カシマさん、交信する。

 怪異同士の認知は、怪異の存在を繋ぎ止めるほどには至らない。

 もしその理屈がまかり通っていたのなら、まだ怪異達もどうにかなったのだろうが、人々が忘れ去った世の中で、ただ語られるだけのために形をもった彼女達が存在し続けられるほど、世界は優しくはなかった。


 しかし。どうやらその世界とやらは、カシマレイコをまだ生かすつもりのようだった。


 蜘蛛の糸に引き上げられるまま、天へと昇ったはずのカシマレイコは、なぜだか話に聞く天の世界、またはなにも存在しない無の世界とは180度も方向性が違う不気味な場所に居た。


「え……?」


 驚いて、思わず声を上げれば、消えかかってはいるものの、まだカシマレイコとしての自分が存在している事に再び驚いた。


 自分は世界と、そこに住む人々から忘れ去られた存在であるはずだった。

 けれど、確かに自分には片腕がある。

 残念ながら、足は膝から下が無くなってしまっているが、カシマレイコの側面の1つは両手両足にくわえて首まで無い怪物だ。この程度で悲観するほど柔ではない。


 胸に手を置き、目を閉じて大きく深呼吸する。

 夜露に濡れて立ち込める草の匂いと、僅かに土の下から漏れ出す死臭を肺一杯に吸い込んで、吐き出す。

 そして再び目を開ければ、先程よりも鮮明に周りが見えてきて、カシマレイコは改めて周囲を見回した。


 まず目に入ったのは頭蓋骨のランプだ。

 無造作に立てられた棒の先から紐で吊るされており、ぽっかりと空いた眼窩の奥、青白い火がチロチロと燃えている。


 次にカシマレイコが立っている場所。

 そこはなんの変哲も無い丘であればまだ良かったのだが、いかんせん木で作られた粗末な墓標がその辺一帯に突き刺さっているのだ。しかも手入れされていないのか背丈ほどに延びた草がぼうぼうと繁っている。

 彼女の周りにはその墓標が無かったが、その代わりに背後に苔むした巨大な石板が鎮座している。

 カシマレイコは石板を見上げた。

 そこには何かの文字と10本足の蜘蛛の絵が刻まれている。


『見たことの無い……いや、ルーン文字に似た形だけど、うーん、微妙に違うような……? あー苔が邪魔臭くて文体がよく見えない!』


 苔を払って、もう少し近くで見てみようと彼女の透けた手が石板に触れる。


 その瞬間だった。


 青白い光がカシマレイコが触れた場所から波状に駆け巡った。

 その衝撃は認知の存在である彼女にも、全身に電流が流れたような痺れが走り、その衝撃に思わず反射的に石板から手を離した。

 しかし光は石板に滞留し、文字がぽうぽうと明滅する。

 まだ痺れる手を押さえながら、カシマレイコはその光景を見つめていると、ふいに、なぜか今まで読めなかったその文字が、頭のなかでスッと理解出来るようになった。


「て、ら、らー……にゃ?」


 声に出しながら思わず首を傾げる。

 なんだこの「てじなーにゃ」みたいな単語は、ふざけてんのかコノヤロウ。


 ──ふざけてねぇよバカヤロウ。


「ぴゃんッ!!?」


 突然、頭の中で男とも女とも区別がつかない声が響き、思わず後ろに飛び退いた。

 なまじ人間の体の為に、なぜあるのか分からない心臓がバクバクと早鐘をうつぐらいには驚いた。

 けれど、カシマレイコは知っている。これは念話というやつだ、口が無かったり人の形をしていない怪異の中のいくつかと、これでコミュニケーションを取っていた事もあった、と。

 とりあえず落ち着いて深呼吸。早る鼓動をどうにか抑えれば、姿の見えない誰かは「ふむ」と感心したような声を上げた。


 ──さすがは怪異。人間よりかは冷静になるのが早い。


 褒めているのだろうが、どうにも上から目線の口調に多少の苛立ちを覚えながら、カシマレイコは口を開いた。


「お褒めに預かり光栄です〜。とでも言えばいいのかしら? 勝手に人の頭の中探ってくれやがって、ていうかあんた誰よここ何処よ」


 ──いやめちゃくちゃ喧嘩腰だなお前……。まあ、こっちが勝手に呼んだ手前挨拶が遅れたのは確かに失礼だったな。


 態度を改めたのか、咳払いをした声にカシマレイコは目を丸くする。

 なんだ、話のわかるやつじゃん。と。


 ──私はテララーニャ。この暗き地にて死霊術士に信仰されている蜘蛛の神だ、そしてお前をこの世界に連れてきた根本でもある、よろしく頼むぞ。


「……ぉん???」

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カシマさん、異世界を行く 蒼鬼 @eyesloveyou6

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