第12話 マユミとコンサート。
「へぇ、日曜日にコンサートやるんだ~。本格的~」
大学の昼休み、同じゼミ生のミッタさんに、コンサート開催のチラシを見せた。2色刷りのシンプルなチラシだが、ムカイさんとテライさんがデザインから起こしたオリジナリティあふれるチラシだ。シンプルだけど、変なイラストや曲がった文字とか入っていなくて、マユミは気に入っている。
「よかったら人数多くても大丈夫だから、ゼミの皆と一緒に聴きに来て欲しいなぁって」
「うん、他の人にも声かけてみる~。モリタさんが歌うところ、ばっちり写メるから!あ、動画の方がいい?」
「いや、そこはサークルで動画撮るから大丈夫だって!撮らなくていいよ!」
「なんだ残念~。まぁ周りに人がいたら撮りづらいだろうからいっか」
「そうそう、周りの人の頭でよく撮れないから、大丈夫」
ミッタさんに歌うところを撮られずに済みそうだ。人に撮られるほど恥ずかしいものはない。晴れるや会は別だけど。個人と所属の会ではやはり違うし。
「コンサートのあとは打ち上げとかあるんでしょ?感想は後日しっかり言わせてもらうから覚悟しておいてね~」
「う、お手柔らかに……」
都合のつきそうな他のゼミ生と一緒に来てくれるそうだ。嬉しい反面、少し恥ずかしいが、とにかく、観客ゼロにはならなそうなので一安心。いや、他のメンバーの招待客もいるか。一応は集客に貢献できたので、よろしく、とミッタさんに頼んだ。
講義が終わり、マユミは軽やかに夜道を歩く。今日はゼミ生と夕飯を食べた後、晴れるや会の練習に行くことになっていた。お腹も心も満たされて、コンサートも近づいて、コンサートで曲を弾いてくれるピアノの先生も紹介され、ふわふわした気分で練習室に向かった。
「こんばんはー」
「……ああ、モリタさんか、こんばんは」
タナカさんが間を開けて挨拶を返してくれた。練習室はいつもと少し異なりさわさわしている。何かあったのだろうか。
「ええと、何かあったんですか?」
この、コンサート間近に事件でも起きたのだろうか。
「サイトウさんがね、コンサートに出られないかもしれないんですって」
既に来ていたモリヤマさんが、手招きして話してくれた。
「サイトウさん具合悪いんですか?」
「誤嚥肺炎になっちゃって入院しちゃったんですって。コンサート、楽しみにしてたのに……」
誤嚥肺炎。お年寄りがよくなる病気だった気がする。確かミッタさんのおばあちゃんもそれで亡くなったとかマユミは聞いていた。
「大丈夫なんですか、サイトウさん」
「んー、詳しいことは私たちも分からないのよ。奥さんから代理で誤嚥肺炎で入院しましたってメールが来ただけで」
お見舞いに行くにも大勢で行くのも憚られるし病院も分からないし、サイトウさんは今年のコンサートは欠席の方向で調整をしていこうという話がまとまったばかりだという。立ち位置の修正もしなくてはね、とタナカさんがつぶやく。本人がいない間にみるみる話が進むのが、マユミには落ち着かなかった。
「でも、コンサートまでにサイトウさん退院できるんじゃ……」
「退院できてもリハビリが必要ですよ。それこそブレスの初歩からやり直さないといけないかもしれないですし。サイトウさんもお年ですから、どこまで回復できるか分からないですし」
それどころか合唱を続けられるかどうかもわからないですしね、とマユミの問いにタナカさんが答えた。サイトウさんはお年寄りだけど、そんなに大事になるの?とマユミは思った。肺炎は大変だけど、すぐに治るイメージがマユミにはあった。しかしタナカさんや他の大人達は、マユミが思っている以上にこの事態を深刻に受け止めている。
「こんはんは、おや、何かありましたか?」
先生がやって来た。すかさずタナカさんがサイトウさんの状況を報告する。話を聞いた先生の顔も曇った。むつかしいですねぇ、と先生は言った。
「ともあれ、ここでどうこう言っても始まらないので、練習を始めますよ。皆さん、平常心に戻って練習開始です」
ぱんぱんと先生が両手を叩き、皆を動かした。マユミは先生はちょっと冷たいんじゃないだろうか、と感じたが、他の皆は何も言わずに先生の指示に従っていたので、反論をすることができなかった。
「モリタさん、練習をはじめますよ。位置についてください」
アルトリーダーのテライさんに促され、マユミはアルトパートの位置についた。
「サイトウさんのことは心配ですが、それはそれ。私たちはコンサートを成功させるという目標があるんですから、気持ちをそちらに切り替えて」
今日は楽しく、は無理でもせめて明るく、サイトウさんの分まで歌うようにね、とテライさんは言った。
「ソプラノ、声が少し高すぎますよ」
「低い低い、バリトン!音を合わせて」
「アルト、歌が走りすぎてます、指揮棒を見て」
「主役ですよテナー!もっと声を朗々と出して」
「これじゃあコンサートは失敗ですよ、しっかりと歌ってください」
この日の練習は先生も厳しく、皆、少し調子の狂った状態で終わった。
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