第3話(1-2)ゆっくりとした日常は結構貴重 その1
「おはよー桜ちゃん。今日も圧倒的寝不足だね。」
「んん、おはよ茜ちゃん。昨日は夜遅くまで先生が離してくれなくてさ。もうハッスルして大変だったよ。それもこれも私は一瞬のことで何も見えませんでしたって言い逃れした誰かさんのせいだと思うんだよね。」
「はは、それは災難だったね。先生も少しは手加減してくれてもいいのにね、相手は生徒なんだからあんまり夜遅くまでつき合わせると授業にも支障が出るっていうのにね。」
「なになにぃ、先生とどんなことしたのぉ?」
「あ、おはよう、ぶり子ちゃん。」
「あんた、それ以上その名前で読んだら先生の姿で犯すわよ。」
「それはきっついなぁ。せめて優しい言葉で攻めてほしいな。」
「まかせてぇ、そういうことは大得意だ・か・ら。」
「朝から誤解を招く発言ばかり連発しないでくれー、それと先生はずっとここにいるぞー。」
教室の最前列で、授業が始まるまで寝ていようと思っていたところに、茜ちゃんとぶり子ちゃん―――
しかもよりにもよって、夜遅くまで私と一対一で激しい攻防(尋問)を繰り広げた先生が眠そうな顔をしながら会話に割り込んできてしまった。
「桜、おまえすっごく嫌そうな目で俺を見るが、お前が数時間にも渡ってはぐらかしたせいであんなに時間がかかったんだぞ。」
「そんな、嫌がる生徒に無理やり太い棒を向けて、さあ会話をしてくれないかって強制的に何時間もあんなことやこんなことをさせたのに。そんな人が文句を言うなんて、本当にこの人は教師ですか。」
「え、桜ちゃん本当にあんなことやこんなことを!?」
「茜ちゃんて突然ボケるから本当に天然なのかボケなのかわかんないから黙って。」
「あんたら二人ってなんで仲いいかわからないわよねぇ。」
私たちの会話に付き合うのがめんどくさくなったのか、先生は教材を広げて授業の準備に入る。
からかう相手がそっぽを向いてしまったので私達三人はそれぞれの席に着き、昨日出された課題を提出するために机の上に出し始める。
あ、課題そういえばやってないじゃん。
「桜、さっさと出せ、もちろんやってきてるよな?」
「茜ちゃん、貸して。」
「ジュース、3本。」
「くっ、そんな大金、畜生!それで手を打とう。」
「よし、じゃあ次の休み時間に買いにいこ。はいこれ。」
「サンクス。」
よし、それじゃ、集中!
頭の中でいつもイメージしているスイッチをオンにすし、その隣にイメージしたフェーダーを半分くらいまで引き上げる。
途端にゆっくりとその速度を下げた周囲の景色。
瞬きさえ、筋肉の動きを繊細に描写できそうなほどその速度を落として閉じていく。
私はその中でなるべく早く問題を書き写す!
周囲のゆったりとしたせせらぎとは相対的に、激流ともいうべき速度で文字を一字一句書き写していく。もちろんところどころに私オリジナルの回答を混ぜてこのプリントが書き写しでないと偽装することも忘れない。
ようやくすべてが書き終わった時には、すでに先生の瞬きが終わりその目が見開かれるまであと少しといったところだった。急いでプリントをカバンにしまう。
集中状態を解除して、さもやってきたかのようにプリントをカバンから出し直し、先程受け取った茜ちゃんのプリントを本人に返却する。
完全犯罪。授業が始まる前に課題をやり忘れたことに気づいた全国の生徒たちがうらやむこの能力さえあれば、この程度朝飯前なのだよ。
どや顔で先生に課題を渡して優雅に着席する。
「あー、桜。確かに先生はお前のその行動を視界に納めることはできない、が、渡されたプリントには平沢茜と書いてあるなぁ。おまえがカバンから出したプリントにどうして平沢の名前が書いてあるんだ?これはれっきとした不正だよな?よって、明日の課題は二倍な。二人とも。」
「ちょ、先生!私は彼女に逆らえないんです!なのにプリントを渡しただけで、それなのに!」
「やーいやーい。巻き込まれてやんの!」
「二人とも俺の目の前で取引していた事実はもう頭の中にないのな。」
疲れた顔を浮かべ、頭を振って切り替える先生。
ようやく授業が始まったがすでに教室は緩み切った雰囲気を漂わせている。
全員が思い思いのことをやって、先生は聞きたいやつだけ聞いとけの構え。
そんななかで私は教室の外を眺め、ゆっくりと瞼を閉じ・・・
『ゴツン!』
「痛い!再び教科書インザヘッズ!」
「お前、ほんとは痛くないだろ。ていうか教卓の前の席で黄昏るな。」
私だけに与えられる理不尽な強制授業によって無事、貴重な睡眠時間は削られることとなった。
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「なあ桜、みんなでボーリング作ったからさ、その一緒にやらないか。」
クラスの中で一番無口で(照れて話せないだけ)、一番仏頂面(会話するだけで緊張が顔に現れ強張るだけ)の男の子―――
クラス中が騒然とする昼休み。
いつもは異能が飛び交い、じゃれ合い(ほぼ殺し合いにしか見えない)が溢れかえるこの教室も、今だけは静寂に包まれ私の回答を待つ。
もちろん、私がこの教室で一番驚いているだろう。
なんせ、いつも会話といえば、茜ちゃんかぶり子ちゃんとしかしない私だ。驚きすぎて集中状態になって現実逃避を図るくらい驚いている。
もちろん秋原君とはプリントの受け渡しなどの必要最低限の会話しかしてこなかったわけで、高校生活で一度は悩まされるかもしれない異性へのアプローチミッション、【デートへの誘い】が今繰り広げられる可能性など微塵もなかったのだから。
これはどう返答するべきか。
無論、答えはNOに収束するわけだが、そこまでの過程でもっとも無難かつ秋原くんを傷つけないようにしなければならない。
答えその1。
「ごめんねー、今日はこれから異能の訓練の予定だから〜。」
これは正直ない。私はそもそも異能を割と制御してる方だし、なにより訓練より優先度が下という事実を叩きつけるのは正直良心が痛む。
答えその2。
「放課後は茜ちゃんと勉強だから今日はごめんね!」
これは割とあり。懸念材料としては秋原くんが日にちを指定していないということだ。じゃあ空いている日を、となった場合詰んでしまう。ここでの生活は退屈すぎるし、それに加えて私は友人関係も狭い為誰よりも暇だ。
答えその3。
「私、まだそういうことは考えないようにしてるの、だからみんなと遊ぶっていうなら行くよ。」
これが1番無難なように思う。
しかし、秋原くんはこれも計算済みなのだろうか、二人でとも言っていないし誰かと一緒とも言っていない。これがただみんなでやらないかという問いだった場合、今後の生活に支障をきたす可能性がある。それに私はみんなとなんて言い出すほど仲の良いクラス関係を構築してはいない。
くそぉ、異能全開にして考え事してみても、私のキャパシティを超えたこの問題に答えを導き出せるほど私の脳は進化していない。
とりあえずその3で切り抜けるか。
思考の渦から抜け出して、集中状態から日常に戻る。
ちらっとみて見れば、茜ちゃんはまじまじと秋原くんの顔を見て固まっているではないか。
そんなに見つめていると、片想いの相手が親友を好きになっていた泥沼の三角関係が勃発したみたいになるからやめてくれ。いまもぶり子ちゃんが私と茜ちゃんを交互に見て期待の眼差しを送ってきているじゃないか。
くそー、どうすんだこれ。
仕方ない。一瞬の長考を経て導き出した回答の中から選ぶしかない。
とりあえず3で行こう。
そう決めて口を開きかけた時、クラスのお調子者キャラーーー高橋しん太が大きな声で秋原くんをからかい始める。
「おい、源!水臭いぜ、そんなに好きなら俺たちがお膳立てしてやったのによ!こんなところでそんなことしたら答え辛いだろ。今度最高の告白シチュエーションを用意してやるから今日は引いとけ。」
ナイスだ
これで一旦この場を凌ぐことができるが、私がまた強制的に告白に付き合わされることが確定した。
秋原くんはしん太の言葉に頷いて、いつものの仏頂面に戻り席に着く。
一瞬にして男子がそれを囲み、根掘り葉掘り聞き出そうとして興奮した一人が全身に火がつき、それを消化する為粘液をかけられてべたべたになった。いや何一瞬で騒動起こしてんの。
こっちはこっちで女子に囲まれ食事どころではない。
「ねぇ、どうやってあの秋原を誘惑したのぉ?顔はいいけどあの堅物は私にすら靡かなかったのよぉ?」
「そりゃあんたみたいなぶり子ちゃんには靡かないでしょ、明らかにタイプそうじゃないし。」
「あんたね、さっきもぶり子ちゃんって頭の中で呼んでたでしょ。一瞬だったから嫌な感じしかしなかったけど、絶対呼んでたわよね?」
「き、気のせいじゃない?」
「夜、ベットで待ってなさい。・・・わかったな桜。」
今まで鴻上青葉だったものが、途端に海道総一郎の姿になって私の名前を呼ぶ。
「うへぇ、気持ち悪い。」
「ふん、絶対に許さないんだから。」
先生の姿のまま普段の口調で話し始める鴻上さん。
正直さらに気持ち悪さが増したので姿を変えて欲しいところだが、まだ少しの間この姿のままだ。
鴻上さんの変身能力は昨日見た一年生の腕が伸びるだけの能力とはわけが違う。
完璧な偽装。流れる血以外の全て、毛の一本までそっくりそのまま作り変える能力は、機械すら騙す。
反面、この異能には欠点が一つだけある。
変身させた面積に比例してクールタイムがあることだ。
例によってなぜクールタイムがあるかは分かっていない。が、全身を作り変える、大きく体積を増やすなどの行為はクールタイムが大幅に延長される。
海道先生になるために、少なくとも25センチは身長を伸ばし、筋肉の増量に伴い体積を大幅に増やしている。
クールタイムはおそらく約3分間。ジュワ!!
とにかく、こうして楽しい?昼休みが終わり、修羅場イベントが確定したことで私の心も終わったわけだが、実は私には放課後やることがある。
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「それで、今回の騒動はどういうわけ?」
夕方、人目を偲ぶように校舎の裏に向かう秋原くんを追いかけ、庭園となっている場所まで隠れてついて行くと、スーツにサングラス、おまけに日本人離れした肌色の、おそらく白人と黒人と思われる二人組と密談していたではないか。
残念ながら盗聴できる異能ではないので、当然のように会話の真ん中に突然現れてみたところ3人ともすごく驚いた表情をしてくれた。
「気づいていたか、すまん!連れて行く!」
スーツの二人は私が声をかけると即座に後ろに下がり銃を向け、秋原くんは顔を歪ませて誘拐宣言をし殴りかかってきた。
案外野蛮だなぁ、と場違いなことを思い浮かべながら、私はまた集中状態に入り、秋原くんと対峙することにしたのだった。
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