カシマさん、異世界を行く
蒼鬼
私はカシマレイコ
──ねぇ知ってる?
──これは友達の友達から聞いた話なんだけどね?
カシマレイコは、知らぬものなど居ないほどに有名な都市伝説であった。
誰が言い出したか知らないが、カシマレイコというものは、カシマさんという怪異として長い年月人間の口頭で語り継がれてきた。
噂好きな女子学生は勿論の事、SNSが普及していない時代の中で急速に拡散し、かつては大の男でさえ歳を重ねてもトラウマとして深く心に傷を残すほど。
しかし、その栄光も潰える時が来てしまった。
十何年前に、とある団体が「児童を健全に育てるため」だのなんだのと騒ぎ立て、カシマさんを含めた人に害を与える都市伝説達の存在を封殺した。
特にカシマさん。口裂け女。ひきこさん等は女性性に対する差別だのと口泡を飛ばしながら大騒ぎしたせいで、特に厳しく検閲され、一時期はカシマさんの話をSNSに上げた男性が逮捕されたという事もあり、皆前科ものになるのを恐れて、都市伝説という怪異はどんどんと人々に忘れ去られていった。
神も怪異も知られていなければ生きてはいけない。
カシマレイコは、己の存在が消えかかる中で、かつて日本中の子供たちを震え上がらせた良き黄昏の時代を思い返していた。
四つ辻には口裂け女がいて、トイレには花子さんが居て、首都高にはターボばばあ。携帯電話が普及すれば怪人アンサーが……。
それぞれが、人の作った噂話が広がるにつれてどんどんと生まれ落ちて、そして今。人の手によって消えていく。
──たのしかった。ほんとうにたのしかったのよ。
逢魔時。カシマレイコは、遊具も何もない公園の真ん中で一人泣いていた。
──みんながわたしのことをはなしている。それだけでよかったの。わたしをしっていてくれるだけでよかったの。
片方しかない足の先から、空気に溶けるようにして彼女はゆっくりと消えていく。
──けれど、こんなおわりかたってないじゃない!!!
人間はいずれ忘れてしまう生き物だ。
そんなことはその人間から生まれた怪異である自分がよく知っている。
けれど、こんな惨めな終わりかたがあるだろうか。
古くから語られてきた都市伝説が、訳の分からない権利のために封殺されて、しかも人権問題の下地にされた挙げ句逮捕者まで出してしまった。
いま、この日本にいるのは、語ることのできる口を持ちながら、二度と怪異を語ることができない人間たちだ。
そう思うと、ここで消えてしまえる自分は少しはマシなのかと、カシマレイコは自嘲気味に口元を歪めて、涙をぬぐった。
少しだけ晴れた視界。いつのまにか目の前には天から垂れる一本の蜘蛛の糸があった。
──ああついにおむかえがきたのね。
カシマレイコは片方しかない手で蜘蛛の糸を握ると、それはスルスルと彼女を引っ張るかのように天に向かって昇っていく。
──さようなら。さようなら……。
最期に、空から日本を見下ろした。
オレンジと紫の入り交じる、怪異が大好きな僅かな時間が満ちていたそこは、ぬるりとした暗い夜色に飲まれた後だった。
カシマレイコは、そっと目を閉じて一筋の涙を流し……。
そして完全に、日本から姿を消した。
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