第4話(1-3)ゆっくりとした日常は結構貴重 その2

秋原くんが拳を振り上げて私を殴ろうとする。


振り上げられた拳に当たるわけにはいかないので、集中状態を会話できるギリギリのラインでキープし発動する。


これで大体非力な学生の繰り出すパンチ並みの速度になった。これくらいなら余裕で躱せる。

ひょいっと避けて、そのまま横をすり抜け、会話を試みる。


「それで、どうして、こんなこと、している、の?」


一言一言をゆっくりと発音していき、言葉の間もしっかりと開ける。

そうしないと、今の状態なら早口すぎて何を言っているかわからないだろうからね。


「お、れ、は、や、と、わ、れ、て、い、る、ん、だ。」


秋原君の言葉は、私が意識してゆっくりと話すぎこちなさと違い、ほんとうに一文字一文字がなめらかにスローに流れていく。


「だれに、って聞いても、答え、られない、よね。」


「す、ま、な、い。」


本当にすまなそうな顔を浮かべて話す秋原君。これ以上聞いても何も得られなさそうだし、会話は一旦諦めた方がよさそうかな。


それに今の状態だと、これから飛んでくる弾丸に対応できなさそうだしね。

躱せないこともないんだけど、明らかにスーツ二人組の射線は秋原君を巻き込んでいる。


私、興味は無くても、さすがにクラスメイトを殺されるのは嫌なんだよね。


ということで、一気に集中状態を引き上げる。


時が止まったかのように動きがほぼ止まったと言っていい周囲の光景。

厳密には時を止めているわけではないので、ほんの少しずつ動いてはいる。


異能が異能たる所以は、完全ではないところだと私は思う。


時を進めたり、止めたり、巻き戻したり。

そういうのは異能では無く、超能力と呼ぶべき代物であり、私のこれはただ私の時間を引き延ばしているだけに過ぎない。


きっと学者からすれば、引き延ばしたという理屈は間違っているのだろう。

しかし、そんな学者たちはこの状態を経験してはいない。


従って私の感覚を表している表現が一番しっくりくるのだから、文句は言わせない。

ま、文句を言うやつなんてそうそういないだろうけど。だって異能を持たない人間からすれば、持っている奴らはみな等しく超能力を持つ人間に見えるだろうし。それは時を引きの伸ばしているんじゃない!っていうより、ずるくね?っていう方が早いだろうからね。


ま、脱線はここまでにして。


とりあえず、引き金にかけてある指をほどき、この二人には退場願おう。

大丈夫、後でゆっくりとお話するから。


ちゃっちゃと動かして、縛り上げて、口をふさいで。

空き教室の窓から室内に放り投げてはい、終了。簡単なお仕事だね。


続いて外に放置してきた秋原君と対峙する。

距離を取ってから集中状態を解除する。秋原君からすれば突如として移動したと感じるだろう。


「な、おい二人をどこへやった!」


「それは今は関係ないことでしょ。大事なのは秋原君が、日本人以外の外の人と連絡を取っていたのはなぜっていうことじゃない?」


「それは、話せない。」


「そう、じゃあ、場所を変えましょうか。そこでなら、心配もないよ?」


「・・・ここでいい。今は監視の目がない。金で係を買収してこの時間だけ監視を切ってるから。それに移動してもしなくても、桜は俺から話を聞くまで俺を開放するつもりはないんだろう?」


「そう、話す気になってくれてうれしいよ。」


「その代わり、桜も俺達のになってくれ。」


「・・・やっぱり、そう来るか。」


「ふっ、やっぱりって、気づいてたのか。こっちこそその言葉を言いたいところだ。」


そう言って秋原君は手を振り上げ校舎の三階からこっそりとこちらの様子を伺っていた人物に合図を送る。


その人物は合図を受けて、窓から身を乗り出し、翼を広げて地上にふわりと降り立った。


「御堂桜。とんだ大物が、私達に何の用があるのかしら。」


「沙良、こいつは信用できる。俺達の仲間になることを条件に、俺達の作戦を話そう。」


「・・・そう、あなたがそう言うなら、話をする価値があるかしらね。」


そういって長い髪を手でさっと靡かせついてきなさいと言うように目線を送って颯爽と歩いていく一人の女。


去年問題を起こしたクラスの一人、確か名前は、天峰あまみね 沙良さら

その彼女の後を追うようにして歩き出す秋原君の背に、そっと一言こぼす。


「凛々しく歩いている子がちょっとこけると、かわいらしいと思わない?」


「え?」


私の言葉に思わず振り返る秋原君。

そしてはっとして天峰さんの方を振り返る。視界に入ったのは、何もなかったはずの足元に突如として現れた、こけるのにはちょうどいいサイズの石を天峰さんが踏む瞬間だった。


「ひぁっ!」


可愛らしい声を上げてよろける天峰さん。さっきまでの威厳が嘘のようにこちらを振り返り真っ赤な顔をして睨んでいる。


「大丈夫?足捻ってない?案外可愛らしい声してるね。」


「・・・秋原君。この子、本当に信用できるのかしら。」


怒りを押し殺してそう問いを投げる天峰さんに対する返答は。


「俺も、少し不安になってきたよ・・・。」


「二人して酷い!私何もしてないのに。」


「「じゃあその手にある飲み物はなんだよ!」」


完璧にハモった突っ込みで、シリアスな雰囲気がぶち壊される。

いやー、耐えられなかったんだよね、この空気。すまんすまん。


気を取り直して先を促すも、がっちりと両腕を掴まれて連行状態にされる。そりゃ警戒するわな、仕方ない仕方ない。


あ、あの教室先生がいつも使ってる教室だった。ま、置き手紙したし感づいてくれることを期待しよう。


____________________________________________________________


場所は変わって、私達が住む寮、その裏手にあるトイレに連れていかれる。


え、秘密のアジトがまさかのトイレ?

そんな不安を他所に、男女別々のトイレへと向かう2人。


私はもちろん、天峰さんにがっちりとホールドされて女子トイレへと入っていく。

頭の中でトイレトイレと言っていると、本当にトイレしたくなってきた。え?どっちって?それは秘密。女の子には秘密の二つや三つや百くらいあるものでしょう?


天峰さんは、そのうちに抱える秘密を私に話していいものかと未だに思案している。

だがしかし、結局のところ、天峰さんが秋原君に寄せる信頼の方が不安を上回った。


私の腕を離し、逃げないでねと忠告してくる。大丈夫、私は話を聞きたいんだから今更逃げ出すわけないじゃん。


そう思いつつも、反応が気になるので個室に隠れてみる。異能の無駄遣い?そんなのもう気にならなくなったわ。


「ちょ!本当に逃げた!」


驚きのあまり事実をありのまま口に出してしまった天峰さん。その声はやはり少し可愛らしく、素の性格はきっとあんなキリっとした感じじゃなくて、あどけない少女のようなんだろうな。


放置して騒がれたら嫌なので、すぐに個室から出て行く。


「・・・あなたとは少ししか関わっていないけれど、クラスメイトはさぞ疲れているでしょうね。さっさとこっちに来なさい。監視の目がない時間も、もうそろそろ終わるわ。」


そう言われたらもう、ふざけられないな。仕方なくといった表情をわざと浮かべ、それを見た天峰さんが深いため息をつく。失礼な、私の顔はそんなに悪い部類じゃないぞ。


頭を振り、切り替えよう、と小声で言う天峰さん。すまない、そんなに疲れた顔をしないでくれ。

天峰さんは誰も入ってこないことを確認して、三個ある個室の一番奥に向かい、手招きする。


密室とは言い難いその空間を覗いてみても、やはりあるのは便器一つ。

何がしたいんだというように天峰さんの顔を覗くと、見てなさいとでも言いたげにどや顔を浮かべていた。


「ようこそ、私達のアジトへ。」


そう告げて、便器の横のタイルを勢いよく

複数のタイルは一枚の板に固定されているようで、その下から現れたのは人一人が横になって初めて通れるような縦穴だった。


「いや、場所と狭さとしょぼさで限りなくださいからどや顔はやめておいた方がいいよ。みんなには秘密にするから。」


「なんで驚かないのよ!みんな最初は驚くのに!」


「へぇ、みんな?」


「そ、そうよ。私たちは学生団体『秘密の園』。この塀の中からの脱出を志す勇気ある者の集いなのよ。」


「そっか、はやく入ってよ、ここトイレだから臭いんだけど。」


「こんな状況じゃなきゃ、絶対一発ぶん殴っているわね!」


「天峰さん、なかなかいい突っ込みになれそうじゃん。」


「な!・・・・もういいわ。心が折れそう。」


疲れ切って灰になりそうな表情で縦穴に入っていく天峰さん。

私は精一杯の精神力を導入し、今縦穴に水を入れてキャッて言わせようとする自分の心を押しとどめた。ないす私。


しっかりと縦穴の奥へ天峰さんが降りて行ったのを確認して何の気負いもなく私はそのあとに続いたのだった。


____________________________________________________________


狭かったのは縦穴の最初の方だけだった。あとはしっかりと梯子を下りていけるくらいには空間があって、縦穴自体も10メートルくらい降りたところで終了した。


下で待っていた天峰さんはあらかじめ用意されていたのだろう懐中電灯を手にもって待っていた。


「ちゃんと降りてきたようね・・・」


話の途中に私は集中状態に入り、先に伸びていく通路を確認することにした。


ふむふむ、やはり普段使いするアジトだけあって罠の類は無いか。まぁ、この空間を作ったのが誰かは想像できるし、そいつが壁から生えたような鉄の梯子を作ったんだろうなとは思っていたので一応警戒していたが、味方に危険が及ぶようなことはしないか。


突き当りの扉まで来たところで、来た道を引き返し、予め強く踏みしめて付けていた足跡通りに立つ。そうすれば、私が移動したことが解る痕跡は何一つ残らない。


集中状態に戻りあたかも話を聞いていたかのような顔を作る。


「・・・あなたなら降りてこないフリでもすると思っていたわ。」


「心外な。私でもふざける場面とそうでない場面くらい区別できるし?」


「出来ていないからそう言ってるんだけど、ああ、もうとにかく行くわよ。」


そう言ってすたすたと歩いて行ってしまう天峰さん。その後をついて行く私。

無言のまま10数メートル歩き、先ほど見た扉の前まで移動する。


天峰さんはその扉を三回、一拍空けて二回、もう一拍空けて四回ノックすると中から鍵が開き扉が開かれる。


「へぇ、電気通ってるんだ。」


「遅かったな。今様子を見に行こうとしてたところだ。」


「ええ、色々あって。主に御堂さんのせいなんだけど。」


「そうだよな。桜は俺達のクラスでもいろんな人に悪戯してるし、そんなことだとは思ったよ。」


「なんか、私って変人扱いされてる?」


ちょっとあれな扱いを受けて、少しばかり心が傷ついた。だってみんな隙だらけでつい悪戯したくなっちゃうんだもん。仕方ないじゃないか。


室内を見渡せば、見知った顔がちらほら。総数にして15人が、全員私に視線を向けて警戒の色を露にしている。


そんな中、室内の方を向いて私を指しながら秋原君が話始める。


「みんな聞いてくれ。これから俺達の目的を桜に話そうと思う。言いたいことはあると思うが、桜はきっと俺達の仲間になってくれるはずだ。・・・よし、わかってくれたようだな。」


室内から反論が出なかったことに安堵して私に向き直る秋原君。

結構みんなからの信頼が厚いみたいで、なんだかほっとしちゃう。だって普段無口な秋原君が浮いていないかちょっとだけ心配だったんだもん。それに信頼されていないんだとしたら不安に駆られて一斉攻撃を受ける可能性もあったしね?


私の思考はさておき、しっかりと目を合わせて秋原君が話を始める。






「それじゃあ、桜。これから俺達の話を聞いてもらおうと思う。俺達の最終目標であるここからの脱出、近々実行に移す予定のクーデターについてを。」





・・・・・・当分は、ゆっくりできなそうなことに巻き込まれてしまったなぁ。

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