お出かけ日和 下
人生と呼ばれる物はよく分からない物だ。
偶然が偶然を呼んでいるのか、それともどこかで糸を引く存在が居て、知らぬ間に偶然を仕込まれていくのか。
何にせよ不思議な事は多々起きる物で、偶然待ち合わせた相手が自分と全く同じ服を着ていたり。
電話をかけようと今まさに思った瞬間、電話をかけようと思って居た相手から脈絡も無く着信があったり。
時には、遠く離れた土地で知り合った友人の故郷が自身の故郷と同じだったりと、人が持ち込む偶然という物は多種多様だ。
だからこそ音無は自分の身に起きた偶然だってそう珍しいことでは無いと信じるため、深く溜息を吐いてから再度状況を整理する。
「……えっと……」
先ず事の発端と言えば、突然現れたフォスと言う魔法使いの存在だ。
何の前触れも無く突然現れた彼女は、音無の願いを叶えてやると約束して彼の家に居候をしている。
そんな彼女と共に買い出しに出かけた帰り、彼は突然とタックルを喰らい河川敷の斜面を転げ落ちた。
ここまでは無理矢理にでも納得出来なくは無い。
本当に無理矢理ではあるが、どうにか納得が出来ない訳でも無い話では無い。
問題はこの次である、音無に問答無用の体当たりを喰らわせた主は、一切悪びれる様子も無く、首を傾げた音無に対して再度説明を述べた。
「僕の名前はグラニッツ・アルベルニア」
その人物は絵に描いた様に整った顔立ちをしており、鮮やかな碧眼と小麦色の髪も相まって何処か人形の様な雰囲気すらある少年だった。
「いや……そこじゃ無くてさ」
「……ん? ああ、僕は魔法使いさ!」
やっぱり納得がいかない。
魔法使いと呼ばれる存在が実在するだけでも信じられなかったというのに、フォスに続いて二人目の魔法使いが姿を現したと言うのだ。
しかも、それがフォスと出会って数日中の事となると尚更だ。
「あーごめん、ちょっと僕は頭を強めに打ったみたいだ……」
別の理由でずきずきと痛み始めた頭痛をこらえる様に、音無は片目を閉じて考え治す。
「えっと君、魔法使いってのは絵本の世界の住人であって、現実には存在しないんだよ」
「ここに二人も居るよ」
満面の笑みを使って答えるグラニッツ。
『二人』と言った当たり、フォスが本物の魔法使いと言うことを知ってる証拠であり、それはつまり彼自身も魔法使いである証明になる。
更に……
「拓斗、こいつはあちらの世界の知り合いの、グラニッツだ」
厄介事から逃げたいと必死に思考レベルを落とそうとする音無を余所に、フォスは空気を一切読まない口調でそう告げた。
「判った――」
「つまりこいつは魔法つ――」
「ちょっと待って!」
遠慮容赦の無いフォスの声を遮ると、音無はドカドカと効果音が付きそうな勢いで斜面を駆け上がり、フォス襟首を握ってグラニッツから遠ざけると、なるべく小さな声で耳打ちをする。
「フォス? どうして君の友達がここに居るの?」
「友達では無くて知り合いだが……」
「そんな事はどうでも良いの。フォス、魔法使いってフォスの他にも居たの?」
音無の声に、フォスは『何を今更』と言わんばかりの表情を作った後、口を開いた。
「皆試験にやって来ているのだ、一人とは限らないであろう?」
「そんな事を聞いたんじゃ無いの、どうしてこの町に二人も魔法使いが居るのかって聞いてるの!」
「魔法使いが二人居たのだろうな、この現状を見る分には」
他人事、と言うより寧ろ音無が何で取り乱しているのか判らないと言った具合にフォスは返事をする。
「……友達の事なのに判らなかったの?」
「だから友達では無く知り合いだと言ってるだろ」
逆ギレなのか、何処か不満げなフォスの表情に溜息で返事をする。
彼女がこうして強く交友関係を否定している辺り、彼女とこのグラニッツの関係はそんなに親密では無く、結果としてこの場所で偶然鉢合わせをしたと言うのが現状だろう。
半ばダダ漏れなひそひそ声に聞き耳を立てていたグラニッツは、強引に二人の間に割り込むと息がかかりそうな程顔を寄せ、音無の顔をまじまじと観察する。
細かく書かれた絵画を眺める様に、毛穴一つ一つまで数えてそうな勢いで自身の顔を観察したグラニッツは、身を捩って逃げようとする音無の手を掴んで口を開いた。
「へー、これがフォスの魔法使われか」
「……な、何を……」
フォスとは対照的にやたらと愛想の良い笑みを浮かべていたグラニッツは、居心地の悪さを感じてうなる音無に対して少しだけ声のトーンを上げてから言った。
「変なの!」
「……んなっ!」
初対面の相手に対して失礼極まりない発言で吠えたグラニッツは、再度何かを確認する様に音無とフォスの顔を見比べて妙な一言を告げる。
「まさかと思って来てみたけど、良い物を見れたよ。
まさかこんなところでかの有名なフォス・クルスラットと、その魔法使われを拝む事が出来たんだから」
「……かの有名なって、何、フォスってあっちの世界だと有名人なの?」
ちらりと隣で黙り込むフォスを一瞥してから、そう問いかける音無。
いつも通り淡々と返事をすると思っていたフォスだったが、彼女は少しだけ目を伏せた後、何か意味ありげに口を紡ぐだけだ。
それでは話が進まないと音無は再度問いかけようとした時、グラニッツが口を開いた。
「そりゃ有名人さ、僕達魔法使いのなら誰もが知ってる位ね」
「へぇ」
何処か掴み所が無いフォスがあちらでは有名人だという事が信じられない音無は、目を細めてからフォスを観察した時、グラニッツは驚きの一言を告げた。
「だって、彼女程出来損ないの魔法使いなんて他には居ないからね。
魔法は下手、魔力は凡庸以下、愛想は悪い、要領は悪い、おまけに頭が悪い。
こんな魔法使い、笑いの種として誰もが知ってるに決まってるでしょ?」
「な……」
フォスが何故彼を『友達』では無く『知り合い』と評したのか直ぐに理解した。
彼の声に、嫌みも無ければ嫌悪感も無い。
ただ事実を告げる様、安売りの品を片手に『安かろう悪かろう』と口々に笑う様な口調で紡がれる言葉の暴力に、音無は思わず言葉を無くす。
「あれ? もしかして本人から聞いてないの?
あー、それは残念、君さ、外れ引いちゃったんだよねぇ、可愛そうに」
やっぱりその声には嫌みは込められていない。
本人はあくまでも事実を読み上げているだけのつもりであり、フォスが言葉による反抗をしない辺り、それは事実なのだろう。
だが、機関砲の様に連続で紡がれる悪口を聞いて、へらへらと聞き流せるほど音無は器用では無かった。
「あー、道理でか! いや僕も思ったんだよ。
『普通、こんな奴の魔法使われに誰も成りたくないだろ』ってね、道理で……納得納得!
でも大変だったでしょ? フォスはこんな魔法使いで」
自分の事を言われている訳では無い。
彼にとって音無はあくまでも悲劇の主人公であり、グラニッツ自身も音無の事を気にかけているのが判る。
だが、いいや……だからこそ怒りが湧いて出たのかもしれない。
「まぁ頑張って、こんな出来損ないでも、最小限の魔法くらいは使え――」
「止めろ」
「――ん? 何?」
ぼそりと口を突いて出てきたのは、そんな簡単な一言だった。
グラニッツは何て言ったのか聞き取れなかったのか、声を止めてからこちらを伺い聞き耳を立てる仕草をする。
「だから止めろ!」
鋭く繰り出された音無の声に、大げさな仕草で肩を竦めてみせるグラニッツ。
皮肉のつもりではなく、本心から音無の発言の意味が理解できていないのだろう。
「あれ? どうかしたの?」
目を丸くしてそう唱えるグラニッツを見て、形容しがたい気持ちの悪さを覚える音無。
「今何か気に障ること言ったかな?」
その問いに答えようとしたまさにその瞬間だった。
不意にグラニッツ背後から声が響き、見慣れない顔の男が姿を現す。
「グラニッツ」
「あ! ニートだ!」
「ニートじゃねえよ、新人だ新人」
突然現れたその男と、グラニッツは顔見知りらしい。
新人と呼ばれた彼は、脱色された頭をボリボリと掻きながら口を開く。
「んで? てめえ何やってんだ?」
「あっちでの知り合いと会ったから挨拶してたの」
飼い主に呼ばれた犬の様に新人の元へと駆け寄ったグラニッツは、にぃっと口端を吊り上げてからそう答える。
「知り合いねぇ、つまりあれか? こいつも魔法使われと……」
商品の目利きをする様、音無とフォスをつま先から順に見た新人は興味なさそうに鼻を鳴らすと、短い別れを告げてから音無の直ぐ横を通り過ぎる。
「……! あの」
「何だ?」
彼が言った短い発言からして、彼もまた音無と同じ魔法使われなのは明かであり、音無にとって新人は好奇心の対象だった。
だがそれとは真逆で、新人にとって音無は一切の好奇心が湧かない存在なのだろう。
とっさに呼び止めた音無をめんどくさそうに振り返ると、新人は短く返事をする。
「その……あなたも魔法使いにお願い事を?」
「他に何があるよ? こいつが自分から俺に使われたいって言ってるから使ってやってる、あんたもそうだろ?」
状況は確かに音無と同じだった。
だが、彼の口ぶりに音無は明確な違和感を感じていた。
彼にとって、フォスとの関係は新人が言ったのと全く同じではある。
本人が魔法を使わせてくれと言うので、その願いを叶えるべく自分の願いを伝える。
互いの利益が一致してるからこそ成り立っているその関係ではあるが、音無のそれと新人のそれは、微妙に毛色が違う気がした。
「何か不満でもあるのか?」
一瞬固まった音無を不振に思ったのだろう、新人は顔をしかめると、そう問いかける。
「いいえ……その……何でも無いです」
歯切れ悪く誤魔化すと、音無はなるべく相手の気を損ねない様に笑って見せる。
色々聞きたいことは山程あるが、この分だと下手気に質問をすると暴言を浴びかねないと思っての行動だったが、一連のやりとりを見ていたグラニッツが不意に口を開いた。
「あ! もしかしてもしかして僕に魔法を使わせようとした?」
その質問の意味が理解出来ずに疑問符を浮かべた音無に対し、グラニッツは更に言葉を繋ぐ。
「違うのか、てっきり他の魔法使いなら『呪いを解けるかも……』なんて変な期待をしたのかと思ったよ」
何かを知っているグラニッツの言葉に、一際大きな疑問を感じる音無。
「? 呪い、確かに呪いは解けないってフォスから聞きはしたけど、別に呪いを解く必要なんて無いけど」
当たり前の事を言う音無とは別に、不意にフォスの肩がぴくりと動いた気がした。
注意して見ていても、フォスをよく知らない人間にはそれが感情の機微による物だとは判る人はごく限られるだろう、それほど小さな動きが音無の意識に引っかかった。
「そうなの? なーんだ――」
何にしても、この事は気に留める程の物では無い、そう思った矢先、グラニッツは聞き捨てならない発言をした。
「てっきり自分にかけられた呪いを解こうとしてるのかと思ったよ」
あくまでも当然の事としての口調だった。
だが、当然の事として音無は呪いなんてかけられた覚えは何処にも無い。
「ちょっと待って、呪いってどういう事?」
悪い冗談かと思い告げた一言だが、グラニッツは小さく笑うと、当然の事と言わんばかりに音無を指さし、口を開いた。
「だから呪いだよ呪い、君呪いの臭いがぷんぷんするからね。
魔法使いなら誰だって直ぐに見抜けるよ、もちろん劣等生だったとしてもね」
グラニッツの言葉に、音無はすっと視線を落としてフォスの顔を見つめる。
「フォス?」
「……」
彼女は反射的に視線を逃がし、何事も無かったと思わせるためか、直ぐに音無を見つめ直す。
「フォス、これはどういう事?」
「それは……その……」
本人にしても聞かれたくない事実だったのだろう、露骨に焦った表情を作り冷や汗を流し始めるフォスを余所に、グラニッツが代わりに説明をした。
「あれ? もしかして聞いてなかったの?
君のその呪いはもうずいぶんと古い物なんだけどなぁ」
確かに呪いの件はフォスの口からは一度も説明された覚えが無く、それが聞かれなかったから説明しなかったのでは無く、故意に隠そうとしての行動だったのが気になる。
しかし、それ以上に大きな疑問が湧いていた。
「待って、僕は呪いなんてかけられた覚え無いんだけど」
音無には呪いがかけられている自覚は全く無い。
それなのにも関わらず、グラニッツはにぃっと笑い、告げた。
「何を言ってるの? 君『眠りの呪い』がかけられてるじゃん」
刹那、彼が言った鈍いの詳細が分かった音無は全身の産毛が逆立つ間隔を覚え、悪寒すらも感じて全身の気を逆立たせる。
音無は右手に持ったままの袋を一瞥し、その中に詰まった錠剤を意識する。
「……まさか」
可能性一度たりとも、そんな可能性を考えた事が無かった。
それは音無が生まれ持った病であり、当然の如くそこにあるものだと思っていた。
「『眠りの呪い』って……」
だがもし仮に、彼が持つ病『ナルコレプシー』が呪いの一つだとしたら……
「フォス?」
頭の中で高速で動く苦い記憶を必死に押さえ込み、助けを求める様にフォスの顔を見下ろす音無。
そんな彼に対し、フォスは諦め、酷く落ち込んだ様子で肯定をする。
「その通りだ……拓斗の病気の正体は、呪いだ」
彼女が何を考え黙っていたのか、そしてこの落胆の意味も判らないが、少なくともフォスはこの時はっきりと言い切った。
音無がナルコレプシーを発症したのは、今から十年以上前の事だった。
突然襲いかかる眠気に勝てず、授業中に眠ってしまったり、ふとした拍子に腰が砕け、地面へと這いつくばったりする事が増えた彼を、両親は心配して大学病院へと連れて行った。
その結果、症状からナルコレプシーであると医者が判断し、音無自身もその事実を飲み込め無いまま現在に至る。
確かに突然倒れたりする病は厄介ではあるが、薬でどうにかなるのも事実ではあり、多少の制限があれども生きていくことの出来る病ではあった。
だが、そんな事を納得など出来る訳が無い。
彼はこの病のせいで沢山の可能性を無駄にしている。
元々運動音痴な反面、兎に角利発だった彼は両親から期待を常に向けられ、将来は父の会社を継ぐ予定だったのも事実だ。
少し離れた場所からそんな事を聞けば、大抵の人間は『敷かれたレールを走るだけ』と捉えるかもしれないが、音無自身はそんな疑問を感じる出も無く、一人黙々と勉強に励んでいた。
だが、とある瞬間それは始まった。
当時は原因が分からない謎の睡魔と虚脱性発作、それを繰り返し病院に通う日々が続く内、勉強に躓く事が増え、次第に周りの生徒との距離が生まれ始める。
結果、彼は『良く出来た息子』の売り文句の上から値引きの札を貼られ、ついにはアウトレット品として扱われるようになっていった。
そうなれば後は簡単な事だ。
元々は優れていたがとある深刻な欠陥が見つかった弟と、特別目立った特徴が無い反面何処にも異常が無い姉。
どちらを跡継ぎとして選ぶかなど、考えるまでも無い。
「僕がこうして生きる様になった原因が呪いだって?……」
今の小説家としての生き方は、言う程悪い物では無い。
だが、自分に『訳あり』の烙印が押されなければ、間違い無くこんな人生は選んでは居なかった。
だからこそ、音無はただ声を失う事しか出来なかった。
「あれれ? なんかまずい事言っちゃったかな?」
空気を一切読まないグラニッツを鋭く睨み付け黙らせると、静かにフォスの方を向き直る音無。
「……すまない、騙す気は――」
「五月蠅い!」
自分の心臓の鼓動すら五月蠅く聞こえ、頭の毛穴一つ一つから脂汗がにじみ出すのが手に取る様に判った。
頭の中に濁流の如く流れ込む感情を制御するため、音無はフォスを黙らせると額を手で押さえ、深く深呼吸をする。
そんな事をしても直ぐに納得など出来る訳が無い、どれだけ考えても答えが出るなどあり得ないのだ。
これまでの思いや、二人目の魔法使いが現れた謎、そんな事を差し置いて、自分の運命を狂わせた人間が存在する。
その事実だけが頭の中で強く自己主張をし、音無の中の『困惑』を瞬く間に『怒り』へと書き換えていく。
「……フォス」
彼女の名前を呼んだのは無意識の事だった。
「すまない、私には呪いを解くことは出来な――」
「違う、そういうことじゃ無いよ」
無意識で彼女を呼んだとは言え、自分が次に何をしようとしているのかは考えるよりも早く理解していた。
だからこそ、音無はその願いを躊躇無く口に出していた。
「四つ目の願いだ、『僕に呪いをかけた相手と合わせてくれ』」
そんな相手と対峙したところで、自分は何をすればいいのかなど判らない、だが何もせず泣き寝入りするよりかは幾分まし、そう考えていたのかもしれない。
「早く、魔法でその相手を連れてきてよ」
吐き気すら覚えながら音無は小さく吠える。
だが、帰ってきたのは短い沈黙の後に続く、フォスの紡ぐ否定の声だった。
「すまない……それだけは出来ない」
「どうしてだよ」
これまで見せた事の無い表情に、フォスはびくりと肩を振るわせて後ずさる。
「何でだよ? 魔法ならこの位簡単なんでしょ、だったら魔法使われの願いくらい叶えてよ!!」
そのまま噛みつきそうな勢いでフォスとの距離を詰めると、音無は更に喚いた。
だがそれでも、フォスは短く首を横に振って否定すると口を開く。
「魔法を使えばそれ位簡単だ。 だが、それを私はやりたくないんだ。
たとえ試験の為だとしも……私にはその願いを叶える事は出来ない……」
フォスと音無の間を黄昏れ時の風が撫で、一日の終わりが近いことをそっと告げた。
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