第5話(1-4)ゆっくりとした日常は結構貴重 その3


―秋原源の過去について―



俺がこの施設に入る少し前。

日本は混乱の渦の中にあった。


通りを少し歩けば異能対異能の戦闘が行われていた。

そして、治安維持の名目で米軍やその他の海外勢力が一気に日本に流れ込んできて異能力者へ向けて発砲する光景。


日常は、もはや一般市民にとって死と隣り合わせとなってしまった。


そんななか、念願の異能を手にいれた俺は、一番近くで行われていた戦闘に介入し、初勝利を飾った。


2人の顔見知りを殺して返り血を浴びた俺を、両親が涙ながらに抱いてくれた記憶が、結局肉親との最後の記憶となってしまった。


俺は、混乱に乗じて異能力者を集めていたとある組織によって、保護という名の拉致を受けた。両親の目の前で麻酔銃に打たれて。


それからの日々は語るまでもない。


日本中で起こる異能力者の事件に真っ先に駆けつけ制圧。そしてまた一人『仲間』を作り、そいつと一緒に次の戦闘へ。


どうやら俺は信頼されやすい性格の様で、俺が勧誘したやつらはみんな俺の言うことを鵜呑みにした。

心臓に爆弾を抱え、体のいい言葉を並べるしか選択肢の無い俺の言葉を、だ。


必死だった。

とにかく必死に、生きるために嘘を並べた。

次第に言葉数は減り、何かを話すために精一杯努力して普通な顔を浮かべなければなかった。


そうしなければ、つい、すべての嘘を暴露してしまいそうだった。


そして転換期が来た。

世界中で秘密裏に建設が進められていた収容所。

日本中、いや世界中の至る所に作られ、一斉に俺達の世代は収容されていった。


もちろん、抵抗したやつらもいた。

やくざの息子、武装集団の用心棒、とにかく暴力を振るうしか能のないやつらは、精一杯抵抗した。


そんなやつらを制圧し、説得し、協力させるのは非効率だと判断した上の連中は、俺やその他の仲間数人を各地の収容所へ送りそこで頭のいい奴らを選んで仲間に引き入れろと言い出した。


名目は、異能力者が自由に生きる世界の創造。そのための組織であり、自由を得る戦いのために君が必要だ。


結局俺はまた場所を変えて、体のいい言葉を並べて、汚く生きていくだけだった。


だけど、次第に俺は他の目標を持つこととなる。


沙良の存在が、俺に新しい人生を生み出させた。


沙良は本当に自由になりたがっていた。

政府や組織にいいように扱われるのではなく、異能力者が中心となって生きていける土地を作ること。


沙良とならどんどん夢を広げられた。

定期的に来る連絡員には、いつも仲間に話していることを話していた。仲間にとっては計画は本当のものとして話せるし、連絡員には嘘を信じ込ませていると思わせられる。これは楽な仕事だった。


もちろん、俺の心臓に爆弾が埋め込まれてることは伏せたままだ。なんせ、盗聴されてるんだもんな、正直に話せばその瞬間ボカンだ。


計画は順調だ。現在俺の仲間は47人。

三割ずつ戦闘部隊、後方支援部隊、諜報部隊に割り振り、残りの一割が上官という振り分けをし、各々外の世界で生きていくための方法を確立しつつある。


外で起きる大規模戦闘に合わせて、俺達もクーデターを起こし、俺達を迎えに来た組織の連中を俺の自爆によって潰す。あとのことは手紙に託すつもりだ。俺がいなくなっても沙良が何とかしてくれる。


今俺は、御堂桜という規格外の化け物にみんなに教えている本当の作戦を説明している。

きっと、こいつならこの計画のお粗末さに気づいて、みんなを嫌そうな顔をしながら導いてくれるかもしれない。こいつはなんだかんだ言って仲間思いなところがある、きっと信用できるはずだ。


期待を、焦りを、緊張を、そして恐怖を顔に出さずに、俺は説明をし終えた。


後は、明後日のクーデターを待つだけだ。


ああ、俺の命もあとわずか、か。

沙良の顔を見るたびに、俺の心臓に触れる爆弾の冷たさを思い出して、必死に気持ちを静める日々もようやく終わる。


・・・くっそたれ、こんな世界に生まれてきたこと自体、間違いだったかもしれんな。


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【御堂桜視点】



計画、とも呼べないお粗末なお遊びの全容を聞かされ、ほぼほぼ予想していた通りの内容に私はつい笑い出しそうになってしまった。


47人。


よくもそれだけの同志を集めたものだ。

しかし、脱走計画に必要な、敵の戦力が一切組み込まれていない。


警備、防衛の人数。監視カメラ等の把握、防衛設備の対策。


その他諸々が、計画から抜けていた。

これでは、偵察目的で何人かを犠牲にするしかなく、それをわからせないように体のいい言葉を並べ立てて気をそらしている。


おそらく、表情からして数人はそのことに気がついている。しかし、それを込みで秋原くんに従っているようだ。ここでも信頼の厚さを見せつけるなんて秋原くんはよっぽど私を馬鹿にしたいらしい。


そんなことは置いておいて、気がついた数人は、47人のうち下っ端の方を切り捨てるつもりなのだろう。


私がその立場なら間違いなくそうしている。

自身の性格を押し殺してまでリーダーの役を演じている天峰さんなんて、ほんの少し顔を歪めてしまっている。心根の優しい人間はこういうことには向かないよなぁ。


とにかく、この話を聞いた以上、私はメンバーに織り込み済みなのだろう。


秋原君は意外と策士だ。

私が情報を知りたいとみるや否や、全てを開示し、それを主要メンバーに見せつけることで私にもう逃げられないぞと釘を刺した。


なかなかうまいやり方だ。

この施設内で派手な事をしでかせば、確実に『小学校』行き。そうなれば私といえども身動きすらできず拘束され永遠に独房の中だろう。


それに、私はここの生活を気に入り始めている。少ないが友達と呼べる人たちもできたし、ここでならある程度の自由は許されている。


そういう事を踏まえた上でこれを行なっているのなら、本当に大したものだと思う。


まぁ、本音を漏らしたことはないのでありえない話ではあるのだが。


「わかったよ、私の役割は護衛ね?」


「話が早くて助かる。桜はいつも退屈そうだったからきっとこの話に乗ってくれると思っていたんだ。一緒に自由を掴もう!」


「ええ、とっても楽しそうね。」


握手をし、室内にいるメンバーに改めて挨拶回りをする。


その中の一人、高橋心太への挨拶をすると小声で話しかけてきた。


「お前、源を騙したら許さないからな。」


「あなたに楯突くなんて、アホみたいなことは今はしないから安心しなさい。」


「それならいい、俺たちの計画は失敗できない。お前はきちんと47人全員を守ればいいんだ、できるだろう?」


「ええ、もちろん。」


「よし!それじゃあ、これからよろしくな!桜!」


仲間になれたことに感激している風を装い、手を振って周りへのアピールを終わらせる。


まったくもって疲れる話だ。

クーデターが終わるまで茜ちゃんと青葉ちゃんと一緒に遊んでるつもりだったのに、これじゃあちょっと細工が必要になるじゃん。


一通り挨拶を終える頃には解散の時間となった。

また明日この時間に集合でと言って秋原君と天峰さんが出て行く。それに続いて、入ってきた扉とは真逆の扉から皆が出て行く。


私はというと、秋原君達について行こうとして心太に襟首を引っ張られ、おそらく寮のどこかに通じているだろう通路に進まざるをえなかった。


「心太、ほんと便利な異能よね、環境操作。自分の体と同じ体積しか操作できないとはいえ、いざとなれば地中に潜ることもできるんだからほんとずるいと思うんだけど。」


「多分、俺じゃなくてもお前だけには言われたくないってやつがいっぱいいると思うぜ?」


「え、私わりと弱点あるよ?茜ちゃんあたりは簡単に教えてくれると思うし、聞いてみたら?」


「まじかよ!そんなところに解決策が。」


「へへへ、やっぱりあたしは問題扱いだったんでげすね?」


「・・・口が滑った、忘れてくれ。」


「はは、わかったよ。」


話してるうちに出口に着いた。

こちらは上に上がるのではなく、扉を開けた先が水道などの設備室だった。


完璧に計算された設計に思わず脱帽する。

何回も何回も水平にアジトとここをつなぐ調整をして、そこからまた綺麗に女子トイレと、おそらく男子トイレに繋げたんだろう。まだ部屋がありそうだったし、心太の努力は賞賛に値する。


「早くしろ。そろそろ監視カメラがオンになる時間だ。」


「それじゃ、私は部屋に戻るね。また明日。」


「ああ、くれぐれも、約束は守ってくれよ?」


「任せなさい。」


そう言ってから手を振り、私は部屋に戻る為階段を登った、と見せかけて集中状態に入り、スーツ二人組の様子を確認しに行く。


「うん、ちゃんといるちゃんといる。」


「あのな、こういうことはもう少し隠してやれよ、桜。」


「あ、先生、なんて偶然。」


「おまえ、わざとやっただろうに。まぁ、それはいいとして、こいつらは?」


「んー、生徒を攫おうとしてる組織の人間ってところかな。」


全容は言えないけど、話せるところまで話してしまう。


先生は少し考えて、未だに気絶している二人組に近寄り、二人同時に担ぎ上げた。


「こいつら二人は普通に解放する。俺は面倒ごとに巻き込まれたくはないからな。」


「私は、話を聞こうと思ったけど大体は聞いたから。いいですよ別に。」


「もともと聞いてねーよっと。それじゃ、早く寮に戻れ、罰則受けたくはないだろ?」


「そりゃあ、まあ?でも私やろうと思えば捕まらないし?」


「そういうところ、上から嫌われる理由だぞ?」


「上ねぇ、私はここにいるって言ってるのに、いつまで警戒してるんでしょうね。」


「そりゃ、本人が優柔不断、というか何を考えてるかわからないからだろうな。」


「そりゃ、そうですよね。それじゃ帰ります。あ、あと先生、外から音が聞こえたら、真っ先に向かった方がいいですよ。巻き込まれたくないなら、ね。」


「・・・聞かなかったことにしてやる。一週間くらい大人しくしてろ。」


ひらひらと手を振ってまた集中状態に入り部屋に戻る。


あと2日、とりあえず茜ちゃんと気楽に過ごしてればいっか。


新学期そうそうゆったりできなかった私は、明日の貴重な放課後をどう過ごすか考え始め、そういえば明日のこの時間もって言ってたことを思い出し、落胆するのであった。


空に響く鳥の声はどこか寂しげで、来たる災いに向ける歌のように、静かに私の耳に届いた。

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