1000字版

 酸素濃度が減っている。生存には影響のない値だからさほど気にしていなかったが、点検記録を見返せば、わずかずつ確実に低下していた。

 思い返せば、加速時のエネルギー消費が想定をわずかに上回っていた。

 どちらも、問題なく航海を終えられる値ではあったが、密航者の存在を示唆していた。

 慌てて、食料と水を確認すれば、足りない。もはや疑う余地はなかった。


 この宇宙船は、不慮の事故による患者の処置のため、1ヶ月の航路を旅していた。患者15名と、医療スタッフ2名、操縦士の合わせて18人が本来の人数だが、おそらくもう一人密航者がいる。

 操縦士は、密航者の捜索に乗り出した。



 見つかったのは、13歳の少女だった。

 聞けば、父親が患者の一人で側にいたいと乗り込んだとのことだった。

 宇宙船への密航が、どれほどの罪か知らず、操縦士の説明に愕然としていた。密航者を宇宙へ捨てることさえ許されている事実に。

 自分は捨てられるのかという少女の問いに、操縦士は頷いた。食料と水が足りないのだと。


 密航者の存在に一週間も気づけなかったのは操縦士の責任だが、乗客が体力勝負の点滴に頼るしかない患者だというのが災いした。

 患者のために医療スタッフの食料は削れず、戻れば患者の命が持たない。


 父に会いたいと請う少女に、それすらできないと告げる。普通の人は、残酷な判断をできない。

 確実に患者を送り届けるため、密航者の存在は知られない方が良かった。

 許可できることはただ、ムービーメッセージを残すことだけだった。



 少女を宇宙空間に出した後も、操縦士にはすべきことが残っていた。

 水と食料がまだ4日分足りないのだ。


 医療スタッフの一人に、事実を伝え、操縦を教える。宇宙ステーションのサポートを受けつつ、無事に入港できる程度で構わない。

 緊急回避として許可は得ていた。


 操縦士が生き残れるかどうかは賭けだった。

 きちんと判断できるうちに指示を出す。

 ムービーメッセージのこと、何をするか分からないから自分を縛ること、到着が確実になるまで予備の点滴は患者のために取っておくこと、事切れたら燃料節約のためにも宇宙へ捨てること。



 水分不足により意識を失った操縦士は、宇宙ステーションの医務室で目を覚ました。

 医療スタッフの笑顔が見える。

「少女のメッセージのデータが入ってます。あなたから父親に渡してください」

 握らされた手の中に、小さなデータチップの感触。これまた辛い仕事から始まる。

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