箱少年
いまから15年以上も昔の話。
たしか真夏。
舞台は砂みたいにざらざらする埃の積もった、暗い物置。奥の一角にいくつもの空の段ボール箱が積んである。幼い僕は身体をすっぽりそのなかに仕舞い込める。だから本とライトを持ち込んで、箱のなかで日々を過ごすことにする。母親や祖父母は笑うが関係ない。僕には関係ない。僕は段ボールの甘い腐臭を吸って吐いて吸って考える。自分は小さな箱のなかに引き篭もっているわけじゃない。皆気づいていないが、すべては逆さまなのだ。僕は世界をブラウン管テレビの梱包段ボールに封じ込めた。この箱は世界をまるまる逆向きに包んでいて、僕はその外に余った狭いスペースに身体を横たえている。僕は箱のなかの世界に住む人々に向かって語りかける。おまえらがどんなにがんばったって、トートロジー(当時お気に入りだった単語)にすぎない。そんなちっちゃな箱のなかで暮らしてるんだからな。自分で自分を支えてるだけで、根拠がない。僕の声は誰にも届かないから独り言だ。そうしてるうちに思い当たる。自分と同じように、世界の外側で過ごしている子供が他にもいるのではないか? 世界には複数の外側があるのではないか? 僕は独りではないのではないか? 箱の蓋を開けて、部屋のドアを開く。大きな音のする階段を三段飛ばしで駆け下り、小学生には重すぎるシャッターを無理やり押し上げる。夏の光、光、光、視界が真っ白。雨あがりの泥土と排ガスの匂い。隣家の服屋かなんかが育てる百日草の赤。クマゼミが群がる街路樹、その葉を透かして溢れる光。ふらふらと足を踏みだし、もつれさせる。地面に触れた掌に砂がざらつき、鼻腔に吸い込まれていく。僕は咳き込む。なんてこった。
豊穣すぎる。
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