第5話 マユミと練習。

 金曜日、夜の7時。市民センターの練習室に、マユミはやって来た。今日からサークルの一員として練習に来たのだ。すぐに皆に追いつけるとは思わないけど、足を引っぱらないよう、懸命に、楽しくやっていくつもりだ。

「こんばんはー」

「ああ、いらっしゃい」

 練習室の扉を開ける。少し早く来たと思ったのだが、タナカさんを始め既に数人、練習室で談笑していた。

「モリタさん、今から入会の手続き説明をしても大丈夫かな?」

「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」

 書類を持ってタナカさんが近づいてきた。近くの椅子に座り、説明を聞く。

「まぁ難しい内容じゃないんだけど、お金が絡んでくるし、年末のコンサートもあるし、個人情報も少し必要ですからね。ちゃんと言っておかないとと思って」

「ありがとうございます」

「入会金はなし。月謝は毎月これくらい。大体はここ練習室の借り賃と、先生へのお礼で消えます。年末のコンサートのレンタル衣装代として別途出費はありますが、これは自分の手持ちの服でも大丈夫ですから。あと、練習を休む場合、遅刻する場合は私の所にメールを送って欲しいので、メールアドレスを教えてもらっています。もちろん、他のメンバーに無断で教えることはありません」

「はい」

「退会もまぁ……モリタさんは学生さんだし、就活や就職で忙しくなったりして通うことができなくなったら、一言言ってくださいね。強く引き留めることはしないので」

「はい、ええと、お気遣いありがとうございます」

 今から就活の事まで考えて話を進めてもらってしまった。就活や就職をしたらどうなるのかはマユミにも分からない。分からないからこそ、先に不安を取り除いておこうという晴れるや会の主義なのだろう。メンバーも社会人が多いようだし、学生であるマユミのような存在自体が珍しいのだろう。商店街サークルだけど、社会人サークルの意味合いも強くあるのだとマユミは感じた。

「そういえば、どうして商店街サークルなんですか?商店街の人たちばかりじゃないですよね?」

 タナカさんにメールアドレスを教えながらマユミは尋ねた。モリヤマさんが商店街で働いているイメージがわかなかったし、練習室の中にはスーツ姿の人もいたからだ。

「最初は商店街の人たちだけで結成されていたんですよ。ただ、引退したり亡くなったり、人数が足りなくなって商店街以外の人たちも入ってもらっているんですよ」

「そうなんですか」

「まぁメインは商店街の面々なんです。バリトンのムカイさんとマルウオさんは、商店街の電気屋さんと魚屋さんですから一応、商店街サークルと言えなくもないですし」

 今、商店街サークルと名乗るのはちょっと苦しいらしい。しかしマユミも商店街のパン屋さんにアルバイトで入るから商店街の一員としてもいいんじゃないかなぁと思った。

「はい、こんばんは」

「こんばんは、先生」

 タナカさんとやり取りをしていると、先生が入ってきた。今日は早い。モリタさんこんばんは、来てくれたのですね、と笑顔で先生が言ったので、こちらもこんばんは、これからよろしくお願いします、と頭を下げた。

 練習室に入ると、先生はモリタさんはパートは決まったのですか?とタナカさんに聞いた。まだです、とタナカさんが答えると、せっかくだからパートを決めていただきましょう、そうですね、じゃあモリタさんちょっといいですか、とぽんぽんと話を進めていった。

 あれよあれよと言う間に椅子から立たされ、ピアノの前に連れてこられた。先生がピアノの前に座り、

「じゃあ、あ~、でいいので、音に合わせて声を出してみてください」

 ぽろろ~ん、と軽く鍵盤を叩いた。談笑していた皆がこちらに注目する。緊張の一瞬だ。鍵盤の音に合わせて高音と低音、両方で声を出す。

「はい、オーケーです。音域からモリタさんはアルトですかね。アルトパートに参加してみてください。テライさん、よろしくお願いします」

「わかりました。モリタさん、こちらへ」

「はっはい」

 アルトリーダーらしき人がマユミを手招きした。荷物を持って、そろそろとそちらに移動する。

「初めまして。アルトリーダーのテライです。これからよろしくお願いします」

 デキる系の妙齢の女性だ。マユミはよろしくお願いします、と頭を下げた。

「じゃあ軽く体を動かして、そろそろブレスを始めましょう。モリタさんは真似をしてみてください」

「はい」

 タナカさんが音頭を取った。談笑していたメンバーが、それぞれのパート位置に移動し、ブレスの前に軽く体を上下に揺らしたり、ラジオ体操みたいな運動をやった。それからタナカさんは手拍子を打ち始めた。すー、はっ。すー、はっ。ブレスが始まった。

「お腹から息を吸って吐いて。横隔膜を広げる感じで。吸うときは長く、吐くときは一瞬で吐くようなイメージで」

 隣でテライさんがブレスのコツを教えてくれる。

「横隔膜を広げる感じがつかみにくかったら両手を頭の上に乗せて息をしてみて」

 マユミは言われた通りに両手を頭の上に乗せてみた。

「あ、なんか肋骨が広がった感じがします」

「その感覚で、両手を下げてもできるように。今日は手を乗せたままでいいから」

「はい」

 途中でモリヤマさんや他数人が練習室に入ってきては、軽く体操をしてブレスに参加する。7~8分のブレスが終わるまでの間、先生はニコニコしながら皆を眺めていた。

「じゃあ次は音出しします」


 はっ。

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