な金と俺がやった殺しを抹消してくれるっていうからやっただけなんだ信じてくれ!」
「『聖杯』、そう、そいつらが私の敵、ってことね。ありがとう、もうあなたには用はないから。それじゃあね。」
「は?」
「桜ちゃんひどーい。でも自業自得と思って諦めてね?」
呆然とした顔を浮かべ、自身の置かれた状況が一体どういうものなのかに思考を巡らせて、ようやく答えにたどり着いた瞬間まで、目まぐるしく顔色を変えるさまは、酷く滑稽だった。
「おい!話が違うぞ!くそが!!!はやく治しやがれ!あああちくしょういてぇ!!!!」
「うるさいな、そんなにその痛みから解放してほしいならしてあげるよ。」
秋原君の所属していた組織の人が持っていた銃を拾い、セーフティーを外す。
照準の先には、恐怖におののく心太の顔。
「おい、まてってそれは話が・・・・」
「あんたとまともに交渉するほど、私は出来た人間じゃないのよ。」
『ドパン!』
一つの銃弾が放たれ、綺麗に心太のこめかみへ吸い込まれていく。
辺り一面に真っ赤な脳髄がぶちまけられ、殺人鬼の短い生涯が幕を閉じた。
「茜ちゃん、行こうか。」
「これでいいの?」
「んん、わかんない。今は痛いし疲れてるし、銃声で耳鳴りしてるし、全部終わってから考えるよ。それじゃあとよろしくね。」
すまん、もう後遺症が出まくってまともに立ってられないんだ。アドレナリンが切れちまったぜ。
ゆっくりと落ちていく瞼の隙間から見える、優しく私を抱き止めてくれた茜ちゃんの顔を最後に、私は『眠り』に入った。
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「桜!今日はどこ行く!」
「んんん、そうだ、裏山に行こうか。おいしい山菜でもとってくれば今日はごちそうが食べられるかもしれないよ。」
「賛成!いこういこう!」
元気良く飛び出していく中学生くらいの女の子と、そのあとをゆっくりとした足取りで追いかける流れる黒髪に白い髪の束を混じらせた、先ほどの少女と同年代の女の子、というか当時の私。そしてそれを空中から俯瞰するように見る現在の私。
ああ、懐かしい。この季節は山菜がおいしくて、やることもなくて暇だったからこの子の遊びに付き合ってあげたんだっけ。
教会の扉を抜けて光り輝く外界へまっすぐ走っていく少女の影が、室内に伸びていた。
後ろから見ていた私はなんだかすごく不安な気持ちに囚われて、つい小走りになり、光がさしてほんのりと明るくなった教会から出て行ったんだっけ。
ゆっくりと扉が閉じる。ぱたりと閉じる音がした瞬間に場面が変わり、夜中、ろうそくの光が照らす教会の中となった。
「なん、で?」
至る所に血が飛び散り、首のない体が室内中に飾られていた。一様に手足を杭で貫かれ、どこかで見たような十字架の恰好をさせられてる。
そして祭壇には血走った表情で涙を流した跡のある生首達が無造作に山積みにされ、それをシスターが愛おしく抱くように覆いかぶさっていた。
そして、そのシスターの顔は地面から伸びる土の柱に、同じく土の棘で固定されていて、にっこりと笑っているかのような血の化粧をされて、こちらを見ていた。
唖然として立ち尽くす過去の私。
涙などとうに枯れたはずなのにそれでもやはり私は、全身の血液が冷えて固まったかのように体を震わせてしまっていた。
一筋の涙を流しながら。
暗転。時を遡り私がまだ小学校低学年くらいの頃。
この頃から私はこの教会に引き取られていた。
急に独りぼっちになり、異能を既に発現させていた私は、両親に誰にも見せてはいけないと言われていたので、教会の子供達に話しかけられる度にびくびくしていたっけ。思えばこれまでまともに学校にも通わず、友達と呼べるのは飼っていた猫だけだったことを考えると、私の人生はまともではなかったのかもしれない。
そんなある日、教会に引き取られてから数日が経ち、部屋から一歩も出ない私に対して強引に話しかけてきた子がいた。
「おい、おまえ!いつまでそこにいるつもりだ!はやくでてこないと燃やしちゃうぞ!」
そう言って手のひらに小さな火の玉を出した少年に、私は恐怖よりも私と同じ人がいたんだと興奮の目を向けていた。
突然向けられた視線に戸惑い、あたふたする少年。
「な、なんだよ。ここにはこういうのできるやついっぱいいるんだぞ。そ、そんなにきょうみがあるならいっしょにあそぼうぜ!」
話しながら名案が浮かんだと言うように後半になるにつれて声が明るくなる少年に、小さい私はすぐに懐いてしまった。気が付くと差し出された手を掴み暗くて狭い私だけの部屋から抜け出していたこの時、すでに少年に心惹かれていたのだろう。おもわずこの場面を眺めていた私の心まで晴れやかなものとなっていた。
そして次の瞬間、その少年は血まみれとなって山奥に倒れていた。
そしてその傍らには、少年を抱きかかえて泣き崩れている私と、私の肩にそっと手を置き涙を堪えながら寄り添うシスターがあった。
「ふん、きちんと子供の管理はしておけと、あれ程言っただろう。」
「―――ッ!・・・はいっ、申し訳ございませんでしたっ。」
「わかればいい。撤収だ。」
私達を囲むようにして立っていた黒いスーツに身を包んだ大人たちが、用は済んだとばかりに踵を返して去っていく。
そいつらが持っていたバックに『異能研究第九機関』と書いてあったことを思い出したのは、あの教会の事件の後のことだった。
この時の私はただ、なぜ啓介が殺されたのかわからずに、只々去っていくその後ろ姿たちを目に焼き付けておくことしかできなかった。
またもや場面が変わり、今度は私が生まれた家に居た頃だ。
「こら桜!また本ばっかり読んで!ちょっとは運動しなさい!」
「えええ、だって本の方が楽しいもん!」
「そんなこという子は晩御飯抜きよ!」
「やだ!ママなんて嫌い!」
「ママは大好きだから関係ないわね!!!」
「なに子供と張り合ってんだよ。ほら桜もパパと機械いじりをして汗を流そうじゃないか。」
「えーやだー、パパ汗かいたら臭いし!」
「な!パパはそんなに臭く、ない、よね?ママ。」
「貴方の名誉のために黙っててあげるわ。」
うなだれる父。それを見てやーいやーいと囃し立て、母に頭を小突かれる私。
平凡な日常。この頃の私は2人と過ごす以外に必要なものなんてなかった。
暖かな風景は、強く吹いた風によって瓦礫の山と化した。
雨がしとしとと降る中、瓦礫と化した我が家の中心で、焼死体となった両親を抱く私。
死というものがこれほどまでに残酷なものなのかと初めて知ったこの日、私は雨によって勝手にあらいながされるのをいいことに一晩中泣いていた。
そして不意に後ろから足音が聞こえ、振り返った私に声をかけてきた男。こいつを私は絶対に忘れないだろう。
「君のお母さんとお父さんはまずいことをしてしまったんだ。大変残念に思うよ。これから君は教会で過ごすことになる、私は君を迎えに来たんだ。お父さんとお母さんはちゃんと埋葬してあげるから、ほら、おいで。」
呆然自失となって、手を引かれるままに連れていかれてしまう私。
この悪夢を見るようになってから、私の両親の死がこの男によってもたらされたのだと確信するようになった。
気持ちの整理がつかないまま、教会に連れられて、数日過ごす間に、私は死を受け入れた。幼い子供にしては早すぎるだろうが、この頃の私はもうそうするしか他に道がなかったのだろう。そうしなければきっと心が壊れていた。一種の防衛本能が働いたんだと今は思う。
それにしても今日はフルコースだったな。やはり異能の使い過ぎは良くない。これ以上、私に何を思い出せというのだ。
そんなことを思いながら、私の意識は現実へと浮上していった。
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